タグ別アーカイブ: 経済

経済・経営・経済社会について

PCリースにおける情報弱者へのぼったくり

比較的最近のことですが、父が所属する某団体のコスト削減について父から相談を受けたので、会計報告等々をチェックしてみたときのことです。 事務員さんが使うPC6台のリース費用と会計ソフトの更新費用、たまに来る保守点検費用で年間いくら取られていたか、というところにびっくりしたのですが、なんと年間600万円です。 開発や研究に使うような特殊なコンピュータというわけではありません。Windowsが入っているような普通のPCです。 どうやら「OA機器を揃えますよソリューション系」の上場企業が相手だったようですが、さすがに「情報

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「見えざる手」を観る

見えざる手によって「ちょうどいい感じ」になっていく、というような法則性があります。ただ、プロセスとして一時的にその流れを阻害するものあります。 だいたいの物事は「やりすぎ」に陥って「制限」がかかり、その壁が圧に負けて決壊するように崩壊し、分解して適切に馴染んでいくというような流れになっています。 何かしらの市場の広がりや社会変化が一気に広がり、ある地点で制限がかかってくるようになります。そして次は制限の方が「やりすぎ」ということになり、その空間は決壊します。 という流れなので、波に乗って慢心したり、逆に抗ったりする

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油断させるために弱く見せる

武道の極意として「相手と友だちになること」そして「油断させるために弱く見せること」といったようなものがあります。 根本的に強いということも必要になりますが、それでも理想は「自分を倒しに来た相手と友だちになること」であり、基本姿勢としては「相手に準備させないがために油断させ、油断させるために弱く見せておく」というようなことになります。 そのうち「油断させるために弱く見せる」ということについて少しばかり触れておきましょう。 油断させておくと相手は準備を怠る 下手に強く見せてしまうと、相手はそれ相応の準備をして戦いにやっ

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通信講座による資格取得に対する理解

思えば僕も勤め人時代は資格をよく取得したりしました。勤め先において求められているものがほとんどですが、「まだ学生時代のお勉強感覚が残っている間に」と思い一気にたくさん取りました。 こうした資格の取得に関してよく通信講座とか対面の短期集中講座のようなサービスを提供しているところがあります。 ただ、よほどの難易度のものなら専門の塾のようなものがありますし、とりわけ通信講座なんかは何だか中途半端で、しかも高いという印象があります(本を買っている方が安いという印象があります)。 「資格ビジネスとマルチ商法の構造の類似性」等

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そなえよつねに

この「そなえよつねに」という言葉はボーイスカウトでしきりに出てくる言葉であり、原語は”Be Prepared” であるようですが、基本的な意味は普通に「備えよ常に」というような感じになります。 一応多少の多義性があり様々な解釈ができるものの、「備えよ常に」ということで、「こんなはずじゃなかった」とか「こんなことになるのなら」という前に、という点について触れていきましょう。 だいたい「こんなはずじゃなかった」と言った感じになってしまう場合、リスクを見て見ぬ振りをしていたか、そもそも見えていなか

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あほぼんの象徴

基本的にダンスというものに寒気を覚えるものの、一部例外があり、エアロビ笑点やタイムスリップショッピングダンスなどは、「あほぼんの象徴」として、別口で感性をくすぐるものとなっています。 エアロビクス的な動きや音楽は、80年代を思わせる雰囲気と相まって、僕にとっては爆笑の対象となったりするわけです。 その根底に流れているものは、やはり資本主義経済、シロナガスチ○ポ的な「あほぼんの象徴」であるからこそ、という感じがします。 すなわちそれは、彼らお得意の略奪や資本主義的合理化の果てにあるものは、「暇でやることがなく、エアロ

