僕は今までに沖縄に三回行ったことがあります。
一回目は、小学生の時です。祖父母を含めた家族+いとこで行きました。
三回目は、「ジュゴンの見える丘 2017」で触れていた通り2017年に行きました。
そして間の二回目は19歳の時です。病中に何故か知的障害者の支援施設からボランティアスタッフとして沖縄旅行についていきました。
僕には昔から「どんなものでも可能な限り体験を通じて知りたい」という癖があります。でないと、非言語的な部分や奥にある本質構造が見えず、表面的な論理空間から導いた一般論の範疇になってしまいますからね(それでは経営をしたことのない経営学者のような感じになってしまいます)。
ある時、母の知人くらいの人から話が来て、母から「知的障害者の施設から付き添いボランティアの誘いが来てるけど行ってみる?」というようなお誘いがありました。
報酬もないですが、旅行費用もいらないということだったので、行くことにしました。
「さあどんなことを経験するんやろう」
という変なワクワクがありました。
事前に一度施設に訪れ、軽い説明等々を受けました。等級は1級、2級です。
その日を含め、合計5日程度で僕は2年分くらいの何かを掴むことになるだろうというような変な期待がありました。
いざ沖縄へ
関空に着き、一人が「JAL! JAL!」と叫んでいます。
でも、乗るのはANAなんですね。
そのような感じで沖縄旅行がスタートしました。
麻痺した感覚
那覇空港についてレンタカーでユースホステルのようなところに向かっていたときのことです。
運転席には所長(男性、おそらく40歳前くらい)、後部座席には僕と「JAL! JAL!」という感じでした。この「JAL! JAL!」のことをザウルス(サウルスでもいいですがあえてザウルス)とします。ザウルスは同い年で体格の良い男性でした。
このザウルスがね、「JAL! JAL!」と連呼しながら、ガッテンガッテンガッテンガッテンのように、隣りに座っている僕の太ももを殴ってくるんですよ。
で、痛いんですよ。
「やめよか」
と腕を掴んでも振り払って殴ってくるんです。
なので所長に「あの、殴られるんですけど」と言ってみることにしました。
「彼はね。止められないのよ」
と半笑いです。
いやいや、痛いんですよ。
「そういえば以前ハイエースの窓を吹き飛ばしたこともあってね」
そういうことじゃなくて止めろよ。痛いよ。
「あの、痛いんですよ」
「いやぁ…そのぉ」
となったので、
「あ、そうっすか」と
ザウルスを殴ることにしました。
同じように太ももを100%の力で。
所長は黙り込みました。
相手に刑事罰がないとしても、こっちは痛いんですよ。これで罪に問われるならそれはそれでいいという覚悟で殴りました。
端的には、訴えたければ訴えてこいという感じですね。別に暴力で押さえつけたと思われても構いません。
ちなみに単に「言うことを聞かないから殴った」というのではありません(それも含みますが)。
この人は殴られた側のことを理解できないんですよ。
で、言葉は通じないので、ザウルスの腕を掴み、彼に殴られた僕の太ももに当てて、その後、僕が彼を殴った箇所に当てました。
するとそれからは一切殴ってこなくなりました。
「あ、あ、あ」と言っていました。
格闘になるかなとも思いましたが、何とか伝わったみたいでした。
僕と彼の間で動物的な主従ができたということなのかもしれません。
殴って諭した直後から車内は沈黙しています。
次に所長は何を言ってくるかなと思いましたが、その態度によってはその場で帰ることを決めていました。
そして出てきた言葉は、
「すごいね」
でした。
何感心してんの?
