タグ別アーカイブ: 言語

対象者ごとの語彙と文体

使用している単語の持つ意味に対する印象は人によって異なりますし、普段その人がどのような環境にいてどのようなものを重要としているのかによって、同じ文章でも伝わり方が変わってきます。 そう言えば最近、若年層向けのマーケティング、特にライティングにおける国語表現に関することを調べていると、やはり文体にしても使用語句にしてもその人達に合わせたものの方がよりよく伝わるということを改めて気付いた次第です。 もちろんかつてからその通りだとは思っていましたが、語彙のみならず誤字脱字のあるような、文法すらもぐちゃぐちゃのものの方が、

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良きものを称賛するという意識の向け方

たいてい思考は言葉で行われていますし、意識の状態も普段使う言葉に大きく影響されるというのは本当のところですが、言葉にさえ左右されなくなる領域まで行ければ、言葉はもうこの心を縛ることはできません。 しかしながら、基本的には言葉によって意識は方向付けられています。ということで、言葉選びは結構重要だったりします。 言葉選びも大事ですし、何より「何に意識を向けるか」ということが結構大事だったりします。 言葉を選ぶ時や意識を向ける時に、それが否定的な言葉を使うか、肯定的な言葉を使うかという面や、悪いものを叩くのか、良いものを

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洗脳カルト宗教の勧誘に来た人を逆に説法して脱洗脳を試みた

洗脳カルト宗教の勧誘に来た人を逆に説法して脱洗脳を試みてみました。宗教勧誘を論破して撃退するという感じではなく、相手のフレーム合わせて、対機説法をしてみるという感じです。 普通は宗教勧誘に対して上手く断るという感じだったり論破して撃退するという感じだったりするでしょうが、僕の場合は目的が少し違っていて、追い返すことではなく、短時間で脱洗脳のタネを撒いておくことです。 先日、Twitterでこっそりつぶやいてみましたが、ほんの少し前の休みの日に我が家に宗教勧誘の人がやってきました。 それで玄関先で話すことになったので

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合理化や最適化が機械にできる限界

AIがすごいとか、少し前であればIT化がすごいとか、そうした事が世の中でよく囁かれますが、「合理化」や「最適化」が機械にできる限界であり、結局大切なことは文語ではなく口語でないと何ともならないというようなことについて触れていきます。 哲学カテゴリでも会社経営と商いカテゴリでも良かったのですが、抽象的な感じなので雑記にしておきます。 まず最初に、新世代に対する旧世代的な後ろ向きの考えではないということに注意してください。 精度を高めることと時短 ぼんやりとコンピュータなどについて考えた時、いろいろな技術が進めば、情報

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われわれ精神の飛行する者!

しかしそこから、それらの前には巨大な自由がもはや全くないとか、それらはわれわれが飛ぶことの出来る限り飛んだとか、推論することがだれに許されようか!われわれの偉大な師や先駆者たちもすべて最後には立ち止まった。そして疲労で立ち止まるのは、極めて高貴な身振りでも優美な身振りでもない。私も君もそういう成り行きになるだろう!しかしそれは私にとっても君にとっても何の関係があるだろうか!他の鳥がさらに遠く飛ぶだろう! 曙光 575 一部抜粋 この「われわれ精神の飛行する者!」でニーチェの曙光シリーズ最後の投稿になります。 それで

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4歳児に教えてもらった素敵な言葉

先日、お客さんのところに行ったときに、その人の息子である4歳児に教えてもらった素敵な言葉があります。 いつもいつも「大学教授が言おうと幼稚園児が言おうと本質は変わりなく、言葉が指し示す意味のみを検討するべきだ」というようなことを言っていますが、まさに幼稚園児から教わることになりました。 意味は状況の中にある、ということにはなりますが、大体どのような状況においてもかなり良い感覚を呼び起こすフレーズです。 何気ない言葉ですが、いい言葉だなぁと思いました。 少しのニュアンスの違いで含む意味が全く異なるということを実感した

