
先に弁明したほうが負け
日常、社会の中では「先に弁明したほうが負け」ということになっているのか、「明らかに負けているのに非を認めず強気」というような人を見受けることがあります。 そうした場合だけでなく、「気持ちを汲み取ったら負け」ということなのか、何があっても意味不明の毅然さを保つ人たちもいます。 その代表例は、外資系企業であり、時価総額ランキング上位のIT・ネット系企業などにおいては顕著だったりします。 法制度よりも自分たちのポリシーの方が上 現地は訴訟国家

白っぽい、頼り切った微笑
白っぽい、頼り切った微笑には美しさを感じたりしますが、そうした笑みだけに翻弄されてはいけない場合も多々あります。 入院中などは一番わかりやすいですが、何かしら悲惨な出来事があった後などに見られる「白っぽい、頼り切った微笑」は誰しもが見せるものでありながら、その美しさに感化されていると、追々苦しさが生じてしまうことがあります。 ― 先日、検査を受けた時の自分も鎮静剤の影響で「ふわ~」っとしながら、そのような「白っぽい、頼り切った微笑」を浮
事実が形作っていく社会
無理に新しいことを創出しようと思わなくても、人が求めているものやそれに対応するものは、既に目の前にあることがほとんどだったりします。 「目に入っても見えていない」ということばかりであり、それは時に前提知識や理解のための材料がないということが要因となっていることもありますが、逆に知識偏重の偏見からも生まれたりします。 ツァラトゥストラの副題である「だれでも読めるが、だれにも読めない書物」みたいな感じで、「誰にでも見えて、ほとんど誰にも見え

データを利用した最適化への疑い
最近では少し落ち着いてきた感じがしますが、人工知能への期待なのか何なのか、やたらとデータ偏重型な社会になりつつあります。まあそれだけ、人間の感性を信用できないとか「システムやスキームを組んでバイトにやらせる」という感覚が蔓延してきているという証なのでしょう。 データを利用した最適化への疑いということで、そんな「統計データの影響による行き過ぎ」について触れてみようと思います。 「合理化や最適化が機械にできる限界」などで触れていましたが、コ

駅のトイレットでは
駅のトイレットでは、様々な方々の日常動作の癖を観察することができます。ちなみにハイカラにトイレットという表現をしているわけではなく、原文のまま故にトイレットという言葉を用いています。トイレでいいのですが、笑う月に倣うようにあえてトイレットで統一しておきましょう。 さて、男性用トイレットにおいては、小水コーナーにて様々な放尿の仕方を観察することができます。 中高生時代等々は股間を見せまいと必死にキワキワまで小便器に近寄るはずですが、後年は

扇子のように折りたたみ可能な印象
扇子のように折りたたみ可能な印象のものの代表例は、エリマキトカゲ理論であり、物理的な大きさによる威嚇を無意識的にしている人たちといったところでしょうか。 羽を閉じても開いても本来の物理的な質量は同じですが、羽を広げた場合、主に面積的に空間を占める割合が広くなるというのが扇子です。 威嚇のみならず、異性へのアピールとして体を大きく見せるということは、孔雀やエリマキトカゲなど、様々な生き物で見られる現象です。同種間では魅力になるのかもしれま

弱者への愛には、いつだって殺意がこめられている
「弱者への愛には、いつだって殺意がこめられている」 と、まあいかにも芥川賞作品などでありそうなテーマ、という感じのフレーズです。 可愛がられること、甘えること、すがることへの憎悪、その裏にある我慢や奮闘といったものもありそうなものですが、弱々しさの象徴として、自分の中の弱さの投影、そして破壊というようなものも込められていそうな雰囲気もあります。 他者からの評価というものを別としても、なんだか弱者への愛は自然でありながらどこかしら無理があ

しだいに空洞化していっているのだろう
趣味というほどのものではないのですが、一応旅に出た時に、記念にと収集しているご当地新聞集めという習慣があります。 ご当地新聞を買う時か、何かの待ち時間で著しく暇な時くらいしか新聞を読む機会がないので、そうした時には一応全ての記事に目を通すことにしています。 するとだいたい社会面あたりに、社会学者と誰かの対談とか著名人の論説のようなものがちらほらあったりします。 社会学者が用いるSNSというキーワード そうしたコーナーを見ていつも思うので

