タグ別アーカイブ: 学習・教育

学習・教育に関すること

吾が学ぶ所

物事がわかる時はいずれにしても「なぜだかはわからないが急にわかった」という構造になっていたりします。 散々考えたりして少し間が空き、再度取り組んだ時に「見える!」という感じで「なぜだかはわからないが急にわかった」という感じになったりもしますし、現役で考えているときでも実際に「わかった!」となる直前までは理解できなかったということになるので、その「わかった!」の瞬間においては何か光が降りてくるような感覚で理解をしたりしているわけです。 楽器の練習においても、同じような反復練習をしている間、「うまくいかないなぁ」と思っ

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幼きより身を翰墨に托するといへども

詳しいことはわかりませんが、才能と呼ばれるものは基本的に「幼少期にどれだけ対象に夢中になったか」ということからしか生まれないものであると思っています。 それは文化系の領域だけなのかもしれませんが、そうした才能のようなものが語られる時、「生まれつき」と表現されたりするものの、本当は単に幼少期の体験から生まれるものばかりなのではないかと思ったりするわけです。 話し方のパターンなどは小学生くらいの時からほとんど変わっていませんし、何を面白いと思うかという点についても細かなジャンルやパターンは枝分かれしていそうなものの根本

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情報を短期間で大量に流し込むことで見える基礎と特性

情報を短期間で大量に流し込むことによって、あまり苦労することなくその分野のことがすぐに習得できたりします。習得ということでなくても、情報を短期間で大量に流し込むことでその分野・対象の基礎や特性が見えてきたりもします。 「現地語を浴びる」という感じで一気に情報を流し込む語学の訓練のように、長時間の観察を短期間で一気に行うと一気に基礎的な部分や特性、パターンが見えてきます。 そういえば最近雀くんや山鳩(雉鳩)くんが家の裏によく登場するので、毎日のように彼らの声を聞いています。 一日中鳴き声を聞いていると、雀くんや山鳩く

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祝六周年

本ブログも六周年を迎えることになりました。ちなみにこれで1775記事目になります。今回も祝五周年の時と同様に、単純に祝六周年というタイトルです。 祝五周年の時は1480記事だったのでこの一年で300弱の投稿をしたことになります。 さて、常連さんいつもご高覧ありがとうございます。コメントを寄せていただいた方やcontactからご連絡を頂いた方、また、ひっそりと読んでいただいている方々、ありがとうございます。 アクセス状況 この一年でこのブログにやってきた人の数は、279,159名ということのようでした。その前の期間は

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前提知識が無い可能性を推測できない人たち

単発的な情報の処理に慣れすぎているということから来ているのか、共感性が乏しいと言えばよいのか、物事を俯瞰する能力に欠けていると言えば良いのか、近年では言葉が通じなかったり、ふとしたことから意味不明な説明をされる場合が増えてきたりもしました。 以前「野放図への白眼視」で触れていた「…ということのようですが…そういったお話はどちらに伝えればいいですか?」「下!」というようなやり取りのように、それで相手がわかるわけがないということが推測できないようなタイプの人が増えてきたような気がします。 「そりゃあんたらの内輪ならそれ

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フィードバックを奪う人たち

必要以上の保護は人格の否定に繋がることがあります。その一例としては、歪んだ思いからフィードバックを奪うというようなものがあります。 店舗にてアンケート用紙を置いていたとしても、回収ボックスが店内にあった場合は、意図的に悪い意見は破棄されるというようなことが起こるように、フィードバックが無残にも阻害されてしまうということは世間の至るところで見受けられたりします。 そうしたものは、店舗スタッフの都合というものが大きく関わっているので想像に容易いですが、歪んだ愛情とも言うべきか、「微妙に言い返せないようなことを理由に、過