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聖職者の襲撃

「君はそれを自分自身で決着をつけなければならない。なぜなら、それは君の生命の問題であるから!」― こう叫んでルターが跳びかかってくる。首に短刀がつきつけられたようにわれわれは感じるだろう、と彼は思う。われわれはしかし、高級でより思慮深い人の言葉で、ルターを近づけない。「あれこれのことについて、全く意見を立てず、こうしてわれわれの魂から不安を免れさせるのは、われわれの勝手である。なぜなら、物自身は、その本性上、われわれからいかなる判断をも強奪することはできないからである。」 曙光 82 哲学的・倫理的な格言は、時に自

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すぐれた四つ

われわれと平常われわれの友人であるものに対して誠実、敵に対して勇気、敗北に対して寛容、常に― 礼儀。四つの主徳はわれわれにこう望む。 曙光 556 いきなりこんなところで、疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し、といったように戦国武将のような項目になっています。 だいたい「やばい」とされるのが、こうした標語を社長室に飾っている人です。ブラック企業に限って、「十訓」みたいなものを掲げていたりします。 「従業員を人間として正しい道に導くことが私の使命だ」という感じで思っていた

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キリスト教徒の底意

次のことが第一世紀のキリスト教徒のごく普通の底意ではなかったろうか。「罪がないと思いこむよりも、罪があると思いこむ方がよい。というのは、はなはだ強力な裁判官がどんな気持ちでいるのか、よく分からないから。― しかし裁判官は罪を意識している者ばかり見つけたいと思っているのではないかと気がかりでならない!彼は大きな力をもっているので、自分の面前の人間が正しいということを認めるよりも、罪人を赦す方がたやすいであろう。」 曙光 74 前半 キリスト教徒の底意(そこい)ということで、正しいと認めるよりも赦す方がたやすい、という

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かつてのドイツ人的な教養

あのドイツ人的な教養はヨーロッパ人を馬鹿にしたということ、またそれはそうした関心に、それどころかそのように模倣したり張り合って自分のものにしたりすることに値しなかったということは、否定することができない。まあ今日、シラーや、ヴィルヘルム・フォン・フンボルト、シュライエルマッハー、ヘーゲル、シェリングなどを捜すがよい。 曙光 190 中腹 「シラーや、ヴィルヘルム・フォン・フンボルト、シュライエルマッハー、ヘーゲル、シェリングなどを捜すがよい」 … 「誰?」 という感じの感想を持つ人が大半のはずです。 ということで、

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最初のキリスト教徒

聖書の中には、最も野心的で最も厚顔な魂が備わり、また、抜け目がないと同様に迷信的でもある頭の持主である人の歴史、使徒パウロの歴史もやはり書かれているということ、― 若干の学者は別としても、誰がこれを知っているだろうか? ― パウロの書面を「精霊」の啓示として読むのでなく、われわれのあらゆる個人的な危機を考えないで、誠実な、そして自由な自分の精神で読んでいたなら、真に読んでいたなら、― 千五百年の間そのような読者は誰ひとりいなかった―、キリスト教もまたとっくの昔に終わっていたことだろう。 曙光 68 一部抜粋 あらゆ

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われわれ初心者!

俳優が他の俳優の演技を見るとき、彼は何と一切のものを推測したり見て取ったりしていることだろう! 中略 他方画家が、彼の前で動いている人間をどんなに別様に見ることであろう! 曙光 533 抜粋 合気道の袴は、相手に膝の動きをさとられないためにブカブカであると聞いたことがあります。 一方、画家はピカソ等々平面空間を抽象的に統合して捉えたりしています。 さて、「われわれ初心者!」です。 初心者と学力 先日、なぜか家族内で「学力」の話をしたのですが、これほどにまで時間をかけてどうしてあれほどにまで学力に差がつくのか、という

