タグ別アーカイブ: 哲学

時間と主観

主観と客観というふうに、ひとまず私から見た場合、外から見た場合、というように分けて考えるような手法は、「人に説明する場合」に限って意味をなしうるだけで、本来的に主観しかない。ということは主観も客観もない。 しかしながら、いわば客観というのは「説明のための仮止め」にしか過ぎないはずだが、いつしか客観を軸に物事が語られるようになった。 確実に「存在するもの」として、時間は絶対にある、というような事を聞くが、そんなことは「対外的」に証明することもできなければ、何かしらの観測結果がその証拠となり得ることもない。 こんなこと

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なぜ、人をいじめてはいけないのか

なぜ、人をいじめてはいけないのか、いじめがいけない理由について、その根本理由を考察する。善悪に関することについて触れる場合、社会的な議論の上では、即時的に「悪」「排除すべきもの」という前提が、議論されることなく置かれ、また、「いじめ」などは「悪であること」と、当然のこととして、それに関する社会学的考察、自分たちが取るべき立場が定められる。 「いじめはいけないことです」 「いじめがダメなことは決まっています」 社会の中では何の根拠もなしにそんな事が説かれることがある。 いじめがいけない理由を根拠付けるには善悪基準が必

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ニヒリズム

「○○さん!そこの場面、ニヒルな感じの笑いでお願いね!」と、売れていない劇団の劇中などで安易に使われますが、このニヒリズム(虚無主義)というものについて考えてみましょう。 ニヒリズム(虚無主義)についてですが、この哲学上の立場としては、「すべての物事・現象には価値がない」としますが、この場合の無価値の「無」は有の対義語ではないかもしれず、消極的ニヒリズムを超えた積極的ニヒリズムとして「価値を作り出す」ということは、ニヒリズムの根底にある「無価値」とは矛盾します。 虚無主義と呼ばれますが、ぱっと検索しても全く的を得て

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唯物論者

唯物論者とは、もちろん唯物論を支持している人たちであり、この唯物論は、全てを物の作用、物理的な現象として捉えるという感じであり、客観的な世界を肯定し、物質の状態や現象が全てであるというような考えです。 かつて読んだ本に「生理学者の99%は唯物論者です」という一文がありました。 まずイラッとするのは「生理学者のような頭のいい人がみんな言ってるんだから唯物論が正しいよね」という誘導の傾向が見られることですが、そんなことは本題ではありません。 たとえ、生理的機能が物理的に観測可能であっても、「全部、物質の作用にしか過ぎな

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哲学する 2014

読書の秋を感じさせる涼しい風が時折舞い込んできます。 エアコンが故障したこともあって、頭がぼーっとしている日が多かったように思いますが、それどころではありません。一切力が入りません。 特に最近使っていないものということで、最近あまり頭を使いません。使わなくても何とでもなるので、使わなくなりましたが、本を読んでお勉強の類の時に出るハイな気分を味わいたい、ということをたまに思います。しかしながら、特に読みたい本がありません。実は頂上の一点、というかすごく簡単なポイントさえ悟ってしまえば、力んでお勉強がすごく馬鹿げたもの

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呪文・そもそもはない 改

この呪文は一見、人の幸せを打ち消しているように思えますが、「ない」とは否定の意味ではありません。 否定とて、あることを前提にしているからです。 「そもそもはない」 存在する/しないの二元論の域をいっそ出てみましょう。 言葉というものは何かを限定する性質があります。 ある特定の概念を指して、それ以外を排除するという性質です。 そこでばっちり定義ができればいいのですが、それもなかなか難しい。 「りんご」といってもたくさんの種類があります。 品種に始まり、形や大きさにもバラバラなのにそれを包括します。 また、りんごの絵か

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やりたいこととか欲しいものとか

やりたい事はなんですか?叶えたいことはなんですか? 自己啓発系の人が大好きそうなことを言ってみました。 僕はやりたいことが特にありません。 以上です。 …では、面白みも何もないので、少し触れることにします。 実際に、あまりやりたいことがないのですが、おそらく意識に上がってこないのでしょう。 実を言うと特に欲しい物もありません。 どうして何もないかというと、全て叶っているから。 叶うという表現は本来的にはおかしいのですが、すべてが目の前にある、そして目の前になくてもそのうちやってきます。 ですので、何の憂いもありませ

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ハイブリッド レインボウ

虹を見るとすごく晴れやかな気分になります。 たまに家の表の水道のホースの先についているシャワーを「霧モード」にして虹を作って遊んでいます。 確かに見えるのに、そこには色鮮やかな虹が見えるのに、それを掴むことはできない。 水を止めた瞬間に、それは何事もなかったかのように消える。 まるで「空」を表しているようです。 以前、ゼミナール(一応法律系)で、「このコップはありますか?」と質問されたことがあります。 「君なら『ない』もしくは『あるともないとも言えない』というかも知れないと思って質問してみたんだが」 というフリ付き

