
狂信が望まれる場合
粘液質の人々は、狂信されてわずかに感激するだけである。 曙光 222 狂信の対象は、いわゆる宗教的なものだけではありません。企業や政治思想、末端はアイドルまで、様々です。 狂信といえば代表的なものは変なカルト宗教ですが、気が狂れているとしか思えないほど熱烈な信仰というものは、愛社精神や政治思想への信奉、アイドルへの陶酔といったものまで
優越への努力
優越感を刺激するものに対する批判への批判としてルサンチマンが使われたりします。つまり弱者の怨恨であり、「僻みだ」と居直るようなことです。 優越に対する批判に対して「それは僻みである」という批判を繰り返すというような感じですが、そういった使われ方もあたっていることはあります。ただ、これは水掛け論であり、「見栄の塊だ」という批判への反論が
ルソーに反対
われわれの文明は何かあわれむべきものそれ自体を持つということが真であるなら、ルソーとともに「このあわれむ文明はわれわれの劣った道徳に対して責任がある」と結論を続けるか、あるいはルソーに反対して次のように逆の結論を出すかは、諸君のお好み次第である。 「われわれのすぐれた道徳は文明のこれらあわれむべき状態に対して責任がある。善悪に関するわ

現代人の皮肉
日下一切の大きな関心事を皮肉に取り扱うのが、ヨーロッパ人たちの流儀である。彼らはそれらの仕事に忙しいため、それらを真面目に考える暇がないからである。 曙光 162 現代人の皮肉ということで、京都人の皮肉やそうした京都における皮肉の本意などについて触れていきます。 先日、パスカルの「哲学をばかにすることこそ、真に哲学することである」とい
義務と権利の博物学のために
義務と聞くと嫌な響きがしますが、たまに義務を根拠に何かの意見を主張してくる人がいます。体育会系の上下関係など、世間で勝手に義務とされているようなことであり、「そんな義務はどこからきたのか?」ということをまず聞くようにしています。 法律上でも私人間なら権利義務関係は契約という概念がないと原則生じません。つまり双方の意思表示の合致ですね。
客観性の賛美者に
子供のときその影響をうけて育った親類や知人たちの、種々様々な感情や強い感情は認めたが、知的な正しさに対する鋭い判断や喜びをほどんど認めたことがなく、したがって感情の教養不足を取り戻すために最上の力と時間を費やした人は、成人したときどんな新しいものでも、どんな新しい人間でも、たちどころに彼の心の中に愛好、嫌悪、嫉妬、軽蔑を換気することに
お金を貯める増やすコツ
この「金融」テーマに関しては実は半年ぶりくらいの投稿になるようです。前回のお金を貸す人借りる人では、お金を借りに来る人の心理について触れましたが、やはり「お金テーマ」はみなさんの関心を引くのでしょうか、現段階で最も閲覧されている記事になっているようです。 インターネット空間でも、金融や投資・保険などは広告収入の単価が高いので、様々な記
逆らうもの
ある組織や主義などと同化し、共通の敵を作ることによってアイデンティティ(自己同一性)を形成しようとしている人がいます。しかしながら、何かの主張を「叫ぶこと」や誰かに対して嫌がらせをすることくらいしかできません。 啓発活動をしても結局は「お知らせ」しかできないから、それしかできていないわけですが、本当に「何かを変える」というのは、彼らの
時代に適した美
時代に適した美ということで「平安美人」という言葉が、現代では侮蔑に使われることもあるように、時代時代で美しさの基準は変化していきます。ある程度の「調和」という意味で一定の傾向はあるものの、一応変化していきます。 つい先日も触れましたが、間違っても80年代だけは繰り返してはいけません。いつまでも美しいとされるようなものはたまにありますが
犠牲の道徳
犠牲に供することに応じて自らを測定する道徳は、未開の段階の道徳である。 曙光 221 一部抜粋 「犠牲の道徳」 このようなタイトルを見たことがある、と思って見直すと「生贄の道徳」でした。しかも曙光215です。 今回はバラバラに書いているため、すぐには気づきませんでしたが、国語の授業なら「一項目にまとめましょう」と先生に添削されるような