誰もが狼狽を隠せない
一触即発の緊張感や焦燥感から、狼狽してしまうということもありますが、ズレすぎている人に出くわした時の狼狽というものもあります。 言葉遣いなどにやたらに敏感な京都という土地柄では、そうした狼狽に関して他エリアよりも出くわす頻度が高いというようなことを思っています。 20歳くらいのときの対バン相手のお話ですが、事あるごとに言葉尻が京都にそぐわない感じでした。 妙に引っかかる言葉尻 「あ、もう切ってもらっていいですよ」「あ、もう少し音絞っても

苛立たしげに、素早い会話
何かしらの理由でカツカツになっている時、悠長な人を相手にすると苛立ったりしてしまうことがあります。苛立たしげに、素早い会話を繰り広げるときは、どちらか一方、もしくは両方が何かしら急いでいたりする時や苛立っている時です。 仕事などで疲れが溜まってきている時などは顕著ですが、それ以外にも話のテンポの差や情報差なども苛立たしげな素早い会話の要因になったりします。 話すテンポの早い人がゆっくりな人と話すときは少し苛立ちますし、その逆もまた然りと

掘割を這上り、道端に立った
中学生の頃、同級生とよく自転車で旅立ったりしました。平日の夕暮れ時は近所をぶらぶらという感じですが、休みの日、特に春休みや夏休みの時は結構な頻度で旅に出たりしました。 ある夏、ジーパンマニアである一人の同級生が、少し離れた場所にあるジーパン屋に行こうと誘ってきました。 同級生たちと三人で向かったのですが、スマートフォンなどで地図を参照することのできない時代だったので、迷いに迷いました。多少郊外なので、田んぼや畑がちらほらあるような場所を
痩せ細った体
対象が人であれ動物であれ、かつてがっしりして元気だった者が痩せ細っていく姿を見るのは辛いものがあります。痩せ細った体は、ただそれだけで、それを見る者に何かしらの侘しさをもたらしたりします。 養子のうさぎも、寝たきり時には日に日に体重が低下していき、一番がっしりしていた頃と比較して、最後は体重が半分以下になっていました。 痩せ細った体を見る辛さ そうした痩せ細った体を見る辛さは、基本的には記憶からやってきます。一種の愛別離苦ということにな

断末魔のあがき
断末魔のあがきということで、「悲惨な出来事とあがき」について触れていきましょう。世の中では突発的な被害というものもありながら、悲惨そうに見える人もだいたいは「なるべくしてなった」という感じがしてしまう時があります。 悲惨な人だけでなく、うまくいっている人も、後に振り返り全体の流れを俯瞰してみると、やはり「なるべくしてなった」という感じに見えてしまいます。 悲惨なこと続きのように見えて「かわいそうだなぁ」と思ってみて、少し手を差し伸べてみ

ブルグマンシア(エンジェルストランペット)
ブルグマンシア(Brugmansia、エンジェルストランペット)は、ナス科キダチチョウセンアサガオ属の低木~高木です。「エンジェルストランペット」という名の通り、印象的なラッパ型の花を咲かせます。かつては同属に分類されていたことからダチュラと呼ばれることもあるようですが、本来のダチュラである同じナス科のダチュラ属(チョウセンアサガオ属)は草本であり、近縁種でありながら一応別種となります。 ラッパ型の花 ブルグマンシアの花は、木にぶら下が

キダチアロエ
キダチアロエは、ススキノキ科ツルボラン亜科アロエ属の多肉植物です。多肉植物のため乾燥には強いですが、日当たりは必要になります。 切り傷や火傷用の傷薬的な扱いをされており、おばあちゃんがよく育てていたので馴染みの深い植物です。今でもチラホラ見かけますが、小学生の頃は近所中に植えられていました。 キダチアロエの名の通り、茎は木質化し幹になっていきます。成長すると3メートル以上となります。和名は木立蘆薈(キダチロカイ)で、この蘆薈(ろかい)は

