マキャベリによると「君主は、恐れられたとしても恨まれてはならない」、「財産などを一方的に奪うと恨みを買い、革命を呼び起こす」ということのようです。
それを実感どころか平民側として革命的に反乱を起こした経験があります。と言っても大したことはありませんし、見方によったら非難されるのは僕たちの方でしょう。
でも、この時に経験した知略は今も活きていますし、革命を起こされた側の失敗の要因もよくよくわかっているので、個人的には良い経験だと思っています。
僕の労働組合未加入の原点であり、正攻法ではない大人の喧嘩の仕方の原点です。
不当な賃下げの始まり
このお話は、かなり昔に遡り僕がまだ学生時代の頃の話です。
バイト先、と言っても世間でいう同年代の正社員レベルに給料をもらっていたので、アルバイトという感じではない感覚で働いた時のことです。
課長が変わり、その約一年後、一斉に不当な賃下げが行われました。
もちろんその部署は慢性的な赤字部門だったので、そうした部分は理解することができますが、そうした説明を省き、何かしらの理由をつけて「評定」を下げるという感じで賃下げを行ってきました。
大企業であり巨大組織である労働組合もありました。
しかし、労働組合は何もしませんでした。
無届けの遅刻、欠勤
「道徳の変化」で少し触れていましたが、猾智とも言うべきか、その中の評価下げの理由、言い訳には次のようなものがありました。
一人の先輩が風邪をひき、早朝に病休の連絡を入れました。
その病休を理由に、賃下げを行ってきたのです。
「無届けの遅刻、欠勤は無かった」という項目にバツがつき、給与を下げられたという感じです。
普通ならそうした事はできないはずですし、個人的な感覚をもってもしないはずですですが、当の課長は次のように言いました。
「無届けの遅刻、ここで一回切れるのよ。無届けの遅刻『てん』欠勤や。無届けの遅刻か『欠勤』ね。『無届けの遅刻』or『欠勤』やで。無届けの遅刻は無かったか知らんが、欠勤したよね」
真面目な先輩もさすがにキレましたが、のらりくらりといった感じで、もうどうしようもない感じでした。
「個人のことは個人で解決してください」と言った労働組合
そこで先輩は所属している労働組合に相談に行きました。
すると労働組合は「個人のことは個人で解決してください」と返してきたそうです。その日のうちに先輩は労働組合を脱退しました。
単に上納金だけ集めて、いざという時は「あなた個人の問題ですから」とするのが労働組合の本性です。
僕はその一連の様子を先輩を通じて知りました。
「そんなことなら組合費なんて払っているよりお金を貯めておいて弁護士さんに相談したりした方が良いじゃないか」
そんなことを思いました。
確かに個人的なことではありますが、そうした形で評定を下げられるということ自体は本来、職場の全員に関わる問題です。
まあ逆に新興の労組なら、ここぞとばかりに盛り上がって対処してくれるかもしれませんが、歴史の長い巨大な労働組合はその程度です。
「倫理的なことを説き、自分たちが力を得る分には人を利用し、力が強くなれば手など貸さない。そして利権保持のために人を制限する」というリッツのような政治カルトと同じです。
因果応報とちょっとした権謀術数
この時、労働組合の支部役員のような人たちを除きほぼ9割方の人たちが何かしらの理由をつけて賃金を下げられていました。
課長の口癖は「お前が悪い」、「能力が低いのだから仕方ない」です。
ほう、そうかそうか。
職場ほぼ全体の士気が大幅に低下していた中、僕はどうすれば面白くなるかを考えていました。
課長はこの前まで労働組合の幹部であり、課長に上がって脱退したような人でした。しかし配属されたてでそれほど仲間がいるとは思えませんでした。
いわば課長は、自分がかわいがっている労働組合の支部の人たちだけを免除して後は難癖をつけて賃下げをしたわけです。
一部の労働組合系の人たちと、一部の媚を売る系の人たちを除き、ほぼ全員が少なからず彼を敵視したはずです。
悲憤慷慨といった感じで、おとなしい人たちであっても多少は怒りを覚えていたはずです。こぞって叛旗を翻すには十分なほど、敵意はムンムンになっていました。
当の僕は、「この部分についてできることになってたみたいだけど、いつもやっているわけじゃないから、能力があるとは言えないなぁ」などと言われ、若干賃金を下げられていました。
さーてどうしようかな…
そんな時、僕は将棋と戦略シミュレーションゲームを思い出し、どうすれば追い詰められるかということを考えることにしました。
