主役降板

もちろん主役は自分です。 ただ、普通に考えると自我の範囲のみでしか物事を考えられません。 それは仕方ありません。 たとえば、「人のお役にたつんだ」と考えてみても、「人に与えた分だけ自分に返ってくる」とか考えても、自我の範囲で考えて、「すごい金持ちが言っていて、自分も金持ちになりたいから」というスケベ心でやっているのが本音でしょう。 「損しているように見えてもいつかはお返しが返ってくる」と利益的なものを求めているに過ぎません。 そんなことを思うくらいならやらないほうがいい。 右手がしていることを左手に悟られないように

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淋しくならない努力

僕には淋しいという感情がありません。 昔はそうでもなかったのですが、相当鈍感になったのか、慣れてしまったのか、もう数年以上感じていません。 たまに、「あのまずいカレーどんな味だったかな?」と気になって、まずいと分かりつつももう一回食べてしまうような感覚で、「どんな感じだったかな?」と、もう一度味わおうとしても、もう味わうことはできません。 いまでは慣れたというより、本当にわからなくなってしまいました。 過去の経験からの想像で、こんな感じだったかな、という程度です。 本当になくなってしまいました。 ― こんな話をほか

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極楽の余り風

桂米朝さんの「夏の医者」の枕で「極楽の余り風」という言葉があるそうです。 猛暑の中にたまに心地よい風がどこからともなく吹き込んでくる。 何とも言えない心地よさでしょう。 「さよなら私」の中では仁和寺が出てきます。 猛暑の中の境内にふと吹き込む涼しげで心地よい風、極楽の余り風はそんな感じで描写されています。 もちろん僕も歩いていこうと思えば歩いて行ける距離に住んでいるのですが、裏の御室八十八箇所にはよく行ったものの、仁和寺本体には数回しか入ったことがありません。 猛暑の中の「極楽の余り風」もなかなかいいですが、春先か

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だまされるのはいつも言葉

外国人が来て、怒った顔で自分に罵声を浴びせるとき、大抵は「何か悪いことをしたかな」と思うものです。 でも本当は「うちのオカンのカレーは格別にうまい!今度食いに来い!」と叫んでいたらどうでしょう。 言葉がわからない故に勘違いしてしまいます。 言葉には力がありますが、それは言葉に力という属性を与えているからです。 言葉に意味というラベルを貼り付けているからです。 一方で意思の伝達にはかなり役立ちますが、苦悩の元凶にもなりえます。 漠然とした言葉の意味にとらわれて、いつも感情が振り回されます。 しかし本当は感情を揺さぶる

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のんきになるための一歩

のんきはまじめやふまじめという既成概念と違い、一種の才能なのです。「なるようにしかならないんじゃないの」と基本どこか大きく人生をあきらめていらっしゃる。努力をしないというのではありません。したけりゃ努力してもいいんじゃないと、あくまで自分のこともひとごとと考えていらっしゃる。 のんきは楽観主義とは少し違うような気がします。 一般的には、コップに半分残った水を見て「まだ半分もある」は楽観主義、「もう半分しかない」は悲観主義などといいます。 しかし、そんなことで分析されたくはありません。 「半分ある」 そう言ってあげま

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同じ

「同じ」であるということを安心材料に使ったり、「同じ」であることを強要なんかすれば、人生は壊滅的に苦しくなります。 昔、よくYahooチャットや某掲示板、自分のブログなどで大激論を交わしました。 夜の8時から論争が始まって、終わったのは翌朝6時ということもありました。 そのあいだ打ちっぱなしです。 でも、相手と喧嘩してたわけではありません。 あくまで、個人的な人格攻撃などではなく、思考の限界まで、相手の穴をお互いにつき合って、より高いレベルを目指していただけです。 もちろん主張というかアプローチは異なったものでした

