タグ別アーカイブ: 社会

社会全般について

数多のビジネス書が結局精神論ばかりになる理由

数多のビジネス書が結局精神論ばかりになる理由という感じで、世の中で出版されるビジネス関連の本が精神論とか心のあり方に落ち着いてしまうワケについて触れていきます。 具体的なハウツーが欲しいのに、なんだかんだで書いてあることは精神論だったり考え方だったり、心のあり方だったりという感じに落ち着いているというようなやつです。 まあそれを嫌だと思う人も結構いると思いますが、どうしても最終的にはその人のマインドが大きな影響を及ぼすのでビジネス書にお

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加速するギャップと埋まり難き情報差

思い返すとこの十年くらいで大きく生活が様変わりしたような感じがします。そんな中一番顕著なのが、周りの人とのギャップかもしれません。友人たちを一通り観察すると、その変化が大きく枝分かれしていったように感じます。 社会的な評価基準のようなものが直接的に影響を及ぼしているというわけではありませんが、結局日常どんな生活をしているかで人格の変わり方も異なってくるので、やはり枝分かれする前にあった状態が、その後をある程度方向づけているというような感

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ネット広告の品質と品性

詐欺的な商法を叩く割に、その脇でちゃっかりとそうした広告を表示することで収益を上げているという落語的な感じに爆笑したので、記念に書き記しておこうと思います。 最近また「ネット広告から集客して情報弱者からお金をむしり取る系」の人たちが問題になったりしていたようです。胡散臭いネット広告で釣りのようなことをして、あまりインターネットに慣れていない人を騙すような形でお金を荒稼ぎする方法です。 昔からこの手の情報商材詐欺のようなものは常に一定のマ

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営業や面接が怖いという人への処方箋

世の中では、営業や面接が怖いという人が結構いるようです。まあ僕も昔はその気があったような気がしますが、今では「遊びがてら営業や面接に行きたい」と思うほどになっています。 今回触れるのは、営業や面接が怖いという人に向けての克服法といったチンケな一般論ではありません。 細かなテクニックについては特に触れませんが、ただおそらく「営業や面接に行きたくなってしまう」という感じになってしまうはずです。 まあ「人に判断される」というのは恐怖を伴うもの

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君主論から考えるいじめへの対応と対策

生きる苦しみについて書いたりしたので、わかりやすい苦しみとしての「いじめられること」について考えてみましょう。 以前「なぜ、人をいじめてはいけないのか」で、善悪基準からいじめがいけない理由などについて考えてみてもほとんど無駄ですよというようなことを書いてみましたが、いじめが良いとか悪いとかそうした絶対的な善悪基準や倫理道徳云々はさておいて、自分が不当ないじめにでも遭ったら、それはもう苦しくて嫌であることは明白であり、その状態から脱するこ

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不安がもたらす安易な行動

不安がもたらす安易な行動ということで、不安が行動を促し、そうした情動が落ち着くとその行動を終えるという人と、安易な提案では満足できず矛盾を嫌う人たちについて書いていきます。 一時期女性向けウェブメディアのようなものが検索結果を汚染していた時期がありました。盗作のような形の転載が基本であり、安易な内容で不確実なものも数多くあり、信憑性の問題から一気に墜落しました。またそうしたものもちょろちょろ復活していくと思いますが、ここで考えてみたいの

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運営元の都合

インターネットを取り巻く環境は日進月歩で変化しており、数年単位で「運営元の都合」により、今までの全てが無に帰する場合もあれば、「忘れたいのに忘れられない」ということが起こったりします。 そういえば来年でGoogle+が廃止されるようです。今までに上げられた投稿の取扱がどうなるのかは知りませんが、もし完全に消えてしまうのなら、そこでの投稿、やり取りされた全てが無に帰するという感じになります。 SNS系に限らずですが、新しく生まれていったネ