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「愛は平等にする。」

愛は、それが一身を捧げる相手から、よそよそしさの感情をすべてなくそうとする。したがって愛は偽装と擬態とで満ち満ちている。愛は絶えず欺き、実際には存在しない平等のお芝居をする。 曙光 532 前半 平等ということなので、絶対的なモノの見方と相対的なモノの見方についてでも書いていきます。 平等が語られる時は、だいたい社会目線です。経済学の永遠のテーマとされる、ピザを均等割りするのか、体格に合わせて分けるのかといった分配なんかも社会的です。 ほとんどの場合、「平等」という言葉は、弱者側からの説得材料として使われる程度で、

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「道。」

いわゆる「近道」は、いつも人類を大きな危険に導いた。そのような近道が見つかった、という福音に接すると、人類はいつも自分の道を離れ― そして道を失う。 曙光 55 昔からよく近道を選ぶとえらい目になる、というようなことが色んな所で囁かれます。 しかしながら、それは横着をするなという戒めのようなもので、効率のよいやり方を模索することは、非常に険しくリスクも伴いつつも、人を成長させるものです。 一番の手抜き 「近道が見つかった」という福音は、いわゆる宗教の哲学的パッケージも、大企業や大組織への就職も同じことが言えるでしょ

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言論の自由

「真理は語られなければならない。たとえ世界が粉々に砕けようとも!」― 偉大なフィヒテは大きな口をしてこう叫ぶ!そうだ!全くだ!しかしわれわれは真理を実際に持たなければならないであろう!― ところがフィヒテは、すべての人はたとえ一切が混乱に陥ろうとも自分の意見を述べるべきである、という考えである。この点については、フィヒテとさらに論争することができる。 曙光 353 「言論の自由」という概念がありますが、どんなことであれ、それを社会が制限をかけてこようとしても、社会的制裁という圧力などがあるだけで、どんなことでも自由

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わかりやすい「おすすめ本」

「同じ経験はできませんが、どのような本を読んだら良いですか?」 メッセージのみならず、現実社会でもやはり会話の節々に出てくるような話題です。特に若い方で読書に慣れている方からはよく言われるご質問事項です。 ただ、あまりに「おすすめ本」と書いてしまうと、まるで胡散臭いアフィリエイターです。 彼らは「売ろう」と思って記事を書いていますが、売ろうとしているので純粋なレビューではありません。人のレビューを転載するような形で紹介しています。このサイトは、そういったタイプのものではない上に、もちろん広告も貼りません。 売れてい

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中心

「私が世界の中心だ!」というあの感情が非常に激しく起こるのは、われわれが不意に恥辱感に襲われた時である。われわれはそのとき、砕ける波の真中に麻痺したもののように立ちつくし、四方八方から視線を向けてわれわれを見通すひとつの巨大な眼のために、目がくらまされたような感じがする。 曙光 352 もちろん「私が世界の中心だ!」という一文から「世界の中心で、愛をさけぶ」を思い出したのですが、それはさておきましょう。 つまりはネタがスベった時に「世界には自分しかいない」と自己弁護を行い自分を擁護をしようとするあの心境です。 周り

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普通は誤解されている

会話で気がつくことだが、ある人は他の人の陥るわなをかけようと努力する。これは、人が考えるかもしれないように、悪意からだけではなく、自分自身の滑稽さを楽しむことからなのである。さらにまた、他の人に洒落を言わせるために洒落を準備しておく人々や、他の人が結び目を引き出すために輪を結んでおく人々がいる。これも人が考えるかもしれないように、好意からではなく、悪意からであり、粗雑な知性に対する軽蔑心からなのである。 曙光 351 笑いのレベルに大きな差がある場合、ボケ気質の人でもツッコミ側に回らなければならないというのが典型と

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最もよい約束の仕方

ある約束がされるとき、約束するものは、言葉ではなく、言葉の背後にあって言い表されないものである。それどころか、言葉は約束を弱めるのである。約束をするあの力の一部分にあたる力を放出し、消費することによって。諸君はそれ故に手をさしのべ、同時に指を口にあてよ。― そうすれば諸君は最も確実に誓うことになる。 曙光 350 最もよい約束の仕方というものは、何か相手から約束事を提案された時は黙ることです。 断る場合は断って、了承する場合も黙りこむ、そうすれば万が一約束を果たせなかった時でも、嘘をついたことにはなりません。 しか

