
芽が出るまで穏やかに待つこと
結果が出ることを焦ると全てが台無しになることがあります。 待つ時には待たねばならないと言う感じです。 焦燥感から物事を待てずにフライングしてしまうと、せっかく現れるはずだったものが姿形を変えてしまうことがあります。また逆に痛みを恐れて判断が遅れると損失がひどくなることもあります。だから穏やかに過ごすのが一番です。 「成長を温かく見守ること」で結果的にうまくいくとか、芽が出るまで穏やかに待つことによって、万事うまくいくということはよくあり
対人恐怖と人間不信への対処
対人恐怖と人間不信への対処について触れていきます。 人間不信や疑心暗鬼が加速すると、人によっては他人と接するのが恐いという感じになりますし、人によっては攻撃的になってしまったりします。 自分の「自我」を含めて人の意識は不安定です。なので、人を心底信用することはできませんし、それはそれで大いに理解できることですが、恐怖を感じたり攻撃的にならざるを得ないというのは「この心」にとっても苦しいことなので、「それとこれとは別次元のこと」として捉え

真面目と怠惰
真面目と怠惰というコントラストがあります。真面目は良くて怠惰はダメだとかそんな感じですね。 「真面目だけど不器用」 とか 「真面目でいい人なのにうまくいかない」 ということがよくあります。 もちろん真面目なことはいいことですが、真面目なようで実は真面目っぽさにかこつけた怠惰であることがあります。そうなるともったいなかったりしますので、逆説的な怠惰について触れてみます。 真面目で誠実というのはすごく良いのですが、それに甘んじることで本質か

見栄や恥に釣られる甘い客
見栄や恥に釣られる甘い客ということで、恥の意識とマインドコントロールについて少しだけ触れていきましょう。 マインドコントロールの要因はいくつかありますが、用いられやすい心理的要因として「恥の意識」があります。 恥をかきたくないということに始まり、カッコをつけたいとかモテたいという意識があると、意志決定をコントロールされてしまい時に「甘い客」として取り扱われてしまう他、最悪の場合は世間でいうところの「洗脳」をされてしまいます。 北九州監禁

些細な力の無限連鎖
もう随分と前のことですが、弱体化した支店を立て直す敏腕管理者の方がいました。僕が実際に目の当たりにした良きリーダーの一人です。 彼は今でも僕の中での「理想のリーダー像のモデル」として重要な位置にいます。 彼が見せた「些細な力の無限連鎖」という奇跡のような復活劇について振り返ってみようと思います。 凄腕の支店長がやってきた ある時、売上が極端に低迷する支店に凄腕の支店長がやってきました。 従業員たちの心は諦めかつ退廃的になっていて「サボっ
その時間を無かったものとして扱う人たち
世の中には平気で遅刻したり、残業代や取引代金を支払わなかったりする人がたまにいます。僕としては信じられませんが、いくら世の中が変化していこうが、未だにそうした人たちがいるようで、その様子が耳に入ってきます。 それら人たちのその行為は、要約して言うならば「その時間を無かったものとして扱う」ということです。 約束の時間にこないということは、その時間に来ていた人たちの待ち時間というものをまるで無かったかのように扱っているということになりますし

中小零細企業を侮る中小企業診断士
中小零細企業を侮る中小企業診断士ということで、胡散臭いコンサルタントとまではいかないものの、たかだが国家資格を取得した程度で先生気取りをする中小企業診断士持ちのコンサルタントについてでも書いていきます。 「国家資格を取得した」ということで、もちろん中小企業診断士です。 まあもちろん中小企業診断士としてまともな人もいるのですが、一回も会社経営をしたことがない中、国家資格取得によって自惚れている人も結構いるので、全国の中小零細企業の方々を代
ウジウジが続く時は極論や極端な発想で思い切る
ウジウジが続く時、そんな時は微妙なストレスが日々心身を痛めつけてきます。 変なウジウジが続く時、極論や極端な発想で思い切ると、意外とあっけなくそれが解決したりします。 友人や知人に相談なんかをして「そんなことは関係ない」とか「気にするほどのことじゃない」と言ってもらったとしても、なんだか頭では理解することができつつ、心の内では納得できずにウジウジが続く、そんな時があります。 ウジウジしている時というのは、少なからず葛藤があるときです。本