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魅力と期待・信用と相対基準

すごく単純なことなのですが、魅力は相対基準で決まります。あくまでそれを魅力だと判断する人の観念に沿って、魅力が魅力であると判断されるという感じです。もちろん本能レベルでの快・不快や「ちょうどいい」という基準もありますが、それらが複合されて魅力というものは判断されるということになります。 その魅力には、奥に期待や信用というものもあります。例えば、僕は遊び盛りの十代の女の子には魅力を感じさせることは難しいのではないでしょうか。 なぜなら、遊

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偏りに対する矯正の提案の一般化

プロダクトアウトに対するマーケットインや、減塩・炭水化物制限などなど、この世の中にはたくさんの提案がありますが、まずこれらは「ある偏りに対する矯正の提案」であることを捉えておくほうが賢明です。 ところが世の中では、何か必殺技があるかのように一つの方法論を一般化する傾向にあります。そしてそれはまた次の極端を呼び、物事をおかしくしていってしまうという感じになっています。 その全体像を把握することなく、自己都合等々に歪んだ認知のあり方のまま、

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情報の整理と情報源

少し前からチョロチョロとブログ内を編集したりしています。まあ鋳直しというか情報の整理という感じになるでしょう。 文字として書き起こす手前にはまとまりとエネルギーがあり、それが言語として具体化されているということになっていますが、それが具体的情報として形なって、さらに配列されていくになると一種の僕の頭の中と同じような構造になってきます。 言語化される時にフィルターは通される形になりますが、概念が具体的な記述として形になり、それらが関連性を

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合理化によって失われた分を何かで補う

合理化が進んだ分だけ何かが失われて、その失われた分は何かで補わなければバランスがおかしくなるということで、結局かけているコストの総量としてはあまり変化がないような気がしたりもします。 ということで、便利になってできた余白は何かに使わねばなりません。でないとただ愚化していくだけになってしまいます。 「求める結果を最短最小のエネルギーで手に入れる」という合理化自体は良いですが、ある部分を合理化することで、ある部分の能力が低下し退化していった

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テレビを見ない生活

もうかれこれテレビを見ない生活が十数年続いています。家にはもちろんテレビ自体がありませんし、今後も買うことはありません。ということで、自宅でテレビを見るというようなことは一生ないでしょう。 今年の台風で家のテレビのアンテナが吹き飛んでテレビがない生活ということを経験した人も結構いると聞きました。そしてアンテナを直そうにも、復旧工事が殺到していてなかなか順番が回ってこないという感じのようです。そしてさらに、まさにテレビ依存ということなのか

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生命保険等金融商品の不適正募集の背景や手口

今なおたまに生命保険をはじめとした金融商品の不適正募集が問題になることがあります。高齢者を狙った詐欺的な営業方法をはじめ、様々な抜け穴や解釈をもって強引に契約を結ばせようとする問題です。 こうした不適正募集、特に高齢者を狙った不正契約・不適切な営業活動は昔からちらほらありますが、その手口は押し売り等々一般に想像されるような形以外にもたくさんのパターンがあります。業法違反という意味での違法というレベルを超えて、犯罪の領域ですらあります。

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自己犠牲の精神からの脱却

自己犠牲の精神からの脱却ということで「自己犠牲」について触れていきます。まず最初に自己犠牲は美徳でもなければ称賛されることでも何でもありません。そして「責任感」というようなものに翻弄されたりする必要もありません。 強迫観念のような自己犠牲を自分でも治したい、自己犠牲の状況にあるのは嫌だと思っていながら、いつまでも自己犠牲を受け入れてしまうという場合も当然ながらよくあります。 「頭ではわかっていても抜け出せない」という状況です。 あくまで

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資格ビジネスとマルチ商法の構造の類似性

資格ビジネスには、国家資格や本当にある程度の評価がなされるような民間資格を取得するためのサービスから、胡散臭い民間資格まで多種多様なものがあります。講義型・通信教育型を問わず、共に資格検定講座・資格検定試験で収益をあげようとするという点は一致していますが、異なる点があります。 業務独占の国家資格や一般的な社会的評価を得ているような民間資格に関する資格ビジネスであれば、比較的教育としての要素が強いものの、胡散臭い民間資格は、教育的サービス

