アウトプットの不足
本来は、手書きで書くくらいのスピードで一文字ずつ言語化していったりすると、臓器としての脳にとってもちょうどよいとは思うのですが、どうもAIや世の中の情報の拡大によって、そうしたゆっくり感が無くなっています。 また、一方で、人によっては即レス文化に飲み込まれているという場合もあるでしょう。 「次の日に会った時に話す」というタイムラグ感が、コミュニケーションの適正なバランスを保っていたかもしれない中、そのスピード感や「寝かせる期間」がおかし
情報加速社会における言語化の高速化と常時接続が「臓器としての脳」に与える神経生理学的過負荷:書字運動の認知科学と対人コミュニケーションの時間的緩衝に関する精神医学的考察
現代社会に生きる私たちの日常生活は、かつてないほどの情報量の増大と、通信技術および人工知能(AI)の発展による処理速度の極端な高速化の中に置かれています。本来、人間が自らの思考や感情を言葉として紡ぎ出す過程は、手書きで文字を紙に記していくくらいの緩やかな速度で行われるのが、生物学的臓器としての脳にとって極めて自然であり、無理のない処理速度であったと考えられます。指先を動かして一画ずつ文字を形作り、その物理的な時間の経過とともに自らの内面
» 情報加速社会における言語化の高速化と常時接続が「臓器としての脳」に与える神経生理学的過負荷:書字運動の認知科学と対人コミュニケーションの時間的緩衝に関する精神医学的考察の続きを読む
人生屈指の息苦しさ
先週くらいに娘から鼻風邪をうつされてから、その後副鼻腔炎になりました。僕の中ではこの、原因菌を「XX(幼稚園名)の悪魔」と呼んでいます。 それで耳鼻咽喉科にも行っているのですが、秋というものは行楽のシーズンということで、祭りのようなものが多く、休日もいろいろと出かけざるを得ないことが多い季節であり、なかなか完治しません。 息苦しさからか、クラリスロマイシン(抗生剤)の副作用なのか、その両方なのかはわかりませんが、かなり怒りやすくなります
思考という暴れ馬とヴィパッサナー
「幸せ」というのが本来の基本です。 しかしながら「そんなわけないよ」という実感のある人が大半なのではないでしょうか? 苦悩というものは、ほぼすべて「思考という暴れ馬」によってもたらされます。「それだけ」ということはないですが十中八九、その思考とは「言語」です。 それで、世の中では言語を用いて「幸せになろう」というようなことを言う人がいます。言霊云々というやつですね。 ある程度それには正しさがありますが、ちょっとだけズレています。 少し視

過労と意識の向き
最近、アンデシュ・ハンセン氏のいろいろな新書を読んでいます。「スマホ脳」で有名ですが、最近読んだのは「多動脳」や「ストレス脳」等々です。 特にADHDやASDに興味があるわけではないのですが、身の回りの社会を見ると、そうした傾向がよく見られるので、何かしらのヒントはないかとちらほら読んだりしています。 彼のシリーズは、極端さがないのでいいですね。文理のバランスが取れています。経歴的に「MBAを取得して医学部」という少し異色な経歴だからな
AI&スクロール酔いで気絶気味
気絶と言っても大半が、風呂の後や夕食後などに、知らぬ間に寝ているというものになりますが、たまに首を傾けただけで意識を失いそうになるというようなことも含めて気絶癖がついています。 その原因は「AIの生成文を読むスピード」と「スクロール」にあります。「動かないテキスト」を瞬間的に速読するのなら良いのでしょうが、生成されている時に追いながら読んでいると、酔ってきます。 最近はAIにおいて誤字なども減ってきているので、そのチェックはあまりしませ
情報価値と「解」
最近やたらとAI関連の業者から営業メールが来ます。 「AI、活用できていますか?」というようなものが多いですが、「そういうイベントがありますがどうですか?」的なやつも多いですね。 そういうものを含め情報価値というものは、かなり希釈されつつあり、容量で言うと、本当に価値があるのは「50ml程度」であるのに、1000mlくらいにかさ増しされているようなものが多くなりました。 さらに、そんな少しの価値に関しても、部分的なものが多く、全くのハズ

