カテゴリー別アーカイブ: 三字熟語

断末魔の長広舌

もう明らかに諦めたほうがいいのにまだしつこくのらりくらり感を出して意味不明な弁明をしているような会見なども多々あります。 ただやはりそれは客観的に見ているからこそ相手が変に見えるだけで、実際の当事者ともなるパニックでまともな思考力を保てなくなるということになるのでしょう。 そんな感じで一方的な謝罪という場合にも、わけのわからない弁明をしてしまうことがありつつ、口論などになった場合でも自分も相手もどんどんわけがわからなくなっていく、ということが起こりうるのではないでしょうか。 そんな時に冷静でいられる方がだいたい勝ち

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短兵急にて立往生

気持ちの先走りを上手く利用すれば、そのエネルギーで目の前の問題を突破できることもあります。創業社長はだいたいせっかちな人が多い印象もありますし、あまり深く考えすぎないことが物事の展開のスピードを高めているという感じもします。 しかしながら、そうした人たちは、あまりよく考えていないようで、意識の裏側では最低限以上のことは考えていたりもします。特に経験値が高ければ高いほどその精度は高まるという感じですが、あまり深く考えずに先々進めてしまう裏側には、「無駄に検討している時間もコストが掛かっている」という意識があるからでし

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大磐石ゆえ太平楽

「もうこれで安泰だ」と安心したい気持ちはわかりますが、世の中に安定というものがあると思っていること自体が誤謬であり、慢心が起こるととんだ災難に見舞われることがあります。 「安定はない」というのは普通に考えれば誰でもわかりそうなことですが、喜びの感情などによってそれが見えなくなる場合もよくあります。 安定というものが必ずあり得ないというのは、諸行無常という概念にも表れていますが、その厳密な意味を捉えられなくても、「自分を含めて全ての環境は変化する」ということくらいはすぐに分かりそうなものです。 何をするにしてもリスク

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大上段への大団円

起業する前の最後の上司というか支店長的な人は、いわゆる「全然足りねぇじゃん!」系の人でしたが、そんな彼への最後の仕打ちを決行してから退職しました。 直属の管理者には世話になっていたので、彼には恩返しがしたいと思いつつ、やはり「全然足りねぇじゃん」系の支店長を泣かせてから去ってやりたいという気持ちも少なからずありました。 ある上司のことは好きでも、別のある上司のことは嫌いだ、というケースは結構あるのではないでしょうか? それが退職への葛藤になっているということもそこそこあると思いますが、嫌いな相手を泣かせるということ

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大黒柱の醍醐味

醍醐(だいご)という言葉の持つ意味がバター味やチーズ味らへんの乳製品の味のことを指すということを知ったのは比較的最近のことです。京都にも伏見に醍醐寺があり、付近は醍醐という地名なので少しは馴染みのある言葉だったはずですが、本格的に意味を知ったのは20代になってからです。 さて、リーダーたるもの、とりわけ社長たるものだけが味わうようなことについてでも触れていきましょう。世の社長たちの切実な叫びのような事柄です。 よく社長同士が集まると、そうした人たちしかあまりわからないような話になり、そうしたところで一気に仲良くなっ

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走馬灯の如く思い返す太公望

「能ある鷹は爪を隠す」のおじさんは釣り好きであり、また勤め人時代には結構釣り好きの人がいました。すべての人ではないと思いますが、そうしたタイプの人から受ける印象はどうしても「趣味に生きている人」といったような感じがします。 生活を趣味に合わせて生きているという感じがして、有給などを念入りに消化していく感じの人が多いという印象です。 「能ある鷹は爪を隠す」のおじさんの車には「〇〇名人」というようなステッカーが貼ってあったりしました。それほど釣りが好きなのでしょう。その一方で仕事はいまいちという感じだったのであまり良い