威厳と恐怖心
儀式、職務と地位上の服装、真面目な顔つき、厳かな眼つき、ゆったりした足どり、曲がりくねった話しぶり、威厳とよばれるもののすべて、これは実際のところ恐怖心をもつ人々の偽装形式である。― 彼らはそれによって(自分を、あるいは彼らが代表するものを)恐怖を与えるものにしようとする。恐怖心をもたない人々、すなわち、もともといつも明らかに恐ろしい
決疑論的
どんな人の勇気や性格も耐えられないようなある悪辣(あくらつ)な二者択一がある。ある船に乗っていて、船長や船手が危険な誤ちを犯し、彼らよりも自分の方が航海の知識の点ですぐれていることを発見し、―そこで自分に次のように問う。どうだろう!おまえが彼らに対して暴動を起こし、彼ら二人を監禁してしまったら?おまえの優越はそうするように義務づけない
気づかれないままでは破壊しない
そもそもは認識の誤謬、錯覚というものから起こる悲劇ばかりですが、単純に日常のモヤモヤというものは、奥深くに眠っている「何か」が引っかかっていることがほとんどです。怒りの本音で触れましたね。錯覚がなくなればすべてがガラッと変わり、一気に消えますが、それは少しハードルが高いのかも知れません。 トラウマはそれが何かがわからないからトラウマと
ワンテーマ B層
B層という言葉をたまに使いますが、類語は「ウェーイ」「おもんないグループ」です。念の為に寄せ集めておきます。ウェーイは、「ただのウェーイ」と、最高を最幸と書きたがる「自己啓発洗脳ウェーイ」などに分類されます。このサイトの常連さんは、B層ではないでしょう。 B層の研究 「絆」という言葉が苦手です。寒気がします。僕はB層のことを「ウェーイ
ワンテーマ 「モテ」
モテに関しては関心のある方が多いようなので私的寄せ集めをしてみました。モテないが正しいです。ただ、モテるモテないの選択権は己にはありません。本当はありますが、それは世間で言われるようなモテテクを磨くことではありません。 モテる秘訣とモテない理屈 モテる秘訣とモテない理屈について 世間では様々なモテテクやモテるための条件、モテる秘訣、そ
ワンテーマ 養子のうさぎとインコたちとゆかいな動物たち
我が養子のうさぎと、インコたち、そしてゆかいな動物たちの記事です。人から教わったこともたくさんありますが、言語を介さずして彼らに教わったことも計り知れません。 動物はエライという境地 改 うちには現在、養子のうさぎがいます。 そして昔、うちにはインコがいました。セキセイインコを漢字で書けるほど(脊黄青鸚哥)、無類のインコ好きなのですが
ワンテーマ たられば的脅し
たらればの想像力を駆使して、スケベ心で「人を使おう」、「こいつをコントロールしてやろう」とする人たちの純情物語です。全ては「もしかしたら」という想像力などで相手の心を操作して、ぼったくってやろう、タダで使ってやろうとする「夜の商売」風の手口です。 たられば、かもしれない 以前、ある程度大きな会社の人に、 「もう少し仲良くなったら、○○
ワンテーマ
先週くらいにふと「ひとこと」に記載しましたが、ハブページを作っていきます。 世間では「まとめ」という言葉をよく使いますが、僕はこの言葉になんだか好感が持てません。いや、この言葉が悪いわけではないのですが、まとめページを作るだけで、オリジナルページを作った人よりある意味で評価されていることに違和感を感じているからです。 確かにハブページ
宝探し2015
みなさまいかがお過ごしでしょうか。 投稿数が450を超えました。ということで300回投稿記念くらいの時に考えていた宝探しゲームを行います。 このページの前のページ「お宝箱」はパスワード保護されています。 そのパスワードを一文字ずつ探して遊ぼうというものです。 全部で11文字、半角英字のみを使用しています。書庫カテゴリのものは除外してい
保護中: お宝箱
この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
懐疑の懐疑