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不安こそ生きてるあかし

不安は人を成長させます。 筋肉に負荷を与えるとムキムキになっていくように、ストレスというものは人の心を成長させます。 ただ、そこから抜け出せずに無限ループして神経をすり減らしている状態の人がいます。 期限の定まった不安なら、終わる時点が決まっているのでクリアはたやすいですが、たとえばニートの人なんかは、お金をくれている人が死ぬくらいでないと終わる決定的なきっかけがないので苦しんだままだと思います。 なんとなく生ぬるい生臭いような生活が続きます。 でも、どこか本気では楽しくなくて、どこかでストレスを感じています。 突

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不安からの逃避法

「不安だ」の下に「スティック!」をつけ、大声で叫びましょう。 「不安ダスティック!」。なんだか素晴らしいことのように思えますよ。 不安の対義語は安心ということになっています。 二元論化して考えればそうなのかもしれませんが、そう考えると安心するのは難しいように思います。 不安について少し考えてみましょう。 たいていはそわそわしている状態です。 なぜか落ち着かなくて、そわそわそわそわしています。 ほとんどの場合は、「うまくいかなかったらどうしよう」と、なにか直近のできごとについて考えているか、 漠然と「俺はこのままで大

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そこがいいんじゃない!

「そこがいいんじゃない!」あまりいい状況でないと脳が判断したとき、すぐさまその呪文を唱えましょう。口に出して言うとさらに効果的です。 アファメーションなどと言われます。 言霊がどうのこうのありますが、あれも方便です。 特別企画中(今のところ「自分なくし」だけですが)、一貫して多用している「アイツ」は自我のことです。 アファメーションは、自己宣言、自分への意思表示、決意表明などと言われますが、アイツの引力の影響下にあるときには、アイツの力を抑えるのに効果があります。 頭で考えていることすら、実は自分のほんの一部なので

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あきらめることから始めよう

最近では様々な本で「あきらめる」の意味が解説されるようになりました。 「真理を明らかにする」 「明らかに眺める」 などと言われます。 確かにその通りなのですが、「真理」などと言われると、胡散臭さが拭えません。 すぐにアイツは「どうして真理といえるのですか?」と投げかけてきます。 もしくは「眺めて何になるのですか?」と攻めてきます。 ふと字面だけを追うと、アイツにいいふうに使われます。 2つの手法 これを避けるためにはいくつか方法があります。 本当はたくさんあるのでしょうが、ここでは2つだけご紹介しましょう。 そのう

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人生の選択ってやつ

イエスかノーか、この選択の連続で、ずーっと生きています。 大事件の時だけが選択しているときのように錯覚しますが、 常に選択の連続で、願いの成功の連続で成り立っています。 人は「決める」というとストレスを感じてしまいます。 なぜなら、「決めたからには責任を」という洗脳が解けないからです。 決めたからには責任を そんな話が大好きな人がいます。 たまに部下に営業目標を紙に書かせて、「お前が決めた営業目標だろ!」と怒鳴る管理者がいます。 書かされただけなのに、怒鳴られた方は大変です。 ただの脅迫なのですが、一応自分で書いて

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脳との最終戦争

うまいもんが食いたいとか、素敵な恋人に出会いたいとか、楽して生きたいとか、アイツが次々に要求してくるものに必死で対応しているのが悲しいかな「自分」です。言うなれば脳の奴隷が自分なのです。 脳との最終戦争とは銘打っていますが、戦ってはいけません。 「アイツ」の思うツボです。 ただただ、その構図だけ思い出せばいいと思います。 「俺、脳の奴隷になっていないか?」 と問いかけるだけでいいでしょう。 正確には自我です。 よく「俺は会社の奴隷じゃない!」と飲み屋で叫んでいる人がいますが、それでもその会社に居続ける理由はなんでし