パワハラの境界線
世の中では、パワハラが問題になることも多いですし、僕もたまにパワハラ野郎という概念を使うことがありますが、そうしたパワハラの境界線を捉える上で、面白い人がいたことを思い出しました。 定義上パワハラは、パワーハラスメントなので、嫌がらせ要素が必要になり、職場への悪影響が発生していることが定義上の要件となります。 そういうわけでただ単に客観的に暴力的な指導であるからと言ってパワハラと判定することはできません。 それをパワハラとするには、やは
事務方の達人との思い出
特にそうなる必要はありませんが、いずれ起業する前提や社長になる前提で働いていると、様々なことが勉強になります。 学校にいる間はお金を払って勉強するという形になりますが、社会に出るとお金をもらって勉強をするという形で毎日を過ごすことができます。 ― 世の中においても、曖昧で余白的に成り立っている事柄はたくさんあり、表面的な範囲や構造だけで捉えることはできません。 法律においても信義則や権利濫用、情状酌量という概念があるように、職場において
変化する怪物と四半世紀の混乱
先日夢の中で、なぜかリヴァイアサンが出てきました。リヴァイアサンといえばトマス・ホッブズの「リヴァイアサン あるいは教会的及び市民的なコモンウェルスの素材、形体、及び権力」でもありますが、僕たち世代としてはファイナルファンタジーシリーズに登場する幻獣のイメージが強い感じです。 一度必然的に出てきた流れは止めることができず、その変化は安定するまで必ず混乱を招きます。 そしてその混乱期間としておよそ四半世紀くらいが目安になるというようなこ
お通しやサービス料、保証金といったよくわからない商慣習
以前にも少し触れていましたが、20歳前後の頃よくわからない商慣習のおかげで外出するのが嫌になったことがあります。 いまでこそかなりマシになりましたが、当時、居酒屋のお通しと呼ばれるようなものを筆頭に、飲食店などにおいて謎のサービス料のようなものが何の説明もなしに料金に付加されたりして困惑しました。 最近ではメニュー表に記載されるような時代になったので若干は気楽になりましたが、このとき感じた違和感によって未だに飲食店に行くことがあまり好き
虚飾や虚栄を支える他人の目
「虚飾や虚栄を支える他人の目」ということで、見た目で態度を変える人たちについて、そして、それが影響し虚飾や虚栄を繰り返してしまう人たちの意識の中身を少し覗いてみましょう。 虚飾とは、中身は薄いながらも見栄から外見を飾ることであり、虚栄とは、体裁を気にして栄えているかのごとく振る舞うことを意味したりしますが、共に実質的にはペラペラなまま、着飾ることや高級品を所有することを筆頭に外面だけ飾るということになります。 どこからが虚飾や虚栄で、ど
襟を正すとすぐに吉報がやってくる
日常の展開など結局意識しだいであり、我に返るとすぐにより良い方に物事が進んでいきます。 襟を正すとすぐに吉報がやってくるという感じで、一種ふらっとしてしまった意識を元に戻すだけで、すぐに現実はより良く展開していきます。 一瞬気の迷いが生じたとしても、「カスを切るほど良いことが起こる」という感じで襟を正すとすぐに良いことが起こります。 そういえば我が事で考えてみても、おもしろいことが連続して起こっています。 先日、年末に触れていた「何なの

「操作できる」という実感
リアリティを高める重要な要素としての「操作性」や「操作できるという実感」、そして「自分の意志で情報が変化する」という点や反応がない場合に起こる憤りなどについて触れていきましょう。 ― 映画やドラマ等々を長時間視聴することは難しいものの、ゲームなら半日でもやり続けることができる理由はどこにあるのかということをふと考えました。 昨年から観続けているXファイルですが、全話で200以上あるのでまだまだ終わりません。DVD一本で4話入っており、1
設計者・開発者たちの「評価への迷い」
いくらコンピュータをうまく利用したとしても最終的にそれらを利用するのは人間なので、いかにコンピュータを人間ぽく動かすかということが各種設計者たちの最大の課題になっているはずです。 いつの時代でもスパマーというものはいて、設計者・開発者の人たちが考えたアルゴリズムの裏をかくということがイタチごっこで起こっています。 AI(人工知能)への皮肉とドラえもんの設計で触れていましたが、概ねそうした設計をする人たちというのは人が良すぎる傾向にあり、