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Our love and peace

昔、新京極通りに「わぁ!」とピースマークの飾り物をいきなり見せてきて人を驚かせることを生きがいにしているおじさんがいました。 Bボーイみたいな人にそれをして、「心臓止まるかと思ったやろこら!」と胸ぐらを掴まれていました。 最近は全く出没しないそうです。 ― 平和というのは、どういう状態のことをいうのでしょうか。 ともすれば、社会的目線で考えてしまいがちですが、結局個人の集合体が社会です。 愛にあふれるようになると、自然と喧嘩も起こらないのではないでしょうか。 唯物論が好きな人は、社会学的に物事を見ます。 しかしはっ

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あきらめるが正しい

「学ぶは『まねぶ』からで、結局マネすることです」と、かなりの頻度で引用されます。 安易にこの言葉を使う人は、「ほら、俺を真似ろよ、俺を尊敬しろよ」と数%は思っているのではないでしょうか。 よく方法論ばかり解説する人がいますが、別にそれを取り入れて体感してみるのはいいのかもしれません。 しかしながら、うまくいかないことが多いように思います。 試してみる人用にカスタマイズされた方法論でもなければ、時代、状況、対象も異なるのだから当然でしょう。 あくまで参考程度でとどめておいたほうが得策でしょう。 そこに「20万円も払っ

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空アリ

空アリという駐車場の看板についてです。 論理上はイエス/ノーで二元論化している空間でのお話。 つまり埋まっているのか空いているのか、ということです。 コンピュータの世界では、0と1の2進法でほとんどのことが表現できてしまう。 しかし、こんなことが本題ではありません。 仏教では「空(くう)」と読み、あらゆる事物は固定的な実体性を持っていないと説きます。 いきなり「空」について触れてしまうと、それだけで終わってしまいそうなので、エッセンスだけ。 言語には限界があるので、伝わるかはわかりませんが、またいずれ書く事にしまし

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「コギト エルゴ スム」と「意」

胡散臭いコンサルに「好きな言葉はなんですか?」と聞いた時に、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」が出てきました。「コギト エルゴ スム」というものです。 方法序説に出てくるものですが、本来「コギト エルゴ スム」は「私は考える、だから私はある」の方が適切な訳だとか聞きますね。 十代の頃に同じようなことを考えていたのですが、昔々にデカルトくんが言っていたようです。ちなみにコギト エルゴ スムは、単に「コギト」と言われる時もあります。 コギトエルゴスムの概要 コギトエルゴスムの概要としては、なんだか禅問答みたいですが

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パッケージプラン

世の中にはわからないことがたくさんあります。 でも、本当にわかる必要があるのか疑問に思ってしまいます。 考えることは楽しいことですが、それは思考実験だけでいいのではないでしょうか。 哲学することは、おそらく頭を使う分野では一番楽しいことだと思っています。 いまでは、こだわりをなくしましたが、以前はかなり頭が固まっていたと思います。 でも、それもプロセスなのかもしれません。 いろいろなことに迷いもがくことも、もしかしたら演出かもしれません。 どうでもいいだろう いやどうでもよくない やっぱりどうでもよかった 昔、神経

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純粋な知性

本能的なものというのは無駄がなく知性的です。 ニーチェがそんなことを言っていました。 純粋に本能的なものほど、知性を感じたりします。 植物たちの無駄のない生き方、感情によって他の生き物を無駄に殺生したり傷つけたりしない動物や虫たち、そうした自然界の生き物たちの本能的な知性は非常に知性的です。 一方、人間においては本能レベルを超えた無駄な思考があります。そうした思考の結果は非常に非合理的であり、知性を感じません。 「モテるために、英会話をマスターしよう」というのは、実に遠回りで音痴のような気がします。 同様に、スリム

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精神的ストレスを解消???

「精神的ストレスを解消しましょう」 よくそんなことが説かれることがあります。 「体の不調は、精神的ストレスが原因となることもあります。だからストレスを発散しましょう」 そんな事がよく語られています。 しかし、そもそもストレスは解消する性質のものではありません。 ここが世間の勘違いです。 うつに関する話題となるとすぐに「精神的ストレスを解消することが大切です」という話が出てきます。 しかし、「解消する」というのは少し本質からズレています。 「いやいや、ストレスは溜まるよ」 「スポーツで発散してるよ」 などと言われるで

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矛盾とパラドクス

今回は、中学生のグレる要因である大人の矛盾について語るわけではありません。 少し学術的で、哲学的な感じです。 矛盾とはなんですか。 昔、苫米地さんが言ってましたが、情報が多過ぎることみたいですね。 一つしか当てはまらない項目に二つ入っているような状態です。 最もわかりやすいパターンは、 「男性であり女性である」と言ったパターンでしょうか。 簡単なことですが、「男性的であり、女性である」というのは、別に競合しません。 だいたい、変なこだわりを持っている人は、こういう点が変な帰結になっていたりします。 「男性的であり、

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