もうすぐ秋が終わり、凍てつく風が身体を刺す季節を目前に控えていた頃、僕は御池通りを歩いて帰りました。
職場からの帰り道、バスに乗れば15分、歩いて帰れば日常から目をそらせるような気がして、てくてく歩くのでした。
20代最初の頃に読んだ本に書いてあった、たった一つのフレーズが頭をこだましました。
「サラリーマンじゃだめなんだ」
特にこの時だけ思ったわけではありません。
もしかしたらどこかの会社に勤めること自体が僕には向いていないと、小学生くらいの時に思っていました。
考えれば別にサラリーマンでも問題なかったと思います。
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実を言えば、就職活動すらせずに起業するつもりでした。
でも、ある言葉がきっかけで、大手の採用試験がギリギリのタイミングで、僕はリクルートスーツを買いに走ることになります。
「大きな会社に入ってからすぐに起業することはできても、その反対はできない」
ツッコミどころ満載のボロボロの履歴書を片手に、就職活動をすることになります。
「もうエントリーすら受けていません」という会社にも直接人事部に電話して、面接だけはしていただけたりしました。
ある意味人生で一番本気を出した時かもしれません。
みんなすごく優しかったと思います。
意外と2社目で内定を頂くことができました。
ただ、この時体重は1週間で6キロも落ちていました。
でも、自分の強い生命力を感じれた瞬間でもありました。
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会社勤めも楽しいものです。
学校のようなゆるい環境下では味わえない仕事の楽しさや、年齢差のある人たちとの友情すらも感じれたような気がします。
勤めるにしても本気でした。
たくさん働きました。家に帰ってからも、休みの日も勉強しました。
そして、求められる資格を会社史上最速で、入社一年目に7つも取得することになります(そんなに難しい試験ではないですが)。
でも、僕はどうしても頭からあのフレーズが離れませんでした。
「サラリーマンじゃだめなんだ」
「どうして?」と聞かれれば、肯定側、否定側どちらの理由もたくさん頭を巡ります。
そんなこんなで、僕はまっすぐ家に帰らずに、ひたすら大通りを歩きながら考えるのでした。
そして、ただただ自分の内から溢れる声を聞き取りながら、就職活動の時にしたように自分のことを研究し尽くしたのです。
今の仕事を本当に気に入っているか突き詰めて考えたのです。
上に不満があるなら、今の組織の上の方に立つか、自分で組織を形成するかしかありません。
明らかに自分で作ったほうが早いのです。
仕事自体は好きでも、組織に不満があれば、今すぐそこから飛び出すべきです。
誠心誠意尽くしても、何も変わらないようなら、もう無理です。
嫌いなものは嫌いなものとして、認めなくてはなりません。
踏み台とは考えてはいませんでしたが、もともと起業する前提で過ごしてきた僕は思い切ることにしました。
一度決めたらもう戻れません。戻る気もありません。
それでも、そんなに問題はありません。
この豊かな国で、食うに困って死ぬことなどありえないのですから。
―
年明けに上司に報告しました。
「まだそんなにも経験していないのに、なにを血迷ったことを」と怒られるかな、と内心少しビビっていました。
意外にもすっきりした顔で
「頑張れよ」
と言ってくれました。
そして
「最近の若いのは、やりたくもない仕事を、ひとまず安定してりゃいいと、いい加減な気持ちでやる傾向がある。自分の意志で人生を決めれる若い奴に出会えただけでも、そして、その上司でいれたことも嬉しい」と。
休日出勤で二人きりの時、小さな会議室でそんなことを言ってくれました。
僕はなんだか申し訳ない気持ちと、すっきりした気持ちと、味わったことのない嬉しさで半泣きのまま、やはりそれを味わうためにてくてく歩いて帰るのでした。
そしてその年、僕は独立することになります。
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