タグ別アーカイブ: 論理

論理に関すること

人類の新しい教育のために

たまに掲示板みたいなところに標語が貼ってあったりします。 標語を集めて意識を高めようというのは義務教育と公務員の発想ですが、実際に選考に関わる審査員はやっぱりギムキョなので、何が問題かということに気づいていないことがよくあります。 たとえばこのような標語ですが、まず「君なんだ」ということで、どうして他力本願なのか、という疑問が残ります。 つまり、「あなたはしないんですね」というようなツッコミが入ることを想定していません。 逆に「僕なんだ」とか「私なんだ」、とか言うのも、他力本願ではないものの、少し傲慢なような気がし

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付加物としての結果

昔、人々は、行為の結果ではなくて、自由な付加物―つまり神の付加物であると信じた。これよりも大きな混乱が考えうるであろうか! 曙光 第一書 12 行為の結果ではなくて、それが「もたらされた」というような勘違いですが、どうしてそのようになるかというと、アイツにはその因果関係が理解不能だからです。 それよりも少し小さい混乱としては義務教育の混乱があります。 「みんなで頑張ったんだから成功したんだ」というようなものです。 どう転んでも失敗という解釈などありえない割に「成功したんだ!」と「夕日に向かって走っていけ」的な感動を

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奇術師とその反対

マジシャンの方は、複雑な因果律を単純な因果かのように見せ、学問は単純な因果律を複雑なように見せて単純な因果律を放棄させる。 ニーチェはそのようなことを言いましたが、これはアイツの特性でもあり、また単純に大学の授業のことを言っています。 単純な因果律を放棄してしまう 最もわかりやすいのが経済学かもしれません。すごく簡単なことをわざわざなんとか曲線、なになに理論、というふうに言いますからすごくわかりやすいです。 経済学を知っていたからといって、株式の取引で勝てるわけでもなし、実際に聞いた感触ですが、経済学者さんほど株で

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開設から半年が経ちました

常連さんいつもご高覧ありがとうございます。 本日をもって本サイト開設から半年が経ちました。これで258回目の投稿になります。外国人スパマーさんも含め、152件のご連絡を頂いています。今のところ日本語でのスパムは来ていないので嬉しいですね。やはり外国人さんは日本語が読めないようです。 もう少しクレーム的なものも来るかなと思いつつも、未だにそういった類のご連絡はありません。もし頂いても、ただのクレームなら無視するだけなので、やはりそういう気質を見抜かれているのでしょうか。 半年記念の回として、いつものように普段とは少し

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答えは風に舞っている 改

あることが正しいのか観測しようと、その観測対象を観測し出した時点で、観測前とは条件が異なるので、真実はわからない。 ということがよくあります。というか全てそうでしょう。 あくまで前提を定めてしまっている状態では答えは出しやすいですが、その前提は自分が認めたものでしかありません。 先の例は、ある物質の温度を計測しようとした時に、温度計をあてたり突っ込んだりすると、その温度計の「温度」が、その物資の温度に少なからず影響を与えてしまいます。 それを避けようとその物質と同等の温度にしておくためには、あらかじめ温度計を温めた

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モノノカンガエカタ

以前大学で、「モノの考え方」的な講義がありました。 その時に引用された資料はすべてがA新聞でした。 そして講義中に次のようなことを言い始めました。 「中立な立場になって物事を考えられるようにならなければならない」 そこで、ある学生(僕ではありません)が質問しました。 「では、どうして資料がすべてA新聞なのでしょうか?」 周りはざわざわし始めました。 「どんな答えが返ってくるのだろう」 おそらくみんな期待していたと思います。 少なくとも僕は、どんな答えが返ってくるか楽しみにしていました。 「A新聞が一番中立的な見解を

