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従業員時代の感覚

ある時社長仲間と話していると、「ベンツ買ったんですよ」ということを報告されました。 その点に関しては何の問題もないのですが、しばらく話していると、「ここしばらく、人がすぐに辞めていくんですよ」という話をされました。 そういう感じだったので、 「ベンツ売っちゃったらどうですか?」 なんてなことを言ってみました。 せっかく念願のベンツを買って喜んでいる本人を目の前にしていきなり話の腰を折るような発言をしましたが、もちろん理由もなく言ったわけではありません。 もちろん社長仲間本人の功績がなければそんな物を買う余裕はありま

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倒木しても満開になった「奇跡の桜」桂川

倒木した桂川~天神川の桜と社会

先日、桜の季節ということで桂川の方に行きました。 いつもの菜の花スポットですが、そこには桜並木があり、ほぼ毎年のように行ったりしています。しかし、桜の季節は比較的人が多いので、桜が散った後に菜の花を見に行くことが多いという感じです。 ただ今年はちょうど桜が満開の時期に暖かい晴れの日が訪れてタイミングも良かったので、多少の人の多さを覚悟しながら桂川の方に行きました。 桂川と天神川が合わさる手前の場所で、厳密に言うと天神川の方なのですが、やたらと人が多く、「うーん…まあ仕方ないだろう」と思っていました。 桜並木の方に行

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骨格と装飾と問題

文章と音楽は全く別物かのように見えたりもしますが、知っている人は知っているように、骨格と装飾といった感じで、中心となる部分とオマケの部分があります。 また、そこにある美しさは、フィボナッチ数列から導かれる黄金比のような法則性もあります。そういうわけで、本来文理芸は切り離されているものではありません。 言語なら言語的意識、音なら聴覚といったように、美術なら視覚といったように、どの次元で表すかとかどの次元で捉えるかというだけの違いで本質的にはそれほど違いはありません。 骨格となるものと装飾的な部分についての差は、文章で

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システムや機械の利用と依存

システムや機械の利用と依存ということで、利用と依存についてでも書いていきましょう。もちろんシステムや機械自体は悪くないという部分もありますが、機械への依存が増えると、本質的なクオリティは下がってしまう場合もあるというような点について触れていきます。 特に今に始まったことではありませんが、現代においてもひとまずいかにして「人の代わりに機械にやらせるか」という方向で技術開発は進んでいます。 それ自体は別にいいのですが、単にシステムや機械を利用することと依存することは全く別物です。 全体像を理解した上で、部分を機械に代替

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透明感への没入

僕は透明感に惹かれる時があります。 そして元々視覚よりも聴覚優位なのか、声に惹かれる部分があり、透明感のある声に多大なる魅力を感じたりします。 My Little Loverには透き通った風を、Coccoには海洋深層水のような透明感を感じます。 「風と水の名において解き放て」 といった感じで、全身の毛穴が透明とつながるようなそんな気がしてしまいます。 声で世界が透明になった日 結構前になりますが、以前勤め人の頃、仕事終わりに同僚に声をかけられ、 「そこにMy Little Lover来てるで」 と言われました。 新

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爆笑して起きてしまうゆかいな夢

僕は今なお夢に爆笑して起きてしまうことがあります。 月に一度以上はそんな感じで起きてしまうのですが、ゆかいな夢で爆笑し、愉快な気分で目が覚めます。 つい先日は、養子のうさぎやインコのピーコちゃん、ガチョウの雪雄や鹿の王などを筆頭とした仲の良い動物や鳥、以前に保護したアシナガバチや逃した米びつ虫をはじめ、ひっくり返っているところを起こした虫たち、宝ヶ池の鯉たちなどの魚類、家に現れたヤモリなどの爬虫類、それに家にいる植物たちなど、ありとあらゆる生き物たちに全身を覆われ、愛情表現的に舐められたり体を這われたりしながらくす

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ある人にとっての「面白い」が、ある人にとっては「面白くない」のは、なぜなのか

