タグ別アーカイブ: 心理

心理・意識・精神について

逆境のときの友人

「お金と異性が絡んだときの人間を信用するな」 これは高校生の時に同級生が、僕に説いた言葉です。 その一年後、夏目漱石氏の「こころ」によって、その言葉がズシンと響いたものです。 その同級生としては、何か直近に思い当たるフシがあったのでしょう。 同時に「だからオレを信用しろとは言わない」 と言いました(別にお金を借りてこようとしてきたとか

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愛の浪費に反対

他の人々から愛着の幾ばくかを引き去るほどにひどくだれかからその愛着を与えられるとき、心が締めつけられるように感じる人間たちがいる。われわれは選ばれ、好まれたのだ、という声を聞き取るとしたら!ああ、私はこの選択に感謝できない。私をそんな特別扱いにしようとする人に恨みを抱くことを、私は認める。 曙光 488 中段 「特別扱い」というものに

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遠い視野

甲。しかしこの孤独はいったいどういうわけだろうか?― 乙。僕は誰に対しても怒りをもたない。だが僕は、友人たちと一緒にいるときよりも、ひとりでいるときのほうが、、彼らを一層はっきり美しく見るように思われる。そして僕が音楽を最も愛し、感じたとき、僕は音楽から離れて生活していた。物事をよく思うためには、遠い視野が僕には必要なように思われる。

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自分の道

われわれが決定的な手段を講じて、いわゆる「自分の道」に踏み入るとき、突然ひとつの秘密がわれわれの前に姿を現す。 曙光 484 序 何かを始める時、たいてい抵抗が起こるものです。 誰か賛同者を求めて、いろいろと公言して、それがよほどいいことであっても、単純にわかりやすい「都合が悪い」といったことから、「え、お前がオレより偉くなんの?」と

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自己の交際を求める

一体われわれは、あまりに多くを求めすぎているのか。適当なときに火の中に入れられて取り出された栗のように、穏やかで、美味で、栄養豊富になった人々との交際を求めるのは?人生から僅かしか期待せず、しかもそれを当然のこととして受け取るのではなく、ちょうど鳥や蜂が運んで来てくれたもののように受け取る人々との交際を求めるのは? 曙光 482 前半

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普通は誤解されている

会話で気がつくことだが、ある人は他の人の陥るわなをかけようと努力する。これは、人が考えるかもしれないように、悪意からだけではなく、自分自身の滑稽さを楽しむことからなのである。さらにまた、他の人に洒落を言わせるために洒落を準備しておく人々や、他の人が結び目を引き出すために輪を結んでおく人々がいる。これも人が考えるかもしれないように、好意

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二度の忍耐

「それによって君は人間に苦痛を与える。」― 私はそれを知っている。そしてまた、私はそのために二重に― 第一に、彼らの憂苦に対する同情によって、第二に彼らが私に返報するであろう復讐によって― 苦しまなければならないことも知っている。しかし、それにもかかわらず私のようなやり方をするのもやはり必要である。 曙光 467 世の中には同情する割

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懐疑家を安心させるために

「私は、私のなすことが全くわからない!私は、私のなすべきことが全くわからない!」― 君は正しい。しかし次のことは疑うな。君はなされる!いかなる瞬間にも!人類はいつでも能動態と受動態とを取り違えてきた。それは人類の永遠の、文法に関する誤りである。 曙光 120 懐疑家とは、もちろん何でもかんでも懐疑的に見て懐疑的に思考し懐疑的に判断する

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心理的恒常性維持機能と自責

この「うつ、うつ気味」テーマについては、およそ四ヶ月ぶりくらいになります。毎度のことですが、あまり安易に触れないでおこうという方針なので、更新はあまりありません。 今回は、直近に身近で思い当たるフシがあり、一度くらいははっきりと書いておこうということで、心理的な恒常性維持機能(ホメオスタシス)と自責について触れていきます。 ちなみに狭

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誤認の利益

ある人が言った。憂鬱な気質にありがちな、人の気に入りたがる気まぐれに対して、子供のとき軽蔑を抱いたので、人生の半ばに至るまで、自分には自分がどんな気質であるのか、つまり自分がほかならぬ憂鬱な気質であるということが見えないままであった、と。彼は、これはありうるあらゆる無知の中で最上のものであると明言した。 曙光 341 世の中にはたくさ

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われわれは何ができようか?