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記憶の底に貼りついた、もう一枚の薄い記憶

僕が自分の周りの人と比較して少し特殊な点は、幸か不幸か記憶力が良すぎることです。 基本的には重宝しますが、その分嫌な記憶も長い間残ってしまうという弊害もあります。たいていは記憶力がプラスに働くのですが、嫌な記憶を思い出しやすいということもありますし、また、自分は覚えていて相手は忘れている、ということもよくあるので、若干の人間不信の原因ともなり得るという感じです。 そんな中でも稀に、スコンと記憶が抜けている時があります。同窓会に行った時に、あまり深くは関わっていない同級生の名前を思い出せないというようなことを筆頭に、

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聴講の学生たちを見まわすと

何故か大学生相手にお話する機会というものが稀にあります。 ほとんどが「産学連携的なものが主催の何か」ですが、ふと振り返ると、そのような場に出てくる学生さんは、いわば相当に積極性のある人達であり、僕の見ている「現代の大学生」は、おそらくトップ数%の人たちなのだろう、ということを思ったりしたことがあります。 高い集中力と質問の切れ味が、「ほう、なかなかやるな」という印象でしたが、考えてみると、大学生というもの全体ではなく、その中の少数精鋭なのだということを改めて思い返したりしました。 相対的な尺度ができたことによる比較

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電車で隣に掛けた客の本

久しぶりに電車に乗る機会があったので「電車で隣に掛けた客の本」を観察すべくあたりを見回してみました。車内の中で2名が本を手にとっていました。サイズ的に文庫で、おそらく小説の類でしょう。 電車の中は物理的にも動きが制限されていますし、公共の場でもあるのでできることは限られています。 そんなこともあってか、行動が制限されていて気が散りにくいという意味で、電車の中はまあまあの集中力を保つことができる環境ではありますが、他人さんがいるので気が散るという要素も含んでいます。 電車の中こそ読書が進むということを言う人も結構いま

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コスモアイル羽咋

いしかわ百万石物語 2019 コスモアイル羽咋

千里浜なぎさドライブウェイを越えて向かったのは宇宙科学博物館「コスモアイル羽咋」です。 能登半島UFOの町にある宇宙科学博物館ということで、きっかけはこちら。 特に宇宙や宇宙船などに興味があったというわけではなく、モルダーとスカリーの影響です(昨年の末頃から今年の春までの間にシーズン1~6まで観ました。この影響によりUFOを「ユーフォー」と言わずに「ユーエフオー」と言ってしまうようになりました)。 コスモアイル羽咋は、宇宙開発や惑星探査活動の歴史・機材の紹介等々がメインですが、UFOデータベースやSETI(セチ、地

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ピアノの先生と幼き日の弱さ

なんだかんだで小学一年生から六年生までピアノを習っていました。 きっかけは何だったかはっきり覚えていませんが、「ピアノを弾きたい」と父に言うと、数日後家にピアノが届き、さっそく近くのピアノ教室に通うことになりました。 最初の1年くらいは多分楽しかったと思いますが、その後すぐに辞めたくなりました。 なぜならピアノ教室の先生と合わなかったからです。 あと幼い頃にはありがちですが、小指等々の指の痛みが辛いという部分もありました。 しかし嫌々ながらも六年生まで通うことになります。 その理由は幼き日の僕の弱さにありました。

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異常な「?」や「意味・解説」「類語と例文を示すこと」を評価すること

最近では、そのへんから引っ張ってきたような意味や解説を並べたもの、類語と例文を並べるだけのページが増えてきました。 それ自体が確かに言葉の学習としての価値があるのならは良いのですが、概ね類語として示されているものは類語であってイコールではない、決定的な差異もあるのにそれが示されていないという形で、本質的な部分からは乖離しているような気がしてなりません。 異常に「?」がついていたり、意味や解説というワードを入れていたり類語や例文をよくよく吟味もしないまま掲載している感じです。 単純には、あまり良く考えていない人たちが

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谷野杢蔵(歌の勝ち負け)