気のせいのようでもあるし、事実のようでもある
それが本当の真実であるということを証明できないようなタイプの主観的な感想については、それが妄想であれ「何かの象徴」として表現されているものなので、よほどの暴論でない限りそれほど問題にはしていません。 「気のせいのようでもあるし、事実のようでもある」という感想を持つしか無いような、巷で言う心霊系のお話については、「見えたのだから見えたのでしょう」という同語反復的なレベルのお話として捉えるに越したことはありません。 自我領域の主観的事実が、

セールスマンや集金人などが、手摺にもたれて一服
日中の公園に行くと、「セールスマンや集金人などが、手摺にもたれて一服」という光景をすぐに発見することができます。 「誰がそんなに自販機を利用するのだ?」と思うほどに公園周りには自販機がありますが、なんだかんだですごいペースで中のドリンクが消費されていっていたりもします。 まあ売れ筋は、よく言われるようにお茶と缶コーヒー、それに水あたりでしょうが「何本買うんだ?」という感じで、公園脇に営業車を止めて同じ人が複数回飲み物を買いに行っている姿

選ぶ道がなければ、迷うこともない
選ぶ道がなければ、迷うこともない、ということで、やることが決まっている場合は脇目も振らず突き進むことができるので、事がうまい具合に運んだりします。 もちろんその方向が誰かに恣意的に設定されたものであるならば、ロクでもないことになるのは明白ですが、複数の選択肢や可能性があるゆえに迷ってしまうと、足踏みしてしまうことになりかねないということにもなります。 何かしらうまい具合に事が運んだということは良いですが、その一方で一度何かしらの成功を味

ラベンダー
ラベンダー(lavender)は、シソ科ラベンダー属の耐寒性もしくは半耐寒性多年草(半木本性)です。 草丈は1m前後(マンステッド種などは50cm程度)で生育環境としては、日当たりのよい場所で、水はけのよい石灰質で砂質の土を好み、高湿を嫌います。ラベンダーの香り成分「酢酸リナリル」には鎮静作用や鎮痛作用があるようです。 ラベンダーの花 花の色は紫が一般的ですが、ラベンダーは種類が多く、品種によって、白、ピンク、ブルーなどの花のものもあり

セージ
セージ(Sage、Common Sage)は、シソ科サルビア属(アキギリ属)の耐寒性多年草です。サルビア(Salvia splendens)の仲間であり、薬用サルビアと呼ばれたりします。「薬用」ということで、収斂作用や駆風作用、抗菌作用があります。調理においては、香辛料や臭み消しとして利用されます。 セージの花 セージの開花時期は一般的に5月~7月で、紫~白、品種によっては青や赤の唇状花を咲かせます。品種によって開花時期は異なります。

周旋屋
斡旋ならまだしも周旋という言葉は、この近年では聞き慣れない感じがしますが、「笑う月」に出てくるように、昭和の頃は周旋や周旋屋という言葉それほど珍しくもない感じだったようです。近年ではあまり耳しない「細君」みたいなものでしょうか。 周旋は売買や雇用の「仲介」というよりも「立ち会い交渉」という意味合いがありますが、「間に立って世話をする」というような感じあり、たいてい不動産や仕事の仲介などを意味したりするようです。ということで、周旋屋といえ
何処に置いておくつもり
「何処に置くの!」というようなフレーズがありますが、母を筆頭にそうした言葉を今まで何度も投げかけられたことがあります。 あまり物を買ったりしない傾向にありますが、「何処に置いておくつもり?」ということで、大型のものを急に持ち帰るということがたまにあります。 大型の物ということでなくても、養子のうさぎも相談なしに養子入りしてもらいましたし、周りの人々としては抵抗がありそうなことに関しては事あるごとに事後報告を徹底しています。 基本的に相談

ローズマリー
ローズマリー(rosemary)は、シソ科マンネンロウ属の耐寒性多年草(常緑性低木)です。這性(匍匐性)と直立性(立性)に分かれており、這性(匍匐性)のものは40cm程度、直立性(立性)のものは1m以上になります。葉の表は濃い緑色で、裏は薄い緑色の松葉状の艶があります。 左が直立性(立性)で右が這性(匍匐性)です。 料理に幅広く使われるハーブとして有名な他、エッセンシャルオイルは、香水やシャンプー、ヘアトニックに利用されます。駆風作用や