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自分探し

以前にも少し触れましたが、自分探しです。 「そもそもはない」 それに気づいていくほうが、はるかにいいはずなのに、どうしてか「もっとすごい自分」を追い求めてしまいます。 これはいわゆる仮観の視点からのアプローチです。 世間は仮観で動いています。 お金はあればある方がいい、力は強ければ強いほうがいい、というものですが、それを得て本当に欲しいのは安心感です。 そこに早めに気づいたほうが得策です。 別に消極的な意味に捉える必要はありませんが、お金をいくら持っても食べられる食事量は限られています。 100倍の値段の食事を食べ

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呪文・そもそもはない

先の続きになりますが、「ない」を「ある」対義語として認識していることに苦悩の元凶があります。 何がなんだかサッパリわからなくなるのは、長い時間かけて洗脳された「ある」に縛られているからに違いありません。「そもそもはない」何度も繰り返し、そうつぶやいてみましょう。一日1回、いやもっと。 心の動きを見るのにすごく役立ちます。 「ないと困る!」 「いやいや現に目の前にあるじゃないか!」 そういう反発があるかと思います。 自我が一生懸命に猛反撃してきます。 なんだか、だだをこねるかわいい子供に見えてきます。 こんなことを言

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空アリ

空アリという駐車場の看板についてです。 論理上はイエス/ノーで二元論化している空間でのお話。 つまり埋まっているのか空いているのか、ということです。 コンピュータの世界では、0と1の2進法でほとんどのことが表現できてしまう。 しかし、こんなことが本題ではありません。 仏教では「空(くう)」と読み、あらゆる事物は固定的な実体性を持っていないと説きます。 いきなり「空」について触れてしまうと、それだけで終わってしまいそうなので、エッセンスだけ。 言語には限界があるので、伝わるかはわかりませんが、またいずれ書く事にしまし

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特別企画

ある程度投稿数が増えてきました。 昔、「一日に何冊本が読めるか」、ということをして遊んでいた時期があります。本の内容にもよるので、何とも言えないところがありますが、やはり十冊程度が限界だったと思います。そして眠れなくなるという凄まじい楽しい遊びです。 これはインプット面でのお話。 じゃあ逆に「アウトプットの限界はどうなのか」、ということをふと思ったので、ひとつ名案が浮かびました。 投稿マラソンをしてみるということです。 ただ、何も条件をつけないと、あまり意味はありません。 100文字でいいということになれば、かなり

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怒りの本音

よく、そこまで怒らなくてもいいのに、すごく怒る人がいます。 また、異常なほど泣き言を言う人がいます。 共にイライラしていることには間違いなく、性格が外向的か内向的かで矛先が変わるだけです。 単純に溜まったエネルギーの吐き出し口を求めている状態です。 たまに、変な集まりがあって「今日のテーマは『愚痴吐き大会』」などと称している群れを見かけますが、あまりいいことだとは思えません。 限界にまでエネルギーが溜まっているときは、まずは感情を感じきって感情の暴走を終息させる必要はあるのかもしれません。 ただ、そんなに緊急でない

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バル

時代時代で流行りがあります。 無刺激に耐えられない人が、刺激を求めて流行りを探します。 その事実だけは時代によって流行ったり廃ったりはしません。 最近では「バル」という看板をよく見かけます。 スペイン系の店ではかなり前から使われていたようですが、端的に最近のそれはただの流行りでしょう。 関係のない店でも、そんな名前を店舗名に入れています。 90年代に「ピュア」という言葉がよく使われた時期があります。 最近では使われると言っても、せいぜい「ピュアオイル」などです。 「ピュア」という言葉単体で使われるのは、サバンナの八

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お酒と居酒屋

「お酒はおいしく適量を」などと聞きます。 飲もうと思えば、すごく飲める体質ではあるのですが、先に胃腸がやられます。 酒の席で飲まないことはないですが、自発的に飲むことはほとんどないどころか、一切なくなったように思います。既に意図すればノンアルコールですら酔えるようになってしまいましたし(ノンアルコールで酔う)、本当にアルコールを摂る形で酔ってしまうと集中力が切れてしまったり、胃腸に響いたりしてしまいます。 「飲んだところで気分としては何も変わらない」 これが本音です。 昔はそうでもなかったのですが。。。  酒なしで

