パワハラの境界線

世の中では、パワハラが問題になることも多いですし、僕もたまにパワハラ野郎という概念を使うことがありますが、そうしたパワハラの境界線を捉える上で、面白い人がいたことを思い出しました。

定義上パワハラは、パワーハラスメントなので、嫌がらせ要素が必要になり、職場への悪影響が発生していることが定義上の要件となります。

そういうわけでただ単に客観的に暴力的な指導であるからと言ってパワハラと判定することはできません。

それをパワハラとするには、やはりその奥に「自尊心の補償」という概念や八つ当たり的な要素が必要になりますし、「職務上の立場を利用して」という面が重要になってきます。

しかしたまに「情熱のあまり暴力的になってしまう」という人がいます。

そういう人は、奥に情熱があり、また、部下のようなポジションにある人への愛情があるので、そのやり方は暴力的であっても、問題にはならなかったりします。

そういうわけで、かつて出会った「情熱のあまりパワハラ的になっているものの、みんなから愛され続けた上司」についてでも触れていきます。

一瞬の気の緩みも許されない研修

その方は「宇宙最強のおじさん」というあだ名を付けられていたので、ここでは「宇宙最強さん」と設定して話を勧めていきます。

宇宙最強さんがどういうポジションで勤められていたのかは、はっきりわかりませんが、かつて伝説の営業マンであり、おそらく現役引退後の嘱託か何かで「シゴキ役」としてお仕事をされていた方でした。

そんな彼はもちろん研修などを行う立場にあり、僕も何度かそうした研修に参加したことがあります。

空気の張り詰め方が凄まじく、誰よりも同席している上司陣たちのほうが緊張しています。

研修開始から1分と経たないうちに、同期が窓の方を見ました。

その瞬間

「おいっ!」

と、早速始まりました。

「人が喋ってる時は、ちゃんとこっち見ろよ。

おいっ!お客さんのとこでも同じように気抜いてんちゃうんか?」

「い、いえ。すいません」

という感じです。

「お前らにしたら、数あるお客さんのうちの1人かもしれんけどな、その人らの一生のうちの大事な部分を扱うんやど!」

何でも上司たちから聞くところによると、宇宙最強さんは営業の部署でありがちな「やましいこと」や「ごまかし」を一切せずに、伝説的な成績を残した人だったようです。情熱一本という感じです。

「単なる一つの契約でもな、お前らにしたら年間の数ある契約件数の一つかもしれんが、相手にとったら一生に数回の大事な決断の瞬間なんやど!

その瞬間に気抜いててええんか!」

という調子で、研修が終わりました。

終わってから、それを聞いていた上司陣すら宇宙最強さんに、「私達も身が引き締まる思いです」と言いながら固まっていました。

2時間続く罵声

また、これは僕が直接経験したことではありませんが、ある時宇宙最強さんが指導のために現場にやってきて、同期がその指導対象になりました。

「今日の予定はどないや?」

朝イチにそう聞かれた同期は、訪問先のデータを持ってきて軽いプレゼンテーションをさせられることになりました。

午前中に訪問予定だったそうですが、

「昼からか夕方に変更してもらえ」

と無茶なことを要求され始めました。

「しかし午前中にお約束いただいておりますので、私達の都合で変更というわけには…」

と弁解しましたが、

「そんな中途半端なもん提案されたら、される方が迷惑や。何とか昼以降に回せ」

そう言われ、同期は泣く泣く顧客のところに電話し、訪問予定時間を変更してもらうのでした。

それから2時間、宇宙最強さんの直接指導の始まりです。

「お前な、どういうつもりや?

お客さんナメとったらあかんぞ」

「いえ、そうしたつもりはありません」

「ほなこれで完璧やねんな?」

「いえ、まだまだ経歴が浅いので完璧かどうかの判断はしかねますが…」

「ほななんで上司に相談せーへんねん?

経験の浅い自分の考えでとりあえずええ、という気の緩みとちゃうか?」

「いえ、そういうつもりでは…」

「そらお前の立場からしたら、経験積ませてください、まだ、成長の途中なので許されるでしょう、ってな具合かもしれんで。

でも、お客さんはどうなんねん?」

「すいません」

「お前の勝手な思い込みで、大事な話の時に曖昧なもん持ってこられて、曖昧なもん掴まさせられる相手はどうなんねん?」

「すいません」

「ああ、それでも成績が上がったらそれでええわ、と思ってたやろ?おいっ!」

周りは沈黙を続けています。一部の人達は、「すいません。お客さんのところに行ってきます」といって場を去っていきました。

そして、管理者が呼び出されました。

「あかんやん。全然あかんやん。

お前らも管理者として何やってんの?

僕の責任じゃないです、とちゃうぞ!

この子自身の問題です、とちゃうぞ!

