従業員時代の感覚

社長というわけでなくとも、経営陣として事業主側に長くいると従業員時代の感覚というものは段々と薄れていったりします。まあ結局全体を通した見方とか、深いところでの合理性などは頭になく、自分や近い範囲の身の回りの都合ばかりを考えていればそれでも成り立つ従業員の立場の人とは普段見ているものが違うので仕方ないといえば仕方がないのかもしれません。

しかしながら逆にそうした経営陣としての立場からの感覚が盲点を作り、従業員側の感覚からの乖離が激しすぎて、思わぬところで「うまくいかない事態」を引き起こすということもあります。

まあそんな時は初心に返り、従業員時代の感覚を思い出すに越したことはありません。もちろん相手に合わせる必要もないですが、一種の視野を広げるために気持ちを開くという感じでしょうか。

ある時社長仲間と話していると、「ベンツ買ったんですよ」ということを報告されました。

その点に関しては何の問題もないのですが、しばらく話していると、「ここしばらく、人がすぐに辞めていくんですよ」という話をされました。

そういう感じだったので、

「ベンツ売っちゃったらどうですか?」

なんてなことを言ってみました。

せっかく念願のベンツを買って喜んでいる本人を目の前にしていきなり話の腰を折るような発言をしましたが、もちろん理由もなく言ったわけではありません。

もちろん社長仲間本人の功績がなければそんな物を買う余裕はありませんし、本人が稼いだお金なのだからどう使おうと自由です。

資産計上と減価償却

それに法人名義で購入したのなら、それは資産に計上されますし、黒字経営の中の減価償却を考えれば、実質上そんなにお金は出ていきませんし浪費というわけでもありません。個人で購入するよりも圧倒的に理にかなっていますし、接待ゴルフなんかで使うのなら本当に若干売上なんかにも貢献してくれるわけです。

新車購入ではなく新古車くらいの感じで購入したようなので、取得価格は抑えてあり「買ってすぐに価値が下がる」という価格差的な資産価値の減少分も少ないですし、経費として計上できる分もあります。純粋にコストという感じで考えた場合には、実はほとんどお金はかかっていません。

そのあたりは税理士さんも絡んでいるので、浪費目的要素はほとんど無い上に、社長仲間本人が売上の大半を作っているので、別に本人の趣味でベンツを買うくらい何の問題もありません。

しかし、そんなことを理解しているのは、経営者とか経理担当とかある程度の役職にいる人達です。

ということを伝えた上で、従業員さんの大半が外に出かけて仕事をするような業種だったので、「何の問題もないことを全員に伝えるか、隠すか、売るくらいでないと、従業員さんたちの怒りを買いますよ」といったことを伝えておきました。

従業員時代の感覚を思い出してみよう

もちろん僕は、ベンツを購入すること自体を「見栄や欲の塊」だというふうに説教したというわけではありません。僕はベンツに興味はありませんが本人は好きなわけですし、別にいい車に乗ること自体は何の問題もありません。

それに乗せてもらえることが嬉しいという取引先もいるでしょうし、高級車のほうが安全性も高いので相応の利点はあります。

そして、個人名義ではなく法人名義で買うこと自体の合理性もわかっていますから、彼のベンツ購入に関して、それ自体を問題視したわけではないのです。

本人自体が創業社長で、いろいろと頑張って自力で稼いだのだから本人が欲しいと思うものであればどんどん買って使ってくださいという感じで思っています。

しかしながら、従業員さんたちも気分がいい時やうまくいっている時、天気のいい日ならそうしたベンツを比較的良いものとして扱ってくれるかもしれませんが、公私問わず嫌なことがあった時、トラブルを抱えている時、雨の日や風の日で体が弱ってきた時は、「この我慢があのベンツを支えているなんて許せない」という気分になってきます。

従業員さんを中途半端に愛すあまり、気を使って媚を売っているようではナメられてしまってうまくいかないというケースもあります。

それと同じように背景を伝えずに中途半端に「勢いのある企業としての象徴」的な理由でベンツを所有してしまうと、ふとした我慢が起こったときの従業員さんの怒りの矛先は、一見浪費物かのように見えるベンツ、そしてそれを購入した社長の方に向いてしまいます。

その社長仲間は、前職で取締役を務めていた時に、代表取締役の息子で新卒で入ってくるくらいの年齢の人が取締役として入社し、名目だけで何の働きもせず自分よりも高い役員報酬をもらっていたことに激怒して辞めて起業した人でした。

もちろん、そんな事が起こってしまうのは、代表者に役員報酬を集中させるより、自分と息子に分散させるほうが税金が安くなるという累進課税の影響があります。

そうした経歴を持つ人だったので、

「僕たちが二十歳そこそこの頃は、そんなことわかってなかったでしょ?

もしかすると『何の問題もない理由』を聞いても、誤魔化されたり騙されているような気分になっていたかもしれないなぁ、なんてなこと思いませんか?」

なんてなことを言いながら、「別に表面的には何の問題もないが、全てを見て配慮しないと別のところで歪みが生じる」というようなことをこっそり伝えてみました。

ということなので忌憚なく、

「ベンツ売っちゃったらどうですか?」

なんてなことを言ってみたわけです。従業員さんの全員が心の底から納得してくれるのを期待するのは無理がありますからね。

もちろん表面的には相手は何もできないので、文句を言ってくることもおそらくないでしょう。でもその裏には、「微妙に納得がいっていない部分もある」という感じで「条件によっては怒りの矛先になる」という危険因子が潜んでいるわけです。

既に会社名義で買ったことはみんな知っているので、どこかに隠したとしても、誰かに発見されてしまうと「こそこそ乗っている」と思われてしまう可能性があります。

離職率が高まってしまっては採用コストが増えてしまいますし、そこまでいかなくても下手をすると士気も下がって生産性が落ちてしまいます。納税額は減らせるのかもしれませんが、「結局その分を何かで穴埋めをしなくてはならない」なんてなことになるくらいなら個人所有の方が結局いいのではないかとすら考えることもできます。

で、その人はあくまで前職の怒りから「変な不平等のない、まともな企業」を作るということを夢にしていたので、あえて言ったみたという感じです。

彼の夢が「ベンツを乗り回すこと」ならおそらくそんな事は言っていなかったでしょう。

前職の経験からの自分のポリシーが単なるカッコつけだったのか、それとも本物だったのか、ということすら、そこでちょっと試されているわけです。

もちろん僕は本物だと思ったので言ってみました。

数ヶ月後に再会した時、

「売りましたよ」

という報告を受けました。

まさか本当に売らなくてもいいのにと思いましたが、結局本人が使うだけというのもなんなので、営業さんたちもある程度気兼ねなしに使えるようにと国産のハイブリッドタイプのセダンに買い替えたということでした。

きっと業績は上がっていくでしょう。

Category:company management & business 会社経営と商い

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語のみ