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中途半端な私服勤務

IT系ベンチャーなどなどにおいて、私服勤務で「オシャレに働いている」と思っている人たちの広告写真をみるといつも違和感を感じます。 なぜなら自分たちは「スーツなんて着ない」ということをアピールしているにもかかわらず、縁の太い眼鏡をかけながら、淡色のパンツ、淡色のシャツといったように、全員同じような服を着ているからです。 A. 誰が誰かわからない というのが本音です。 私服勤務というのはいいですが、その奥に「スーツやネクタイに縛られてなどい

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日々の体温と人々の記憶

パソコンやスマートフォン、タブレットの光にさらされると体温が下がるような気がします。実際の体温がどうなっているのかわかりませんが、気力とでもいいましょうか、生きる力、生命力が失われ、体温が下がっていくような感覚がしています。 それは視覚にだけ集中し、変な姿勢を続けていることも影響しているのかもしれません。 衣服と肌の間にこもった体温を感じる そんな折に僕が小学生だった頃、つまりまだパソコンや携帯電話などが普及していなかった時代の音楽を聴

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理不尽な疫病神

考え方、というよりも社会における視野が大きく違うと、話も合わなくなってきます。そんな中、「隣の高校だった人」などなど、知らぬ間に縁が切れていったような同い年の人たちを見渡してみると、やはり学校の風土的な違いがどこかしら影響しているような気がする時もあります。 最近では無くなりましたが、そうした人たちから集まりのお誘いを受けたりしました。しかし、その内容が「青春を引き摺っている系」のニオイがするので、企画内容に寒気を覚えてしまい、断ってい

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風来坊と風物詩

ひとことで触れていましたが、少し前深夜に道端でおばあさんに声をかけられ、会釈をして目が合った瞬間に怯えられて逃げ去られたという感じのことが起こりました。 全国平均がどのようなものかがわからないのでなんとも言えませんが、そのような感じで「変な人出現率」においては京都もそこそこ高いのではないかと思っています。 変な人については細かく定義することはやや困難ですが、挙動不審な人を含め、少し不可解な人という程度であると捉えた上で、変な人の出現や、

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日和見な昼行灯

確固とした意志を持つことがなく、その時の状況に合わせて多数の勝ち馬に同調するという層がだいたい7割、それは腸内細菌の世界ですら起こっていることなので、変わることのない自然のバランスなのかもしれません。 ただ腸内細菌においてもそれは細菌類たちの社会の中でのバランスであり、一つずつの細菌自体は一応独立した存在でもあります。 これを人間社会に置き換えてみて考えた場合、社会の構造がどうあれ結局は自分個人がどうあるかというところだけが問題となりま

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一筋縄ではいかない檜舞台

何だかんだで新規創業の相談などを受けることがあります。 起業などにおいても、やってみないとわからないこともあれば、やる前から準備がいくらでもできる事柄もあります。 やはりどんなことでも、やり進めてみて実際のフィードバックを得てからでないと本質がつかめない部分は出てきます(フィードバックを奪う人たち)。 そういうものもあるので、準備ばかりではどうしようもない側面もありますが、「やってみないとわからない!」などと言って盛り上がる人たちの中に

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土壇場の泥仕合

なるべく揉め事というものは避けたいものですが、そうした局面ほどその人の本性やエゴイズムを垣間見れることはないので面白かったりします。 争いや揉め事のようなものをあえて仕掛けることはありませんが、不条理な要求に応じることはないので必然的に多少一悶着が起こったりします。 むしろ昔からこうした揉め事を好んでいるようなフシがありました。なぜならそこには「本音」があり、問答の内容は思索のきっかけにもなり得るからです。 たくさんの本音が出る分、成長