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美の国は一層大きい

「美しい国」という表現がたまにされることがあります。中国語などでアメリカを「美国」と書きますが、日本のことを「美しい国」と表現するということがたまに起こります。 しかしどこの国も美しいものです。美しさは受け取り手の感性の問題ですから、実態として「美しい」という属性自体は持っていません。見る人の感性によって「美しいとされる」だけの問題です。 日本と同化する必要はない さて、日本人だからといって、日本とイコールではありません。ただ日本に生まれたからといって、日本と同化する必要はありません。 小学生の時から「戦争モノ」を

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二度の忍耐

「それによって君は人間に苦痛を与える。」― 私はそれを知っている。そしてまた、私はそのために二重に― 第一に、彼らの憂苦に対する同情によって、第二に彼らが私に返報するであろう復讐によって― 苦しまなければならないことも知っている。しかし、それにもかかわらず私のようなやり方をするのもやはり必要である。 曙光 467 世の中には同情する割に何もしないという人がいます。もちろん同情したからといって、何かをする義務はありません。 しかし、ある動機から「同情」はするのに、解決策などには何の手助けもしないというタイプがいます。

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名声の中の損失

未知の者として人間に語っても差支えがないということは、何という利点であろう!神々はわれわれから匿名を取り去って、われわれを有名にする場合、「われわれの徳の半分」を取り去るのである。 曙光 466 有名になることの何がいいのでしょうか。むしろ匿名の方が重荷はありません。 「誰々が語った」というラベリングは、利便性があるようで、それ以上に本質を覆い隠してしまうことがよくあります。 確かにある文章の解釈にあたり、誰が発した言葉かということを捉えることで単語の定義などへの「ぶれ」は少なくなるかもしれません。 芥川龍之介氏の

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雄弁家の学派

一年間沈黙していると、われわれはおしゃべりを忘れて、雄弁を学ぶ。ピュタゴラス学派の人々は、その当時最上の政治家であった。 曙光 347 一年間も沈黙しなくても、一ヶ月、一週間くらい沈黙するだけでおそらく雄弁になっていくでしょう。人によっては一週間くらいだと、たまりにたまったエネルギーが一気に解放されて逆に無駄話をしゃべりすぎてしまうこともあるかもしれませんが、たいていは、うまく話せるようになるものです。 沈黙するだけでなく、テレビや雑誌やゲームといった情報もすべて遮断した方がいいでしょう。 一週間も資料の準備をして

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思想家の寛容

ルソーとショーペンハウアーは― 二人ともその存在に人生を真理にあわせるという標語を記入するほど誇りが高かった。そしてまた二人とも― 真理を人生にあわせる― 彼らのいずれもが理解していたような真理を― ことが成功しようとしなかった点で、また彼らの人生は、旋律に一致しようとしない気まぐれな低音部のように、彼らの認識とならんで走った点で、どんなに彼らの誇りに苦しんだことであろう! 曙光 459 前半 「何でもわかりやすく」という流れがやってくると、「そうだカテゴリ分けをしよう」という発想がすぐにやって来ます。 その際は先

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第一の天性

現在われわれの教育されている通りでは、われわれは最初に第二の天性を手に入れる。世間の人々がわれわれを成熟した、青年に達した、役に立つと呼ぶとき、われわれはそれを所持しているのである。若干の少数者たちは、それの被いの下でその第一の天性が成熟したまさにそのとき、いつかこの皮を投げ捨てるのに十分な蛇である。大ていの者にあっては第一の天性の芽は枯死する。 曙光 455 今回はタイトルが「第一の天性」にも関わらず、第二の天性についての内容になります。「天性の才能」と言われる時の天性ですが、これには「第一の天性」と「第二の天性

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