労働組合の支部幹部を押さえておけば、組合に相談があっても話を曖昧にできると思ったのでしょう。そしてその見返りにその人達に対しては賃下げを行わないという感じです。
うーん…いかにも発想が労働組合です。
ただ、ここで数人が反旗を翻しても、その数人が潰されて終わりです。
なので、一気に叩くことにしました。
問答をしに行くなんてチンケなものではありません。
元から歪んでいる人に話が通じるわけがないので、曖昧さを利用して見ようと思いました。
キーポイントは、曖昧さと日和見菌です。
数人ならば潰されますが、大腸菌のバランスのように、2割方、ユダヤの法則に従えば22%を動かせば事足りると思いました。
つまり100人だとすれば22人にこちら側についてもらえれば、後の人たちは一部の人を除いて少しなびくという感じです。
そして取った方法は…
「減らされた分を残業でカバーする」という安っぽい戦術です。
二人のパートナーと一緒に、職場の空間を半ばマインドコントロールするように操作しました。
何も直接「みんなで残業しましょう」ということを吹聴するわけではありません、
ちょっと大声で話す会話の中に、そうした解釈を織り交ぜるだけです。
もちろん仲の良い人には細かな部分まで話したりしましたが、あまりに表立つと叩かれてしまいます。それをうまく躱すのが京都の皮肉文化です。
平均して減らされた賃金は10%程度でした。
大企業であり、残業代は125%で計算されるので、約40分残業しておけば、前と同じかそれ以上になります。
まあ賃下げは、その分タダ働きさせようということになりますが、元々30分から1時間位の残業体質だったので、合間合間でサボるだけ、トータル8時間から9時間の間に余白を挟んで40分かさ増しするだけでカバーできます。
ということを、賃下げが行われたその日の夕方に休憩室で計算していました。
「減ったのは10%、残業なら40分、一日で考えれば1時間につき5分かぁ…さて、おしっこ行ってこよ」
と言った感じで、いたるところでサブリミナル的に会話していたわけです。
仕方ないですよ。僕たちは能力が低いんですから(笑)
その上で、「早く帰りたい日は仕方ないですけどね。でも、ちょっとのことですよ。仕方ないですよ。僕たちは能力が低いんだから(笑)」
なんてなことを、三人で吹聴して回りました。
その時僕の中で「蛇のように聡く、鳩のように素直に」というフレーズが出てきました。まあ不当に奪われたものを取り返す位の感覚なので罪悪感はゼロでした。世話になってもいない課長に義理も人情も不要です。
僕たちの中では因果応報のための聖戦くらいの感覚でした。
あと、周りのメンバーに気を遣って有給休暇を消化していないひとたちもたくさんいました。
なので「早期に消化しよう」という感じの流れも作りました。
職場というものは結構曖昧です。
決まっている通りに動いているかと思えば、よく見れば曖昧な部分が多く、結構な部分が人の善意で動いている部分があります。
それを文語的に、そして曖昧さを利用した解釈変更によって奪ったのだから、曖昧さをもってお返しです。
まさに自業自得、因果応報、悪業悪果という感じです。
基本的に罪悪感というものは、相手への好意や恩義があってこそ成り立ちます。なので、それが無い中なら罪悪感による歯止めがききません。
感情に任せて軽くやる程度なら、叩かれて終わりです。
しかし味方が少ない中、横暴な方法で賃下げを行ったということは、おそらく課長は知略家としては大したことはありません。
そして、普段なら同調しない人たちも、こてんぱんに自己評価を下げられ、自尊心・自己重要感が下がって、士気が下がっている中であれば説得できます。20人程度だけ押さえれば後は派生していくと考えたので、職場内の空間を操作してみました。
「仕方ないですよ。僕たちは能力が低いんですから(笑)」
をキーワードに、ワンフレーズポリティクスです。
課長とその側近が胃潰瘍
その後、といっても次の日からすぐにその流れは蔓延しました。まあ感染させたと言った方が正しいでしょう。
少し迷いがある人達にも、「〇〇くん(課長)の業績は素晴らしい。さすがだ。賃金を下げてもみんな頑張ってるじゃないか。君の高い能力を評価しよう」とか「誰の評価になるのかな…能力の高い人の能力は素晴らしいなぁ」とか「お父さんすごーい、給料下げられてもみんながついてくるって、すごい人望。尊敬しちゃう」などとサブリミナル的につぶやいてみたりしました。
