ひとつの寓話

今年に入ってからですが、久しぶりに手塚治虫氏の漫画を読みました。

もう10年以上も前に一度読んだ作品ですが、改めて読んでみるとやはり今の「後々のキャラ化のグッズ化」を意図していない純化された作品だけに、作者の意志がよくよく染みこんでいると感じました。

そんなことで読んだのは手塚治虫氏の「ブッダ」です。

もちろん手塚氏ならではのブッダですが、下手な本よりもよくよく伝わるのではないでしょうか。

核心に迫るポイントはぼかしてありますが、わからなくてもせめて感じる必要があるポイントだけは非常にわかりやすく描写してあります。

そこには神格化されたブッダではなく、一人の青年がもがき苦しむ様子がたくさん描かれています。

特に全て捨てて出家したはずなのに、最後の最後で母国や妻のことを思い出して、葛藤するシッダルタの様子は、非常に強い臨場感を感じることができます。

学術的に事実だったかどうかはあまり意味のないことです。

そんなことより、どういう場合にどういう気持が起こるか、どうあるべきかを一度くらいは考えるきっかけになるのならば、そしてそんな苦しみを解消する事ができるのならば、事実だどうだのウンチクは不要です。

世に数ある寓話もそのためのものです。

実際の事実関係がどうかというより、今直接関係あることは、意識の中だけの問題なのですから。

いつも手塚氏の作品を読むと、彼の優しさが伝わってきます。

彼だけでなくトキワ荘の人たちの作品は、みんなその人達の持っている優しさが染み込んでいます。

これからもそんな漫画たちが出てきて欲しいと思っています。

ひとつの寓話 曙光 327


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