偏りに対する矯正の提案の一般化

プロダクトアウトに対するマーケットインや、減塩・炭水化物制限などなど、この世の中にはたくさんの提案がありますが、まずこれらは「ある偏りに対する矯正の提案」であることを捉えておくほうが賢明です。

ところが世の中では、何か必殺技があるかのように一つの方法論を一般化する傾向にあります。そしてそれはまた次の極端を呼び、物事をおかしくしていってしまうという感じになっています。

ということで、マーケットインとプロダクトアウトを中心としてこれらの歪みについて考えていきましょう。

固定観念を超えるためのマーケットイン

有名な考え方になりますが、マーケットインとは、結局「調査して需要を見極めろ」というようなものです。これは、それまで造り手側が使い手側の感想などを聞くこと無く想像の上で製品を作っていた時代だったからこそより良く効いた概念です。

「とりあえずこんなの作ってみましたけど」がプロダクトアウトなら「皆さんの意見を踏まえてこんなものを作ってみました」がマーケットインという感じです。

これは、想像で済まさずに市場の声を聞くという感じになります。技術中心で、使用目的や使い勝手が曖昧に作られていた時代だったからこそ、そのインパクトは強烈だったという感じになります。そしてこれは最適化の意味も持ちます。製品使用者の声を聞いて使い勝手を良くしていくという感じとの相性は抜群だからです。

しかし、今度はそうしたマーケットインにとらわれすぎて、それしかできないような時代になりました。

「みんなの意見がないと不安」

ということです。失敗を恐れる心が加速したという感じになるでしょう。

そんな感じなので、ある意味自分たちの中の固定観念を超えるためのマーケットインという感じだったものが、次にはマーケットインでなければならないという固定観念を作ってしまうという感じになります。

面白みがなくなった時にプロダクトアウト

確率論的に言えばマーケットインの方がもてはやされそうですが、やはりそれはジリ貧になっていきます。最適化にも限界がありますし、どこもかしこも統計をアテにするので、新しい提案がなくなってきて、「同じようなものばかりで疲れる」という感じになってきます。

そんな時にはプロダクトアウトが有効です。ある意味で人の意見など無視してとりあえず技術偏重でも何でもいいので世の中に出してみるという感じです。

いわば新しい概念の提案です。

しかし、マーケットインが好きな人、つまり臆病になってきた人たちは、こうしたプロダクトアウトを恐れます。失敗するのが怖いからです。

ただ、マーケットインにしてもプロダクトアウトにして、どちらかに偏りすぎてきたときには「有効」であるだけで、本来は統合して考えるようなものであり、それぞれは一長一短で、どちらかの主義に偏るような性質のものではないはずです。

そんな中、どちらかで成功した人はどちらかの概念だけに偏ったりします。つまり、マーケットインで成功したならマーケットイン、プロダクトアウトで成功したならプロダクトアウトにこだわるという形です。

そうした偏り自体が、物事をおかしくしていってしまうという感じになります。

これらを統合して製品を作っていた企業

僕は特に好きでもなんでもないのですが、かつてのApple、すなわちスティーブ・ジョブズがいた頃のAppleはこれらを抽象的に統合してうまくやっていたような感じがします。かつてのSONYやホンダも同様だったでしょう。しかし今ではその感はありません。新しい製品でどんな付加価値をプラスしていっているのかを見れば一目瞭然です。

そして胡散臭い「自分が格好をつけたいだけのブラックベンチャーの社長」などがよく引用する言葉に、「美しい女性を口説こうと思った時、ライバルの男がバラの花を10本贈ったら、君は15本贈るのかい?そう思った時点で君の負けだ。ライバルが何をしようと関係ない。その女性が何を本当に望んでいるのかを、見極めることが重要なんだ」

というような言葉があります。

そっくりそのまま、今のAppleに言いたくなる人もいるのではないでしょうか?

と、脱線気味でしたが、偏りに対する矯正の提案の一般化について触れていきましょう。

短絡すぎる一般化

そんな感じで、だいたいの提案は、「偏りに対する矯正」の提案にもかかわらず、絶対主義かのように一般化されてしまう傾向にあります。

毎日飲み屋で晩酌しているおじさんの偏った食生活に対する一つの提案である「減塩」という概念が独り歩きし「塩は悪である」とでもいいたげな世の中になったりしています。塩は必須中の必須ミネラルであるにもかかわらずです。

汗をかく仕事とあまりかかない仕事というような、一人ひとりの環境を無視して「塩は良くない」と一般化するような勢いです。

また、血糖値の急激な上昇を避けるために低GI値の野菜から先に食べるというような発想もいいですが、同時に「空腹時に一番最初に食べた時の味が最高の味」という側面もあります。

ということで、厳密に考えると、そこで「我慢」が起こってストレスになり、そのストレスが身体に悪影響を与えるという側面もあるはずです。抑えていた衝動が溜まりに溜まって、爆発して暴飲暴食のきっかけになるということもあるでしょう。

だから一つの提案自体は、それはそれでいいとして、それだけにとらわれるようなものではないということになります。

一つずつの提案は絶対視するようなものでも何でも無く、どちらかに偏った時の矯正方法なのだという感じで捉えておくと安全です。

Category:company management & business 会社経営と商い

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