頬の観察
ちょっと顔を見てみると、 「あれ?X JAPANがXの頃のToshiさんメイクですか?」 と思うような頬に出会うことがあります。 昔は全く気にしたことがありませんでしたが、ここ数年人の頬が硬いのを見ると少し嫌な気持ちになります。 「愛情はほっぺたに詰まっている」 と言わんばかりの「娘のぷくぷくのほっぺた」を長年見ていたことに起因するのかもしれません。 特におんぶ散歩後の娘のほっぺたは大福のようになっており、「オキシトシン充填完了」という

春の嵐
春というものは、嵐が来たり、低気圧と高気圧がすごい頻度で切り替わったり、これでもかというくらいに乾燥したり等々でいろいろと乱れます。 花粉や黄砂等々も飛んだりしていて、それで調子が狂う人も多いでしょう。 ちなみに今、微かに腹が響いています。 微かに腹が痛いのですが、さほど気にしていません。 とにかく少しばかりあえて乱れた形で、つまり乱文的に雑記を書いていこうと思います。 本来、雑記自体には様々な文の隙間の価値があるはずですが、現代におい

謎の発熱
徹底的排出や徹底したやる気のなさの続編的になりますが、「これぞホメオスタシス」ということなのか、一昨日の夜、頭はクリアなまま39.4℃の熱が出るという感じになりました。 翌日も一日中38℃台だったので、さすがにエネルギー切れ感からあまり動けませんでしたが、喉や鼻にくるわけでもなし、「単に熱だけが出る」という感じで1日半ほどを過ごしました。多少腹は張り、何度もトイレに行きましたが、それもまさに排出というだけでした。 相変わらずやる気はあり

行き詰まりからの八つ当たり
この半年間ほど、「行き詰まりからの八つ当たり」をしてくる人によく出くわします。本当に脳疲労が限界を迎えているような感じで、論理の飛躍を伴ったような、建設性に欠けるぶつかり方をしてくる感じですね。 これは情報との関わり方と、それが身体性を伴わないことが大きく影響しているのではないかと思ったりもします。 あまり問題のなさそうな「映画等々が見放題」のようなサービスについても、実際に映画館に行ったり、そこまでいかなくてもかつて「レンタルビデオ屋

虚無感と身体感覚
虚無感と身体感覚についてサラサラと書いていきましょう。 いかにもらしいタイトルながら、雑記らしい雑記として(雑記499投稿目)書いていきます。 日常「で?」となるようなことがたまにあります。 その時はたいてい疲れています。 「いやぁさほど大したことはしていないよ」と思っていても疲れています。そんな時は、エネルギーもうまく産生できていない感があります。 最近別に意識をしたわけではないのですが、皮膚感覚に集中していると、体が勝手に緩むという

原始反射や神経的なパターン
今回の原始反射や神経パターンの話は、以前「ものの見事な幼児教育」で少し触れた発達支援施設において、保護者会のようなものがあり、そこで聞いてきたような話です。 どうやら発達の遅れがある場合、原始反射が残っている場合があるようで、ひとりの幼児がカイロプラティックでそれを指摘されて、背骨の調整と「原始反射に対する解除のような訓練」のようなものを指導されてから、多動傾向から落ち着きのある子にシフトしていったというような感じのようでした。 もちろ

本格的に副鼻腔炎と向き合う
さほどひどくはなかったのですが、また耳鼻咽喉科に行ってみました。 「いい加減にしろ」ということで、本格的に副鼻腔炎と向き合うにしました。 「なんだかんだで毎月来てるね」ということで、根本的には治っていないんです。 クソ寒い日のちょっとした突風や黄砂などが掛け算されると、またぶり返すんです。 おそらく今の状態からだと、一週間くらいで治まるのですが、四週間かけて治療することになりました。 この副鼻腔炎というやつが、顎の痛みに大きく関係してい

あの日、すごく痛かった日のこと
先日、銀行に向かうために商店街を歩いていました。 「あの日は助かったなぁ」 そんなことを思い出しました。 ひとことで少しだけ触れていましたが、一年ちょっと前、奥歯を一本抜きました。 普段行っている歯医者さんが休みで、行くことができないものの一日すら待てないほどの奥歯の歯茎の腫れと痛みがありました。 まあ理由としては、「歯周病で歯茎が腐っていた」というような感じでした。歯石取りなども定期的に行っていましたが、日常的に顎~歯茎への圧力がひど

