先祖の数は想像できないほど多い

占い師や墓ビジネスを展開しているような霊感商法系の人たちはすぐに「先祖」を話題に出してきますが、やはり「知っている対象」程度しか話題に出てこないという感じのことを思ったので少し計算してみました。

墓場ビジネスと霊感商法」で「どの先祖のことを指しているのか?」ということについて触れていたり、諸法無我などなどで、思考の対象となる「因」について触れていたりという感じで、ひとまず先祖に限って言えばどれくらいの数になるのだろうということを考えました。

旅立つ前夜に計算を始めてしまったのですが、数の単位が日常は出てこないような単位になり、あげく計算機すらエラーを出してしまうレベルになってしまいました。

数の算出は結構シンプルですが、一定の年数ごとに「次世代」が生まれていくということなので、遡る場合には一定の年数ごとに「前世代」としつつ、「先祖の数」ということなので、その数は各世代の累計である必要があります。

基本的には、2を累乗して、それに2をかけ、最後に2を引けばそれで事足りるという感じです。最後に2を引くのが正しい算出になりますが、それを無視してもよいほどの数になります。

先祖の数を累積する

まあ出だしに限って言えば、非常に想像するのも簡単なのですが、まずは両親、つまり父と母で2人です。次に父方の祖父母、母方の祖父母で4人です。ということで2世代遡った場合は、6人になります。これくらいの範囲なら、大体は育ててもらったとか、直に会ったことがあるとか、知っているレベルの先祖です。

そのような感じで2を累乗しそれを2倍して最後に2を引いていくと、先祖の数を累計した数になります。

ということで計算式的にはΣ(シグマ)を使ったほうが示しやすいですが、画像化するのも面倒なので、そのまま話を進めていきます。

2の累乗は、キロやメガやギガやテラなどでおなじみの数であり、2の10乗で1024、という感じで進んでいくやつです。1K(キロ)なら1024、1M(メガ)なら2の20乗で1048576、1G(ギガ)なら2の30乗で1073741824という感じです。だいたいミリオン、ビリオンという感じです。

世代交代のスパン

さて、次にどれくらいのスパンで世代交代かというところをひとまず定める必要があります。遡って考えるので一定の年数ごとに「前世代」とする基準の数です。現代は晩婚高齢出産化しつつある世の中でありますが、ここは適当に25年位にしておきましょう。昔はもう少し早かったかもしれませんが、結局は兄弟姉妹のどの順序に該当するかによってばらついてしまいますし、ひとまず25年位にしておきます。

2500年前(原始仏教が興った時代)の場合

ということで、数を計算していきます。本来は自分が生まれた年まで遡ってから算出という感じですが、細かいところは無視していきましょう。

ひとまず25年という感じで計算すると、シッダルタがいた2500年位前ですら、2500/25なので100世代前になります。ということは、2*(2100)-2になります。

だいたい2の100乗それに2をかける感じです。

そういうわけで、Googleの検索ボックスに「2*2^100」と入力してみました。

計算結果は

2*(2^100)=2.5353012e+30

という感じになりました。

これはだいたい、「2.5×10の30乗」という感じです。

10が30個並ぶという感じですが、馴染みのある数字の大数で言うと、100穣(じょう)という数・単位です。あまりイメージがわかないこの「穣」という単位は、「兆」の次の「京」からまだ進んで、「垓(がい)」、「秭(し)・𥝱(じょ)」の次の単位です。

この数値はあまり実感がわかないので、日常で使う兆で考えた場合、「2.5353012e+30」は、だいたい「2535兆×1000兆」です。

原始仏教が興った頃まで遡っただけで天文学的な数字になってしまいました。

まあもちろん途中で親戚と結婚したりと言った感じで近親交配があったり、本人たちは知らずとも何世代も前に遡ると先祖が同一人物であったということも考えられます。

そんな感じで重複部分が出てきたりしつつも、25年サイクルよりももっと短いスパンになっていたりもするでしょう。

ということで、正確に数値を捉えられているわけではないと思いますが、少し考えただけでも「想像できないほどの数」になってしまうということになります。

1000年前(平安時代)

あまり実感がわかない数字になってしまうということで、安倍晴明がいた平安時代、約1000年前ならどうでしょうか?

