笑う月 安部公房著 新潮文庫

笑う月

月の季節に「義務教育的な文語の世界を笑う」という感じでふと思い立って始めた「特別企画 その8」の「笑う月」。結局フレーズ抽出によりタイトル化するばかりとなりました。 「有限の情報から無限の組み合わせ」という思考の基本に立ち返り、文語的タイトルに限定されることなくフレーズから抽出して展開していくということを楽しみとしてやってみようということで、今回は新潮社さんより刊行されている安部公房氏の「笑う月」から、からフレーズを拝借してタイトル化し

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湿っぽい虚しさに身をまかせながら

湿っぽい虚しさに身をまかせながら、感情に浸っていると、体の方にも部分的に痛みが走り、そして感情と共に消えていったりします。 「虚しさも、どうせならば楽しんでしまえ」という感じで取り扱ってみると、「案外楽しいかもしれない」と思えてきたりします。 もはや虚しさといえば、移り行く人の意識くらいなもので、それすらも諸行無常として捉えれば憂いすらありません。 胸の痛みが消えてなくなる感覚 考えてみれば、例えば両親であっても、小学生の時の自分と両親

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デマを飛ばすんじゃない

「デマを飛ばすんじゃない!」と言いたくなるような情報はたくさんあります。そうしたデマ情報は昔から絶えませんが、近年では様々な情報への到達が容易になっているので、デマと出くわす確率は格段に上がっています。 自信のなさから来ているのか、近年では大学による研究結果等々権威性というものを盾にしたような説得が多い傾向にあります。しかしながらその実、実験と称しつつも雑誌程度のアンケート結果だったり、複数要因のうちの一つにしか着目していない等々、根本

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急速に轟音が近づいて

「急速に轟音が近づいて」といえば、最近では数が減ったものの暴走車両の出す排気音やスキール音ですが、大きな音というものは注目を集めるため、映画のコマーシャルなどにおいても大きな音で驚かせるという手法が蔓延するようになりました。 そして性や死、そして死を連想させる生命的な危機の描写が、人の注目を集めるのに効くということで、より一層の効果を期待してか、破壊音や叫び声などが多用されていたりします。 これらは生理的な反応を利用して焦らせ、注意を引

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猫を抱上げながら

猫を抱上げながら

あまり猫には詳しくないのですが、茶トラ猫は人への抵抗感が薄いということを比較的最近知りました。 たしかに真鍋島の島猫代表のお兄ちゃんや沖縄にて突然膝に乗ってきた猫も皆茶トラ猫系です。 この手の猫は、突然膝に乗ってきては、モミモミを始めます。 人と共に暮らす動物の代表は犬や猫ですが、個人的には鳥や草食の方が相性がよく、基本的に家にいたのは、鳥やうさぎであり、猫と暮らしたことはありません。 しかし、以前にも触れていましたが、どこからやってき

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翌日の新聞記事の内容

自分が事件に巻き込まれたりした場合、当然に翌日の新聞や新聞社のサイトなどを確認したりします。 しかしながら、そうした事件の全容について、犯人側がある程度うまく証拠を隠滅していた場合、記事の内容が事実とは全く異なるものとなっていたりもします。 以前、とばっちり的に巻き込まれた事務所監禁事件について、警察は出動していましたが、僕自身は事件後に被害者として警察に駆け込んだりしていなかったためか、翌日の新聞記事の内容を確認すると、全く見当違いの

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先に弁明したほうが負け

日常、社会の中では「先に弁明したほうが負け」ということになっているのか、「明らかに負けているのに非を認めず強気」というような人を見受けることがあります。 そうした場合だけでなく、「気持ちを汲み取ったら負け」ということなのか、何があっても意味不明の毅然さを保つ人たちもいます。 その代表例は、外資系企業であり、時価総額ランキング上位のIT・ネット系企業などにおいては顕著だったりします。 法制度よりも自分たちのポリシーの方が上 現地は訴訟国家

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白っぽい、頼り切った微笑

白っぽい、頼り切った微笑には美しさを感じたりしますが、そうした笑みだけに翻弄されてはいけない場合も多々あります。 入院中などは一番わかりやすいですが、何かしら悲惨な出来事があった後などに見られる「白っぽい、頼り切った微笑」は誰しもが見せるものでありながら、その美しさに感化されていると、追々苦しさが生じてしまうことがあります。 ― 先日、検査を受けた時の自分も鎮静剤の影響で「ふわ~」っとしながら、そのような「白っぽい、頼り切った微笑」を浮