ある人は不良で悪意のある息子から、まる一日ひどく責められたので、晩、息子を打ち殺し、深く息をつき、残りの家族のものに言った。「そう!これでわれわれは安心して眠れる!」― 環境はわれわれをどこへ追い立てることができるのか、われわれは何をしっていよう! 曙光 336 ここで少し家族について触れましょう。 家族仲はいいのですが、昔から家族と

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愛が愛として感じられるために

われわれは、自分に対して誠実であり、自分を非常によく知る必要がある。他人に対して、愛や親切と呼ばれるあの人道主義的な偽装をすることができるためには。 曙光 335 愛や親切と呼ばれるものは、ほとんどが偽装されたものであり、慈しみのように純化されたようなものではなく、何か裏にある自己都合の自己欺瞞のために使われたりします。特に語られる時

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慈善家

慈善家は、慈善を行なって自分の気持ちの欲求を満たす。彼はこの欲求が強ければ強いだけ、その欲求の満足に役立つ他人のことを、それだけ一層立ち入っては考えない。事情によっては彼は思いやりがなくなり、他人の感情を傷つける(ユダヤ人の善行や慈悲心についてこのようなかげ口がある。周知のようにそれは他の諸民族のものよりも幾分激しい)。 曙光 334

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高慢ちきな様式

大きくふくらんだ感情を作品の中に注いで安心するのではなく、むしろふくらんだ感情を遠慮なく伝えようとする芸術家は大げさであり、その様式は、高慢ちきな様式である。 曙光 332 何度か触れていますが、人生で式典的なものを行うつもりはありません。そして、そうしたものはすべてどこかしらに高慢ちきな様式という感がしてしまいます。 「おめでとう」

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理想主義的な理論は何を推測させるか

理想主義的な理論に最も確実に出会うのは、ためらわない実行者たちにおいてである。なぜなら、彼らはその理論の光彩を自分の評判のために必要とするからである。彼らは、その本能によってそれを摑み、その際全く偽善感を持たない。 曙光 328 前半 自己啓発洗脳組も、ブラック企業営業マンも、胡散臭いコンサルタントも、新興宗教と同じくわざわざ人を騙し

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最後の寡黙

少数の人々は宝物を掘り探す人のような目に遭う。彼らは他人の魂に隠されているものをたまたま発見し、それについて知識を持つ。これはしばしば耐えがたい!われわれは事情によっては、生きている人々や死んだ人々をある程度までよく知り、その内心を突き止めることができるが、彼らのことを他人に語るのは苦痛となる。われわれは言葉ごとに無分別になりはしない

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自分の環境を知る

われわれは自分のいろいろな力を評価することはできるが、われわれの力そのものは評価できない。環境はこの力をわれわれに対して隠したり、示したりするばかりではない。― それどころか!環境はこの力を大きくしたり、小さくしたりする。われわれは自分を変化しうる量とみなすべきである。この量の能力は、恵まれた環境の場合、おそらく最高度の能力に匹敵する

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成長しつつある徳

「徳が高い」「功徳がある」というようなことを言語情報として見聞きしても、何の説得力もありません。「あの人は徳が高いことで有名だ」というような情報ですね。それを第三者から聞かされた場合などです。 功徳といったようなものは、そういう一種のプロモーションをしても、実際に会ったりしてしまえば、その人からぷんぷん情報が出ていますから、取り繕うこ

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俳優の心理学

自分たちが演じる歴史的人物は演技をしているときの自分たちの気分と実際に同じであったと錯覚して、偉大な俳優たちは幸福になる。― しかし彼らはその点でひどくまちがっている。彼らが千里眼的な能力と詐称したがるその模倣力と推測力は、まさしく、態度や、声音や、眼つきや、一般に外面的なものを説明するのに十分な深さにしか到達しない。すなわち彼らから

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第一の天性

現在われわれの教育されている通りでは、われわれは最初に第二の天性を手に入れる。世間の人々がわれわれを成熟した、青年に達した、役に立つと呼ぶとき、われわれはそれを所持しているのである。若干の少数者たちは、それの被いの下でその第一の天性が成熟したまさにそのとき、いつかこの皮を投げ捨てるのに十分な蛇である。大ていの者にあっては第一の天性の芽