数撃ちゃ当たるの発想と営業代行
昔からそうなのかもしれませんが、いまなお数撃ちゃ当たるの発想でやってくる営業なんかがよくあります。 会社宛にもよく営業のメールが来ますが、まさに数撃ちゃ当たるです。レスポンスがあればそれで良し、無くてもひとまずメーリングリストには残しておいて連射するという感じになっています。 確率論的に大量の営業メールを送れば、何%かは引っかかるだろうという発想です(万一の僥倖をたのんでの事だろうか)。 まあこういうのは自社でやっているケースもあります

営業時間とラストオーダーの表記
なんだかんだで営業時間とラストオーダーの表記というものは結構大事だなぁということを思ったりします。 リッツのような考え方の人たちにとっては、表面的なOKとNGだけの問題なのかもしれませんが、営業時間とラストオーダーの表記の問題を軽視していると客商売ではかなりの致命傷を負うのではないでしょうか。 営業時間終了とラストオーダーの表記 先日福井県に行ったときのことです。 日帰り温泉にて入浴後に軽食でも取ろうかと思い、食事コーナーに行きました。
鈍い人たちの言動に直接反応せず、自らの洞察力を活かす
「鈍い人たちの言動に直接反応せず、自らの洞察力を活かす」ということで、世の中にいる鈍感な人たち、図太い人たちなど、いわゆる「気が回らない人たち」に対して辟易するのをやめて、そうした人たちの気の使えなさを見抜ける自分の洞察力を活かしていきましょうというようなことについて触れていきます。 以前、鬱になる人は繊細で頭が良いというようなことを書いたことがありましたが、それは適当に言ったわけではありません。 論理矛盾に気付く能力や共感力があるから

確かなデータと事実の意味
著しく自信がないのか、誰かへの言い訳が必要なのか、データに期待をしすぎているのか何なのかはわかりませんが、無駄にデータから未来を決めようとする人たちが増えてきたような気がします。 「確かなデータであっても事実の意味が違う場合を考慮する」ということを完全に無視しているような気がしています。 人間ではすべて把握できないほどのデータを集めて何かを検討してみるということもいいですが、そのデータ自体が確かな事実であったとしても、その事実の背景や意
不確かさが面白さを作る
思えば「不確かさ」が恐怖をもたらし、一方で面白さももたらしているのだなぁということを思うことがあります。 ゲームにおけるゲーム性を考えてみた時、絶対に勝てるようなものはゲームとして成り立ちませんし、面白くもなんともありません。逆に絶対に勝てないというものもゲームとして成り立ちませんし面白くはないはずです。 まあ対象がどのようなものなのかがわからなければわからないほど恐怖ともなりますが、ある程度はそれが何かを把握した上で、不確かさとか不確

