無尽蔵の耳学問

ちらっと聞いたり耳にした情報にとらわれている人を相手にする場合、そうした変に固定観念化した知識を壊すことから始めなければならなくなったりします。

マスコミの情報ももちろんですが、そうしたものや井戸端会議などで登場したワンフレーズを変に覚えていたりして、そのフレーズをあまり吟味しないまま解釈していたりして下手に固定観念ができていたりする場合です。

特に最近ではブログなんかもありますからね。素人が書いたような情報をまた素人があまり吟味しないまま解釈したりして、もうわけがわからないような状態になっていたりします。

例えば、「叱らない教育」や「炭水化物抜き」などがその典型例でしょう。それらはその逆の例、つまり「何でもかんでも頭ごなしに叱りすぎ」や「炭水化物の摂りすぎ」と言った感じで、兎にも角にもに極端すぎたので、「極端なのはやめましょう」くらいの意図だったものが、「絶対に叱ってはいけないのだ」とか「炭水化物は悪なのだ」と言ったように、次は逆の極端に向かって変な問題がどんどん登場しているという感じです。

その結果「障害を持っているのではないか?」とすら思ってしまうレベルで、いつでもどこでも狂人のように奇声を発する子供が多くなったり、食事のバランスが偏りすぎて腸がおかしくなっているというような現象が起こります。

ただおそらくそうした様々な情報もよくよく確認すると注意事項などがきちんと伝えられたりしています。

しかし、冷静に読んでいれば気付くものの、概ね重要度の高いものしか情報は収集されず、自分に関係がない、自分には都合が悪い情報については、目に映ったとしても情報自体が遮断されたりします。仮に短期的に覚えていてもすぐに忘れてしまうのです。

そんな感じで、一冊の本であってもたった一ページの情報であっても、自分に関わりが強いこと、自分の関心が高い物事、自分に都合が良い事しか見えなかったりします。

そんな中、勝手な解釈を加えた「ワンフレーズ」や自己都合の「簡単な公式」だけが残り、物事を一元化ないし二元化して考えるようになります。

それはかなり危険です。

本来かなり複合的に考えるべきことも単純な思考しかできなくなってしまうからです。結果、誰かの意図にハメられたり、元の目的とは逆行した極端に走ってしまったりといったことが起こります。

有名どころで言えば、「賛成か?反対か?」といった「ワンフレーズ・ポリティクス」の策略にハマってしまうという感じになります。

仮に、もし全体像や注意点を忘れ、ワンフレーズや自己都合の簡単な公式だけが残ってしまうのであれば、あえてそれを防ぐ工夫をすればよいのです。

「どうせ自分のことだから、また何か大切なことや注意点を忘れているかもしれない」

そんなことを思い、工夫ができる人は賢明です。

「一発で覚えられない」ということであれば、メモ書きでもしておくことです。

たまにメモしたことすら忘れてしまう、という人もいますが、それならばそれで、書いたメモを「日常確実に見るところ」に貼っておけばいいのです。

何だかんだで勉強だけしていればよかったような十代の時などよりも今のほうがよくノートを使っています。

稀にかなり前のノートを開いてみると「あー忘れてた」みたいなことがあります。

そんな感じで、前から知っていたのに直近では案や方法論として浮かんでこなかったことなどを発見したりします。

「そやそやそや・・・」と、思い出しながら、それを書いた当時よりも経験を積み、洗練された今の自分がさらに磨きをかけて新バージョンを考えるというようなことも起こります。

そう考えると本ブログも自分のノートの一パターンとして、一役買ってくれているのかもしれません。

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