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見る方向と視野の広さ

社会的な問題、とりわけ経済格差的な問題や生活の自由さなどについて触れられる時、単なる愚痴のようにしか見えないような論調が多い傾向にあります。 「もしかするとですが…きっと儲かってないんですね」 というようなことを思ってしまったりもするのですが、問題は問題としての正しさはありつつも、そうしたものは、個人レベルでは「見る方向と視野の広さ」だけの問題だったりもします。 いくら難しい事を言ったり、統計を持ち出したりしても、個人としての問題解決としてはほとんど意味がありませんし、「賢明さ」の面から考えれば、あまり賢いやり方で

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お互いに素直であれば仕事は驚くほどうまくいく

何だかんだで会社を創業してから結構な月日が流れました。それで今までに取引した中でうまくいっている人を観察していると共通点として「素直さ」が際立つ感じがします。 お互いに素直であればいろいろな仕事は驚くほどうまくいきます。 まあ確かに世の中には悪徳業者もいて、そうでなくても騙し要素が含まれているという面も多々ありますが、「1ミリも損したくない」と血眼になってアラ探しをしたり、駄々をこねてたくさん業務をやらせようとしてみたりするより、結局投資で言う「成り行き」のような感じで気楽にやった方がうまくいきます。 素直さがない

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支払いの痛みと効用の逓減

普段特にキャッシュレス的なものは利用せず、できる限りの現金利用を続けています。 20歳前後の時は「カード類を持たなかった」とか、「使い方があまりよくわからなかったから」という理由で、使えても通販で本を買う時くらいしか利用はしなかったという感じですが、その後は意図的に「なるべく現金」という姿勢をずっと続けています。 その理由は単純で、一種の視覚化と「支払いの痛み」をしっかりと観るということが、トータルでは最も合理的であるというようなことを思っているからです。 「同じ支払いであればポイントのつくカードや電子マネーの方が

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何となく嫌な仕事への対応

最近、仕事をボツにする機会が多くなってきました。 ボツになったというより、何となく嫌なのでボツにしたというようが近いような感じです。 何となく嫌だからということで案件をボツにするという事自体はありがたい環境であると思いますが、よほどの窮地でない限り、基本的にこの姿勢は以前から変わっていません。 ただ少し違うのは、以前であれば多少面白くなさそうなものでもその中から面白さを見出そうとか、楽しくできるにはどうすれば良いかとか、自分ひとりで勝手に落語的に面白がってみるといった感じで取り扱っていましたが、最近では、もうあまり

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生き方を全肯定されてきた雑な人の最後の姿勢

先日友人が久しぶりにやってきたので、彼の会社の「生き方を全肯定されてきた雑な人」が結局どうなったのかを聞いてみました。 すると「生き方を全肯定されてきた雑な人がクビになる日」で触れていた「社長に『今の時代はこれですよ』とか『そんなセンスじゃ生き残れませんよ』という人」が案の定クビになったようです。 試用期間が終わるころに社長さんが「どうや?この仕事続きそうか?」と一応聞いてみたところ、「自信がないです」という言葉をつぶやいた後、「こうしてくれれば自信が持てます」と会社のやり方、方針を自分に合わせるように交渉してきた

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欠品への取り扱い

先日インターネットで友人への祝いの品を買おうと思った時、ひとまず注文をして配送完了を待つような感じだったのですが、「メーカー欠品」ということで、注文がキャンセルになったりしました。 ということなので、その店舗以外の店舗で再度同じメーカーの別の品を買おうとすると、再び「メーカー欠品」で注文がキャンセルとなりました。 「いいかげんにしろ」 ということで、もうそのメーカーは外すことにしました。もちろんそれら店舗での購入もなしとなりました。 両店舗の方もおとり広告みたいに商品を掲載せずに、品切れ中にしておけばよいのではない

