カテゴリー別アーカイブ: 笑う月

笑う月

フィルムの使用量は信じがたく低い

安部公房氏の笑う月が刊行された昭和五十年の時代においても、「フィルムの使用量は信じがたく低い」と表現されるほどに、日本においては、カメラの所有数に比べてフィルムの消費量は著しく低いということのようでした。 現代においてフィルムカメラを使用するということは、もはやマニアの域に達していると言わざるを得ません。 デジタルカメラが普及し、携帯電話などで画像が撮れるようになり、かつ、それらの解像度が高まっていくに比例してフィルムの価格は高騰していきました。 そしてそれと比例するように現像代も高まっていきました。 僕たちが中学

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仕事の上で欠かすことの出来ない道具

職種によって仕事の上で欠かすことの出来ない道具はバラバラだと思いますが、いわゆる七つ道具的なものはどの業界にでもあるのではないでしょうか。 勤め人時代から今に至るまで、僕にとっての七つ道具のうちの2つ乃至3つは、青ペンもしくは緑ペンとコピー用紙、そしてクリップボードです。 これは営業活動から社内の情報伝達に至るまで、人とのコミュニケーションを円滑にする安価で優れた道具たちであります。 何でもかんでもデジタル的にという風潮がありますが、一方的な情報伝達ならばまだしも、目の前に人がいて、齟齬が生まれないようにという意図

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めったに体験を語らない

情報量の多さに関して、それが量としてばかり計算され、要約されていれば浅く、多ければ深いというような推測から、その実際の深度は問われていないということなのか、体験もしていないもの羅列すれば良いという感じになっていたりします。 一時期量産された「おすすめ○選」などのページに関してはその代表例であり、実際に使ったり、現実的に接したのかというとそんな訳はないだろうという感じになっています。 例えば、化粧品なり観光地なり何なりに関してであれば、実際に使ったとか実際に行ったというのならばいいですが、単に他のページに載っている情

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滑稽を自覚できない一途さ、自分を客観化できない視野の狭さ

滑稽を自覚できない一途さ、自分を客観化できない視野の狭さこそが青春たるものであるということのようで、狼狽えること無く突き進むことができるその衝動こそが成長の原動力であるという感じになるのでしょう。 まあそうした滑稽を自覚できない一途さや、自分を客観化できない視野の狭さ自体は別にいいのですが、その場限りならばそれほど大したことにならないようなことでも、インターネットでそれが起こると収集がつかなくなることがあります。 現実的に集まっている時、とりわけそこそこの人数でいる中であれば、軋轢が生まれた場合でも、何だかんだです

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生理的に嫌だったせいだ

少なからず生理的に嫌なものはあると思いますが、ある程度の慣れによってそれら生理的に受け付けないようなものが多少平気になったりもします。 自身の慣れから慣れていない人が感じるであろう生理的な不快感というものを見落とすということもありますし、客商売において「自分は大丈夫だから」ということで放置していたり気付いていなかったりすると自分では理解し難いような形で客足が遠のいてしまうということが起こります。 ある時、店の中で有線か何かを流しているはずの音響機器に不具合があるのか店内がノイズ音で満たされているということがありまし

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砂糖などの貴重品

砂糖はかつて貴重品であり薬用の位置づけにすら合ったものですが、人工甘味料の利権の関係からか、やたらめったらに非難される対象となっているような風潮があります。 「砂糖を断ってみた」というような研究を見ても、結局代わりに果物を摂っていたりして「何じゃそりゃ」ということを思うこともありますが、砂糖のみならず炭水化物そのものを敵視するかのような風潮、そして「モテは正しく、痩せればモテる」というような広告臭いものに扇動されている場合ではありません。 いろいろな研究結果みたいなものをどう解釈するのかは個々人の自由ですが、そうし

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ぼくは狼狽した

「狼狽した」という経験がここ数年ほとんどありません。 「解決しておいたほうがいいだろう」と思うような問題はちらほら起こりますが、瞬間的な感情は生じても、感情に振り回されるということがないので、淡々と物事を進めて終わらせてしまうという感じになっています。 もちろん以前からそうだったというわけではなく、アランが「考えているのではなく悩んでいるだけだ」と説き、ドラえもんが「悩んでなんかいないね、たんに甘ったれてるだけだ」と諭すというプロセスを経て今のような状態になったという感じで捉えていただければよいでしょう。 可能性の

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ずぶの素人よりはましだろうと

ずぶの素人よりはましだろうということなのか、自称コンサルタントの方の中には、名刺の裏の業務案内に「節税のご相談」ということを平気で書いていたりします。もちろん税理士資格を持たれているわけではありません。 無償でも税理士法違反になるということを知らないということになりますが、そのあたりを確認もせずに平気で名刺に書くのだからちょっとした絶望がやってきたりします。 金融や不動産などを扱ったりする「税が絡む業種」の方でも、営業活動においての説明に関して、一応事実としての一般論しか話してはいけないということになっていますが、