―
「やはり何かしら感覚が麻痺している」という印象を受けました。
この印象は、その後の「障害等何かしらを理由にして人に迷惑をかけても居直る人たち」への僕の態度に繋がっています。
僕はね、痛かったんですよ。車の窓ガラスを吹き飛ばすほどのパワーを持つ人に殴られて痛かったんですよ。
そして、本人はともかく所長は対処も謝りもしないんですよ。
相手も大切な人権を持つ人だとしても、僕も持っているんですよ。相手も「親にとって大切な子供」だとしても、僕も「親にとって大切な子供」なんですよ。
初日の夕食
ユースホステルに着き荷物を置いて飲食店に向かいました。
この時以降、僕とザウルスを組み合わせるのは危険だということで、僕は別の人を担当することになりました(しかし当初は僕にザウルスを制止させようとしていたのかもしれないとも思います)。
ただ、飲食店に着いてからは全員で同じ部屋となります。そこについてからはザウルスがやたらと僕に好意的に接しようとしてきます。本当に動物的な主従関係ができたような感じだったのかもしれません。
しかしその後特に行動を共にすることはありませんでした。
さて、飲食店はよくわからないショーのようなものがあるような、紫やピンクの光でチカチカしたようなよくわからない会場でした。
沖縄民謡を披露する芸人さんのような人達が出てきて、何かのショーをされていましたが、誰とも目を合わしていなかったのを覚えています。リハーサルを見せられているような、そんな感じでした。
出された料理は、見た目は豪勢ですが、質としては「腐りかけ寸前」でした。特に刺し身類はひどく、一つも飲み込むことができませんでした。
所長も「さすがにこれはひどいわ」と、言っていました。
彼が悔しそうな怒りを何とか抑えていたのを覚えています。
端的には「知的障害者に味はわからないだろう」という対応をされたようなそんな感じでした。どうせ一見さんだという点もあったのかもしれません。
僕は、涎の匂いと、出された料理の質の悪さに吐き気がし、トイレに駆け込み本当に吐いてしまいました。その日の疲れや会場の照明も関係していたのかもしれません。
「明日から、大丈夫やろか」
トイレで蹲りながらそんな事を考えていました。
「おっ」
ザウルス担当から外れたので、別の二人の係になりました。
ひとりはずっと「おっ」と言っている同い年くらいの男性(おっちゃんと呼ぶことにしましょう)、もうひとりは涎が出てきた時に教えてあげるだけでいい女性です。
おっちゃんが手をつなごうということを意志表示してきたので、三人で手を繋いで観光に回りました。
水族館で海の生き物を見るたびにおっちゃんは爆笑しています。
「こいつは、いい奴やな」
という感想です。
「おっ」と言う言葉だけしか使いませんが、あまり言葉を必要としないというか、観光に行くくらいなら言葉は必要ないというような経験をしました。
感じ方は違うかもしれませんが、同じような風景を見て楽しむということに特に言葉は要らないような気がしました。
歳の小さい子どもを連れているような、いや、自分が幼稚園児に戻って、同級生と歩いているような気分になりました。
トイレで介助
車椅子の男性がいて、その人をトイレに連れて行ってくれと言われた時のことです。
あまり親しくない僕が手を出すと、ズボンを下ろすことを拒んできます。体を持ち上げるまでは良かったのですが、その先はどうにもできませんでした。やはり、そのあたりは恥ずかしいというようなものがあるのでしょうか。
ちなみに僕は人の世話になるにあたってそういうところは全く気にしません。でもまあ、恥ずかしい人は恥ずかしいのでしょう。
そんな時にもおっちゃんが、やってくれました。
やっぱりいい奴なんですね。
彼のおかげで、やはり個々に判断することが正しいということをさらに確信することになりました。
施設に着いて
怒涛の沖縄旅行から帰り、施設でさよならの挨拶となりました。
入所者の保護者の方が迎えに来ています。
おっちゃんのお母さんは、全力でお礼に回っていました。
やはりいい人でしたね。
彼の人格の中心はお母さんの人格と愛情によるようなもののような気がしました。
一方、ザウルスの保護者は、「どうか関わらないでくれ」と言わんばかりに、誰にも何も言わずにそそくさと帰っていきました。
流し目のような感じで一度目が合いましたが、ふてくされているような、怯えているような、そんな表情でした。
というより、礼くらい言えよ。
別に欲しくないけど。
いや僕にじゃなくて施設の人とか、入所者とか、お礼を言う相手はいっぱいいるでしょ、ということです。
さすがザウルスの母、と思いましたが、この時ザウルスが憐れに思えました。
ザウルスは、「あ、あ、あ」と言いながら、こちらに向かって手を挙げていました。こちらに向かって突進しそうになりながらも、保護者に引き戻されワゴン車に押し込まれていました。
さよなら、ザウルス。
その後、入所者かと思ったら施設の人だった中年女性に、声をかけられました。
「こんな仕事に就こうと思ってんの?」
「いや、そんなことはないですけど」
「じゃあ何できたの?」
仕事前提でないと来ちゃダメなんですかね?
「何かと勉強になるかと思って」
と返すと無言で何処かに言ってしまいました。
何がいけなかったのでしょうか?
今でもよくわかりません。
感覚の違い
やはり、その周りにいる大人と言うか、施設運営者や保護者等々は、全てではないにしろ感覚が違うというようなことを思いました。
どう接して良いのかわからないとか、手に負えないとかそういうことに慣れすぎて、その他の人のことまで頭が回らないというような近視眼的な世界になっているような感じがしました。
別にこちらが常識であるということを言うつもりもありませんが、「あなた達の感覚は、やはり他の空間にいる人達には通じない部分がある」というようなことを思ったりしました。
その違いについて致し方なさがあったとしても、譲る気はありません。
殴られたら痛いですしね。
でも、いいやつはとことんまでいい奴なんですよ。