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放棄する

その所有の一部分を放棄し、その権利を断念することは、―もしそれが大きな富を暗示するなら、楽しみである。寛容はこれに属する。 曙光 315 何でもかんでもですが、「所有すれば喜びがある」という点にだけ着目している場合があります。しかし、所有すれば憂いがあります。 喜びはその場は文字通り喜びですが、維持継続したい、失いたくない、またもう一

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いわゆる心

一つの言葉でもたくさんの使われ方をします。どんな言葉でも、見る角度によって使われ方が違い、その定義の違いで誤解が生まれます。 そういうわけで、誤解なく伝えるということはある意味で不可能に近いはずです。言語伝えようとするとやはりどこかでズレが生じます。 ウンチクが好きな人は、ソシュールのシニフィアン(記号表現、意味するもの)とシニフィエ

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短気

短気は気が短いということ、というわけで短気な人というのは「我慢ができない人」ということになるのでしょうか。我慢などしてはいけません。やりたいことはどんどんやりましょう。 しかしながら、我慢の手前には欲とか怒りがあるはずです。でもそれを表に出してはいけない、行動に移してはいけないと思う時に我慢が出てくるはずです。 短気というのは気が短い

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精神を必要とする者たちはどこにいるか?

ああ!他人に自分自身の思想を押し付けることは、何と私を不快な気持ちにさせることだろう!他人の思想が自分自身の思想と引き替えにちょうどよいときにやって来るような、すべての気分や私の内面のひそかな改心は、どんなに私を喜ばせることだろう!しかし時折もっと高度の祝祭がある。片隅に座り、窮乏した者がやって来てその思想の困窮を物語り、、それによっ

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ルサンチマン

ルサンチマン(ressentiment)とは、「弱者による強者に対する怨恨」とするのが一般的です。怨恨の他に憤り、憎悪・非難、単純に僻みという風に説明されたりします。キェルケゴール発端ですが、ニーチェも「道徳の系譜」以降さんざん使う言葉です。ニーチェの場合は、さんざん使うというより、彼としては考えの一種の主軸になっています。 ただしル

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感情の別な見通し

ギリシア人についてわれわれは何とたわいのない話をしていることだろう!彼らの芸術について、一体われわれは何が分かっているのだろう。その芸術の魂は― 男性の裸体美に対する情熱である!そこからはじめて彼らは女性の美を感じた。したがって彼らは女性美に対して、われわれとは全く別の見通しを持っていた。そして彼らの女性に対する愛も類似した関係にある

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一度、二度、三度正しい!

人間というものは、口では言えないほどしばしば嘘をつく。しかしそのことをあとから考えない。そんなことがあるとは一般に信じない。 曙光 302 現在最多PVでお馴染みの「すぐにお金を借りる人」は、何かでお金が入用だとしても、その焦り、その問題がお金を借りることによって解決した場合は、お金を借りたことを忘れます。お金を借りてしまう人の特徴は

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師と弟子たち

弟子たちに用心させることは、師たるものの人間性の一部である 曙光 447 どういうわけか、僕には師匠というものがいません。できたらそのような人がいればいいなぁと思いながらも、どこにもそれに値する人はいませんでした。 学校における恩師や習い事の先生、職場の上司など部分的にたくさん学ばせていただいた方々はいますが、心の本質的な部分における

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「性格が強い。」

「私は、一度言ったことはする。」― この考え方は性格の強さと見なされている。どんなに多くの行為が、最も理性的な行為として選ばれたという理由からではなく、心に浮かんだときに何らかの仕方でわれわれの名誉心と虚栄心とを刺戟したので、われわれはそれらに固執して盲目的にやりとげるのだ、という理由からなされることであろう!(中略) できるかぎり理

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お世辞屋に寛大

飽くことを知らない野心家たちの最高の才智は、お世辞屋たちの姿を見ると自分たちの心に浮かぶ人間軽蔑を気付かれないようにし、お世辞屋たちに対してもやはり寛大な姿を見せることである― 全く寛大でいることが出来る神のように。 曙光 300 「お世辞屋の風土 曙光 158」、「犬にお世辞 曙光 258」と、お世辞屋、お世辞というのもよく出てきま

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