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蓄音機という牢屋

製品の開発において「とりあえずベータ版で出してみて、不具合報告があれば修正する」とか「後々機能を追加する」というような方針の方が、投資回収期間の関係で収益が上がるという感じの風潮が蔓延したことと、近年のアプリケーションのアップデートのあり方などでその感覚がスタンダートとなった現代では、あまり煮詰まらないままに物事がスタートするということがよく起こっています。 サービス業における企画のようなものも、やれ価格の変更、条件・規約の変更というものが月ごとに起こったりしていて、「キャンペーンによって顧客を獲得しよう」と思った

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ただ心配なのは音色である

聞こえる音の範囲というものは人によって異なっているようで、本当に周波数レベルで高音域が聞こえていないということもありつつ、「目には映るが見えていない」のと同様に、注意が向いていないためにその音が鳴っている事自体に気付いていないという場合もあります。 年齢とともに高音域が聞こえにくくなるということはよく聞きますが、高音域が聞こえにくくなるということは、倍音の関係で音色自体もちょっと異なって聞こえているのではないかと思ったりします。また逆に年齢が若すぎるとまだ聴覚が発達しきっておらず、聞こえにくい音域があるという感じで

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咎められた記憶

多少表現は異なれ、「言われるうちが花」「叱られているうちはまだいい」などと言われることがあります。 「褒められて伸びるタイプなんで」などと言いつつ、自己評価が下がるからと説教されることを予め防ごうとするような人がいる中ではありますが、やはり言われているうちはまだ潜在的な可能性に期待を持ってもらえているということになるので、まさに言われているうちが花という感じになります。 ― スランプとでも言うべきか、何かしら不調が続く時期というのは一定周期でやってくるような気がしますが、勤め人の頃、究極的なスランプに陥り、当時の上

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祖父が吠えた

中学生の時、ひとつ上の学年の人たちに悉く嫌われ尽くした僕は、かばんに鉄板を入れて武装し、程よい緊張感の中、登下校をしていました。 「日本は治安が良いというのは、嘘である」 と思っていました。 まあ鉄板についても「恐い」というより「面倒くさい」というのが本音であり、「いざというときのために」というのは正しいですが「一気に終わらせたい」というのが本心でした。 同級生は大半は、そんな人達に変に媚びを売るような感じで過ごしていたので、標的は僕と僕の友達だけで、かつ僕の友達はお兄さんの力によって除外されていたので、結局僕だけ

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レコードを置き、針をのせた

僕が自発的にレコードを置き、針をのせたのは、高校生くらいの時だったでしょうか。 基本的にはCDで、微妙にカセットテープ世代でもあり、思春期にMD、デジタルオーディオプレーヤーといったものに変化していった世代ではありますが、「ベースをくれた英会話の先生のお兄さん」が使っていたパワーアンプを自宅に持って帰ってきた際、家にあったレコードプレーヤーと接続して父の持っていたレコードを再生したのが一番最初だったと思います。 洋楽のレコードがたくさんある中、何だかんだで一番最初に再生したのは確かチューリップの「心の旅」でした。

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催眠的な支配力

「催眠によって支配力を得たい」というのは、誰しもが一度は考えるようなことなのかもしれません。そのような感じで、心理学や催眠研究などはどちらかというと邪念を持つ人に好まれる傾向にあると思っています。しかしながら、そうした目的を持つこと自体が結局外の世界をコントロールしないと自分は安心できないのだという自己催眠をかけていくことになりかねないという落語のような構造になっています。 「催眠的な支配力」という感じで、マインドコントロールによって支配を獲得していった有名な事件として北九州一家殺人事件があります。 その当の主犯も

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なるべく意識しないように努めて

デジタルデバイスの使用を控えるよう「なるべく意識しないように」努めてみたところ、意識はまとまり、また、顎の筋肉がほぐれてきました。 普段はガラケーしか使っていませんが、自宅には一応iPadやiPhone、デスクトップPCなどがあり、もちろん常時接続可能な状態になっています。一度それらをフルで遮断し、意識がどう変化するのかを実験してみました。 まあこうしたものは俗世間の垢のようなもので、一応便利なものではありますが、やはり慢性的に意識を汚し気力を奪っていくものでもあります。 仕事等々への若干の利便性からいちおう利用は

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自身の方法

思えば「多数決を信用しない」ということの原点は、幼稚園児のときの思い出に遡ります。 右と左の区別において、僕以外の全員が間違った方向に進み、僕だけが正しい方向に進みました。その理由は簡単で、かなり早い時期から自分の手のほくろを目印に左右を区別していたからこそ、正しい方を選ぶことができたということになります。 その時の僕以外の全員は、最初に進んだ誰かに従うように進んでいただけで区別がついてないという感じでした。それはそれで、そんな左右の区別の教育をしている最中なので間違うことがいけないというわけではありません。 しか

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論理では辿り得ないその迷路

哲学というものは日常の当たり前に「んあ?」と疑問を投げかけるものというのが基本となります。なので「人を幸せにしない」というふうに捉える人が多いということになります。 日常の当たり前のうち、社会的な「当たり前」に疑問を投げかけると倫理学等々になりますが、もっと誰にでも適用されるような自然で密接な部分となると哲学となります。 そして、それらの答えはだいたい宙に舞っているので、論理では辿り得ない迷路に突入することになります。 哲学は、主に人々の共通認識、共通前提のようなものに疑問を投げかけることになるので、そうした対象を