研修室押さえて、昼一番に全員集めろ!」

僕はそのあたりで外に出ましたが、聞くところによると、同期は管理者と宇宙最強さんと共に、提案のあり方を共同作業で練っていたようです。もちろん罵声と共にです。ご指導は2時間ほど続いたということのようでした。

打ち上げで態度が豹変

そのような感じで、お客との約束を変更させたり、罵声を浴びせたりと横暴な宇宙最強さんですが、打ち上げの席では態度が一変します。

程よく酔ってくると、対象は男性限定ですが、若い人から年配の方までみんなのところに行き、とろ~んとなって抱きついたり肩を組んでいたりします。

度が超すと、「オレはお前らが可愛い!」と叫びだし、ほっぺたに男キッスをしようとしてくるくらいです。

もちろんさすがにそれはみんなに拒否されていましたが、宇宙最強さんは職場のみんなに愛されていました(なお、僕もよく上司に「おい、男キッスされてこい」などと言われたりしました)。

言葉遣いは悪いですし、命令してくることも横暴と言えば横暴なのですが、やはり宇宙最強さんのそのパワハラまがいの言動の裏には仕事への情熱と後輩たちへの愛、そして「早く一人前になれよ」というメッセージが込められているので、ほとんどの人がそれを理解しているという感じです。

ただ、情熱のあまり相手の状況など一切考慮しない人だったので、数年に1人位は宇宙最強さんの指導に耐えきれず辞めてしまう人がいるそうです。

その辞めた人からすれば、パワハラとして考えられるのかもしれませんが、その人格ゆえに時に通用しないことがあっても、こうした宇宙最強さんのような人がいてもいいのではないかと思っています。

暴力的な言動の奥にある目的

パワハラの境界線を考える上で「暴力的な言動」という客観的な現象の括りだけで考えることはできません。

その奥にある目的がいかなるものか、によってパワハラとなりうるかどうかが変わってくるはずです。

立場や言動の正当性を利用して、その実八つ当たりや攻撃を繰り返すような、単なる自尊心の補償であるのならばそれは問題となりますが、行為する者の持つ動機が心理的な自己都合でないのならば、おそらくそれはそれほど問題になりません。

宇宙最強さんくらいの気迫でないと、手を抜いてしまう人もいますし、ウジウジから抜け出せなかったり、慢心が加速してしまう人もいるはずです。

もちろん宇宙最強さんとしては、罵声を浴びせることで自尊心を高めようとか、相手を傷つけて楽しもうというような意図はないはずです。

かなり癖のある方でしたが、いい上司だったなぁと思っています。

Category:company management & business 会社経営と商い

「パワハラの境界線」への2件のフィードバック

  1. いつも貴重なお話しを頂き、ありがとうございます。

    個人的な意見です。
    高圧的な態度や暴力によって相手をコントロールすることは良くないと思います。
    そう言う人ほど、自らは非常に保身的で職位に迎合していました(あくまで私の意見ですが…)。

    しかし、そう言うことの真意に愛情や全体調和などが含まれている場合、私は快く受け入れます。
    自分の成長のために言ってくれているのだと受け止めます。

    bossuさんのおっしゃる通り、難しいのはその境界線です。
    その瞬間のみ見た場合、明らかにパワハラと認識されてしまうことで、本人の意図が伝わらずに去って行く方もいました。

    そう言う方に私が共感できる所は、「自分の私利私欲のために、自分の承認欲求のために声を荒げているのではない」という部分です。
    よく、「お前らのために」と言葉にしてパワハラまがいの行動をする方はいますが、よくよく観察するとただの「自己評価を上げるため」の人もいました。

    難しい境界線ですが、愛のある怒りを持っている方は信頼できると思っています。

    トピ違いですが、私がお世話になった幼稚園の先生は「愛のある怒り」で園児を叱っていました。

    1. ボランティアが何かしらの入社入学の試験などで評価されるということになれば、その制度を利用する人たちが出てくるように、これは愛情であるとか「お前のためだ」という言葉を伝家の宝刀のように振りかざす人もいます。
      世の中でよくある虐待と躾の境界線です。

      「一見パワハラまがいであっても奥に愛があるということであれば許される、だから『これは愛ゆえの行動なのだ』という構造にしておけば、全てが許されるはずだ」という発想です。

      しかしいくら表面上取り繕っていても、やはりその奥にある目的や心理の状態、無意識的な動きは隠すことができません。
      表面上の言動は同じように見えたとしても、そうした非言語領域はすぐに見抜かれてしまいますし、背景・前後文脈によってそれら言葉をうまく利用しているだけなのかどうなのか、ということは簡単に判断されてしまいます。

      しかしながら、パワハラや躾と称する虐待においては、それを受けている側の立場の人は社会的には弱い立場の人たちです。その上、表面上の「お前のため」という言葉があれば、さらに言い返しにくかったりしてしまいます。

      それは極めて卑怯なやり口ですし、それをひっくり返すには少しばかりのスキルとエネルギーが必要になります。

      まあある程度論理で示せば、それが「お前のため」と偽った自己都合であることを示すこともできます。

      ただそうすると、興奮して逆上する人もいますし、力関係がある中、権力をもって叩き潰そうとしてくる人もいます。

      といっても、行為を為す側の自己都合も含まれつつ、本当に相手のためでもあるというケースもあります。

      そういうわけなので、周りの環境を見て、確実にひっくり返せるような状況を作ってから、軋轢を生まない程度にうまくひっくり返すというのがいいのかもしれません。

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