外回りなどで少し遅めに返ってくる人たちに対して「遅かったな、ご苦労さん」などと課長は声をかけていましたが、会釈で終わり、班長のような人が同じように「遅かったな、ご苦労さん」と言った後、大半の人が、「すいません。僕、能力低いんで」といった感じで返していました。
「よーしきたきた」と、いった感じです。
「無届けの遅刻、欠勤」の先輩もおとなしい人でしたが、課長のいる前で「仕方ないよね。僕は風邪をひいてしまうような人間だから」と言っていました。
「それは〇〇さんが悪いです(笑)風邪をひいて欠勤するような人間は能力が低いと言わざるを得ません(笑)」
なんてな感じで遊んでいました。
僕たちが全体に働きかけたのは「叩かれないため」という部分もありましたが、お世話になっている人達には迷惑がかかりにくいようにという配慮もありました。
一部の人達がそれをやると、そのメンバーがいるグループの班長のような人が際立ってしまい怒られてしまいます。そうした人たちには恩義を感じていたので、偏ることがないようにということを考えて全体をワンフレーズポリティクスでマインドコントロールさせていただいたという感じです。
例えば3/100なら潰されていたでしょう。しかしはっきりと同調した人たちだけで考えても30/100くらいにまで発展したので、もう止めようがありません。一種の無法状態です。後の人たちも、有給休暇の消化などに関しては、流れに乗って申請しまくっていました。
このあたりは京都的ですが、休憩室等々課長のいる前で
「やっぱり能力の高い人はすごいわ」
「内情はどうあれ、正月とかには、〇〇の偉いさんとして、親戚に『立派ですね』なんてなこと言われてみたいなぁ」
「娘に『お前の学費はこうやって作ったんだぞ』と言ってみたいなぁ」
「大好きな労働組合に守ってもらったら?あ、もうあかんのか」
なんてなことを平気で話すようになりました。
多勢に無勢。そんな皮肉について、少し突いたりもしていたようですが、「仕方ないですよ。僕は能力が低いんで(笑)頭悪いんですいません(笑)」と返されたりしていたようです。
まあ管理者としての器の小ささが招いた因果応報です。
「お前が悪い」とか「それはできているとは言えない」とか、「無届けの遅刻、欠勤」等々、意味不明な理由にせずに、赤字であることなどをきちんと説明して理解を得ていたならこんなことにはならなかったでしょう。
結果的に課長とその側近は胃潰瘍になり、しばらく休職することになりました。
大企業にありがちですが、1ヶ月程度休むと役職を降ろされたりします。
あと一歩届かずという感じでしたが、課長は一週間くらいで返ってきました。
「あれー???能力が高い人は欠勤しないんじゃなかったのかな???ギャハハハ(笑)」という感じで、何十人もの人間に何度も追い詰められ、何度も断続的に休んでいました。
一方、労働組合支部の偉い人系の側近は、数ヶ月求職することになり三段階くらい役職を下げられてしまいました。
その側近は課長による賃下げ対象から除外されていた人でしたが、結果的に誰よりも賃金が下がってしまいました。
結局課長も若干の左遷ということなのか、次年度は地方に飛ばされてしまいました。
労働組合についても結局十数名が脱退したようでした。
人の尊厳を踏みにじり、自尊心・自己重要感を奪ったことへの報い
堂々と賃下げを行ったにもかかわらず、結果的に人件費は増えました。それは人の自己評価を下げるようなことをしたからです。
ほんの少しの人件費のために、人の尊厳を踏みにじり、自尊心・自己重要感を奪ったことへの報いです。
物事は結構曖昧に動いています。
結局、ルールの中にも曖昧性があって、人は感情で動いているということを見抜けなかった彼の負けです。
当時僕は二十歳を少し過ぎたくらいでしたが、その時に知恵を絞れば「大人に勝てる」という自信がつきました。
正攻法で反論しても勝てないのであればそうするまで、という感じです。
「恨みを買う」ということがいかに恐ろしいことであり、愛されているか畏怖の念をもたれているかくらいでないと逆襲されるというマキャベリの言葉が沁みました。
加えておもしろかったのは、その課長はつい先日まで労働組合の幹部だったということです。
「蓋を開けてみればそんなもん」ということがよくわかりました。
結局、彼の転勤前の最後の評定で、賃金は前の水準に戻りました。
もちろん労働組合のおかげではありません。
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