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千里眼への先入観

遠くにあるものが見渡せたり、人の未来が見えたりするという能力は開眼後に発揮される能力であるというような伝承が一部であります。 「そんなことはないだろう」 と思う人も多いと思いますが、少なくとも世の中の「占い師」みたいな人たちのそれはデタラメです。 ただ、自分自身で自己洗脳状態にある人であれば、「人を感化する能力」のような強烈な思い込みと気迫が備わっているので、人の意志決定に影響を与えるくらいになっており、その影響からか占ってもらった人は「占った内容」に沿うように行動を起こすということが実際に起ったりします。 ー 先

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瀬戸際の善後策

なんだかんだで切羽詰まった感がないと人は大きく変わることがありません。かといってその緊迫感は特に苦しいものや悲しいもの、そして辛いものでなくても構わないという感じになります。 以前、学生の課外活動に関するNPO法人の人に相談されたことがあります。 「どうすれば大学生により良い経験を与えることができるでしょうか?」 「焦る状況を作ればいいんじゃないですか?」 そんなことを提案したことがあります。 焦る状況を作るといっても、いじめるようなやり方ではありません。 僕は19歳の時に行ったハワイでの冒険についてお話をしました

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数寄屋で赤裸々に

数年前のことになりますが、すき家の前を通ると一人のおばさんが店内に入っていきました。 信号待ちをしている間、その様子を「道を挟んだ向こう側」から観察していました。 特に座る様子もなかったので、「持ち帰りだろう」と思っていたのですが、注文することもなく、忙しそうな店員さんを尻目に「紅生姜」と「割り箸」と「七味」を勝手にごっそり持って帰りだしました。 「泥棒じゃないか」 そうは思いましたが、もしかすると持ち帰りを車などの中に入れつつ割り箸などを忘れたということで取りに来たという可能性もあったので、特に指摘することもなく

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素寒貧の真善美

人の嫉妬などを扱ったような低レベルな作品の中では、その低レベル差に合わせたような世界を解釈する視点が設定されています。 そしてそうした妬みなどを復讐という形でやり過ごすか、もしくは解釈の変更という形でやり過ごすかというのがせいぜいです。 色々な点で視野の狭さを感じますが、日常でそんなことを感じている人が多いからこそそうしたものを扱ったような漫画などがコンビニの棚に並ぶのでしょう。 しかしそうしたものは人を幸せにするものではありません。嫉妬は復讐によって解消されると考えることはその人を幸せにはしてくれないというのが本

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序破急そして真骨頂

何かしらのきっかけで興奮状態が起こり、それが続くと新しい展開が始まり、知らぬ間に興奮は冷め、みるみるうちに本来の姿に戻っていきます。 それは恋仲でもそうですし、若いベンチャー企業などでも同じです。 ある時から「物事が終わる瞬間」に感慨深さを感じるようになりました。 特に先日また銀の匙を読んだりしてから、いままでに経験した「物事が終わる瞬間」をいくつか思い出したりしています。 ー 僕から見ても結構年の離れた「若手のベンチャー企業」がありました。 まだまだ駆け出しといった感じですが、多少の付き合いがありました。例のごと

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四天王の正念場

あと一歩、あと一歩のところで踏ん張れるか、そして踏ん張った先でもう一歩進めるか、ということで人生は大きく形を変えていきます。 ちょうど先ほど「ひとこと」でも触れていましたが、先日、5年ぶりくらいに駅構内にてものの見事に吐きました。 トイレまであと一歩、あと一歩と歩みを進めていたのですが踏ん張りきれず、トイレまであと30メートル位の地点で吐いてしまったわけです。 … 先日の嘔吐が5年ぶりくらいなので、最近は本当に吐かなくなりましたが、20代の頃はそんなこともよくありました。 名古屋にてコンビニに1時間以上立て籠もって