美しくたくましく福井県 2020 若狭町
毎度のことながら越前町の他、若狭町に行きました。 親戚が全て京都市内なので、正月に帰る場所が無い僕は、若干の野生を取り戻すべく海辺に行くことにしています。 暖かく開放的になる海とは対極にある、身を閉ざさねばならない寒く厳しい海にあえて行くという感じです。 「わかりやすい観光地」よりも海辺の日常。 佇む鳥。 佇む鳥たち。

美しくたくましく福井県 2020 旧敦賀港駅ランプ小屋
ついでと言ってはなんですが、「写真撮影、SNS投稿等はご自由にどうぞ」ということだったので、「旧敦賀港駅ランプ小屋」の写真を掲載しておきます。旧敦賀港駅ランプ小屋は、人道の港 敦賀ムゼウムから歩いて行ける距離にあります(が、駐車場もあるので近いですが車で行っても良いと思います)。 明治15年(1882年)に敦賀港駅の前身、金ヶ崎駅ができた時に建てられてたランプ小屋(なお、大正8年(1919年)に金ヶ崎駅は敦賀港駅と改称されたようです)。

美しくたくましく福井県 2020 人道の港 敦賀ムゼウム
毎年の恒例になりつつある年始の福井ツアーですが、あまりどこかしらに行くという感じではなく、ぼーっとすることを目的としています。ただ、今回はとりあえずこの「人道の港 敦賀ムゼウム」にだけは行こうかなぁとだけは思って向かいました。 基本的には、「暇な人が映える写真を撮るために行く系の観光」というものはあまり好みではなく、どちらかというと、爆睡ツアーとかご当地の日常などに触れる方が好きだったりします。 それ以外の場合は、何かしらの人物や作品や

花梨(かりん)
花梨(かりん、榠樝、花櫚)は、バラ科カリン属の落葉高木です。大きく黄色い果実は食用でジャムやかりん酒として利用される他、喉に良いということでのど飴に利用されます。安蘭樹(アンランジュ)とも呼ばれます。1属1種で中国原産です。 花期は概ね3月〜5月頃、果実期は10月~11月です。ピンクの花を咲かせます。葉は互生で楕円状卵形~倒卵形。縁に細鋸歯があります。 現在は1属1種ですが、かつてはボケ属に属しており、近縁種としては、ボケやマルメロなど

蓮(はす)
蓮(はす)は、ハス科ハス属の多年性水生植物。インド原産で、水の底にある地中の地下茎から茎を伸ばし水面に葉を出します。草高は約1mで葉には撥水性があります。 地下茎は根菜でおなじみの蓮根(れんこん、はすね)。 蓮の葉を荷葉(かよう)と呼ぶように、蓮は「荷」と書かれたり「藕」と表記されることがあります。なお、蓮の形の台座を意味する「荷葉座」は「かしょうざ」と読みます。 また、アオイ科フヨウ属(芙蓉属)ではありませんが、芙蓉(ふよう)水芙蓉(

年寄りじみた笑い
加齢に伴い爆笑することが減っていき、年寄りじみた笑いへとシフトしていくような気がします。 それはかつて同様のことを経験したというような耐性的なものが出来上がっていくことが要因となっていたり、多様性を受け入れる感性が磨かれ、笑うという反応をしなくなるというようなことが要因となっているのでしょう。 年寄りじみた笑いとまではいきませんが、十代や二十代の時ほどの笑いはそれほどなく「人と話している時に爆笑」ということの数は減ってきているような感じ

宅地造成で新しい道
世の中には一見不可解な構造や状態に見えるものがたくさんありますが、社会生活の中でふと思うそれらは、結局税を含めた法律やお金的な合理性などが絡んでいたりします。 結局割に合うか合わないかとか、許認可や税の関係などによって、傍目からは不可解な構造になっているもの、不可解な形で放置されているものなどがちらほらあったりします。 ということで「割に合わない」ということから放置されている不動産や許認可や税の関係で起こる不可解な構造等々について触れて