ついでなので、いかにも昔話的で、できれば日本昔ばなしでやって欲しい感じのお話もありましたのでご紹介しておきます。 現在ところ検索しても一切出てこない感じなので、おそらく「まんが日本昔ばなし」にはない作品だと思います。もしタイトル違いなどで類似作品があったら誰かに教えていただきたいくらいです。 三人馬鹿に引き続き、もちろん今回のお話も、以前にご紹介した「ふるさと和気 民話編」の中のお話であり、投稿の中でもタイトルだけご紹介していた谷野杢蔵(歌の勝ち負け)です。 爆笑する系ではありませんが、いかにも昔話の雰囲気があり、

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三人馬鹿

古い土着の昔話の中には、非常に良い示唆に富みつつ、非常に洗練されているものが見つかることがあります。 それもまた「名もなき方が作り出した」というところに魅力があります。 そのような感じで、以前にご紹介した「ふるさと和気 民話編」の中から僕が爆笑した僕好みの昔話をご紹介します。 民話・昔話の類型としては、笑い話となっていますが、笑い話を構築するにはロジックの揺れを押さえる必要があります。 子供相手にはちょうどいい論理展開ですし、それに加えて認知バイアスの問題も含まれているということで、分解すると奥深い感じになっていま

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園長先生のクレヨン

つい先日のことですが、カール・ラガーフェルド氏が亡くなられたそうです。 かなり前からカール・ラガーフェルド氏を知っているような口ぶりですが、その存在と名前が一致したのは去年の夏頃でした。 真鍋島で船の運行がイレギュラーになり、出戻り後に次の便を待っている間、テレビ画面にコシノジュンコ氏が登場していたのでそれを見ていました。 その話を父にすると、カール・ラガーフェルド氏の名前が出てきたという感じです(既に廃業し引退していますが、父はそうした業界にいました)。 ということで昨年知ったのですが、父は以前カール・ラガーフェ

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事務方の達人との思い出

特にそうなる必要はありませんが、いずれ起業する前提や社長になる前提で働いていると、様々なことが勉強になります。 学校にいる間はお金を払って勉強するという形になりますが、社会に出るとお金をもらって勉強をするという形で毎日を過ごすことができます。 ― 世の中においても、曖昧で余白的に成り立っている事柄はたくさんあり、表面的な範囲や構造だけで捉えることはできません。 法律においても信義則や権利濫用、情状酌量という概念があるように、職場においても全てがガチガチに決まっているわけではありません。 ある程度の余白があって、余白

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「外国では神を信じてると言おう」は、無神論・アナーキズムとニヒリストへの恐怖

まあ一度くらいはボコボコに書いておこうかと思ったので、「外国では神を信じてると言おう」という発想に対する答えについて書いておきます。 結局、キリスト教圏などを含め外国で、無宗教、無信仰、無神論が非難されるのは、アナーキズムとニヒリストへの恐怖の裏返しであり、自分たちの思想の押し付けにしかすぎないということになります。 英語学習や国際関係の学習の場ではすぐに、「外国で何も信仰がないということを言うと不審がられるから、神を信じてると言おう」などと平気で言っていたりします。 残念ですが、そうしたことについて教育する場合は

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「は?」となる心理学者たち

安物の心理学の本には、絶望的な心理学者による絶望的な実験結果が引用されていたりします。 小学生くらいでも「は?」となるレベルです。 そうした実験結果を報告する心理学者は「本当に頭は大丈夫か?」と思ってしまうレベルであり、それを引用して根拠になるかのように思っていることも絶望的です。 「アメリカの〇〇州立大学のナントカ博士が300名程度の学校の先生を対象に調べたところ、自信がある人ほど職場でいきいきと仕事をしていたというのだ」 「ギリシャの心理学者ナントカが、保険会社で働く約200名を調査したところ、楽観的な人ほど仕

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文脈効果と文文脈効果

文脈効果(context effect)とは、文脈によって単語の認知を容易にし、統語的・語用論的あいまい性を減少する効果のことである。文脈(context)とは、背景や状況、事情、事の前後関係を意味し、ある現象に対する背景といった文脈が、「認知におけるあいまい性」を減少させるという効果が文脈効果である。 文脈効果における「文脈」とは、語や文の意味理解に影響を与える周辺的要素であり、言語的なものとしては「前後関係」が、非言語的なものとしては「言語使用の場面や話題・会話や会話の参加者たちの関係、参加者の背景的知識」など