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実験にお付き合いいただければ幸いです

先日、ある宗教法人のプロパガンダ映画(アニメ)をあえて観てみました。 別にそこの団体を否定するという動機で観たのではないのですが、「ふーん」というような感じで観てみました。 すると配給は大手の会社でした。 声優も有名なアニメのキャラクターを担当している方の声でした。 声優の方は、プロダクションに脅されている可能性があるので、何とも言えないですが、当の会社はお金を積めばなんでもやってしまう、というのが残念でした。 拝金主義者が拝金主義を否定する映画を制作しているのだから、字義通り矛盾が生じています。 ― 方便というも

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「コギト エルゴ スム」と「意」

胡散臭いコンサルに「好きな言葉はなんですか?」と聞いた時に、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」が出てきました。「コギト エルゴ スム」というものです。 方法序説に出てくるものですが、本来「コギト エルゴ スム」は「私は考える、だから私はある」の方が適切な訳だとか聞きますね。 十代の頃に同じようなことを考えていたのですが、昔々にデカルトくんが言っていたようです。ちなみにコギト エルゴ スムは、単に「コギト」と言われる時もあります。 コギトエルゴスムの概要 コギトエルゴスムの概要としては、なんだか禅問答みたいですが

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ニュース

テレビを観ないのですが、そんな話になると「ニュースも観ないんですか?」という旨のことを言われます。 少し考えて頂ければわかるのですが、ニュースを見て僕に何ができるのでしょうか。 例えば遠くの山形県で強盗事件があったとします。 僕はそれを聞いてどうすればいいのですか。 たとえ、家の近くでそんな事件があったところで、それを知ってもやることは変わりません。外にいてそれを聞いたところで、家に帰るだけです。 これは事件に限ったことではありません。 なにか社会に参加しているような意識で満足感を充足しているだけのような気がします

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労働組合

勤めだした頃、労働組合への加入をすすめられました。 かなりしつこい勧誘だったのですが、僕と同じ配属先だった同期と二人でそれを拒否しました。 なんでも、自分のいる支店は労働組合の地方幹部がいるので、顔が立たない、というくだらない理由でした。 そんなもののために月に数千円のカツアゲをしてきたのです。 「組合加入を断るなんて、ここでやっていけると思うなよ」 そんな脅しをされました。 でも、僕と同期は断固として拒否しました。 ― 入社式の時に仲良くなった同期のお父さんが組合の前期トップを務めた人でした。 「毎日ゴルフに行っ

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B層の研究

僕もよくB層という言葉を使いますが、こうしたB層戦略における「B層」や個人的なB層の研究、そして「日本をダメにしたB層の研究」について。 B層戦略(概要) ― 読書に意識が向いてきたので、図書館に行きました。 歩いて数分のところに結構な規模の図書館があるので、かなりありがたいです。 今まで読んだ本の8割は図書館から借りた本です。 古本市場などでは一気に50冊くらい買ったりします。 普通の本屋さんで買うのは数%です。 で、借りた本でも良い本は改めてアマゾンなどで買ったりします。 日本をダメにしたB層の研究 先日の記事

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引き締め(ブログやSNS)

インターネットの世界はどんどん加速して、いろいろな機能がすぐに追加されます。 でもあるラインを超えると、どうしても次には制限をかけたほうが流行ります。 今更ながらそんなことを思い返したので少しだけ。 昔はブログが流行りました。 でも誰にでも見られる可能性があります。 嫌な人にも見られる可能性があります。 そして、そのうちスパマーたちの餌食になりました。 親しい人たちにだけ見せようにも昔はそれが難しかった。 そこでmixiなんかに移行した人が多かったように思います。 第一段階の引き締め ブロブの問題点だったのは、ある

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