お金を貸す人借りる人

今までお金を借りたことといえば、十代の時に単車を買うときにおばあちゃんから借りたくらいでしょうか。今まで生きてきて、たくさんの人がお金を借りようとやってきました。

通常の所得水準なら貯まらないほうがおかしい

お金を借りにくる人には特徴があります。

無計画、浪費、あまりよく考えない、というような特徴です。すべてを兼ね揃えているかはわかりませんが、おおむねこのような特徴があります。

さらに言うと、情報弱者という点も挙げられるでしょう。

情報弱者というか、そもそも情報を得たり相場のことを考えることをしない割に「欲しい」や「なんとなく」が先行する形になります。

稼ぐ力がないことよりも、こちらのほうが問題です。

最低賃金レベルの水準でも、確実にお金は貯まります。貯まらない方がおかしいのです。そういう人は小銭を粗末に扱ったり、たくさんの食事を残して廃棄したり、クーラーをつけっぱなしで外出したりします。

そんなこんなで積もり積もった無駄金が知らぬ間に巨大な額になっています。

一日に数百円の無駄でも10年、20年となれば巨額になります。その上今でこそあてになりませんが、積立預貯金でもしていれば、その金利分も余裕が出来るのに、変に借りれば利息の分まで資金は減っていきます。

いわゆるその日暮らしの人ですね。

無計画と書きましたが、計画的に生きろというわけではありません。

ただ、スマートフォンでピコピコ「慰め合い」のような戯れをする時間があれば、SNSに「このスイーツにハマリ中」などと投稿する暇があれば、家計レベルの経済や金融を学んでもいいのではないでしょうか。

借りる人は常にその場が収まれば、あとはそんなことをすぐに忘れます。

貸す人の苦悩

ボンボンは別として、自分で稼いでお金を貸せるほどにお金を持っている人は、節制を筆頭に年間キャッシュフローなんかも無意識にはじき出しています。

電気のつけっぱなしもあまりないでしょう。

つまり細かいことに気が利くということになります。

ケチな人もいますが、細かいことに気が向くという点では節制と変わり無いでしょう。

貸したことも当たり前のように覚えています。

一方、借りる人は「その場しのぎ」が終わるとすぐに忘れます。

その場しのぎで生きているのだからお金がない、借りてもその場しのぎなので忘れるということです。

お金の流れがわかるような頭を持っていたのなら借りるという局面はなかなかやってこないはずです。

お金の流れがわかるのでお金が貯まってお金を貸せるほど資産が貯まっているのに、その違いがいつまでもわかりません。

しかもお金を借りた人は、返済計画についてすら曖昧です。貸した方は、お金を貸した上に、取立てという面倒くさい試練まで待ち構えています。その上、遅れている返済を迫ると「だからわかってるって!」と逆ギレされたりします。僕は難無く100%取り立てますが、こんなことで苦しんでいる人も結構いるのではないでしょうか。

融資を受けるほどの局面

そもそも融資を受けなくてはいけないような局面などそうそうありません。

大きくお金が出ていく場合で考えても、住居、教育、保険、車両程度でしょう。個人レベル・家計レベルでの出費などそれくらいです。

地方によっては冠婚葬祭に相当つぎ込むようですが、そもそもそんなものになぜそんなにお金が必要なのか理解ができません。

安易な発想で「一生に一度だから」とか「近所に恥をかく」という理由がほとんどで、あまりよく考えずにお金を出しているのではないでしょうか。

僕は人生で特に式典的なものを行うつもりはありません。葬式もしないで欲しいと常に宣伝して回っています。宗教屋にあげるお金があるのなら、もっと楽しい経験を選ぶでしょう。

