催眠的な支配力

「催眠によって支配力を得たい」というのは、誰しもが一度は考えるようなことなのかもしれません。そのような感じで、心理学や催眠研究などはどちらかというと邪念を持つ人に好まれる傾向にあると思っています。しかしながら、そうした目的を持つこと自体が結局外の世界をコントロールしないと自分は安心できないのだという自己催眠をかけていくことになりかねないという落語のような構造になっています。

「催眠的な支配力」という感じで、マインドコントロールによって支配を獲得していった有名な事件として北九州一家殺人事件があります。

その当の主犯もなんだかんだでそうしたものを独学で学んでいたようなので、知識と人格の組み合わせによってはあのような事件が起こる可能性があるという感じになります。

まあそれにしても、催眠やサブリミナル云々に関しては、コントロールされないと思っている人ほど、実際には気づかないうちにコントロールされているというのがその実際であり、「自分は感化されやすいからなぁ」という実感を持っている人ほど安全だったりします。

「感化されている」とか「混乱している」ということを知っているというか、気付いているということは、そこから脱するということも起こりやすいですが、感化されていることにすら気付いていないということは、脱するという意図も生まれにくいという感じになります。

まあ基本的に催眠というものは寝て覚めれば効果がなくなるという感じになるはずですが、そんな時にアンカーとトリガーという構造で再びスイッチが入ってしまうという感じで組まれていたりします。

すごく単純に考えた場合は、「何か変な感じ」も寝て覚めれば元に戻るものの、「愛しい人の顔を見たら、愛しい思いがまた蘇ってきた」的な感じの応用みたいなものだと考えておくに越したことはありません。

「こじらせたモテ」と「大きな存在」

さて、そんな催眠的な支配力ですが、「こじらせたモテ」が何かにピタッとハマると一気にその影響力の中に没入してしまうということがよく起こります。

マルチ商法にハマる人や新興宗教なんかにハマってしまう人もそんな感じですし、そこまでいかなくても「大きな存在の後ろ盾」系で変な感じになってしまう人も結構います。

そんな感じで印象が強いのが、ネット関連の世界的大企業の「代理店の人」などです。

会合での名刺交換などの際にやたらと強気だったり、変に横文字を使ったり、「時代の最先端を走っています」的な雰囲気を出したりする印象がありますが、たいてい後で会合参加者である社長さんたちに「〇〇の、代・理・店(笑)」と爆笑されていたりします。

「やたら強気でしたね」

「仕方ないですよ(笑)〇〇の『代理店』ですから(笑)」

というのが実際の取り扱われ方です。

その後、リズム・メロティ的には「ピカピカの一年生」といった感じで、乾杯の音頭に使われることもあります。

あと、何かしらそうした大きな存在系は、コーチング的なものが好きなのか何なのか「ゴール達成のことしか見えない」という感じでマインドコントロールされている感があり、まともな倫理観が無いような感じの人が多い気がします。

「まともな倫理観がなく、ゴール達成にがむしゃら」ということが行き着くと、北九州の事件のようになります。

「それくらい理解してから、人の心を扱いなさいよ」と思いますが、ゴール達成のことしか見えていない人達にあっては、「何とかキラー」にしか映らないようになっているのでしょう。

まあそんな俗世間を、「温かい目で見守ってるつもり」と、微笑みながら慈悲の心で眺めるくらいがちょうどいいという感じになります。

Category:笑う月

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