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獅子吼による試金石

世の中では弱気なだけのを「優しい人」と勘違いしてしまったり、ブラック企業が表面上取り繕うような慈善行為を持って「良い人」だと勘違いしてしまう現象がよく起こります。 優しさとは何かを考えた時、その表現方法に惑わされることなく考えてみなければなりません。強さや力を持った上で奥に慈悲があるかというところが肝心です。 「サボってやがったな!」と頭を叩かれるのが最高の褒め言葉とされる企業がありました。社長の人格がその行為を「最高の褒め言葉」とするほどの人格だったということです。 そう考えると、オラオラ系の人にはオラオラ系とし

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京都御苑の烏

三羽烏の直談判

以前、桜の季節に京都御苑で弁当を食べていたときです。 木の枝に烏が止まり、「あのー…それ、ちょっとだけいいっすか?」と食べ物をねだってきたことがあります。まるで雪雄が首を伸ばすように、「いいっすか?」とねだってきたので、おすそ分けしておいた、というような感じです。 そういえば先日は鴨川で雀が同じような感じでねだってきたことがありました。特に食べ物は何も持っていなかったのですが、やたらと周りをぐるぐるしていました。 「何ぞお持ちではありませんか?」といった表情です。 その時、目の前でいきなり鴨が飛び出しました。 とて

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茶飯事の匙加減

料理を作るということが面倒なときもあると思いますが、調理は理科の実験的な面白さもあり、かつ、味による楽しみというものもあるので、「外食ばかりで料理が作れない」というのはもったいないのではないか、ということを思うことがあります。 化学反応を目の当たりにすると言う面や包丁を使うという一種の彫刻や職人技を磨くかのような面があるので楽しみは満載です。 腕を上げるためにはひとまず様々なパターンを試すということもさながら、熟練のためには数が要になる部分もあります。 料理の腕を上達させるのには、各作業や素材の洞察を含め「楽しみを

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金輪際なしに…の後日談

なぜかアクシデントというものは連続することが多く、そうした時は集中力が格段に落ちていたりします。 かなり昔になりますが、ものの一ヶ月位で2回バイクに絡んだアクシデントが続いたことがあります。と言っても道端に停めていて、バックしてきた車に一方的に当てられたとか、バイクのスタンドがおかしくて足がバイクの下敷きになった、というようなやつです。 バックしてきた車に当てられた時は、僕が乗車していない状態だったので僕は無傷でした。結構な雨でミラー越しには視界が悪かったというのもわかりますが、結構な勢いでバックしてきたので前の部

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好事家の硬骨漢

欲を肯定し「欲を叶えやすいような世の中にしていこう」というタイプの人達がいます。しかし、欲は苦しみです。特に生命維持の領域を超えた欲はまさに無駄な欲であり、それを発端としてさまざまな煩いをもたらしてしまいます。 世の中では「そういう性質なのだから仕方がない。欲を叶えられるようにして欲しい、叶えやすい社会にして欲しい」という感じで物事を捉えているような人がいますが、社会に何かを要求する前に、その欲自身と対峙してみてはいかがでしょうか? すなわち、欲自体を盲目的に肯定するのではなく、第一前提として「それは苦しみをもたら

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好々爺たちに紅一点

男性ばかりの職場に女性が、または女性ばかりの職場に男性が一人でも入ったりすると空気が極端に変わったりします。 特にその異性が若い人ならなおさらです。サボり癖やギスギス感などが程よくなくなり緩やかな緊張感と癒やし作用をもたらしたりします。 最近ではそうした事を受けてか、わざとそうした人員配置をしたりするようです。僕が勤め人だった頃も、おじさんばかりの部署に新しく女性社員が配置されたりしていました。 一応意図としては「自分の娘と同じくらいの歳の子にかっこ悪いおじさんだと思われたくない」という感じを出して、定年前で「くた

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好一対への下馬評

何かの現象を評価・判断する時、既に持っている知識の中からしか評価をすることができません。その時に既にある知識と知識が組み合わさったりして新しい判断基準ができることもありますが、概ね今までの間に培った知識・経験則からしか評価や判断をすることはできないという感じです。 そう考えると、世間での評価・ランキングなどいかにあてにならないものかということがよく分かるはずです。 ― 僕が中学生の頃にエアマックスが流行っていました。特に高値で取引されていたのはエアマックス95であり、その時流に乗ってかたくさん靴屋ができたりしていま

