パワハラの境界線

世の中では、パワハラが問題になることも多いですし、僕もたまにパワハラ野郎という概念を使うことがありますが、そうしたパワハラの境界線を捉える上で、面白い人がいたことを思い出しました。 定義上パワハラは、パワーハラスメントなので、嫌がらせ要素が必要になり、職場への悪影響が発生していることが定義上の要件となります。 そういうわけでただ単に客観的に暴力的な指導であるからと言ってパワハラと判定することはできません。 それをパワハラとするには、やはりその奥に「自尊心の補償」という概念や八つ当たり的な要素が必要になりますし、「職

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園長先生のクレヨン

つい先日のことですが、カール・ラガーフェルド氏が亡くなられたそうです。 かなり前からカール・ラガーフェルド氏を知っているような口ぶりですが、その存在と名前が一致したのは去年の夏頃でした。 真鍋島で船の運行がイレギュラーになり、出戻り後に次の便を待っている間、テレビ画面にコシノジュンコ氏が登場していたのでそれを見ていました。 その話を父にすると、カール・ラガーフェルド氏の名前が出てきたという感じです(既に廃業し引退していますが、父はそうした業界にいました)。 ということで昨年知ったのですが、父は以前カール・ラガーフェ

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事務方の達人との思い出

特にそうなる必要はありませんが、いずれ起業する前提や社長になる前提で働いていると、様々なことが勉強になります。 学校にいる間はお金を払って勉強するという形になりますが、社会に出るとお金をもらって勉強をするという形で毎日を過ごすことができます。 ― 世の中においても、曖昧で余白的に成り立っている事柄はたくさんあり、表面的な範囲や構造だけで捉えることはできません。 法律においても信義則や権利濫用、情状酌量という概念があるように、職場においても全てがガチガチに決まっているわけではありません。 ある程度の余白があって、余白

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おばあちゃんの梅干し

梅の花が満開になる季節です。 梅・桃・桜といったバラ科サクラ属の花々は、順序よく咲いていきますが、僕は昔からやたらと騒がれる桜よりも梅の方が好きだったりします。もちろんすべての花が好きですが、強いて言うなら開花する順番通りに梅・桃・桜といった順に好きです。 さて、本題であるおばあちゃんの梅干しです。 今年のはじめ福井県に行きましたが、そこで大量の梅干を買いました(「ひとこと」で少し触れていました)。 なぜなら、おばあちゃんの梅干しを95%くらいの再現率で再現したような味だったからです。 おばあちゃんが亡くなってから

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変化する怪物と四半世紀の混乱

先日夢の中で、なぜかリヴァイアサンが出てきました。リヴァイアサンといえばトマス・ホッブズの「リヴァイアサン  あるいは教会的及び市民的なコモンウェルスの素材、形体、及び権力」でもありますが、僕たち世代としてはファイナルファンタジーシリーズに登場する幻獣のイメージが強い感じです。 一度必然的に出てきた流れは止めることができず、その変化は安定するまで必ず混乱を招きます。 そしてその混乱期間としておよそ四半世紀くらいが目安になるというようなことが、何故か夢の中でリヴァイアサンの形をしててきたわけです。 さらに起きてから干

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明日や未来が見えない時の対処法

人が絶望する時、それは「明日や未来が見えない時」がほとんどです。 うつが語られる時、世の中では体調とか考え方とかそうしたものが中心になりがちですが、「ぽっかり空いた何か」をどうすればいいのかということについては、ほとんど示されません。 体を良くするとか現状をハッピーにするということはいいですが、そうしてネガティブ要因を何とかしたとしても、それでも「この先どうすれば良いのか?」ということを誰も教えてくれません。 人生において「嫌だ!」と思う瞬間はたくさんありますが、その中でもとりわけ「こんな毎日がこれからも続く」とい

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超人思想と力への意志(権力への意志)

超人思想と力への意志(権力への意志)について触れていきます。 超人思想とは、ニーチェが「ツァラトゥストラはこう言った(Also sprach Zarathustra)」あたりで示した、能動的ニヒリズム的に生きる姿といった概念です。「生の肯定」として、永劫回帰の中で「生きること」を肯定して生きるという感じです。 力への意志(権力への意志,Der Wille zur Macht)とは、生の本質として、内的条件が外的に適応するというものではなく、それそのものとしてあるものという感じです。力は意志であり、力への意志はありま