詰まりの解消
雑記らしく、記録として何てことのないようなことについて書き記しておきましょう。 断薬から1ヶ月半程度経ちました。 たまに娘に副鼻腔炎をうつされるので耳鼻咽喉科に行くことはありますが、神経の修復はどんどん進んでいます。 全く不快感はありませんが、意味不明なほど眠れなかったりする日もありました。しかし、そうしたものも徐々に無くなってきました。 面白かったのが神経修復のプロセスなのか、物の見え方が数秒ごとに変わったりしたこともありました。 「

気づいた時に「気づく」という気づき
気づいた時に「気づく」という気づきが、本質的なヴィパッサナーです。 「よし観察するぞ!」と、意気込むのもよいのですが、日常は、ふと気づいた時に、自然な呼吸を観察するなり、手や足の動作をラベリングしたりということを行うというのが良いと思います。 でないと、生活できませんから。 ただ、野放しにしていると、どんどんと知らぬ間に「アイツ」の引力に吸い込まれていきます。なので、気づいた時に気づくという習慣によって、筋力を鍛えるかのように集中力を鍛

本格的な哲学空間の前に
ある程度、精神の状態が変化しつつあっても、数回寝て覚めればまた元通りになるのは、体に張り巡らされた神経的な基準に引き戻されているから、ということで、本格的な哲学空間に向かう前に、この体の基準を徹底的に変更していくとよいのではないか、と思うことがあります。 ある日、あることに納得してあることを決めたとしても、数日、数週間経てば、なぜかその納得に納得しなくなるというような現象があります。 これは結局、体が慣れ親しんだパターンに引き戻されると

ちょっとした体調管理
ここ数日、ダウン気味でした。毎食後に気絶、風呂上がりもダウン、という感じだったので、「やはり塩だろう」という感じで、塩を摂ると治りました。 塩分=悪のようにしたいのか何なのかは知りませんが、WHOにしても腎臓学会にしても「1日あたりの塩分摂取量を6g未満に抑えることを推奨」という、人それぞれの状況も何も考えていないアナウンスはやめてほしいですね。 普通に考えて、炎天下で重労働をしている人と、一日中家にいてドラマばかり見ているおばさんが同

老いるショックと睡眠負債
個人的に老化自体には何の抗いもなく、何の気がかりもなかったのですが… 先日インフルエンザで入浴を控え、マスク生活をしていて、数日後にひとまずヒゲを剃ろうと思ったときのことです。 数日間のおかゆ生活による栄養不足もあってか、 アゴ髭の半数が白髪でした。 さすがに「老いるショック!」と呟かざるを得ませんでした。 しかし、数日間ヒゲを剃らなかったということが功を奏してか、ヒゲラインの肌はつるつるすべすべになっていました。 やはり普段はヒゲ剃り
インフルエンザ中の夢
インフルエンザに罹った娘の看病によって僕もインフルエンザに罹り、一昨日の夜は38.7℃くらいの熱を出していました。 一応昨日午前中に内科に行って、抗ウイルス薬のゾフルーザを飲みました。夜には熱が下がり、何とか眠れたような気もしますがあまり眠れず、本日も多少の体温変動がありながら、多少ゆらゆらしながら過ごしていたという感じです。 38.7℃出ていた夜は、全身がタイタニック並みに震え、生まれたての子鹿のような動きになっていました。また、太も

休養と加速
個人的には昔から年に数回ショートバケーション的なものをちらほら挟むようにしています。とはいっても、そうしたものを取りにくい状況が続いていて、なかなか実現しませんでした。 今回の年末年始を中心に休んでみようと思いつつも、家族というものの存在すら本来の孤独的な休息にはならないので、あえて仕事を遅めから開始することで強制的に休むことにしました。 「別に大丈夫だ」という感想自体が、弱まっている時に慣れてしまって大丈夫であると感じているだけかもし

