第33回投稿記念

常連さん、いつもご高覧いただき誠にありがとうございます。

この場で今一度感謝いたします。

アクセス解析

アクセス場所は分散していますが、当然の如くアクセス数はあまりありません。

ただ、平均アクセス時間が長いということは、何よりもの書きがいがあるというものです。

別に誰がご覧になっていらっしゃるなどはわからない上に、いつもいつもチェックしているわけではありませんが、非常にありがたく思っています。

検索ワード

「上司を左遷させる方法」、「嫌いな人を左遷させる方法」みたいなワードが検索クエリで上がっていました。

意外とそんな出方をするんですね。検索エンジンというものは。

人によってそんなことを調べているのかと、少し面白かったです。

ある種の実験

実際、僕は検索エンジン対策などある程度お手の物です。

内部的にも外部的にも、そこらのウェブ屋の比ではありません。

でも、普段あえてしない方法をとった時、検索エンジンというものがどう反応するのか見てみたいというのもあります。

ですので、外からリンクも渡さず、ディレクトリや<h>もかなり分散したような表題をつけています。

あえてそうしているわけではなく、普段なら検索エンジンを意識して行うことを一切無視しています。

あとはかける手間を省略しているという点でしょうか。

気が向けば、少し手を加えると思いますが、そんなに大々的にアピールする気はありません。

Googleという会社

昔はそうでもなかったのですが、ここ数年の行動にはかなりの不信感があります。

たとえば動画共有サイトに違法アップロードされた動画を再生する場合でも、広告をつけてきます。

昔はそうでもなかったのです。

売上がすごいとかいう場合には、社会的責任という社会の目がついてまわります。

それだけの利益を出せるのなら、バイトでも雇って、対策を講じるべきだと思います。

広告媒体としての質をあげようと思うのなら、ですが。

広告をつけることがいけないわけではないですが、違法にアップロードされている場合でも、全てユーザーの責任で、「俺たちは知らない」と、たかをくくる姿勢が見えてきました。

昔のGoogleはそうでもなかったように思います。

だから残念です。

表現とは

「ブラックジャックによろしく」でも出てきましたが、「伝えたい内容というか思想も信条もないのもダメだが、誰にも見られないのは表現とは言えない」みたいなことを見たことがあります。

確かにそうでしょう。

すごく頷ける話どころか営業トークにも交えたりしています。

ここではあんまり表現したいという感じではありません。

自分専用の公開日記兼コラムみたいな感じでしょうか。

イラッとされる場合でも

僕は良薬になる気はありません。

人に好かれたいなどと思わないのです。

もちろん喧嘩もしたくありません。

「人に好かれたほうがいい」という「ベター」の領域を、必須にすり替えて「人に好かれなければならない」などと思いだすと、苦しくなるだけです。

「感情を逆撫でしやがって」と思われる方もいらっしゃるでしょう。

感情が反応するのは、ある意味で表現できているということです。

感情が反応するのは、それに対応するこだわりがあるからです。

それ自体をなくす必要はありませんが、「あ、反応したな」くらいで傍観できればもう菩薩のレベルでしょう。

あくまで僕の自我の範囲

特に社会的なことについて触れているときは、あくまで僕の中のガチガチのこだわりを持った自我の部分が発言しています。

実際は気にしていません。

また、もっと当たり障りなく、しかも厳格に記述することもできるのでしょうが、そうする気はありません。

たまに出てくる単語

菩薩とかを使いますが、そんなに厳格に定義しているわけではありません。

だいたいのニュアンスです。

「パラディンになってからのセシル」くらいのものです。

ちなみにこの地方では「エフエフ」と言わずに「ファイファン」といいます。

人の名前

出典については触れないと言っておきながら、たまに示しています。

ひとつご注意頂きたいのは、変な宗教団体のように、文章の根拠、権威付けなどを狙ったものではなく、「詳しくはツァラトゥストラで」みたいな感じで、「もっと詳しく知りたい」という場合の「もしも」のために、だいたいの発言者を記述しているにとどまります。

本来は、「マタイによる福音書第何章何節」みたいなことを書かねばならないのでしょうが、これは書籍でもなければ、論文でもありません。

書物を見ながら書いているわけではないので、いちいち調べるのも手間なので省略しています。

ただ、四福音書はおそらく100回以上読んでいます。

嫌でも覚えてしまっています。

「噛めば噛むほど味が出る」ように「読めば読むほど発見がある」本だと思います。

英語との対訳のものは、少しのニュアンスの違いがあって面白いです。

○○が△△になる9つの方法

とか、わかりやすく書けば、クリック率は上がるそうですが、なんか騙しみたいじゃないですか。

だいたい、ブックオフで100円で売ってる本の数ページを要約したようなあまり実りのない内容だったりします。

あと「○○を1.3倍にして△△力を3倍アップ」みたいなことを書けば、食いついてもらいやすい、とか聞きますが、新聞折込か週刊誌に載ってる胡散臭いダイエット商品みたいじゃないですか。

その商品が本当にすごいなら、もっと売れているはずです。

常連さんがついて、そんなに広告にお金をかけなくてもいいはずです。

広告がうまいだけで、中身がありません。

そしてなんだか「釣った、釣られた」みたいで嫌ですね。

僕は、そういうことはしたくありません。

ブログネタ

わざわざブログネタを探すこともありません。

たまにブログのサービスを行っているところは「ブログネタ」としてキーワードを挙げてくれていますが、別に雑談に「ネタ」はいりません。

親しい友人と話に行くときに、いちいちネタなんか用意しないと思うのです。

少なくともここで、そんな流行りのことをやることはしませんし、なるべく自分にしか記述できないようなことを書いていこうと思います。

材料不足

世の中は情報過多だと言われますが、実際はどこかで聞いたような話をくっつけたり要約しているだけで、かなり使い回しの内容が多いように思います。

これは経済理論のせいで、結局一番儲かる方法を模索したとき、一番利益率が高いのがそういう手法なだけで、ある意味仕方ないのかもしれません。

ただ、みんなに情報が行き渡っていくほど、元ネタというものはどんどん枯渇していきます。

そうなると、外からのエンターテイメントによって人生を彩ろうとすれば、くだらないような内容のものでいいから追い求めなくてはならなくなります。

「感動から感激へ」などと三流のコンサルは言いますが、だれかがいろいろな表現を試していかない限り、それは無理です。

世にあふれる情報の質はかなり差別化されてきました。

情報過多と言われながらも、知っても仕方なければ、特に面白みもないものでいいから、と何か暇を埋めてくれるものを追い求めているように思います。

それは、まとめサイトなどの釣りタイトルの記事本文の内容の希薄さが物語っているでしょう。

検索エンジン最適化すれば本当に質がいいのか、人がたくさん見ていれば、リンクをもらっていれば、それは人生を本当に有意義に楽しませてくれるのか、甚だ疑問です。

それだと、テレビに出ている人や有名人の方がすごくて偉いみたいじゃないですか。

人への影響力は否定しませんが、質が高いかは別問題でしょう。

有名とか有名ではないとかは気にしないほうがいいと思います。

そうでないとB層戦略の対象として「あいつら馬鹿だからこれで騙せる」と、なめた真似をしてくるかもしれませんね。

もちろん、質が高い低い、すごいすごくない、偉い偉くないなんて気にしてませんが。。。

そのポリシーに従って、続きを書いていこうと思います。

今後ともよろしく!


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