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清流の国 ぎふ うだつの上がる町並み

清流の国 ぎふ 2019 うだつの上がる町並み

特に目的地として設定していたわけではなかったのですが、平湯温泉に向かう途中に「うだつの上がる町並み」の案内板が見えたので帰りに向かいました。 うだつの上がる町並みは岐阜県美濃市にあります。 数年前のことになりますが、大学生によるビジネスプランに関するプレゼンテーションを聞いていたところ、このうだつの上がる町並みが登場したのでその存在を知りました。 そういうわけなので、近くを通った時に 「ほう、ここがあのプレゼンテーションで出てきたうだつの上がる町並みか」 ということになり、帰りに寄ることにしたという感じです。 慣用

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奥飛騨クマ牧場 ヒグマのグーちゃんとの思い出

奥飛騨クマ牧場 ヒグマのグーちゃんとの思い出

奥飛騨クマ牧場にいるヒグマのグーちゃんとの思い出です。 奥飛騨クマ牧場にはたくさんのツキノワグマがいますが、ヒグマは一頭のみ。そのヒグマがグーちゃんです。牧場の一番奥にいます。 1995年生まれということで、僕とは干支一周り違いで亥年の歳男です。 最初ヒグマのグーちゃんのところに向かった時は雪が積もる高い場所にいました。 一応ビスケットを投げてみたりしましたが、それほど反応はなく、という感じでした。 ツキノワグマのように特に興味を示すわけでもなく、直接取りに来ることもなく、近くに落ちたものをゆっくりと食べに来るよう

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奥飛騨クマ牧場 ツキノワグマとの戯れ

奥飛騨クマ牧場 ツキノワグマとの戯れ

以前、福井県から群馬県に向かう途中に平湯温泉あたりを通過した時に「温泉の匂いが強烈だ」と感じ、印象に残っていたので、この度平湯温泉に行きました。 やっぱり匂い通り泉質がいいなぁと思いました。 僕の中では草津温泉の次くらいだと思います。 翌日、奥飛騨クマ牧場に向かいました。 やはりどこに行っても動物に会いに行ってしまいます。 奥飛騨クマ牧場にはツキノワグマとヒグマがいます。 ひとまずはツキノワグマたちとの思い出の方から触れていくことにします。 いざ!奥飛騨クマ牧場 若干昭和感のある奥飛騨クマ牧場。昭和生まれの僕として

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お通しやサービス料、保証金といったよくわからない商慣習

以前にも少し触れていましたが、20歳前後の頃よくわからない商慣習のおかげで外出するのが嫌になったことがあります。 いまでこそかなりマシになりましたが、当時、居酒屋のお通しと呼ばれるようなものを筆頭に、飲食店などにおいて謎のサービス料のようなものが何の説明もなしに料金に付加されたりして困惑しました。 最近ではメニュー表に記載されるような時代になったので若干は気楽になりましたが、このとき感じた違和感によって未だに飲食店に行くことがあまり好きではありません。 何故そのようなことが通用していたのかが謎でしたが、やはり納得が

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Eric.Wで蘇る思い出

10代の時にバンドメンバーと耳コピした「Eric.W」が凄まじく公開されていて当時の思い出が蘇ってきました。 イコライザーを調整したり、ヘッドフォンを持ってきたりいろいろとしながら、ギタリストとああでもないこうでもないとつぶやきながら何時間も耳コピした良き思い出です。 各パートごとにそれぞれ耳コピした後、違うパートのみんなが不完全部分をツッコむという感じでした。 ある程度耳コピが完了した後にみんなでスタジオで演奏してみた時の感動が蘇ってきます。コピーにもかかわらず、メンバー以外の誰もがそこには入り込めないような深い

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八割方はすぐに叶う時代の一眼レフカメラ

技術が進むにつれて、ある程度の地点までは誰でも簡単にたどりつけるようになっていきます。その裏では素人目には理解不能なレベルでのすさまじい高度な技術が組み込まれていたりします。 素人が簡単に操作できるとすれば、その簡単さに応じてその裏にある技術のレベルは高いものになっています。 そのような感じで、以前まではプロの領域だったものであっても八割方はすぐに叶う時代になってきたりしました。 それはプロの価値が下がるということではなく、ラスト二割の価値がより高まったということでもあります。 八割方までは、技術がサポートしてくれ

