タグ別アーカイブ: 男と女

男と女・性について

夫婦仲の秘訣

夫婦仲の秘訣は何ですか? というような話題がありますね。 「あれこれをしてくれる」云々、「こういうところがいいと思う」云々、様々な意見がありますね。 逆に仲の悪い人たちや「一方が当て馬のポンゴになっている夫婦」は「別れるに限る」というようなものもありますね。 しかし、どれも本質とは異なります。 答えを言いましょうか。 男側の自信です。 それだけです。 その自信に根拠がなければないほどいいですね。 つまり、最も良いのは「根拠のない自信のようなもの」です。 そこまでいかない場合でも、何かで自信を持っていればまだマシです

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Z会

極めてシンプルにZ会について触れていきます。定義としてZ会とは絶倫すぎる男たちです。実はかなり昔にZ会に触れてからというもの、たまにご相談を受けることがあります。今までに数人の方にご連絡をいただきました。 ただ今回触れたいのは、「ナチュラルZでもない者が、肉体改造などによってテストステロン値を高めすぎてしまうとロクなことにならない」ということが中心となります。そのような感じで「無理に変わろうとしないでください」ということをお伝えしていこうと思います。 俗っぽい表現をすれば、慈悲深いZ会、そして自信を持った非Z会で溢

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「誠実」という若き男の悩み

古今東西、若き男の悩みというものは特に変わっていません。若き男と表現するものの、思春期以降老年期までの間にたいていの男性にはいつか訪れる悩みです。有名どころで言うと、サマセット・モーム氏はその悩み、怒りを「人間の絆」で表現しました。 まずは事実を知り、そして、それをどう取り扱っていくかというところが問題です。これを曖昧にすると、老年に差し掛かるまで悶え苦しむことになりかねません。 これは、本能と理性の問題でもあります。 それは、端的には「誠実」に関する問題です。 これを乗り越えると、煩いが極端に減ることになります。

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駆け引きと安心

思い返すと何人かの女性に「あなたは駆け引きもできない」と言われたことがあります。 駆け引きができるとかできないとかそうした問題ではなくて、そうしたものをしたくないんです。コロコロコミック育ちですからね。 そうした観念がある事自体が息苦しいんです。 とりわけ異性間の付き合いであったり、友達関係であったりにそんなものを持ち込もうという考え自体が貧しすぎます。 裁判や商談ではありません。いや、それらでも相手がよほどの悪人でもない限り、駆け引きなんてなものは要りません。 そして、僕に「あなたは駆け引きもできない」といってき

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木漏れ陽が灼く影

この8月、なぜか昔お付き合いしていた方に二人も会いました。共に「ばったり」です。今でもキレイでしたね。でも、それぞれの方に特に思い入れはありません。 思い入れは無いのですが、やはりそれら方々に共通して「なんで?」という疑問がありました。 なぜか「ふっ」と気分が変わるんですね。 気持ちの上で何が変化するのかということがわかりませんし、分かる必要もないと思っています。 何かが足りないというわけでもないのでしょう。 何かが嫌だというわけでもないのでしょう。 では、「なんでですか?」と言いたくなる態度に、急になるのはなぜで

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第2000回投稿記念

これで2000記事目になります。ブログ創設から2000回目の投稿ということで「第2000回投稿記念」です。 前回の第1900回投稿記念は、2020年9月29日だったので、前回からの100記事は、1年3ヶ月くらいかけて投稿したという感じです。それまでに比べてかなりのローペースでした。 なお、第1000回投稿記念は、2017年9月20日だったので、4年3ヶ月ちょっとで1000記事を投稿したことになります。 さて、常連さんいつもご高覧ありがとうございます。 また、contactからご連絡いただいた方、投稿にコメントをいた

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最初から出ていた答え

遡って色々と振り返ってみると、最初からいきなり答えが出ていたというようなことが数多くあります。 そうしたことが多いので、今でも直感に従うことがよくあります。 世の中では「努力」についていろいろなことが言われていて「努力は絶対に必要だ」というような脳筋から、「努力は不要であり、嫌々する努力は逆効果」というようなものまでたくさんあります。 それは努力必要論、不要論の範疇に入りますが、それ以外にも、「努力というものでは何ともならない領域のもの」についてのお話もあります。才能が云々というものではなく、「努力とは別領域」とい

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顔の締まりとランラン光線

最近聞いた話ですが、推しの文化により、関連したものによって自分を表現しようというか、話の取っ掛かりを作って誰かに絡んでもらおう、できればモテようとするような雰囲気があるようです。 しかしながらそんなことでいくら取り繕おうが、本来、顔だけで人格はバレてしまうので、深い部分ではあまり意味がないのではないか、深い仲になったりする点においては、それほど有効ではないのではないか、と思ったりします。 また、服装がもっさいわけではなく、実は顔が…ということが言われたりすることもあります。意外と同じ服を同じようなサイズ感で顔が締ま

