子どものジタバタ

昨日、娘とともに耳鼻咽喉科に行ったときのことです。

小学校低学年くらいの男子が、足をジタバタしているので、そのお母さんが「お行儀が悪いからやめなさい」と言っていました。

普通の光景です。

その一方で、風邪などになると極めて機嫌が悪くなる我が娘は、案の定耳鼻咽喉科の待合内をうろつきながら、「喉は見せません」などという主張をしています。

僕はなんだかんだで、発達支援施設の方々から対応を学んでいたりもするので、「叱らなくてもなんとかする方法」を見に付けているためミルトン・エリクソン氏的誘導で、落ち着かせることができました。

徹底的傾聴と、相手の思考の言語化による共感とフレーズの繰り返しです。

「喉を見せたくない。喉を見せるのは嫌だということね。喉は見せないが、鼻だけは大丈夫。鼻だけ先生に見せよう。喉は見せない…」のような感じです。

するとジタバタ男子が、「え?怒られてない。でも落ち着いた」ということを驚愕とヘルプミー目線で確認してきました。

それからというもの、彼の視線が熱く、「うちのお母さんに言ってくれ」と言わんばかりの圧をかけてきます。

もちろん体の具合によりますが、足のジタバタは、ADHD傾向(これは誰にでもあり度合いだけの問題です)、ドーパミン不足、ノルアドレナリンの過剰、というような状態です(バランス的な問題です)。

なので、「お行儀が悪いからやめなさい」というよりも、運動で補充すれば、収まります。

季節も良いので外にでも出てちょっとジャンブでもしていれば、気分は落ち着くのではないかと思います。

医者に来ているくらいなのでちょっとした散歩くらいがちょうどよいかもしれません。3分でも5分でも良いと思います。

「お行儀が悪いからやめなさい」というのはわかっているんです。

わかっているのですが、では、今の不快感をどうすれば良いのかがわからないんです。

それで困ってしまいます。

もちろん、社会性の問題もあります。

楽しげに超高周波の奇声をあげるやつなど、迷惑ですから。それなら縄跳びでもしている方が健全です。

俗に言う「貧乏ゆすり」も、運動によるドーパミン+リズムによるセロトニン補充です。なので、本来機能的には素晴らしい動作です。

しかし、世間では行儀が悪いとされます。

では、行儀を気にして緊張して不快で、そのせいで本領を発揮できないという人はどうすればよいのでしょうか?

その場合の解決策を提示もできないで、自分は気質的にそんなことをしなくても良いからと「行儀」の一言で終わらせるのはいかがなものか、ということです。

もちろんジタバタの物音が他の人を不快にさせることはあります。なので、行儀という概念を用いるのは構いません。

問題は、「では代替手段を提示できないのか?」ということです。

そして現代は情報がすぐに手に入ります。

「くすみケア」のような情報ばかり調べていないで、そうしたことを調べてみてもよいのではないか、ということです。

「右、左、右、左」の行進

最近、本当の集中力をつけさせるために、散歩途中で娘と一緒にヴィパッサナー的なことをしています。

「言語と身体動作の一致」です。

足並みを揃えて、右足を出して右足が地面についたら「右」、左の場合は「左」と声に出すか、「1、2、1、2」でラベリングします。声出しは娘です。

言葉と動作がズレると立ち止まります。

「速ければ良いというわけではないよ。タイミングが合うことが重要」

というようなことを伝え、足の動きとラベリングを一致させます。

娘は1分で音を上げます。

ただ、その後の読書の集中力は凄まじくなります。

この集中力が、ジタバタや発狂も抑制します。

診察室にて

そんな娘ですが、診察を渋りつつ「喉は見せない、鼻だけ見せる」ということで、診察室の椅子に腰掛けました。

しかし、鼻を診てもらい、処置し終わったあと、「ついでに耳も見とこ」と言われ、「はい左向いて、はい次、右。ん。じゃあ口開けて、あ」という言葉につられて、そのまま喉も診察されていました。

「できるやん」(医師)

「うん」(娘)

ということで一件落着です。

Category:miscellaneous notes 雑記

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