ある人にとっての「面白い」が、ある人にとっては「面白くない」のは、なぜなのかという点についてフロイト的にでも触れていきましょう。 世間では、あることを面白いと思う人がいる一方、そのことを面白くないと判断する人たちもいて、両者の中で軋轢が生まれたりもします。その様子自体が若干面白いのですが、無駄な争いですし、「この心」として怨憎会苦を得ないためにも、その構造を理解しておいたほうが良いのではないかということを思いました。 笑いの要素は、緊張の緩和や間や特異性など多岐にわたりますが、重要な要素として「抑圧の解放」という要

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就職活動でもその気になればルールを超えることができる

「その気になればルールを超えることができる」 僕がそれを実感したのが就職活動でした。 相手に文句だけを言っても変えることはできません。 身内の人などであれば、それに応じてくれる人もいるかもしれませんが、若造一人が何の接点もない企業相手にいくら真っ当そうな自説を説いたとしても通用しない、それを突きつけられるのが主に就職活動です。 相手には求める条件があって、その条件を満たそうと思っても各々環境が違うので、条件を満たせるかどうかのハードルは平等ではありません。 平等であるべきですが、それは国家や社会の理想、目指すべき到

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祝五周年

本ブログも五周年を迎えることになりました。ちなみにこれで1480記事目になります。今回も祝四周年の時と同様に、単純に祝五周年というタイトルです。 「五年経つとこんな感じになっているのか」という感じです。 祝四周年の時点で、1140記事だったのでこの一年で340記事を書いたことになります。書庫の増設等もありましたが、この一年もまあまあ書いた方になるのでしょう。 さて、常連さんいつもご高覧ありがとうございます。コメントを寄せていただいた方やcontactからご連絡を頂いた方、また、ひっそりと読んでいただいている方々、あ

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自己実現と安らぎ

「あなたの自己実現とこの心の安らぎは関係がありません」 といった感じで、自己実現と安らぎについて触れていきます。 ふと心が折れそうになった時、一種の呪文のようにつぶやいてみると面白いかもしれません。 より厳密に考えると、「無意識は単語の概念から想起するため否定形を認識できない」とか、「単語の意味を想起してから打ち消すので、一度は想起してしまう」という部分もありますが、そのようにしか表現できないので、ひとまず先の感じのフレーズにしておきました。 この自己実現と安らぎの関係については、複数の意味が抽象的に統合されていま

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認知のあり方と解釈

認知のあり方と解釈について触れていきます。 社会においては、誰が発したのかというところが影響することがありますが、本来は意味において誰が発するかというところは、哲学領域等々、領域によっては本当に関係がありません。 出典を根拠とされようが、その出典自体は何に保証されているのか、という感じになります。より詳しい論証やデータがあるくらいで、蓋然性が高まる程度でしかなく絶対的な根拠としては成り立たないのです。 ただ、 「内容は同じでも誰が発するかによって解釈が変わる」 ということは、日常でよくあります。文脈によっても変わり

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表と裏と社会性と匿名性

一時期やたらにインターネット上で著者を示そうとか実名で公開させようとするような流れがありました。しかしそれは、インターネットの役割として相性が悪く、頓挫する形になりました。 まあインターネットの匿名性は、時に社会の中で問題となることがありますが、そうした場合被害者側の思いばかりが語られ、匿名性がもたらした害悪だということが語られたりしています。 そうした問題自体は、インターネットにまつわる一つの問題としての側面として、事実として検討してくべきポイントとなりますが、いわゆる加害者側にも動機の発生から実際の行動までの間

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fender usa precision bass 1998

相棒プレシジョンベースとの20年

今年で我が相棒フェンダープレシジョンベースを手にとって20年になります。二代目なので、その前からベースを弾いていましたが、初代はお下がりの貰い物だったので、100%のマイベースではありませんでした。 新品のまま我が家に来たベースはこのプレベのみ。ということで100%僕専用であり、相棒としてこの20年間を共に過ごしてきたことになります。 中学校卒業祝いにと買ってもらったものなので、手に取ったのはまさに今頃です。 ― 昔から物を買い換えるのは嫌いで、一つのものをずっと使うという方が性に合っています。 たくさんのものを経