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不安からの逃避法 改

不安になったときは、どうにか対処しようと粘ってしまうものです。 言い訳を集めたり、一般的にはどうなのかという情報を集めたり、人に相談したりします。 もしくは独りでただただ悶々と過ごす場合があるでしょう。 「気にするな」と言われても気になってしまう。 根性で突破しようとしても、どこかそのストレスに耐え切れなかったりします。 人に話をするのはいいのですが、あまり良い方法ではありません。 特に「正論」みたいなものを持ち出されたら、さらにダメージを食らってしまうくらいならいいですが、偏見を後押ししたり、何かを決めるときに自

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空アリ 改

空ナシ ないということがない。じゃあ埋まっているのかというのは駐車場ではまかり通りますが、ないがないということは、必ずしも反対側の「ある」を示すものではありません。 「1+1=2」も、いちおう一番簡略化された表記をしなさいというルールのもとだから「1+1」=「2」になるだけで、それを外してしまえば「1+1=3-1」「1+1=(1+2+3+4)/5」でもよくなってしまいます。 実は勝手に前提を作ってしまっている、そのことにはなかなか気づきにくいような気がします。 「好き?」と聞かれて 「うーん」 などと答えれば、 「

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無理なもんは無理

「信じる」という言葉があります。 以前にも触れましたが、信じるということは無理なのです。 過去記事をどうぞ パッケージプラン 100%信じていれば、信じているという言葉とは別のものになります。 オスに聞きます。 あなたは自分がオスであるということを信じていますか? 「は?」 という感想を持つでしょう。 それが100%信じているという状態です。 「気持ちはメスかも知れない」といったところで、それはまた別問題です。 「オスであることを認めろ!」と言われて「嫌だ!」と言っても、「嫌」ということは自分がオスであることを知っ

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のんきになるための一歩

のんきはまじめやふまじめという既成概念と違い、一種の才能なのです。「なるようにしかならないんじゃないの」と基本どこか大きく人生をあきらめていらっしゃる。努力をしないというのではありません。したけりゃ努力してもいいんじゃないと、あくまで自分のこともひとごとと考えていらっしゃる。 のんきは楽観主義とは少し違うような気がします。 一般的には、コップに半分残った水を見て「まだ半分もある」は楽観主義、「もう半分しかない」は悲観主義などといいます。 しかし、そんなことで分析されたくはありません。 「半分ある」 そう言ってあげま

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空アリ

空アリという駐車場の看板についてです。 論理上はイエス/ノーで二元論化している空間でのお話。 つまり埋まっているのか空いているのか、ということです。 コンピュータの世界では、0と1の2進法でほとんどのことが表現できてしまう。 しかし、こんなことが本題ではありません。 仏教では「空(くう)」と読み、あらゆる事物は固定的な実体性を持っていないと説きます。 いきなり「空」について触れてしまうと、それだけで終わってしまいそうなので、エッセンスだけ。 言語には限界があるので、伝わるかはわかりませんが、またいずれ書く事にしまし

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結論が変

心理学と銘打つ三文文献に多いのですが、あくまで統計上の傾向なのにそれを法則化してしまうことがよくあります。 そして雑誌のライターはそれを見て記事を書きます。 すると間違いだらけになってしまうというか、結論へのもって行き方が変な場合が多いように感じます。 心理学にしても、何となくみんなが知っていることを統計的に裏付けたようなものばかりですし、あくまで傾向が見えたというだけだったり、そうした傾向から仮説が若干支えられると言う程度だったりします。 そんな中、いろいろな法則性を根拠として結論を導き出す時に変な方向に行ってし

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矛盾とパラドクス

矛盾とパラドクス(パラドックス)について書いていきましょう。 今回は、中学生のグレる要因である大人の矛盾について語るわけではありません。 少し学術的で、哲学的な感じです。 矛盾とパラドクスは、論理に関する重要な概念であり、それが人の話を聞くときであれ、一人で行う思考実験であれ一応押さえておくべき概念です。できれば二律背反(アンチノミー)やナンセンスについても考えていきたいところですが、今回は矛盾とパラドクスを中心に考えていきましょう。 矛盾とは 矛盾とはなんですか。 矛盾とは、情報が多過ぎることみたいですね。 一つ

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