俯いて立ち上がるような感覚

両親を筆頭に、様々な人から教えてこられた物事に対して、それと違う方向に向かい始めようとする時、多かれ少なかれ抵抗感が生まれたりします。

裏切りとまではいかないにしても、相手の生き方、相手と過ごした思い出を切り離すような、そんな感覚が起こってしまいます。

しかしながらそれでも、立ち上がる必要があります。

ちょっと俯いて立ち上がるような感覚です。

精神についても対人コミュニケーションについても、仕事やお金に対する考え方についても、幾度となくそのような「ちょっと俯いて立ち上がるような感覚」を経験しました。

世の中では、当たり前のように事業を継がせるとか、医者の子は医者というような生き方の押しつけが未だに残っています。親の信仰する宗教等々についても同じようなものです。

これは、その子自身の人生であるのに、親子の絆とごちゃまぜにしてそのルートしか無いような脅迫をするというような感じです。

それは、ある側面から見れば最悪の虐待であり、愛情を人質にした「子を通じた自己実現」でしかありません。

そこまではいかなくても、多少なりと親から受けた様々な対象に対する観念というものは一種の呪縛となっています。

それを感じてしまうことは致し方ないにしても、うまく振り切って立ち上がっていく必要があります。

所得に関する観念のぶつかり合い

個人的な思い出を振り返れば、例えば、自分自身が稼ぐにあたってアルバイト、パート労働、一般的な会社員など避けることは、パートで生計の一部を支えていた母の生き方や思いを軽視するようなことに繋がりかねません。

しかしながら、実際の所得構造や生活の柔軟性で考えると、それを続けるとそれほど楽にはなっていきません。事業を動かしたりしているとそうした感覚になっていきますし、勤め人生活ということが考えられなくなっていきます。

ずっと勤め人としての働き方を続けること、そうした生活をしている人に対して違和感を感じていきます。

そしてその違和感は、母にも向かい出します。

そうなると、パートに行っていた母を半ば蔑ろにするような構造になっていきます。

そうなってくると、母への思いと自分の経済観念に不整合が起こり、母への思いの分だけ従業員生活の方に意識が向いてしまいます。つまり、事業運営の方とは逆行するブレーキと化してしまうわけです。

幸い母方の家系は事業主が多いので、何かを話して正面からぶつかるということはありませんでしたが、高校生くらいの時にかなり長時間働いていた母を思い返すと、やはりどこかしらブレーキはかかります。

でも、そうであっても、一旦俯いてしまったとしても立ち上がらなければなりません。

調子が悪い時はそちらに傾きそうになる

この手の抵抗感の最も強い呪縛は「調子が悪い時はそちらに傾きそうになる」という点です。

何度も振り切らないとしつこくつきまとってきます。

調子が悪い時、癒やし的な安心感が欲しいとか、不安が襲うというような状況の時、振り切ったはずの観念の方に戻ろうとしてしまいます。

「やはりそちらが正しかったのか」とすら思わせてくるような呪縛です。

そんな時、影響を与えた相手が目の前にいるともっと厄介です。

ある側面では、「自分の方に戻ってくる」ということが心地よいのですから歓迎しようとします。

しかしそれは一種の罠です。

精神状態と観念を切り離して考えねばなりません。

責任と覚悟と自由と誇り

そうして呪縛から離れていくということは、別に相手を蔑ろにするわけではありません。

しかしながら、絆のようなものと考え方などがごちゃまぜになると、蔑ろにしているような気分になり、相手の方に寄せていこうとしてしまいます。

そうした中でも立ち上がるということは、相手への依存から脱却し、自立することを意味します。

自立にはすべての責任を自分で引き受けるというような、責任と覚悟のようなものがついてまわります。

少し俯いてしまったとしても、立ち上がる必要があります。

本来、自由や誇りはその上にしか成り立ちえません。

Category:miscellaneous notes 雑記

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