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餅なんかにつく青カビ

餅なんかにつく青カビが抗生物質の原料であるように、カビや菌だからといって毛嫌いする必要もないはずですが、世の中には潔癖の人もいて、全てのカビや菌が悪者であるかのように考える人もいます。 「すべてはバランスしだい」という感じで、恒常性維持機能は、バランスを取るというのが基本です。偏ったら偏りを戻すという感じですね。 現代では比較的マシになった感じではありますが、世の健康情報はたいていあまりあてにならず、ある偏りに対しての矯正としては良いものの、「絶対的に良い」というふうに早合点する人たちを想定していないというフシがあ

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万一の僥倖をたのんでの事だろうか

万一の僥倖をたのんでの事でしょうか、定型文的な営業メールが未だによくやってきます。 もうそろそろいい加減にそうした文化は廃れていけばいいと思っていますが、それでも一定数の人が引っかかるからこそ今でもそうした手法が取られているのでしょう。 こうした旨は、数撃ちゃ当たるの発想と営業代行で触れたりしていましたが、最近来たものはもっとひどく、差出人としての名前と、文末の署名欄がバラバラというものがありました。いわば、今までは2名の名前で交互に営業メールが来ていたのですが、先日来たものは、その2名がごっちゃになっていました。

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磁石に吸い寄せられる鉄片のように

磁石に吸い寄せられる鉄片のように魅力なり何なりに弱い側が強い側に引き寄せられるという感じで考えると、商いでもなんでも結構うまくいったりします。 ただ、そうした魅力のようなもの自体は画一的に決まっているわけではなく、ある人にとっては魅力的に映ってもある人にとっては気持ち悪いものとなりうることもあるという感じになっており、また、ある特定の魅力がさも絶対的なものかのように演出して物を買わせたりしようとする人達もいるので、「魅力」というものについてはよくよく検討しなければなりません。 他の方向で考えた場合、「類は友を呼ぶ」

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心をときめかせるに足る珍品

昔から物欲があまりないので、物によって心がときめいたという経験は少ないのですが、やはりなるべく汎用製品ではなく、電気も通わず、手の込んだもので洒落っ気のあるものが良いと思っています。 家電屋さんで買えるものよりも手紙のほうがありがたいという感じになり、代替性がないほうが心ときめくのは当然といえば当然で、それそのものが持つ便利等々の機能がなければ無いほどよいという感じになります。 電子的な通信が一般的となった現代では、いきなり旅先から届いたポストカードですら「心をときめかせるに足る珍品」となりうるようになりました。

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見晴しのきく場所は、同時に見られやすい場所でもある

見晴しのきく場所は、同時に見られやすい場所でもあるということなので、高い位置にいる事自体はいいですが、同時にリスクを増やすことにもなります。 何かしら代表となったり、壇上に立って話をしたりすると、「その注目を浴びるはずなのは私だ」というような僻み根性を持った人たちからの反発を浴びることになることがあります。 そのような現象はどの業界でも同じだと思いますが、本来人の成功のようなものと自分の成功のようなものは関係がありません。 まるで唯一でなければならないかのようなその頂点への嫉妬は、認知的な歪みから生じています。 そ

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食糧分配係

食糧分配係といえば、元祖は鍋奉行、現代では「介護アピール」という感じです。 セキセイインコ等々草食の鳥類における殻付きの穀物と殻剥きの穀物の違い、うさぎにおける牧草とペレットの違いのようなもので、ある種食べやすいということは、食べるということに対する本能的な満足感を低下させてしまうようなものになると思います。 「むきえさ」でも大丈夫ですが、「殻つき」の方が鳥は活き活きしたりします。またうさぎも牧草が無いと怒りやすくなったりします。 食料分配を意図してということなのか、何かの信念に従った独自マナーということなのかはわ

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空間の争奪戦

まるで囲碁のように、その空間を占めているものの面積や体積がその人の力を示すような代理構造になっていたりするので、至るところで空間の争奪戦が起こっていたりします。 ― 部屋の中の物はその人の意識の中を示しているフシがあります。少なければ少ないほど重要なものが少なく、重要なものが少ないほど何かの変化に反応することも減るため、結果的に煩いも減っていきます。 しかしながら、複数人で居住している場合、単に意識の中の「重要なものの抱え込み具合」のみならず、占有具合による威厳の誇示という要素が含まれていたりします。 そういえば最

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ちっぽけな誤解の種子

スーツ姿の時とパーカー姿の時で人の対応が違うということについて触れたことがありましたが、そのような感じで、ちょっとした許容や一時的な役割ですら相手に勘違いを生み出してしまうというようなことについて触れていきます。 ちょっとの「許容」や「一時的な役割」といったものは、ちっぽけな誤解の種子となることがあり、良かれと思って選択したそれらは、時に相手の中に邪念を生み出してしまうことがあります。 「聖人君子ならば、何事も広い心で許すだろう」ということは大きな誤りであり、そうした概念を盾に取り、己の怠慢や邪念を正当化するという

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