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社会人としての職業観

社会人としての職業観ということで、社会における職業についての「自分の原型」について軽く触れてみましょう。 なんだかんだで公私ともに職業選択のご相談を受けることがよくあります。そんな中、いつもほとんど参考にならないと思うような答えを返しています。 なぜならその人にはその人の個性があり、違う経歴を歩んだ僕ひとりの思いなどほとんど役に立たないはずだからです。 しかしながらよくそうしたことを聞かれるので参考程度に書き記しておきましょう。 モデルはブラックジャックと萬田銀次郎 僕の社会における社会人としての職業観の根底にある

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生き方を全肯定されてきた雑な人がクビになる日

「生き方を全肯定されてきた雑な人がクビになる日」ということで、友人の勤め先でクビになりかけている新入社員の人を中心に社長が従業員をクビにするという決断について少しばかり触れていこうと思います。 端的には、「弱者に優しく」という風潮に保護されすぎて、給与をもらいながら「私が教えてあげますよ」と自信たっぷりな「生き方を全肯定されてきた雑な人」が、様々な責任を負う繊細な人々、そしてそうした人達が試行錯誤の上に築き上げてきた領域に対し、その雑さによって土足で踏み込んでいく様とそうした侵食に対して働く浄化作用であるクビという

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ショートカットによる著しく低いコスト

相関関係さえ分かればそれでいいというような風潮が蔓延してからというもの、データを集めることの重要性がやたらと説かれていたりします。 そういうわけなので、どうしてデータを集めることに価値があり、「それについていかないと負けてしまう」というような論調が多く、新しいサービスとして相関関係を抽出するようなデータ収集のサービスをもてはやす演出がなされています。「レシートのデータを買います」のようなものですね。 しかしながら、次のように考えると、そうしたサービスが必要か否かがすぐに分かってしまいます。 見に行けばわかるという事

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価格による行動コントロールの盲点

近年、価格による行動コントロールがよく行われています。まあ単純に有料にしたり価格を吊り上げることによって人の行動を誘導しようというようなやり方です。 しかしながら何事もそうですが、アホの一つ覚えのようにそれを真似てしまうと、想定とは違った結果が起こってしまうことがあります。 説得するよりも値段を上げて抑制させたほうが早く、自分たちの利益も上がるというような手法は最近では常套手段化してきましたが、代替方法、競合相手がいる中で、タイミングや配慮も考えずにそれを行うと、一気にお客等々に去られてしまうということが起こりえま

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日々の順張りと逆張りの判断

投資手法には、相場が下がっているときに売る、上がっているときに買うというような順張りと、その逆に相場とは逆の動きを選択する逆張りというものがあります。 まあ順張りは普通で、長いものには巻かれる系であり、逆張りは、天の邪鬼的でありながら、裏をかいて突き抜ける系のイメージです。 そうした順張りと逆張りのどちらか一方の正しさを把握して、どちらかばかりを採用するという感じを目指してしまいがちですが、何事も少し高い地点から俯瞰するように見ると、順張りと逆張りの判断の精度が高まっていきます。 といってもこれは投資のことばかりで

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万夫の雄人に勝れ

特に弟の友人あたりの人たちになりますが、勤め人の方に副業関連の話をたまに相談されたりします。 そうした時によく出てくる言葉が「月数万円くらい」という言葉です。まあ仮に5万円としておきましょう。 しかしながら残念なことに副業という感覚で月5万円を稼ぐより50万円稼ぐ方が簡単だったりします。まあこれはあくまで例え的な数値ではあるものの、感覚としてはそんな感じです。 数値的に「それはおかしいだろう」となりそうなものですが、それは事実なので仕方ありません。 その理由としては簡単で「月5万円」と考えると、月5万円の収益のパタ

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井臼の力はた款すに足ざれども、己が心なり

料理の価格をそのカロリー量だけで計ることができないように、世のすべての製品やサービスの価値は、その物理的な数量だけで計ることはできません。 技量を要するという部分もありますし、仕込みに手間がかかっているという部分もあります。結果だけ見れば大したことがなさそうに見えても、その裏で膨大な手間がかかっているということはよくあります。 思案、決定の労力 さらに思案の中における決定というものを含めればかなりの労力がかかっているということになりますが、そうしたものを全く考慮しないというような人もいるので困りものです。 もちろん