マルチ商法会員を社長仲間と弁護士と共同で脱マインドコントロールしてみた
先日、マルチ商法会員の若者を社長仲間と弁護士と共同で脱マインドコントロールしてみました。経済団体の会合に現れたマルチ商法会員(社長仲間の友人)を社長仲間たちと弁護士の方を交えて、脱マインドコントロールを試み、脱会までの糸口を作ってみたと言うような感じです。 一応「マルチ商法(MLM)と洗脳」の続編のような形ですが、何かの役に立つかもしれないので、その時の実際のやり取りを残しておこうと思います。 マルチ商法、MLM(マルチレベルマーケティ
AI(人工知能)への皮肉とドラえもんの設計
AI(人工知能)への皮肉として、先程無駄な遊びをしてみました。人工知能自体への否定的な考えは無いのですが、人工知能への期待を寄せている人たちへの皮肉的な遊びとして個人的に楽しんでみたという感じです。 いつの時代も、革新的な考えを提唱する人たちは概ね「人が良すぎる」と言えばいいのか何というか考えが甘い人たちばかりだったりします。経済学でいえば、アダム・スミスもケインズもカール・マルクスなどもそうですし、アインシュタインですら「人は理性的に
「お金を貸して下さい」と思った時に簡単に今すぐお金を借りる方法
「お金を貸して下さい」と思った時に簡単に今すぐお金を借りる方法ということで、お金をすぐに調達する方法について書いていきます。 「どうしてもお金が必要だ」 「急な入り用で今すぐにお金を調達する必要があるんだ」 というようなケースはよくあります。「誰かお金を貸して下さい」と思うような時、どうすれば簡単に今すぐお金を借りることができるのでしょうか? 「お金を貸す人借りる人」では、お金を貸す人の特徴、お金を借りる人の特徴、そしてお金を貸す人借り
自己主張の強すぎる家電
「近年、家電にもいろいろな技術が組み込まれてきて、便利になる一方だ」なんてなことは言いません。むしろ逆で、家電の自己主張が強すぎて迷惑をしています。 アプリケーションからの通知しかり、家電から発する光や通知音然り、鬱陶しくてたまりません。 特に「寝る時のことを考えているのか?」ということをよく思ったりします。 「ITだAIだIoTだ、などと言う前に、根本的なところからしっかりやれ」と言いたくなります。 「そんなことすら頭に浮かばないのに
一番マシだったからであって支持したわけではない
別にそれを支持したわけでも何でもなく、目的の商品が在庫切れだった時の代替物として一番マシだったというだけなのに、まるで投票行為において支持したかのごとく「企画が当たった」と思われるのはどうか、と思うことがあります。 そしてその支持したかのような構造になってしまうものがデータとして傾向を示すものとして取り扱われるとなると、どんどんどんどん本質的なニーズからは外れたようなポンコツ商品ばかりになってしまうのではないかと思うことがあります。 プ
「キャー!」「きゃあん!」と叫ぶ子供の奇声への対処
「キャー!」「きゃあん!」といった超高周波の奇声を絶叫する子供が激増してきました。 家の前、飲食店、スーパーなどの小売店、そして温泉ですら、「無線のチューニング」並みの「キャー!」「きゃあん!」という子供の奇声が聞こえてきます。これは完全に公害です。 最初に言っておきますが、「うえーん」や「えーん」「ぎゃあああ」といったように、怪我をして泣いているとか、赤ん坊が泣いているという場合の声ではありません。 だいたい女の子の方に多いですが、幼

第1400回投稿記念
これで1400記事目になります。ブログ創設から1400回目の投稿ということで「第1400回投稿記念」です。 前回の第1300回投稿記念は、2018年10月19日で、前回からの100記事は、40日ちょっとくらいかけて投稿したという感じです。なんだかんだで長文のものも結構ありますが、比較的短期間で100記事を迎えた感じになります。これは、書庫の心理学を増設したということが大きく影響しています。 さて、常連さんいつもご高覧ありがとうございます
売るための場ではない場所での無駄な売り込み
年末が近づき、忘年会等々いろいろな会合が盛んに行われるシーズンになってきました。 で、そういう場所というのはあくまでただの集まりだったりするはずなのですが、獲物を狙うかのように「売るための場ではない場所での無駄な売り込みをしてくる人たち」もたまに混じったりしています。 そして、その会合のメンバーが経営者だらけだったりすると、百戦錬磨の人たちばかりなので、もちろん相手にはされません。稀に創業したてで自信がない人も混じっていたりするので、そ
蓋然性とあいまいさ
思えば「蓋然性」と「あいまいさ」が長年僕を苦しめていました。それは哲学的問いであり、とりわけ哲学的領域と社会との整合、社会生活における自分のあり方としての課題です。 ふと病中で活字中毒だった頃を思い返すと、この「蓋然性」というものをどう取り扱うか、どの程度の曖昧さならば良しとするのかの線引が難しく、その問いに真剣に向き合ってしまったからこそ「笑ってしまうような悩み」を抱えることになってしまいました。 あくまで確実性の度合いの問題である「