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張本人の付焼刃

事態をそれ以上に大きくしないためにと、何かが起こった時の事後対策として様々な工夫が凝らされたりもしますが、そうしたものの必要性自体は理解できるものの「うまくごまかす」という方向性ばかりを勧める人たちもいて、遺憾に思うことも多々あります。 根本解決や今後の対策という重要な部分を棚上げして、「うまくごまかす」という部分だけに着目してその場限りの対応をする人たちです。 そういえば先日、某会合に参加したのですが、その会場となっていた飲食店はひど

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短兵急にて立往生

気持ちの先走りを上手く利用すれば、そのエネルギーで目の前の問題を突破できることもあります。創業社長はだいたいせっかちな人が多い印象もありますし、あまり深く考えすぎないことが物事の展開のスピードを高めているという感じもします。 しかしながら、そうした人たちは、あまりよく考えていないようで、意識の裏側では最低限以上のことは考えていたりもします。特に経験値が高ければ高いほどその精度は高まるという感じですが、あまり深く考えずに先々進めてしまう裏

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大上段への大団円

起業する前の最後の上司というか支店長的な人は、いわゆる「全然足りねぇじゃん!」系の人でしたが、そんな彼への最後の仕打ちを決行してから退職しました。 直属の管理者には世話になっていたので、彼には恩返しがしたいと思いつつ、やはり「全然足りねぇじゃん」系の支店長を泣かせてから去ってやりたいという気持ちも少なからずありました(しかしわれわれは諸君を信用しない)。 ある上司のことは好きでも、別のある上司のことは嫌いだ、というケースは結構あるのでは

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大黒柱の醍醐味

醍醐(だいご)という言葉の持つ意味がバター味やチーズ味らへんの乳製品の味のことを指すということを知ったのは比較的最近のことです。京都にも伏見に醍醐寺があり、付近は醍醐という地名なので少しは馴染みのある言葉だったはずですが、本格的に意味を知ったのは20代になってからです。 さて、リーダーたるもの、とりわけ社長たるものだけが味わうようなことについてでも触れていきましょう。世の社長たちの切実な叫びのような事柄です。 よく社長同士が集まると、そ

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序破急そして真骨頂

何かしらのきっかけで興奮状態が起こり、それが続くと新しい展開が始まり、知らぬ間に興奮は冷め、みるみるうちに本来の姿に戻っていきます。 それは恋仲でもそうですし、若いベンチャー企業などでも同じです。興奮状態により普段ではやらないような行動を取ったりして新しい世界が見えてくる、というところまではいいですが、いつしか興奮は落ち着き、また元と同じような状態に戻ってしまうという感じです。 さて、ある時から「物事が終わる瞬間」に感慨深さを感じるよう

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金輪際なしに…の後日談

「二度あることは三度ある」というようなやつでしょうか、なぜかアクシデントというものは連続することが多く、そうした時は集中力が格段に落ちていたりします。 集中力が落ちている時、物をよく落としたり無くしたりすることがあります。おそらく、ちょっとした注意力が保てなくなっているのでしょう。そして少しずつの「注意不足」が積み重なり、大きなアクシデントとなってしまう場合があります。そして、それはそれだけで終わってくれず、何度が連続して続いてしまうと

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好々爺たちに紅一点

男性ばかりの職場に女性が、または女性ばかりの職場に男性が一人でも入ったりすると空気が極端に変わったりします。 特にその異性が若い人ならなおさらです。サボり癖やギスギス感などが程よくなくなり緩やかな緊張感と癒やし作用をもたらしたりします。 最近ではそうした事を受けてか、わざとそうした人員配置をしたりするようです。僕が勤め人だった頃も、おじさんばかりの部署に新しく女性社員が配置されたりしていました。 おじさんばかりの部署に新しく女性社員を配

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好一対への下馬評

何かの現象を評価・判断する時、既に持っている知識の中からしか評価をすることができません。その時に既にある知識と知識が組み合わさったりして新しい判断基準ができることもありますが、概ね今までの間に培った知識・経験則からしか評価や判断をすることはできないという感じです。 そう考えると、世間での評価・ランキングなどいかにあてにならないものかということがよく分かるはずです。 そうしたものは恣意的に操作されたものである可能性を排除できませんし、評価

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