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電話とメールの使い分け

思い返すと、友人との連絡においては、この数年ほぼメール、メッセージ機能を使っていないということに気づきました。 逆に業務関連ではほとんどがメールのみということになっています。 その大きな違いは、仕事においては「言った/言っていない」というようなものを防ぐため、認識の齟齬を防ぐためというような意味合いが強く、友人関係においてはそうした証拠保全の必要がないという点が挙げられると思います。 直接話す、通話、メッセージという順 原則的に人とのコミュニケーションは、直接話す、通話、メッセージという順になっています。 仕事の面

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「雑」の極みとしての発想

世の中には驚くほど雑な人がいます。近年では「失言」として取り扱われたりして後で撤回ということもよく起こっていますが、根本的にそうした失言は「うっかりしてたなぁ」といったものでもなんでもなく、本心から出た言葉であるというのが本当のところとなっています。 相手や社会のことはお構いなしで、自分の感情に正直、そして、偏見に満ちており、思ったことをすぐに口にするといったような感じで「雑」を極めていたりします。そして自分に都合の悪いことには耳を貸さない、というより聞こえていないふりをしたりします。 まあ一種の「種としての生存戦

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咨軽薄の人と交りは結ぶべらかずとなん

明るく楽しく熱意を持ってやってくる人、というのは一見良さそうですが、一時的なブーム・興奮によってブーストされているだけなので、その興奮が沈下した時にすぐに去っていくという特性を持っていたりします。 生きていると興奮等々により「多少気が狂れていないとできない」というようなこともあります。それは起業やプロポーズというような大それたことでなくとも、例えば朝まで話し込むというような親和の形成などもそれにあたります。興奮して若干理性が外れているくらいでないと親友も彼女もできにくいという感じになっています。 なので、そうした現

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信義を重んじて態々ここに来る

「信義を重んじて態々(わざわざ)ここに来る」ということで、接待等々について触れていきましょう。 接待ゴルフという言葉は昔からありますが、全くいやいやというわけでなくとも、本当はそれほど乗り気でもないのに付き合いできているという人たちと遊んで本当に楽しいのか、と小学生の時から思っています。 まあ脳筋体育会系としては、部下や後輩を侍らせている、とか、自分の鶴の一声で、というところで自尊心を回復していたりするのでしょう。 仕事の利害を絡めないと誰も一緒に遊んでくれないということは、それだけ本人に魅力がないということになり

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大丈夫は義を重しとす

「義」というものは、統制のためにMr.脳筋の思想が取り入れられたものである部分が多少なりとあります。しかしながら、そうした思想的なものがなくても、義を重んじるというところは大丈夫としてのあり方としてある程度自然に成り立っているフシがあります。 そうした義について、それを崩してしまうものの代表例としては、概ねムラムラによる錯乱と「女の入れ知恵」です。 男同士の友情において「友情が崩れてしまう」という局面において垣間見れるもの、それはたいていそうした「ムラムラによる錯乱と入れ知恵」です。 義崩れるところに弱体化あり 義

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実やかに約りつつも

様々な試験の結果のデータを見ていると、何故かわずかばかりは「申し込みながらもテストを受けに来ていない」といったものがあったり、「合格したものの入社していない」とか「初日で退職」というものがあったりします。 しかも数が多くなると何故か毎回のように同じような数字というよりも比率になっていたりします。 なので採用等々においては、予めそうしたものを予測して「少し多めに」ということで備えていたりします。 こうした一定比率の「結ばれないもの」が起こるということは、まあ確率論的でもありつつ、体の具合や取り巻く状況の変化などによっ

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のっぴきならない証拠

たまに苦し紛れ感もなく当たり前かのように辻褄の合わないようなことを言い出してくる人がいますが、そうした事ができる背景として「本能による衝動」というという面が潜んでいます。 いわば非理性的ということになりますが、理性でないならば本能という感じで、結局は根本として本能的な生存欲求の方が強く、本能による衝動のまま言葉を並べているにしか過ぎなかったりします。 ある人が普段は理性的でありながら、急に非理性的になる時を想像してみれば結構わかりやすく、疲労が溜まっていればいるほど「単に頭が働かない」という部分もさることながら、「

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遭難の悲愴感

本格的な遭難を経験したことはありませんが、「まだ実りそうな希望」と「チャンスが失われた中の希望」というものは若干異なり、「広い荒野にぽつんといるような感じ」が、遭難の悲愴感を示すのに最もふさわしいような気がします。 以前、「企画した人の地図のマークのミス」により想定外の山中をうろつくというような軽い遭難について触れたことがありました(すばらしい日々)。その時に後輩が不安から泣きだしたりということもありましたが、「必ずなんとかなる」という希望が揺るぎなくあったので、肉体的な辛さはありましたが、一種の勇気も奮闘も意味の

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体験の非日常性

非日常的な体験をすると、意識がカーッとなり、平常時では考えられないような意志決定をしてしまうことがあります。 それが「人から仕掛けれたこと」ならば注意が必要になりますが、そうした一種の狂気、一種の強い変性意識がないと事を成し得ないという場合もありますし、そうして起こった現象がすべてダメなものかといえば、そうでもありません。 合理性から考えれば非合理な男女の仲 合理性から考えれば非合理な男女の仲においても、一種の非日常があるからこそカーッとなり、論理性、合理性を超えて、非合理な方を選んでしまうということが起こります。