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事実が形作っていく社会

無理に新しいことを創出しようと思わなくても、人が求めているものやそれに対応するものは、既に目の前にあることがほとんどだったりします。 「目に入っても見えていない」ということばかりであり、それは時に前提知識や理解のための材料がないということが要因となっていることもありますが、逆に知識偏重の偏見からも生まれたりします。 ツァラトゥストラの副題である「だれでも読めるが、だれにも読めない書物」みたいな感じで、「誰にでも見えて、ほとんど誰にも見え

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データを利用した最適化への疑い

最近では少し落ち着いてきた感じがしますが、人工知能への期待なのか何なのか、やたらとデータ偏重型な社会になりつつあります。まあそれだけ、人間の感性を信用できないとか「システムやスキームを組んでバイトにやらせる」という感覚が蔓延してきているという証なのでしょう。 データを利用した最適化への疑いということで、そんな「統計データの影響による行き過ぎ」について触れてみようと思います。 「合理化や最適化が機械にできる限界」などで触れていましたが、コ

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駅のトイレットでは

駅のトイレットでは

駅のトイレットでは、様々な方々の日常動作の癖を観察することができます。ちなみにハイカラにトイレットという表現をしているわけではなく、原文のまま故にトイレットという言葉を用いています。トイレでいいのですが、笑う月に倣うようにあえてトイレットで統一しておきましょう。 さて、男性用トイレットにおいては、小水コーナーにて様々な放尿の仕方を観察することができます。 中高生時代等々は股間を見せまいと必死にキワキワまで小便器に近寄るはずですが、後年は

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扇子のように折りたたみ可能な印象

扇子のように折りたたみ可能な印象のものの代表例は、エリマキトカゲ理論であり、物理的な大きさによる威嚇を無意識的にしている人たちといったところでしょうか。 羽を閉じても開いても本来の物理的な質量は同じですが、羽を広げた場合、主に面積的に空間を占める割合が広くなるというのが扇子です。 威嚇のみならず、異性へのアピールとして体を大きく見せるということは、孔雀やエリマキトカゲなど、様々な生き物で見られる現象です。同種間では魅力になるのかもしれま

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弱者への愛には、いつだって殺意がこめられている

「弱者への愛には、いつだって殺意がこめられている」 と、まあいかにも芥川賞作品などでありそうなテーマ、という感じのフレーズです。 可愛がられること、甘えること、すがることへの憎悪、その裏にある我慢や奮闘といったものもありそうなものですが、弱々しさの象徴として、自分の中の弱さの投影、そして破壊というようなものも込められていそうな雰囲気もあります。 他者からの評価というものを別としても、なんだか弱者への愛は自然でありながらどこかしら無理があ

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しだいに空洞化していっているのだろう

趣味というほどのものではないのですが、一応旅に出た時に、記念にと収集しているご当地新聞集めという習慣があります。 ご当地新聞を買う時か、何かの待ち時間で著しく暇な時くらいしか新聞を読む機会がないので、そうした時には一応全ての記事に目を通すことにしています。 するとだいたい社会面あたりに、社会学者と誰かの対談とか著名人の論説のようなものがちらほらあったりします。 社会学者が用いるSNSというキーワード そうしたコーナーを見ていつも思うので

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誰もが狼狽を隠せない

一触即発の緊張感や焦燥感から、狼狽してしまうということもありますが、ズレすぎている人に出くわした時の狼狽というものもあります。 言葉遣いなどにやたらに敏感な京都という土地柄では、そうした狼狽に関して他エリアよりも出くわす頻度が高いというようなことを思っています。 20歳くらいのときの対バン相手のお話ですが、事あるごとに言葉尻が京都にそぐわない感じでした。 妙に引っかかる言葉尻 「あ、もう切ってもらっていいですよ」「あ、もう少し音絞っても