住居や教育に関しても、本当にそんなに必要なのか疑問です。

見栄などを考えずに、本質的に生きるために必要なポイントにだけ視線を向けていれば、変な広告に扇動されることもありません。

教育資金

教育にこだわる必要もありません。ただ、当たり前のことですが、教育資金がいつどのタイミングで必要になってくるのかは誰でもすぐにわかるはずです。

教育ローンや奨学金という「言葉」だけ知って安心する人がいますが、教育ローンも破産者なら利用できません。

そのことを知っているのかも疑問です。

そんな計算ができるような人なら、直前に焦るような資産状況ではないでしょう。

何でも「直前に焦る」のがお金を借りる人の特徴です。

100円

さらにいうと「100円だからいいだろう」という類の思想を持っています。

これには2つの意味があります。

ひとつは100円という安いものだから、あまり欲しくなくても買ってしまう、というもの。

もうひとつは、100円のものだから粗末に扱う、という点です。

あまり欲しくなくても買ってしまう

「あまり欲しくなくても買ってしまう」というのは、たいして問題なさそうですが、かなりの大問題です。

ひとつは、もちろんお金が無くなってしまうことですが、もうひとつの視点として、「高いものは買えない」という刷り込みの結果だからです。

安もん買いの銭失い、とはよく言ったものです。

高いものを買えばいいのかというとそれもまた違うような気がします。

実質的効用や耐用年数などを加味して買い物をしてみるのも楽しいかもしれませんね。

高いものは買えない、という抵抗はかなりの問題です。その人の人生の幅を物語っているようです。お金に対する偏見の表れでしょう。

ただ、本当に欲しいのかは常に意識すべきでしょうね。

粗末に扱う

100円のものだからと粗末に扱うというのはかなり変な話です。

高いものに対しても同じような気持ちを持っているのなら、普通は即時に問題視されますが、安いから粗末に、高いから丁寧に、というものよりは多少マシかもしれません。もちろんマシなだけで問題であることには変わりありません。

全く同様に、というのは難しいかもしれませんが、100円のものを粗末に扱う人は想像力が欠けているような気がします。

たとえば100円の鉛筆と100円の鉛筆削りを考えてみればわかるのですが、リサイクルなどの手法を使わずに、機能だけでもいいので全く同じものを材料の採掘からすべて自作しようと思えば200円では不可能です。

そもそも鉛筆削りに使われているステンレススチールなど、どうやって採掘して、どうやって製鉄すればいいのかわかりません。プラスチックはどこで原料を得て、どうやって作ればいいのでしょうか。やはりわかりません。

ゴミを数えてみる

以前にも書きましたが、たいていのゴミは「お金だったもの」です。

お金を借りるような人は、部屋がゴミだらけか、モノで溢れかえっている場合が多いと思います。

それは性格的な問題かもしれませんが、この法則性はたいてい揺ぎありません。

一度、捨てる時に、買った時の値段を数えてみるのも面白いかもしれません。

何年間保有して、何年間で実質何回利用したか数えてみればものすごい無駄が見えてきます。

不用品の整理は、ご利益を求めて神社仏閣にお参りするよりも確実に効果があります。

テコの原理

お金を借りることは悪かのように書きましたが、実際は資金繰りがショートしなければいいので、バランスシートを膨らませることは金融マジックとして当たり前のように経済社会で多用されています。

そのことをわかってやる分には構いません。

ただ、一点だけ全然違う点があります。

「焦っている」という点です。

ドラマなどでよくあるストーリーで、潰れかけの町工場の社長がいろんな金融機関に運転資金の融資の金策に走っているというようなシーンがありますが、あれは「焦って」います。だから借りれません。

焦っているということは無計画か、判断が遅い証拠です。

いくら計画があっても、計画通りにいかないことはあるでしょう。

それはそれで仕方のないことかもしれませんが、リスクの予見と回避策、いざという時の切り捨てなど、手法はある程度用意できるはずです。

やばいとわかっている時に出血を止められなかった人です。

ということはお金に対する考え方がどこかで変なのです。

積極的なお金の借り方とは「焦っていない」時にポジティブに借りるものです。

好調なお店が二店舗目を出す時などです。

返済原資

不動産をローンで買う、つまり住宅ローンなどですが、余程の信用がない限り、マイカーローンなどを借りていていれば審査に落ちるということがよくあります。

現在の収入と支出のバランス的に、支払い可能であってもリスクが高過ぎるということになります。

賃貸ならば、数ヶ月滞納されても、数十万円程度です。追々の回収もまだ楽です。しかしながら、突然の失業などで住宅ローン返済の原資が途絶えた場合、不動産を担保に設定していても、貸した額と売却価格に大きな差がある上に、すぐに現金化され、すぐに回収できるかはわかりません。現金化されないまま年月が経つと、その分だけ損失になります。

基本的にお金を借りるということは時間を買うということです。借りて返すのだから借り入れと返済はイコールとして、間の金利が手数料、「お金を借りる代」になります。

金利をとってはいけないとされる外国の地域では、金利という名目ではなく手数料という名目だったりしますが、それがお金を借りる代です。

そんな時、金利の支払いができるかどうかが問題ではありません。返済原資があるのかどうか、今後のキャッシュフローの中で、安定的に返済原資が確保できるのかが問題になります。

当たり前の話です。お金を借りる手数料のようなものを払えばいいというわけではなく、借りた分も返していかねばなりません。

月の収支が一応のプラスでも、何かのアクシデントがあった場合、数ヶ月で、返済原資が確保できなくなるような資金繰りでは、お金を貸す側はリスクが高すぎます。

「金利」ではなく「手数料」という名目

少し余談になりますが、携帯電話などを買う時に24回払い(金利なし)と書いてあっても、別口で手数料というものを設定していることがあります。

これは「金利がかからないのならばいいか」

という騙しのような手口です。

分割払いの月の支払金額に騙されてはいけません。金利がかかっていないかのように見えて、別口の手数料というものが実質の金利です。

金利というものは「お金を借りる代金」です。金利という名目がついていなくても、即金支払いを分割払いにした時に、何か手数料のようなものがつくのならばそれが金利です。それも初回に払うのか、手数料が分割なのかによって、実質金利は変わります。