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虚飾や虚栄を支える他人の目

「虚飾や虚栄を支える他人の目」ということで、見た目で態度を変える人たちについて、そして、それが影響し虚飾や虚栄を繰り返してしまう人たちの意識の中身を少し覗いてみましょう。 背伸びをすること自体は、自分自身が背伸び後の自分に合わせるようになるという流れを作るため良いふうに働くこともありますが、たいてい不足を発端とした虚飾や虚栄は悪い方にしか働きません。そして、より高い地点にいる人達に笑われることにもなりかねないのです。 その笑いが微笑ましいというものになる時もあれば、馬鹿にされるという時もあります。その差は概ね「モテ

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襟を正すとすぐに吉報がやってくる

日常の展開など結局意識しだいであり、我に返るとすぐにより良い方に物事が進んでいきます。 襟を正すとすぐに吉報がやってくるという感じで、一種ふらっとしてしまった意識を元に戻すだけで、すぐに現実はより良く展開していきます。 一瞬気の迷いが生じたとしても、「カスを切るほど良いことが起こる」という感じで襟を正すとすぐに良いことが起こります。 そういえば我が事で考えてみても、おもしろいことが連続して起こっています。 先日、年末に触れていた「何なのこいつ?」が、取引の依頼をしてきたので、すぐにお断りの連絡をしました。 鈍い人た

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「操作できる」という実感

映画やドラマ等々を長時間視聴することは難しいものの、ゲームなら半日でもやり続けることができる理由はどこにあるのかということをふと考えました。 昨年から観続けているXファイルですが、全話で200以上あるのでまだまだ終わりません。DVD一本で4話入っており、1話が45分弱なので、DVD一本で3時間位の時間になります。しかし連続して観ようと思っても体力が続かないので、一日でDVD1本を全て観たことはありません。なお、頭に血が上ってしまうのか、食後のXファイル鑑賞は、胃腸に悪いということで時間を空けてから観たりしています。

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設計者・開発者たちの「評価への迷い」

いくらコンピュータをうまく利用したとしても最終的にそれらを利用するのは人間なので、いかにコンピュータを人間ぽく動かすかということが各種設計者たちの最大の課題になっているはずです。 いつの時代でもスパマーというものはいて、設計者・開発者の人たちが考えたアルゴリズムの裏をかくということがイタチごっこで起こっています。 AI(人工知能)への皮肉とドラえもんの設計で触れていましたが、概ねそうした設計をする人たちというのは人が良すぎる傾向にあり、我が事を基準として「人間は最も理性的な判断を採用し、最も理性的な行動を取る」と考

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数撃ちゃ当たるの発想と営業代行

昔からそうなのかもしれませんが、いまなお数撃ちゃ当たるの発想でやってくる営業なんかがよくあります。 会社宛にもよく営業のメールが来ますが、まさに数撃ちゃ当たるです。レスポンスがあればそれで良し、無くてもひとまずメーリングリストには残しておいて連射するという感じになっています。 まあこういうのは自社でやっているケースもありますが、営業代行会社がやっているという場合もあります。 というわけで、そんなものにいちいち反応してはいけないですし、「ああ、この人達は私達のことを数撃ちゃ当たるの『数』としてしか見ていないんだ」とい

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感謝の効用のカラクリと注意点

「感謝」について、感謝の効用のカラクリと注意点についてでも触れていきます。 胡散臭い自己啓発やスピリチュアリズムなどが蔓延してからというもの「感謝」が安物になりました。 言霊が云々なんてなことを言いながら、何にでも感謝しろというような一種の社会的圧力すら出てきているような感じもします。 ありがとうなんて思ってもいないくせに「ありがとう」とか「感謝してます」みたいなことをひとまず言っておけばいいというような風潮があります。 それはそれで時にうまく働くことがありますが、逆に精神を悪化させてしまうこともあります。そういう

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永劫回帰(永遠回帰)