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苛立たしげに、素早い会話

何かしらの理由でカツカツになっている時、悠長な人を相手にすると苛立ったりしてしまうことがあります。苛立たしげに、素早い会話を繰り広げるときは、どちらか一方、もしくは両方が何かしら急いでいたりする時や苛立っている時です。 仕事などで疲れが溜まってきている時などは顕著ですが、それ以外にも話のテンポの差や情報差なども苛立たしげな素早い会話の要因になったりします。 話すテンポの早い人がゆっくりな人と話すときは少し苛立ちますし、その逆もまた然りと

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掘割を這上り、道端に立った

掘割を這上り、道端に立った

中学生の頃、同級生とよく自転車で旅立ったりしました。平日の夕暮れ時は近所をぶらぶらという感じですが、休みの日、特に春休みや夏休みの時は結構な頻度で旅に出たりしました。 ある夏、ジーパンマニアである一人の同級生が、少し離れた場所にあるジーパン屋に行こうと誘ってきました。 同級生たちと三人で向かったのですが、スマートフォンなどで地図を参照することのできない時代だったので、迷いに迷いました。多少郊外なので、田んぼや畑がちらほらあるような場所を

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痩せ細った体

対象が人であれ動物であれ、かつてがっしりして元気だった者が痩せ細っていく姿を見るのは辛いものがあります。痩せ細った体は、ただそれだけで、それを見る者に何かしらの侘しさをもたらしたりします。 養子のうさぎも、寝たきり時には日に日に体重が低下していき、一番がっしりしていた頃と比較して、最後は体重が半分以下になっていました。 痩せ細った体を見る辛さ そうした痩せ細った体を見る辛さは、基本的には記憶からやってきます。一種の愛別離苦ということにな

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断末魔のあがき

断末魔のあがきということで、「悲惨な出来事とあがき」について触れていきましょう。世の中では突発的な被害というものもありながら、悲惨そうに見える人もだいたいは「なるべくしてなった」という感じがしてしまう時があります。 悲惨な人だけでなく、うまくいっている人も、後に振り返り全体の流れを俯瞰してみると、やはり「なるべくしてなった」という感じに見えてしまいます。 悲惨なこと続きのように見えて「かわいそうだなぁ」と思ってみて、少し手を差し伸べてみ

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ブルグマンシア(エンジェルストランペット)

ブルグマンシア(エンジェルストランペット)

ブルグマンシア(Brugmansia、エンジェルストランペット)は、ナス科キダチチョウセンアサガオ属の低木~高木です。「エンジェルストランペット」という名の通り、印象的なラッパ型の花を咲かせます。かつては同属に分類されていたことからダチュラと呼ばれることもあるようですが、本来のダチュラである同じナス科のダチュラ属(チョウセンアサガオ属)は草本であり、近縁種でありながら一応別種となります。 ラッパ型の花 ブルグマンシアの花は、木にぶら下が

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キダチアロエ

キダチアロエ

キダチアロエは、ススキノキ科ツルボラン亜科アロエ属の多肉植物です。多肉植物のため乾燥には強いですが、日当たりは必要になります。 切り傷や火傷用の傷薬的な扱いをされており、おばあちゃんがよく育てていたので馴染みの深い植物です。今でもチラホラ見かけますが、小学生の頃は近所中に植えられていました。 キダチアロエの名の通り、茎は木質化し幹になっていきます。成長すると3メートル以上となります。和名は木立蘆薈(キダチロカイ)で、この蘆薈(ろかい)は

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気のせいのようでもあるし、事実のようでもある

気のせいのようでもあるし、事実のようでもある

それが本当の真実であるということを証明できないようなタイプの主観的な感想については、それが妄想であれ「何かの象徴」として表現されているものなので、よほどの暴論でない限りそれほど問題にはしていません。 「気のせいのようでもあるし、事実のようでもある」という感想を持つしか無いような、巷で言う心霊系のお話については、「見えたのだから見えたのでしょう」という同語反復的なレベルのお話として捉えるに越したことはありません。 自我領域の主観的事実が、

