内容の解説は無用

内容の解説がありがたい場合もあれば、「内容の解説は無用」という場合もあります。

そんな内容の解説は無用であるという場合の最たるものは、ユーモアや笑いの類ではないでしょうか。

そうしたものは、解説された瞬間に芸術性、侘び寂び、奥ゆかしさが消えるというのは少し前にも触れていましたが、地域文化的な差ということなのか、地元京都、とりわけ洛中ではタブーである「そうした洒落っ気の部分を私は気付いていますよアピール」をする人がちらほらいたりするので困りものです。

「まだ映画を見ていない人のために内容、特に核心部分については触れない」というような配慮と同じように、「侘び寂びを台無しにしないために、気付いていても言わないのがマナー」ということにはなっていないのでしょうか。

もしどうしても言いたい場合でも「指摘もユーモアでぼかす」ということくらいはできないでしょうか。

ちなみに完全に個人的なことになりますが、僕はこうした方々のことを「ずるむけ」と呼んでいます。

Category:笑う月

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