永劫回帰(永遠回帰)とは、「この生が何度も何度も繰り返されるとすれば…」ということをもって今の生を肯定する試みであり、ニーチェがルサンチマンやニヒリズムを脱却するものとして考えた思想になります。 所詮思想の範疇であり、思考実験のようなものでもありますが、西洋文化の中で考えうる思考の限界だったのではないでしょうか。 この概念は、独語の「Ewig Wiederkehren」が訳された語なので、永劫回帰とか永遠回帰というふうに表現されたりしています。なんだか名前がかっこよくて陶酔してしまいそうになる人もいるかもしれません

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営業時間とラストオーダーの表記

なんだかんだで営業時間とラストオーダーの表記というものは結構大事だなぁということを思ったりします。 リッツのような考え方の人たちにとっては、表面的なOKとNGだけの問題なのかもしれませんが、営業時間とラストオーダーの表記の問題を軽視していると客商売ではかなりの致命傷を負うのではないでしょうか。 ― 先日福井県に行ったときのことです。 日帰り温泉にて入浴後に軽食でも取ろうかと思い、食事コーナーに行きました。 館内のいたるところに営業時間終了は22:00、ラストオーダーは21:30と表記されており、その時はまだ21:1

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福井県越前町 宿(しゅく)遠い記憶が蘇る高台

美しくたくましく福井県 2019 遠い記憶が蘇る高台

毎度毎度福井県に、そして越前町に来てしまうのは、やはり幼少期の遠い記憶がそうさせてしまうだと思っています。 去年はバス停だけでしたが、今回は本格的に思い出の高台まで行ってみました。 路地を発見。 既に頭がほんわかぱっぱ。 「画面は砂嵐で音声のみが聞こえたドラえもんのあの日」が鮮明に蘇ってきました。 既に鼻血が出そうなレベルです。 小学校低学年くらいの時(もしかすると幼稚園児くらいだったかもしれません)に、この町にいる遠い親戚の家の近所に住む女の子二人(姉妹)と駆け登った石段。 ひとまず鳥居まで進みます。 「んにゃ?

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東尋坊

美しくたくましく福井県 2019 東尋坊

越前松島水族館からすぐだったので、ついでに東尋坊にも行ってみました。距離にして3kmちょっと、車で5分程度です。 日本海の壮大さをより一層感じさせてくれる東尋坊。 東尋坊は、越前加賀海岸国定公園の特別保護地区であり、国の天然記念物および名勝に指定されています。 荒波と岩のコントラストが美しい東尋坊。「日本海」という感じがします。 自然の前での非力さを感じさせてくれる東尋坊。 真冬の東尋坊は味があります。 凄まじきかな断崖絶壁。 近くには東尋坊タワーがありました。 〒913-0064 福井県坂井市三国町安島東尋坊 関

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美しくたくましく福井県 2019 越前松島水族館

美しくたくましく福井県 2019 越前松島水族館

敦賀市から一旦若狭町に向かい、翌日から例のごとく越前町方面に行きました。 毎度毎度越前町という感じですが、今回は坂井市まで足を伸ばし越前松島水族館に向かいました。なぜなら年始に桃鉄でマンボウラッシュだったことと気比の松原でマンボウを見たからです。越前町行きは旅立つ前から決めていたことですし、さらに少し先にある越前松島水族館では生きたマンボウを観ることができるということなのでパスする理由がありません。 そんな感じで今年はマンボウを筆頭に魚類や両生類など、海の生き物と仲良くなろうということで水族館に行きました。 越前松

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気比の松原

美しくたくましく福井県 2019 気比の松原

美しくたくましく福井県 2019ということで福井ツアーに行きました。まず第一弾は 福井県敦賀市の景勝地「気比の松原」です。この場所へは何度か行ったことがあるのですが、久しぶりに寄ってみようということで松原を散歩しに行きました。 気比(けひ)の松原は、日本三大松原の一つです。 浜辺のすぐ脇にたくさんの松が群生しています。赤松が多いのが特徴的です。 松の香りと潮風が相まってすごく良い匂いがします。 目の前はもちろん海岸。 敦賀湾です。 松林を歩くと様々な発見があります。 夫婦松 まあわかりやすいもので言えば、こちら「夫

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