顔の好みを超えた本能レベルでの拒絶
大変失礼なのですが、僕は人生で数回、女の人の顔を見ただけで吐きそうになったことがあり、一度は本当に目の前で吐いてしまったことがあります。 容姿の美醜というより、好みの顔ではないというものが大きく、理性で考えると「個人的感想として、美しいというわけでもないが、その人の顔を好む人もいるだろう」というような感じだったりもします。 本当に「本能レベルでの拒絶」というものになるのだと思います。 思考ではどうしようもない防御反応のようなものなので、

新年 2025
あけましておめでとうございます。 2025年になりました。 元日は例年のごとく白味噌の雑煮を食べました。 ちなみにこの白味噌ですが、たいていスーパーでは主に二種類の白味噌が売られています。この時、「四条堀川らへんの白味噌」を選ばないと「スプーン7杯でこの白さ」的な騙しを食らうことになります。 きゅうりの古漬け そういえば年末に正月準備というほどではないですが、家族で外食ついでに買い物に出かけた時、久々に某漬物屋さんのきゅうりの古漬けを久

十二月の憂鬱
毎年十二月になると、月の中ほどまでの間に激しい憂鬱がやってきます。その重圧は、十一月の後半くらいからやってきます。 振り返ってみると、夏の暑さが厳しかった年ほどそうなる傾向にあります。また夏や秋にスケジュールを埋めすぎるとそのようになりがちです。 ここ数年は、毎年のように十二月になると限界に近づきます。 睡眠と栄養の不足、そして「他人の空間」に入りやすいからでしょう。 睡眠が不足したりしてくると消化能力が落ちて食事量が減り、結果栄養不足

浦島太郎感からの脱却
ここ数年の僕は、まさに浦島太郎でした。ある程度頭が元に戻ってきた時、社会を見渡すと、「どこだここは?」というような気分になっていました。 コロナ環境やコロナ罹患、そして娘との生活とそれによる睡眠不足、母の脳出血等々、様々な要因によって頭が破壊され、一時的に世界の把握ができなくなりました。一度地に落ちたようなものです。その一部は「感染後の集中の乱れ」で触れていました。 しかしながら、そんな浦島太郎感もなくなりました。さらにいうと以前よりも

情報の破壊
気力や体力がない時、「治そう、回復させよう」と考えます。それでうまくいくときもありますが、うまくいかないときもあります。 それはマイナス要因が大きすぎる時です。 このマイナス要因というのは何かということを突き詰めると、意図の障害になっている情報状態です。 また、治しても治しても復活する体のこわばりや痛みがある時、特定の情報による慢性的な緊張や炎症が潜んでいる場合があります。 なので表面的に治療しても、また緊張によって復活します。 何かし

肚の据わりと集中力・やる気のルート選択
肚の据わりとやる気について、そして集中力・やる気のルート選択でも触れていきましょう。極めて大まかに軽くだけ触れておきます。 大きく分けると肚(はら)の気と、「集中力・やる気のルート選択」についてです。それぞれ別々のことについて触れますが、前者は東洋的、後者は西洋的かもしれません。 肚(はら)の気 まず、肚(はら)の気について触れていきます。気と呼ぼうがプラーナと呼ぼうがそのあたりは何でも構いません。 まあいわゆる下丹田、臍下丹田であり、
話し相手が欲しい時
話し相手が欲しい時、話を聞いて欲しいというような感情が昂った時、普通は話し相手を探そうとしてしまいます。 たいていそんなふうに話し相手が欲しい、話を聞いて欲しいと思っている時は、何かしらの抑圧されたもの、鬱憤といったものが溜まっていたり、頭がまとまっていない状態だったりするので、聞いている側は面倒だったりします。 ほとんどの場合は、建設的な意見が欲しいのではなく、ストレス解消を目的としています。 旧来から掲示板やチャットというものもあり

声枯れの利用
現在副鼻腔炎が続いています。まあ娘の風邪がうつってそれからという感じなのですが、治りかけてはまた復活しということで、一ヶ月以上続いています。 日中は平気ですが、この副鼻腔炎は寝込みを襲ってきます。こちらは眠っているのでどうしようもありません。 また、日によっては鼻だけが苦しい時もあれば、喉に落ちてきて声が枯れてくるという時もあります。 こうした副鼻腔炎癖がついたのは、コロナ感染の時です。 そしてふと思い返すと、怒りが増幅していた原因の半