たいていは「事務手数料」というような名目になっていますが、30000円の代金に分割払いにするために2000円も手数料がつくのなら、結構大きい金利です。30000円を銀行などに2年間預けても、預金金利で2000円も金利がつくなど聞いたことがありません。それくらい損をしている可能性があるという場合があります。

リースだと思って実質費用をはじき出す

ローンで買ったものを「いざというとき売れる」という目論見があって、追加で融資を受けようとする人がいますが、買った時の半分くらいでしか売れないのならば、目論見が外れるでしょう。それも、すぐに現金化できるかはわかりません。売り先を探しているうちにも返済期日はやって来ます。額が大きければ、売れてすぐ入金ということもないかもしれません。

そういうわけで、売るとしても、買った時と売った時との価格差と、そのもの使用期間で日割り月割計算してみるといいでしょう。

結局最後に廃棄するのなら売却価格はゼロか、廃棄費用がかかってマイナスです。全てをリースだと思って、実質使用費用を計算してみると、割が合わないかどうかが判断しやすくなります。

商売なら利益が返済原資になる

投資と消費の明らかな違いというものは、投資の場合は、その原資が借り入れであっても、投資が成功すればそれ以上の利益が出て、返済原資以上に手元にお金が入ります。企業の経済活動はそれが基本です。何のためにお金を借りるか、それは時間を買うためだったり、事業の効率拡大を狙って、目論見通りいけば、投資額以上のリターンがあるという計算のもとです。

しかしながら個人レベルでの借り入れは、ほとんどが「手元にお金はないが、楽しい経験がしたい」という欲からの時間買いです。

消費しても、消費のまま、何かが返済に当てられるお金が返ってくるという性質のものはありません。いいところ家族の交通費が浮いたりというコストカットくらいです。

そこで出て来るのがいいわけです。

ほとんどが「たられば」の話です。それも相当ひどいものです。

「最新のブランドバッグをローンで買って、今度の婚活に持っていったら、いい配偶者のお目にかかる」

くらいの「たられば」です。

そのローンをその相手が払うのでしょうか。

それはただのタカリです。物乞いと同じです。

それを投資と呼んではいけません。

つまりただの消費であり、本能的な充足や、作業効率などに直接大きく関わらないことなので、返済原資を充当するのには一役買ってくれるわけではありません。

すぐにお金を借りる人は、そのような浅い思考を持っているのが実情でしょう。

単純に、ローンを利用する時などに、返済原資をどうやって捻出するかという考えがない、ということです。

キャッシュフローとバランスシート

一応、理論的には借りれる時に負債を膨らませて、資産を増やして、少しずつ返して、バランスシートが膨らんだまま臨終を迎えればそれで万々歳です。

まさに日本という国がとっている手法です。

国債で負債を膨らませてでも現金を捻出すれば資金繰りはショートしません。ツケを次世代に回して回していけば、国家というものは存続しています。日本は死にませんが、日本を動かしていた人たちは「定年退職」という去り方があります。

国家公務員などは定年退職して、退職金を持っていけばもう個人資産です。国家は関係ありません。公務員時代に散々浪費しても、もう個人資産として退職金をもらった時点で、返還義務はありません。

詐欺のような話ですね。

昔よく報道された現年金機構の「運用失敗」といっても、絶対に売り買いがあるはずです。100億で買って60億で売却して40億の損があっても、その40億は宇宙に消えていったわけではありません。株か不動産・建築かはわかりませんが、誰かの手元に入っているはずです。

しかし、そんな失敗も定年退職すれば関係ありません。運用に携わった人は多少の減給などはあったのかもしれませんが、損失の分を数人の資産では賄えません。

そこで膨らんだ失敗や負債への対応として「痛み分け」としてまた全体に負担させてきます。ただ、そんなことを思ってもどうにもできません。

何であいつだけ、と思うなら関わらないか、もしくは同じ手法をとればいいだけのこと。キャッシュフローをショートさせないように負債によって資産を膨らませるということもしたければすればいいのではないでしょうか。ただ、個人の場合は国家と違って取り立てが厳しいので、そこだけは問題ですが。それにも抜け道はありますが、そんなことを考えても仕方ないでしょう。

そこまでして資産を手に入れて何がしたいのでしょうか。

それが僕にはよくわかりません。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語のみ