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例外的な偶然の産物

自然淘汰を考える上で重要なのが、誰かしらが何かしらの「違う可能性を試す」という感じで例外的な偶然の産物として生まれ出ることです。 古典的な形で予定説的に考えると、因果は決定しているという感じですが、決定しているのは確率であり、確実の方ではないという感じになります。確率の次も確率ということになれば、それこそ可能性的には無限に不確定・不確実ということになりますが、それでもだいたいの確率でそれが起こるという感じになっています。 時間の概念から考えると「例外的な偶然の産物」が「ご新規さん」として生まれるというより、既に内包

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認知のあり方と解釈

認知のあり方と解釈について触れていきます。 社会においては、誰が発したのかというところが影響することがありますが、本来は意味において誰が発するかというところは、哲学領域等々、領域によっては本当に関係がありません。 出典を根拠とされようが、その出典自体は何に保証されているのか、という感じになります。より詳しい論証やデータがあるくらいで、蓋然性が高まる程度でしかなく絶対的な根拠としては成り立たないのです。 ただ、 「内容は同じでも誰が発するかによって解釈が変わる」 ということは、日常でよくあります。文脈によっても変わり

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真面目と怠惰

真面目と怠惰というコントラストがあります。真面目は良くて怠惰はダメだとかそんな感じですね。 「真面目だけど不器用」 とか 「真面目でいい人なのにうまくいかない」 ということがよくあります。 もちろん真面目なことはいいことですが、真面目なようで実は真面目っぽさにかこつけた怠惰であることがあります。そうなるともったいなかったりしますので、逆説的な怠惰について触れてみます。 真面目で誠実というのはすごく良いのですが、それに甘んじることで本質から目をそらしているだけだったりすることがよくあります。 なので「いい人止まり」み

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本能的な相性のスイッチ

お近づきになったような女性に関して思い返してみると、同じようなタイプの人に好かれ、同じ名前の人に好かれということが不思議なくらいに起こっていたりします。 昔お付き合いしていた彼女にそっくりな女性の上司が職場にいて、ある時ふと「別れた元夫とよく似てるの」なんてなことを言われ、その元夫さんにそっくりだという息子さんの写真を見せてもらったら顔も体格も僕に似ていたというようなこともありました。 「息子によく似ていると言えばいいのに」ということも思いましたが、おそらくピンときたのは元夫さんの方だったのでしょう。 そのような感

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ロミオとジュリエット効果

ロミオとジュリエット効果(Romeo and Juliet effect)とは、困難・障壁がある方が気持ちが燃えるという心理効果で、元はもちろんウィリアム・シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」から。 困難・障壁によって恋心は燃えやすくなる ロミオとジュリエット効果は、特に恋愛において、困難・障壁がある方がかえって恋心が燃えやすいという効果であり、逆にそうした障壁が取り除かれると急に熱が冷めるという側面も持っている。 交際を誰かに邪魔されたり、反対されたりすると、当の本人たちは逆にそれを乗り越えようと燃え上がって

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不安がもたらす安易な行動

不安がもたらす安易な行動ということで、不安が行動を促し、そうした情動が落ち着くとその行動を終えるという人と、安易な提案では満足できず矛盾を嫌う人たちについて書いていきます。 一時期女性向けウェブメディアのようなものが検索結果を汚染していた時期がありました。盗作のような形の転載が基本であり、安易な内容で不確実なものも数多くあり、信憑性の問題から一気に墜落しました。またそうしたものもちょろちょろ復活していくと思いますが、ここで考えてみたいのがなぜそうしたものに人が集まってくるのかという点です。 性差的に女性は男性よりも

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魅力と期待・信用と相対基準

すごく単純なことなのですが、魅力は相対基準で決まります。あくまでそれを魅力だと判断する人の観念に沿って、魅力が魅力であると判断されるという感じです。もちろん本能レベルでの快・不快や「ちょうどいい」という基準もありますが、それらが複合されて魅力というものは判断されるということになります。 その魅力には、奥に期待や信用というものもあります。例えば、僕は遊び盛りの十代の女の子には魅力を感じさせることは難しいのではないでしょうか。 なぜなら、遊び盛りの十代の男の子たちと比較して、彼女たちを「楽しませる」という部分での期待を

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モテる秘訣とモテない理屈

さて、モテる秘訣とモテない理屈について書いていきます。 世間では様々なモテテクやモテるための条件、モテる秘訣、そしてモテない理由としての理屈が並べられています。 しかしながら、そういうものを鵜呑みにしてしまうと、婚活業界、結婚相談業界のお客になってしまうだけです。 どのような分野でも同じですが、具体的な事例自体を知ること自体はいいですが、そんな具体的な領域にとどまっていると、そのレベルの内側に居続けることになります。 そんな浅い領域から高い地点にまで視野を高めて俯瞰すると、そんなそれぞれの細かなモテテクなどバカらし

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