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首実検、のち、下剋上

そう言えば少し前悪徳体育会系が世間から袋叩きにあった事がありました。メディアに触れない僕の耳にすら届くほどの大盛り上がりを見せていましたが、世間では大なり小なり同じような構造が蔓延しているはずであり、だからこそあれ程の盛り上がりを見せたのでしょう。 意志決定の簡素さやそれに伴う素早さ、そして統制の合理性から考えれば体育会系の構造は「楽」ですが、一方その裏でアイヒマン実験さながらの人格変容の構造を持っています。 そんな中、ゲッベルスさながらの洗脳企業がネット上で意見を申し述べていました。ネット上の広告として表示された

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口八丁の金字塔

口の上手さだけでなく、人は自信にも感化されてうまく転がされてしまいます。妥当性ばかり追求している人より、ホラ吹きの方が大物のような人になっているというケースを実感している人も多いのではないでしょうか。 単に口が上手いということなら「それはスキルだからなぁ」と納得できそうなものですが、それが嘘であっても、大見得であっても、結局周りが感化されて嘘のように実現しているという場合があります。 ある種不公平に感じますが、それくらいに口の上手さの裏にあるような自信のようなものは強力なのです。 しかし普通は嘘を嘘と知りながら自信

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麒麟児が綺羅星のごとく

家にテレビは置かず、かつ、ニュースすら目に触れないという生活をしていますが、なんだかんだで友人や同級生などでいわゆる「有名人」のような人はちょろちょろいて、地元にも現役有名人や元有名人のような人がちょろちょろいます。 そんな人達と銭湯で会ったりすることもありますし、知らぬ間に長い付き合いになっていた人が実は元有名なバンドのメンバーだったり、家の近所に東京ドーム公演をするレベルの人の実家があったりという感じなので、そのような人たちに会ったとしても何の驚きもありません。 そう言えば小学生の時、実家の建て替えをしていた時

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気丈夫かつ几帳面

まるで営業方上がりか事務方上がりかというような感じになりますが、そのどちらでもないような「職人」というポジションもあります。 業種によって職人がいる場合といない場合がありますが、大体は営業系か事務系かという感じで仕事は分かれています。 これは、食べ物を獲得する能力と、保存・加工する能力のような分類になるため、独立するとなるとまずは前者のほうの能力が必要になります。 食べ物を獲得してもすぐに放置して腐らせていたりすれば効率が悪いという感じにはなるので、そうしたことをサポートする人たちの役割というのも重要にはなりますが

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生一本ゆえ間一髪

「人に話をする時はきちんと相手の目を見て話しなさい」 そんなことを幼少期から繰り返し言われていたので、僕はなんだかんだで人の目を見て話す癖がついています。ある時からなるべく眉間などを見るように心がけたりしましたが、今でもだいたいは目のあたりを見るようにしています。 そのような感じで人と接すると、大学生の人などは緊張してしまうのか体が震えたりするそうなので、それも考えものだということを思ったりしましたが、癖なので仕方ありません。 しかしながら、なるべく相手の目を見るということをやり続けつつ、中学生の時などは目つきが悪

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紙一重の皮算用

何事も詰めが甘い場合は、結果が芳しくないものになったりします。かつての僕は結構その口でした。最初はうまくいき、結構なリードを保っているのですが、途中で詰まって結果的に平均的なものになってしまうという感じです。 おそらく無意識的にそうしてしまう傾向があったのでしょう。ある程度うまくいくと、うまく行きすぎないように調整が入るという感じなってしまう癖がありました。 その結果大失敗ということはそれほどありませんでしたが、トップから平均値くらいまで転落、そしてそのままレースが終わるというようなことはよくありました。 そんな感

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