タグ別アーカイブ: 哲学

呪文・そもそもはない 改

この呪文は一見、人の幸せを打ち消しているように思えますが、「ない」とは否定の意味ではありません。 否定とて、あることを前提にしているからです。 「そもそもはない」 存在する/しないの二元論の域をいっそ出てみましょう。 言葉というものは何かを限定する性質があります。 ある特定の概念を指して、それ以外を排除するという性質です。 そこでばっちり定義ができればいいのですが、それもなかなか難しい。 「りんご」といってもたくさんの種類があります。 品種に始まり、形や大きさにもバラバラなのにそれを包括します。 また、りんごの絵か

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やりたいこととか欲しいものとか

やりたい事はなんですか?叶えたいことはなんですか? 自己啓発系の人が大好きそうなことを言ってみました。 僕はやりたいことが特にありません。 以上です。 …では、面白みも何もないので、少し触れることにします。 実際に、あまりやりたいことがないのですが、おそらく意識に上がってこないのでしょう。 実を言うと特に欲しい物もありません。 どうして何もないかというと、全て叶っているから。 叶うという表現は本来的にはおかしいのですが、すべてが目の前にある、そして目の前になくてもそのうちやってきます。 ですので、何の憂いもありませ

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ハイブリッド レインボウ

虹を見るとすごく晴れやかな気分になります。 たまに家の表の水道のホースの先についているシャワーを「霧モード」にして虹を作って遊んでいます。 確かに見えるのに、そこには色鮮やかな虹が見えるのに、それを掴むことはできない。 水を止めた瞬間に、それは何事もなかったかのように消える。 まるで「空」を表しているようです。 以前、ゼミナール(一応法律系)で、「このコップはありますか?」と質問されたことがあります。 「君なら『ない』もしくは『あるともないとも言えない』というかも知れないと思って質問してみたんだが」 というフリ付き

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Our love and peace

昔、新京極通りに「わぁ!」とピースマークの飾り物をいきなり見せてきて人を驚かせることを生きがいにしているおじさんがいました。 Bボーイみたいな人にそれをして、「心臓止まるかと思ったやろこら!」と胸ぐらを掴まれていました。 最近は全く出没しないそうです。 ― 平和というのは、どういう状態のことをいうのでしょうか。 ともすれば、社会的目線で考えてしまいがちですが、結局個人の集合体が社会です。 愛にあふれるようになると、自然と喧嘩も起こらないのではないでしょうか。 唯物論が好きな人は、社会学的に物事を見ます。 しかしはっ

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あきらめるが正しい

「学ぶは『まねぶ』からで、結局マネすることです」と、かなりの頻度で引用されます。 安易にこの言葉を使う人は、「ほら、俺を真似ろよ、俺を尊敬しろよ」と数%は思っているのではないでしょうか。 よく方法論ばかり解説する人がいますが、別にそれを取り入れて体感してみるのはいいのかもしれません。 しかしながら、うまくいかないことが多いように思います。 試してみる人用にカスタマイズされた方法論でもなければ、時代、状況、対象も異なるのだから当然でしょう。 あくまで参考程度でとどめておいたほうが得策でしょう。 そこに「20万円も払っ

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空アリ

空アリという駐車場の看板についてです。 論理上はイエス/ノーで二元論化している空間でのお話。 つまり埋まっているのか空いているのか、ということです。 コンピュータの世界では、0と1の2進法でほとんどのことが表現できてしまう。 しかし、こんなことが本題ではありません。 仏教では「空(くう)」と読み、あらゆる事物は固定的な実体性を持っていないと説きます。 いきなり「空」について触れてしまうと、それだけで終わってしまいそうなので、エッセンスだけ。 言語には限界があるので、伝わるかはわかりませんが、またいずれ書く事にしまし

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「コギト エルゴ スム」と「意」

胡散臭いコンサルに「好きな言葉はなんですか?」と聞いた時に、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」が出てきました。「コギト エルゴ スム」というものです。 方法序説に出てくるものですが、本来「コギト エルゴ スム」は「私は考える、だから私はある」の方が適切な訳だとか聞きますね。 十代の頃に同じようなことを考えていたのですが、昔々にデカルトくんが言っていたようです。ちなみにコギト エルゴ スムは、単に「コギト」と言われる時もあります。 コギトエルゴスムの概要 コギトエルゴスムの概要としては、なんだか禅問答みたいですが

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パッケージプラン

世の中にはわからないことがたくさんあります。 でも、本当にわかる必要があるのか疑問に思ってしまいます。 考えることは楽しいことですが、それは思考実験だけでいいのではないでしょうか。 哲学することは、おそらく頭を使う分野では一番楽しいことだと思っています。 いまでは、こだわりをなくしましたが、以前はかなり頭が固まっていたと思います。 でも、それもプロセスなのかもしれません。 いろいろなことに迷いもがくことも、もしかしたら演出かもしれません。 どうでもいいだろう いやどうでもよくない やっぱりどうでもよかった 昔、神経

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純粋な知性

本能的なものというのは無駄がなく知性的です。 ニーチェがそんなことを言っていました。 純粋に本能的なものほど、知性を感じたりします。 植物たちの無駄のない生き方、感情によって他の生き物を無駄に殺生したり傷つけたりしない動物や虫たち、そうした自然界の生き物たちの本能的な知性は非常に知性的です。 一方、人間においては本能レベルを超えた無駄な思考があります。そうした思考の結果は非常に非合理的であり、知性を感じません。 「モテるために、英会話をマスターしよう」というのは、実に遠回りで音痴のような気がします。 同様に、スリム

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精神的ストレスを解消???

そもそも、ストレスは解消する性質のものではありません。 ここが世間の勘違いです。 「いやいや、ストレスは溜まるよ」 「スポーツで発散してるよ」 などと言われるでしょう。 でも、本当は違うのです。 これは断言しておきます。 ストレスはたまりません。 あくまでリピート ただ、神経はすり減っています。 つまり、なんというか頭の中が疲れてくるのです。本来は寝れば修復します。 その原因はストレスを感じた時の記憶が何回もリピートされているからです。 頭の中で繰り返されると、身体や頭はその現象が起きた時とだいたい同じ反応をします

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矛盾とパラドクス

今回は、中学生のグレる要因である大人の矛盾について語るわけではありません。 少し学術的で、哲学的な感じです。 矛盾とはなんですか。 昔、苫米地さんが言ってましたが、情報が多過ぎることみたいですね。 一つしか当てはまらない項目に二つ入っているような状態です。 最もわかりやすいパターンは、 「男性であり女性である」と言ったパターンでしょうか。 簡単なことですが、「男性的であり、女性である」というのは、別に競合しません。 だいたい、変なこだわりを持っている人は、こういう点が変な帰結になっていたりします。 「男性的であり、

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メディアの中の人とコンビニの人

僕は違和感を大切にしています。 すごく理論化された人文科学の分野でも、結局元は感情です。 4年間ほど一応法律を勉強していましたが、結局は感情での行き場のなさが色んな条文というものを生み出していったと思っています。 僕の違和感はかなり細かいところにまで及びます。 「そんなもんどうでもいいだろう」 と、たまに言われますが、そう言う人は面白くもないし、僕にとってはそのどうでもいいことを深く考えるのが最大のエンターテイメントなのです。 固執して嫌な気分を引きずることはありません。 「娯楽としてテレビなどの代わりに本でも読ん

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