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順序効果

順序効果(order effect)とは、広義には順序の違いや時間差によって表れる順応の過程や順向抑制、逆向抑制などの現象を意味する。当たり前のことだが、同一の被験者が複数の実験的操作を受けるときにおいて、同一の質問であっても質問の順序によって応答に相違があったり、順序によって練習、順応、疲労が生じたりして実験自体への心的飽和が起きたりすることある。 その他、同一の部位に同一の刺激が連続して与えられるとき後の刺激の効果が減少したり、刺激の時間的な相互作用が起こることがある。こうした形で順序によって反応の表れ方が変化

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ファン効果とHAMモデル

ファン(fan)とは同一の概念が出現する文の数であり、ファン効果(fan effect)とは、文などの自然言語の記憶における干渉現象で、概念と事実を示す文を多く記銘するほど、概念と事実を含む文の検索が難しくなり、再認に要する時間が長くなるという効果。ファン効果の現象のメカニズムはHAMモデルなどによって説明されている。 「意味を厳密に示すために、しっかりと表現しなければならない」といった感じで、お役人が好きそうな文章の表現は、検索を難しくし、混乱を招くという良い例である。 ファン効果の混乱の例 ファン効果は、単語を

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レスポンデント条件づけ(古典的条件づけ・パブロフ型条件づけ)

レスポンデント条件づけ(respondent conditioning)とは、「特定のレスポンデント行動を誘発する無条件刺激」と「レスポンデント強化」によって、条件刺激単独でその「レスポンデント行動の誘発」が可能となるように条件づける操作、過程のこと。「レスポンデント(respondent)」とは、応答や反応を意味する。なお、古典的条件づけ、パブロフ型条件づけもほぼ同様の条件づけである。条件刺激の呈示後に無条件刺激を対呈示することにより、条件反応を形成するものを意味する。 特定のレスポンデント行動を誘発する無条件刺

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オペラント条件づけ

オペラント条件づけ(operant conditioning/操作時条件づけ、道具的条件づけ)とは、人間を含めた動物が、自発した反応の直後に特定の刺激(報酬など)を与えることで、その反応(自発した反応)が生起する頻度を変化させる条件づけ。アメリカの心理学者ジョン・ワトソン氏(John Broadus Watson)およびバラス・スキナー氏(Burrhus Frederic Skinner)より。なお最初期の実験は、アメリカの心理学者のソーンダイク氏(Edward L. Thorndike)によって行われた19世紀末

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分化条件づけ(分別学習)

分化条件づけ(differential conditioning/弁別学習)とは、ある刺激の呈示に対しては強化しながら、別の刺激呈示に対しては強化しないという手続による条件づけである。「分別」を示すことから弁別学習とも呼ばれる。 「強化された刺激下」で反応が生じるように、「強化されない方の刺激下」では反応が生じなくなるように条件づけをするというのが分化条件づけである。分化条件づけにおいて、強化されない方の刺激下の制止を分化制止と呼ぶ。 分化と般化 分化は、2つの刺激呈示において、一方に無条件刺激を伴わせ、もう一方に

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モダリティ効果

モダリティ効果(modality effect)とは、言語材料を記銘(新しく記憶)する時、呈示モダリティによって記憶成績に差が生ずることで、主に視覚よりも聴覚のほうが新近効果(新近性効果)が得られること。言語材料を視覚よりも聴覚で呈示したり音読させる条件の方が、単語や文字のリストの直後再生において特にリスト終末部の成績良いというような効果が代表的である。モダリティ効果は、「2秒間程度持続する聴覚的感覚記憶」である「前カテゴリー的音響貯蔵庫=PAS」を仮定することによって説明されたが、唇だけ動かす条件や、唇の形や手話

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