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日々を彩るアウラと駄アウラ

なんだかんだで年数回旅立ったりしていますが、日常これといって刺激を「求める」ということはありません。元々怒りが強く排除の方に気が向くくらいであり、かつ、放っておいても刺激はやってくるので「不足している感じがない」という感じです。 で、勝手に刺激は展開されていってしまうので「日々を彩るアウラと駄アウラ」といった感じでそんな日々の様子について触れてみます。 「駄アウラ」とは僕が勝手に呼んでいるものですが、元はアウラから来ています。駄菓子から得ることが多いので駄アウラと呼んでいます。 アウラの喪失 「アウラ」は、ヴァルタ

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芽が出るまで穏やかに待つこと

結果が出ることを焦ると全てが台無しになることがあります。 待つ時には待たねばならないと言う感じです。 焦燥感から物事を待てずにフライングしてしまうと、せっかく現れるはずだったものが姿形を変えてしまうことがあります。また逆に痛みを恐れて判断が遅れると損失がひどくなることもあります。だから穏やかに過ごすのが一番です。 「成長を温かく見守ること」で結果的にうまくいくとか、芽が出るまで穏やかに待つことによって、万事うまくいくということはよくあります。 ただ、単に待つだけでいいときと、待つにあたって「待つ体制」を整える必要が

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ピアノの先生と幼き日の弱さ

なんだかんだで小学一年生から六年生までピアノを習っていました。 きっかけは何だったかはっきり覚えていませんが、「ピアノを弾きたい」と父に言うと、数日後家にピアノが届き、さっそく近くのピアノ教室に通うことになりました。 最初の1年くらいは多分楽しかったと思いますが、その後すぐに辞めたくなりました。 なぜならピアノ教室の先生と合わなかったからです。 あと幼い頃にはありがちですが、小指等々の指の痛みが辛いという部分もありました。 しかし嫌々ながらも六年生まで通うことになります。 その理由は幼き日の僕の弱さにありました。

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趣味や職業と生き物の命と不殺生

「趣味や職業と生き物の命と不殺生」ということで、生き物の命と人が生きていく上での殺生について触れていきます。 たくさんの数のご連絡の中から「趣味の釣り」や職業として殺生を避けられない職業についてのご質問を受けました。 趣味としての釣りにおいては、海の生き物に対する殺生が関連し、ガーデニングにおいてもいわゆる雑草取りや害虫駆除という殺生が関連してきます。 職業としては、畜産や漁業・狩猟をはじめ、農業や造園であっても先のガーデニングと同様の殺生が関連してきますし、清掃や建築関連であっても多少は関連してきます。 究極的に

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対人恐怖と人間不信への対処

対人恐怖と人間不信への対処について触れていきます。 人間不信や疑心暗鬼が加速すると、人によっては他人と接するのが恐いという感じになりますし、人によっては攻撃的になってしまったりします。 自分の「自我」を含めて人の意識は不安定です。なので、人を心底信用することはできませんし、それはそれで大いに理解できることですが、恐怖を感じたり攻撃的にならざるを得ないというのは「この心」にとっても苦しいことなので、「それとこれとは別次元のこと」として捉え、苦しみを時空の彼方に追いやってしまいましょう。 対人恐怖と人間不信への対処とし

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真面目と怠惰

真面目と怠惰というコントラストがあります。真面目は良くて怠惰はダメだとかそんな感じですね。 「真面目だけど不器用」 とか 「真面目でいい人なのにうまくいかない」 ということがよくあります。 もちろん真面目なことはいいことですが、真面目なようで実は真面目っぽさにかこつけた怠惰であることがあります。そうなるともったいなかったりしますので、逆説的な怠惰について触れてみます。 真面目で誠実というのはすごく良いのですが、それに甘んじることで本質から目をそらしているだけだったりすることがよくあります。 なので「いい人止まり」み