「恰幅のよい頭にとって、懐疑は何というよい枕だろう!」― モンテーニュのこの言葉は、パスカルをいつも憤怒させた。というのは、パスカルほどよい枕をとくにそんなに強く熱望したい人はいなかったからである。だが、何が欠けていたか?― 曙光 46 パスカルは、お父さんの税金の計算が楽になるようにと計算機を作ったり、「一人一台ってのじゃなくて、み
認識の悲劇の終幕
以前に書きましたが、認識の悲劇は、がっかりによって終りを迎えます。「最大のがっかり」 「自己犠牲が一番の人間向上の手段であった」と、ニーチェは触れていますが、今でもよくブラック企業などはそんなことを言います。 何のために自己犠牲ということをしてしまうのでしょうか。おそらくその点については触れられること無く、自己犠牲の先に「何かの意志に
へりくだりの欺瞞
「自分を欺くな!」 曙光のこの箇所(219)はこの言葉で終わります。 今回は、僕が自分を欺き、へりくだった時に、ふと、「自分を欺いてへりくだるのをやめよう」ということを気づかせてくれた同僚のことについてでも書いていきましょう。 先日、その同僚との思い出の場所の前を通ると、そこは内装がすっかり片付けられていて、もぬけの殻になっていました
とりなす
はじめに「とりなす」という字を見た時に真っ先に思い浮かんだのが「とりとなすびの味噌炒め」です。王将か何処かであったような気がしますが、なぜかそんなものが浮かびました。 これは中学校の時に先生が「Michigan(ミシガン)」と書いてあるトレーナーを着ていたのを見て、同級生が「あれって琵琶湖の船け?」といったレベルのボキャブラリを想起さ
自制と節制とその究極の動機
衝動の激しさを押さえるのに、本質的に異なった六つの方法より以上は見つからない。 (略) 機会を避けること、規則を衝動に植えこむこと、衝動に対する飽満と嫌悪を生み出すこと。苦悩を与える思想の連想を完成すること。次に力の転位。最後に全身的な衰弱と虚脱。― これが六つの方法である。 曙光 109 抜粋 ニーチェには残念です。衝動を解消するの
見え坊で、けちで、賢くない
諸君の欲望は知性よりも大きく、諸君の虚栄心は欲望よりもさらに大きい。― そうした諸君のような人間には、かなり多くのキリスト教的な実践と、それに加えてわずかばかりのショーペンハウアー的な理論が徹頭徹尾おすすめできる! 曙光 160 見え坊は見栄っ張りを指し、外面・外見をよく飾ることで人からよく思われようとすることであるため、人の虚栄心に
新しい眼で見る
「新しい視点」と銘打って、それまでの考え方から一歩進んで物事を考えてみよう、と学校や研修で説かれることがありますが、説いている方も大したことがない上に、「人が一応納得するレベル」の話しかしてくれないので、根本からガラッと変わることは少ないでしょう。 たまにガラッと変わるようなこともありますが、基本的に人間は、とてもショックな出来事がな

死者を復活させるもの
御存知の通り、自分の生まれ年(1983年)付近のものには身体からアレルギー反応が出ます。「80年代の匂いがするものはすべて抹消する」という思いは未だに消えていません。 80年代のすべてがダメというわけではありませんが、せっかく一度は死んでくれたあの「寒気を催す流行」をまた繰り返そうと何とか頑張る人たちを見ると、それだけで嫌いになります
若干の主張
個人がその幸福を望むかぎり、彼にその幸福への道についての指令を与えてはならぬ。というのは個人的な幸福は、独自の誰も知らない法則から湧き出るからであり、外からの指令によっては、妨げられ阻止されるにすぎない。― いわゆる「道徳的」な指令は、本当は個人と逆の方向であり、個人の幸福は全く望まない。 (略) 意識をもつ存在すべて(動物、人間、
その弱点を芸術家として処置する
もしわれわれがあくまで弱点なしではすまされず、それをわれわれに対する法則として結局やはり承認しなければならないとするなら、私は各人に少なくとも、彼がその弱点を自己の美徳の引き立て役にし、その弱点によってわれわれが彼の美徳を熱望することができるほどの、芸術的な力を希望する。 曙光 218 前半抜粋 弱点というものは基本的に隠される事が多