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セールスマンや集金人などが、手摺にもたれて一服

セールスマンや集金人などが、手摺にもたれて一服

日中の公園に行くと、「セールスマンや集金人などが、手摺にもたれて一服」という光景をすぐに発見することができます。 「誰がそんなに自販機を利用するのだ?」と思うほどに公園周りには自販機がありますが、なんだかんだですごいペースで中のドリンクが消費されていっていたりもします。 まあ売れ筋は、よく言われるようにお茶と缶コーヒー、それに水あたりでしょうが「何本買うんだ?」という感じで、公園脇に営業車を止めて同じ人が複数回飲み物を買いに行っている姿

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選ぶ道がなければ、迷うこともない

選ぶ道がなければ、迷うこともない

選ぶ道がなければ、迷うこともない、ということで、やることが決まっている場合は脇目も振らず突き進むことができるので、事がうまい具合に運んだりします。 もちろんその方向が誰かに恣意的に設定されたものであるならば、ロクでもないことになるのは明白ですが、複数の選択肢や可能性があるゆえに迷ってしまうと、足踏みしてしまうことになりかねないということにもなります。 何かしらうまい具合に事が運んだということは良いですが、その一方で一度何かしらの成功を味

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ラベンダー Lavender

ラベンダー

ラベンダー(lavender)は、シソ科ラベンダー属の耐寒性もしくは半耐寒性多年草(半木本性)です。 草丈は1m前後(マンステッド種などは50cm程度)で生育環境としては、日当たりのよい場所で、水はけのよい石灰質で砂質の土を好み、高湿を嫌います。ラベンダーの香り成分「酢酸リナリル」には鎮静作用や鎮痛作用があるようです。 ラベンダーの花 花の色は紫が一般的ですが、ラベンダーは種類が多く、品種によって、白、ピンク、ブルーなどの花のものもあり

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セージ Sage

セージ

セージ(Sage、Common Sage)は、シソ科サルビア属(アキギリ属)の耐寒性多年草です。サルビア(Salvia splendens)の仲間であり、薬用サルビアと呼ばれたりします。「薬用」ということで、収斂作用や駆風作用、抗菌作用があります。調理においては、香辛料や臭み消しとして利用されます。 セージの花 セージの開花時期は一般的に5月~7月で、紫~白、品種によっては青や赤の唇状花を咲かせます。品種によって開花時期は異なります。

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周旋屋

斡旋ならまだしも周旋という言葉は、この近年では聞き慣れない感じがしますが、「笑う月」に出てくるように、昭和の頃は周旋や周旋屋という言葉それほど珍しくもない感じだったようです。近年ではあまり耳しない「細君」みたいなものでしょうか。 周旋は売買や雇用の「仲介」というよりも「立ち会い交渉」という意味合いがありますが、「間に立って世話をする」というような感じあり、たいてい不動産や仕事の仲介などを意味したりするようです。ということで、周旋屋といえ

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何処に置いておくつもり

「何処に置くの!」というようなフレーズがありますが、母を筆頭にそうした言葉を今まで何度も投げかけられたことがあります。 あまり物を買ったりしない傾向にありますが、「何処に置いておくつもり?」ということで、大型のものを急に持ち帰るということがたまにあります。 大型の物ということでなくても、養子のうさぎも相談なしに養子入りしてもらいましたし、周りの人々としては抵抗がありそうなことに関しては事あるごとに事後報告を徹底しています。 基本的に相談

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ローズマリー

ローズマリー

ローズマリー(rosemary)は、シソ科マンネンロウ属の耐寒性多年草(常緑性低木)です。這性(匍匐性)と直立性(立性)に分かれており、這性(匍匐性)のものは40cm程度、直立性(立性)のものは1m以上になります。葉の表は濃い緑色で、裏は薄い緑色の松葉状の艶があります。 左が直立性(立性)で右が這性(匍匐性)です。 料理に幅広く使われるハーブとして有名な他、エッセンシャルオイルは、香水やシャンプー、ヘアトニックに利用されます。駆風作用や

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福井県 2020 若狭町

美しくたくましく福井県 2020 若狭町

毎度のことながら越前町の他、若狭町に行きました。 親戚が全て京都市内なので、正月に帰る場所が無い僕は、若干の野生を取り戻すべく海辺に行くことにしています。 暖かく開放的になる海とは対極にある、身を閉ざさねばならない寒く厳しい海にあえて行くという感じです。 「わかりやすい観光地」よりも海辺の日常。 佇む鳥。 佇む鳥たち。

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