何かが切れる瞬間

寝て起きてしばらくしてまだまだボーッとしている時、変な気がかりが起こることがあります。たいていはすぐに何とも無くなるのですが、稀にすごく嫌な気分になることがあります。

しかしそんな時は、ほとんど必ずそのすぐ後に何かが切れます。切れる瞬間が明確にわかるような感じで何かが切れます。

そしてだいたい何かに没頭することになります。その間嫌な気分になることはありません。

そういうわけで嫌な気分は一瞬だけであり、それで終わりです。

変な感じなのですが、怒りの対象ではなく嫌な気分に対して怒りが生じるという感じです。

ほとんどは仕事関連になりますが、例えば「めんどくさいなぁ」と思ったりすると、その面倒な対象について怒りが来るのではなく、「めんどくさいなぁ」という感情に怒りが来るというような構造になっています。

「わざわざ『めんどくさいなぁ』という嫌な気分を起こしやがって」という感情に対する感情という変な構造です。

また、寝ぼけている時は変にストッパーがついていることがあります。普段は気にしないようなことが、無意識的になっているという感じです。

そして、それに気付いてストッパーが外れるということがよくあります。ストッパーが外れるというよりも元に戻るといった方が正しいのですが、そんな感じで何かが切れる瞬間がわかる時があります。

その時一瞬だけ、「わざわざストッパーをかけるな」と怒りが生じてきたりします。これも自分の意識に対して自分の意識が怒っているという変な構造になっています。

どうせすぐに終わるのに

朝に「めんどくさいなぁ」と思ったりしていて、その面倒くささに怒りが生じたりして、稀に体調によっては変に弱気になったりしますが、実際に「めんどくさいなぁ」に対する怒りをエネルギーとして仕事に没頭したりすると、その仕事が10分で終わったりします。

そうなると「たかだか10分で終わることのために、わざわざ怒りを生じさせ、時に弱気になんてさせるようなことをするなよ」という怒りが追加でやってきたりします。

急に冷え込んだりして腹が弱っているときなんかは、その弱り具合に応じて弱気になったりします。それすらも「はいはい、アイツの足掻きね」と思っているのですが、それでもほんの短い間本当に弱気で嫌な気分にしてきたりします。

「どうせ10分で片付くんじゃないか!」

と思ってどんどんイライラしてきて、すぐにその仕事を終わらせたりします。

「どうせすぐに終わるのに気にさせるな!」

という意識と感情に対する怒りです。

「面倒だ」という嫌な感情のあとに、少しばかりの怒りすらも感じさせてしまうということに対する怒りすらあります。

「そんな感情を起こすくらいなら、そのエネルギーの分だけ代わりにやっとけよ」

とすら思います。

これはまさに腹痛の時に「その激痛を感じさせるだけのエネルギーを排泄や回復に回せ」というような怒りです。

そういうわけで、その手の感情が起こった時、「カチッ」と何かが切れます。

怒りに対する怒りという変な構造になりますが、なんだかんだでだいたいは猛烈な展開の速度をもたらすエネルギーになります。

そういうわけで、それすら見越して「一瞬で終わらせるため」に演出されているのかもしれないとすら思うことがあります。

エネルギーの活用で時に倍になる

そのような感じで、元々怒りの性質が強い性格だったので、事あるごとに怒りをエネルギーとしていました。特に天川村での第一の覚醒後(最初に病が治った思い出の地へ)からは、その感覚がより高まりました。

以前にどこかで触れていましたが、「また違う女連れてるよ」と厄介味を言われれば、倍の頻度でそれを行うということをしたり、会社の先輩に「成績がいいからって調子に乗るなよ」と言われれば、営業成績を倍にしたり、会社に無言電話がかかってきたりなんかすると「倍の速度で業界のシェアを獲得することに奔走する」という事になっています。

なぜなら、その方が面白いからです。この時、相手の状態のことは頭にありません。

「そうか、じゃあもっとやってみよう」

という純粋な感じです。

だいたい、「何か厄介味を言えば、傷ついて臆病になって行動が止まるだろう」とかいう意図を持って、そうしたことをしてくるのだと思いますが、僕の場合は逆にもっとやってしまうようになるように関数が出来上がっています。

その場合、相手に反応したと言えば反応したのですが、相手の意図とは逆行する形になります。相手の悪意のエネルギーは僕にとって栄養なのです。

まあでも最近はそんな反応すらしないようになりました。ただ、いずれにしても「エネルギーとして活用できる」ということになっているので、自然とエネルギーとして活用する形になるという構造になっています。

その時、ある意味で自分には選択権がありません。エネルギーが勝手に高まってしまうのですから止めることはできません。

そうした時にも何かが切れます。

それは体育会系的な感じで、相手に勝とうとか、見返してやろうというようなものではありません。完全に別の空間に入ってしまうのでただ没頭するのみです。

「あっ」

という感じで、ストッパーが外れてしまうという感じであり、「エネルギーが高まると、ある場所が開いてしまう」といった現象が起こるという感じです。

なんだかそれすらも「エネルギーを高めるため」とか「何かを為すため」に演出されているのかもしれないとすら思うことがあります。

いろいろと想念が起こることもありますが、「はい、それすらも虚像。はい、それすらも虚像」という感じで、自動的にヴィパッサナー状態になってしまいます。

ただ、一回会社の都合で自分の携帯に会社宛の電話の転送をしていた日、転送設定の解除を忘れていて深夜に非通知の「無言電話」が転送されてきたことがあります。

その時はその時で面白いので、電話に出た上で「CHAGE and ASKA」の「LOVE SONG」のサビを熱唱してあげたことがあります。

何でも楽しんだもん勝ちです。

感情のくだらなさに気付いたのなら

Category:miscellaneous notes 雑記

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