これも簡単ですね。1000/25なので、40世代前という感じになり、2の40乗に2をかける感じになります。

またまたGoogleに力を借りて

2*2^40

で計算してみましょう。

2*(2^40)=2.1990233e+12

10の12乗は「兆」になります。

ということは、2.1990233e+12は、だいたい2兆1990億ということになります。

平安時代までの先祖の数の累計ですら、2兆人以上いるということになります。

250年前、500年前

250年前(江戸時代)であれば2の10乗の2倍くらいであり、1024*2-2=2046人になります。それくらいならまだしも、倍の500年前(戦国時代の天下統一の頃)なら2の20乗の2倍なので、2を引いた後でも、2097150人になります。まあ京都府の全人口が254.3万人くらいなので、だいたいその前後くらいの年代で京都府の全人口くらいの先祖がいた計算になります。

「中国4000年の歴史」で算出

こんな感じで計算をしていくと、「中国4000年の歴史」という言葉のその4000年前はすごい数字になっていきます。流石にそれくらいまで遡ると世代のスパンも短くなっていきそうですが、25年サイクルで考えた場合で160世代、20年サイクルで考えた場合、200世代先祖を遡ることになります。

160世代であれば、2*(2^160)、200世代であれば、2*(2^200)という感じになります。

2*(2^160)=2.9230033e+48

2*(2^200)=3.2138761e+60

という感じの計算結果になりました。

10の48乗は、極(ごく)、10の60乗は、那由他(なゆた)という単位です。

那由他は那由多とも書きますが、BUMP OF CHICKENの「Stage of the ground」に出てくる「那由多に広がる宇宙 その中心は小さな君 」というフレーズは、だいたい4000年前から今までの先祖の数だけで成り立ってしまうという感じになります(4000年前までの先祖の数の累計は、「約3那由他(3那由多)」になります)。

現生人類の起源から先祖の数を算出

最後に、現生人類の起源から先祖の数を算出してみましょう。

現生人類の起源である、ホモ・サピエンスが登場した頃はだいたい約25万年前とか約20万年前あたりのようですが、計算もしやすいのでひとまずは25万年前くらいにしておきましょう。

一応25年サイクルと考えたまま、先祖の数の累計を求めると、250000/25で10000世代ということで、2*(2^10000)という数になり、Googleに計算式を入力しても数を出してくれませんでした。

ちなみに、25000年前の2*(2^1000)は、2.143017e+301でした。

ついでと言ってはなんですが、黄色人種と白色人種などが分岐したとされる約7万年前で考えた場合、2*(2^2800)になりますが、こちらもGoogleでは計算を行ってくれない感じになりました。

もちろん合間合間で、先祖が重複するということが多々ありそうなので、正確性はありませんが、人類に限ってみてもこれくらいの数になるので、生命が生まれてから今に至るまでの先祖の数の累計ということになると、本当に想像できないほどの数になるはずです。

それら先祖が息絶える前に子孫を残したからこそ、今僕はいるという感じで考えれば、すごい歴史、すごい情報量を感じてしまいます。

それは自分に限ったことではなく、普段会う人はもちろん、全ての生き物の先祖の数とその歴史を想像すれば、数の計算だけでも頭が追いついていきません。

このような膨大な数の先祖が遺した情報が体に刻まれていると思うと凄まじさを感じますし、「先祖の霊が…」みたいな事を言う人に対しては、「これだけの数の先祖がいる中でどの人を指しているのでしょうか?」ということを思ってしまいます。

ということで、所詮占い師や霊能力者、墓や永代供養を勧めることを含めた「霊感商法」を生業としている人たちの言う「先祖」など、言われた本人が「知っている」範囲の先祖にしか過ぎないという感じなるでしょう。ということは、単に意識の中だけのお話です。

こんな感じで考えていくと、パートナー探しにしろ、生活を成り立たせることにしろ、今生きている人たちは、成功し続けてきた人たちの子孫であるということは明白です。今現代に生きているということは、想像もできない数の先祖の遺伝子を受け継いでいるということになりますし、その能力としては、運もよく実力がある遺伝子のはずです。

1000年前の平安時代からですら2兆1990億の「苦難をくぐり抜けてきた経験」のデータが刻まれているはずです。その人が子作りまでに経験した経験値が刻まれているとすれば、4000年前からの歴史の中で、3那由他×25年の経験が刻まれているという感じになります。

仮に先祖全員に感謝したいと思いつつ、先祖の顔を確認しようと思い、一秒に1人ずつ確認するとしても、一生かけてもできません。

もし先祖に感謝するということを思うのなら、その全てに感謝するつもりで、その集合地点である自分に愛を注ぎましょう。

というようなことを旅に行く前に考え始めていると、あまり眠れませんでした。


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