人生に失敗した人々

自己啓発コンサルの視点から見れば成功とは金持ちになることであり、失敗とは貧困に喘いでしまうことになるのでしょうか。

そしてその「成功」の方法論を唱えることによって、自分は一度も実践したこともないのに、人に教えて儲けようとしています。意味が無いとは言いません。間違いばかりとは言いません。しかしながら、そんなことはブックオフで100円で売っている本にも書いてある、というだけです。

以前、経営者の集まりのあとの懇親会に参加していたこの系統の自称コンサルタントが、成功した結婚と幸せだが失敗の結婚というテーマで語ってくれました(飲み屋の雑談程度ですが)。

彼が言うには成功した結婚とは親類含めてイザコザがない状態、幸せだが失敗した結婚とは二人だけが幸せな結婚生活だそうです。

残念ですが、二人が幸せならそれで十分というか、それだけで構いません。イザコザが起こるなら親類を全部切り捨てることです。

いざという時、頼ろうすがろうとしているから嫁よりも自分の親を優先したりするのでしょう。すべて捨て去る出家者のように二人の間に弊害になるものは捨て去ることです。それができないのに一緒になろうとしてはいけません。別に行き先も告げずに遠くに転居すれば良い話です。

苦しみながら生きること

さて、人生の失敗とは何でしょうか。

それはただひとつしかありません。苦しみながら生きることです。楽しいと思えることも苦しみです。いくらお金をつぎ込んで、楽しいことをしていてもそれは苦しみです。生存本能に支配され、恐怖心にやられ、やっているつもりがやらされているだけ、生きていることは苦しみしかありません。衝動が起こり、渇望し、それを満たしてもマイナスが一瞬ゼロになるだけ。それがわかった時に、失敗が消えていきます。

試験に落ちた、仕事がなくなった、そんなことは大したことではありません。大金をはたいて良い空調、広い空間、などは手には入ります。しかしいつまでたっても心の平安は訪れません。

生きることは苦しみそのものですが、その苦しみを無効化することはできます。無効化するにあたって、お金はかかりませんが、お金をいくらかけても無駄です。お金で買えるものは、環境整備での身体的負荷の軽減と騒ぐ心を誤魔化す刺激くらいのものです。

お金をかけて買った物も、物でありながらすぐに消え行く情報です。物質という形をした情報にしか過ぎません。結局五感で感じた情報はすぐに記憶という情報に変換され、もうそこにはありません。そうなると躍起になって所有することのバカらしさがズドンと沁みてきます。

それが語るまでもなく当たり前になったのならば、海外のリゾート地のプライベートビーチで寝そべっても得られない心地よい安穏がずっと続きます。もちろん無料です。結果的に誰よりも贅沢になってしまいます。

人生に失敗した人々 曙光 213


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