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内発性と自発性

一見同じように見えてしまう「内発性」と「自発性」は、似て非なるものであり、「内発的」と「自発的」というものも異なる概念です。 まあ言葉の定義というものは、各々の方々によって違ったりしますが、ここでは、アリストテレス的に内発性と自発性について少し触れていきます。先程、類語について触れていたのでそのついでです。 世の中では内発的動機づけと称しながら、人をマインドコントロールしようとする人たちがいます。新入社員研修などでもありがちです。 その内発的動機づけという言葉における内発的という言葉は、おそらくアリストテレスが言っ

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異常な「?」や「意味・解説」「類語と例文を示すこと」を評価すること

最近では,、そのへんから引っ張ってきたような意味や解説を並べたもの、類語と例文を並べるだけのページが増えてきました。 それ自体が確かに言葉の学習としての価値があるのならは良いのですが、概ね類語として示されているものは類語であってイコールではない、決定的な差異もあるのにそれが示されていないという形で、本質的な部分からは乖離しているような気がしてなりません。 異常に「?」がついていたり、意味や解説というワードを入れていたり類語や例文をよくよく吟味もしないまま掲載している感じです。 単純には、あまり良く考えていない人たち

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見栄や恥に釣られる甘い客

見栄や恥に釣られる甘い客ということで、恥の意識とマインドコントロールについて少しだけ触れていきましょう。 マインドコントロールの要因はいくつかありますが、用いられやすい心理的要因として「恥の意識」があります。 恥をかきたくないということに始まり、カッコをつけたいとかモテたいという意識があると、意志決定をコントロールされてしまい時に「甘い客」として取り扱われてしまう他、最悪の場合は世間でいうところの「洗脳」をされてしまいます。 北九州監禁殺人事件においても、そのマインドコントロールに恥の意識が利用されていたというのは

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谷野杢蔵(歌の勝ち負け)

ついでなので、いかにも昔話的で、できれば日本昔ばなしでやって欲しい感じのお話もありましたのでご紹介しておきます。 現在ところ検索しても一切出てこない感じなので、おそらく「まんが日本昔ばなし」にはない作品だと思います。もしタイトル違いなどで類似作品があったら誰かに教えていただきたいくらいです。 三人馬鹿に引き続き、もちろん今回のお話も、以前にご紹介した「ふるさと和気 民話編」の中のお話であり、投稿の中でもタイトルだけご紹介していた谷野杢蔵(歌の勝ち負け)です。 爆笑する系ではありませんが、いかにも昔話の雰囲気があり、

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三人馬鹿

古い土着の昔話の中には、非常に良い示唆に富みつつ、非常に洗練されているものが見つかることがあります。 それもまた「名もなき方が作り出した」というところに魅力があります。 そのような感じで、以前にご紹介した「ふるさと和気 民話編」の中から僕が爆笑した僕好みの昔話をご紹介します。 民話・昔話の類型としては、笑い話となっていますが、笑い話を構築するにはロジックの揺れを押さえる必要があります。 子供相手にはちょうどいい論理展開ですし、それに加えて認知バイアスの問題も含まれているということで、分解すると奥深い感じになっていま

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些細な力の無限連鎖

もう随分と前のことですが、弱体化した支店を立て直す敏腕管理者の方がいました。僕が実際に目の当たりにした良きリーダーの一人です。 彼は今でも僕の中での「理想のリーダー像のモデル」として重要な位置にいます。 彼が見せた「些細な力の無限連鎖」という奇跡のような復活劇について振り返ってみようと思います。 凄腕の支店長がやってきた ある時、売上が極端に低迷する支店に凄腕の支店長がやってきました。 従業員たちの心は諦めかつ退廃的になっていて「サボったもん勝ち」という空気すら流れていました。 営業成績で言えば、全国でも下から数え

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