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菽水の奴

貧しさというものは時に苦しく、時に悔しい思いをもたらしたりします。その一方で、時に強さをももたらすものであり、共感の能力や物事の本質を見極める能力の高まりに貢献することもあります。 どう転ぶかはまさに姿勢しだいであり、物事は常に変化し、一時的に状態が悪くなるという可能性は常に潜んでいるため、「常日頃、目の前の現象についてどのような解釈をしているか」が吉と出るか凶と出るかを分けるものとなります。 個々人にそれぞれ「まあこれくらいだろう」という基準があり、その基準は生活水準を筆頭に様々な点において存在しています。 その

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ここち惑ひ侍りぬ

成長してしまったゆえに、ということなのか、以前は人と接していて戸惑いが起こることがよくありました。否、戸惑いとはまた違うのかもしれませんが、今でも違和感を感じてしまう時がたまにあります。 なぜ昔はこのタイプの人とも普通に話せていたのに、今ではうまく話せないのだろう、というような感じです。 二十代前半頃までは普通に話ができたりしたのに、今では普通に話をすることができないという場合があります。 それはきっと物事をどう捉えればよいかということに関して、最適な方法やあまり適していない方法をたくさん見聞きして、経験してきたか

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家は頗る富みさかえて有りけるが

必要以上に与えることは、相手の自立や自分自身で獲得する自信、そしてそこから生ずる安心を奪うことになるのではないか、と思うことがよくあります。 実質的にはありがたいような援助であっても、そうした援助自体が自立の機会や意図を奪うことになり、結果、「自分一人でできた」という喜びや自信を奪ってしまうことになるというような感じです。 いくら所有物などで気を紛らわせようとも、本質的に自分には力がないという部分は紛らすことができません。いくら強がろうとも、それを支えるものが無く、自分で自分を騙すことはできないのだから致し方ありま

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楊柳茂りやすくとも、秋の初風の吹くに耐へめや

今いる環境がずっと続くかのような錯覚が起こることがあります。そうでないとはどこかでわかっていても「なるべく続けばいいなぁ」と思って、「終わること」への憂いから、変化した先を見ないようにするというようなことが後の悲劇をもたらしたりします。 ― 今ある環境を謳歌するということ自体は、今しかないものを掴み取るという点においては良いですが、特殊な環境がもたらした現状に依存すると、そうした環境が変化した途端に破綻します。 例えば学校生活においては、同じ年代の人が「個別に約束すること無く会うことが出来る」という環境が整っていま

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勢いだけでは乗り越えられない現実の壁

これは企業経営に限ったことではありませんが、「勢いだけでは乗り越えられない現実の壁」というものが世の中にはたくさんあります。 「気合いで乗り切るって言ってもなぁ。二、三日徹夜すればいいくらいに思ってない?」 というような感じです。 「頑張るぞ!」という気持ちはいいですが、世の中においては、力んだだけではなんともならないというシーンがたくさんあります。 それに気づいたのは20歳くらいのときです。 友人が奨学金と深夜バイトにより、自力で大学に通ったのはいいのですが、身を壊して破綻したというような思い出がきっかけです。

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バーコードバトラーの楽しさと商品寿命

すごく面白いゲームであっても裏をかいて勝ち上がることができるという要素を含む場合、ゲームの楽しみが削がれていって廃れたりもしますし、逆に不正を予防して制限することで別のところにもその影響が出て、根本から面白くなくなってしまうという場合もあります。 経営の上では、そうした初期の楽しさが不正によって廃れていくということを予測して商品寿命を設定しておくということも必要になるのかもしれません。 まあそんなことを思ったのが、以前バーコードバトラーのことを思い出した時です。 ということで、バーコードバトラーの楽しさと商品寿命に

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