他人の成長

ご無沙汰しています。bossuです。

久しぶりに頭を休めるために書こうかと思いますが、寒さのせいか、俗世間に触れたせいか少し頭の働きが悪くなっているような気がします。

思えば、昔は「他人の成長を喜ぶ」ということが本当のことかどうか半信半疑だったように思います。

おばあちゃんが孫の成長を喜ぶというようなものならば何となくわかりましたが、「部下の成長や後輩のような人の成長が嬉しいというのは本当だろうか?」ということを考えていました。

それはどちらかというと、あくまで上下関係があって、部下が成長すれば自ずと自分の評価も上がるというような自分都合の自尊心の問題ではないかという印象を受けます。

確かに体育会系を筆頭にその要素がある人もいるでしょう。

しかしながら、ここしばらくは、他人をサポートするということを多少なりとやっていました。

それは、彼女ができたことのない人にコーチのようなことをしてみたり、他人の意志にふらつかないように、自分の意志を相手に反応させるということを弟子(仮)にやってもらったり、僕の人脈を少しばかり活用して、起業前の人に人を紹介してみたりと、ある種無形のボランティアです。

もちろんボランティアであるからには無償です。

それほど手間もかかりませんから何の問題もないのですが、そうした行動をしてみて、少なからず相手の意識が成長したことを実感したときには、やはり少しばかり嬉しくなったものです。

周りとの相対的な比較の上で考えると、自分も相手もエネルギー漏れを起こします。

あくまでその人個人が成長すればそれでいいと思っています。

傍から見れば大したことではなさそうなことであっても、本人が成長したのであればそれで成功です。

といっても、どのような失敗でも必ずフィードバックがありますから、成長の材料にはなるはずです。

では、僕のいう成長とはどのようなものなのか?

それは、どんなことであれ、意識の抵抗が無くなり、世界の見え方が広がることです。

働いたことがない人が働いてみるというのも十分成長ですし、アルバイトをしている人でも、単に時給のことだけ考えずに、「経済社会の仕組みを知る」という目線を持つことができれば成長です。

仕事関連で言えば、ちょっと成長すればその成長した分だけ入ってくるお金が純粋に比例するわけではありません。しかし確実に裏側では、いつか成長度合いに応じて入ってくるお金の額が変わってくる要因が形成されているはずです。

世の中では、「一発逆転」が好きな人が結構います。

たいていそのような人は、詐欺に遭うか、ギャンブルで借金まみれになったりします。

確かに何かの分野で、その人の特性と時流がちょうど合えば、短期的に一発逆転ということもあるかもしれません。しかしそれは投機的でリスクが大きすぎますし、その成功で一生食えるのかは疑問です。

そういうわけで、投資的な意味合いで意識が成長していくのが一番いいでしょう。

それはすごく簡単で、少しばかり目線を変えてみればいいだけです。

アルバイトで時給が1000円であった場合、嫌々時間を過ごすだけなら1000円の価値しかありません。

僕からすると、今となっては単純に一時間を1000円で切り売りする神経が理解できません。といっても資本がないなら時間を投資するということにするしか無いのが実情でしょう。

同じ時間を過ごすなら、最大限に自分に返ってくるように工夫すればいいと思っています。

という僕も本当に稀ですが、たまにアルバイトをすることがあります(そういえば最近はしていませんね…)。

その時仮に時給が1000円だったとしても、従業員さんと話して世の中の流れを知ってみたり、その業界の市場を調べたり、業界の裏側を調査することにしています。

そうなると、普段外部にいては知り得ない情報がたくさん入ってきます。

それが直接に金額換算でどれくらい役に立つのかはわかりませんが、そうした情報を元に、いろいろな案を思いついたり、その時に出会った人たちとのかかわり合いの中でビジネスチャンスを掴んだりしています。

例えば、その企業が大企業であれば、その会社に置いてある機械や備品のメーカーをチェックしてみます。

そうすると、意外なところで資本関係があったりすることがわかったりします。

これは場合によってはインサイダー的になりますが、例えば何かの機械の総入れ替えが行われたとします。

であれば、その機械のメーカーはその周辺の四半期の決算状況が良くなることも考えられます。大企業相手にすごい数の機械を納入しますからね。

嗅覚がつくとそんなところまで読んで楽しむことができます。

と、話が私事になりましたが、同じ時間を過ごすならそんな風に意識してみることで、時間の価値を高めることができます。その上に時給がもらえますから万々歳です。

他人の成長が嬉しいものなのかどうなのか、ということが謎でしたが、関わってみるとなかなか嬉しいものです。

例えば、意識がこもりがちな人が、少し意を決して行動し、ティッシュ配りができるようになったとすれば、なんとなく嬉しく感じます。

ただ、もちろん目に見える結果や行動としても表れますが、僕は常に意識の変化に着目しています。

本を読んで知識は得ていても、結局意識が変化していない人が多いですからね。

Category:miscellaneous notes 雑記

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