タグ別アーカイブ: 動植物

動物や植物について

うさぎの斜頸

先日、養子のうさぎが、「もげているのか?」と思えば、ずっと同じ方向に首を傾げていたので、おかしいなぁと思いつつも、朝のうちは様子を見ていました。外出後も同じ方向に傾けていたので、「やはりおかしい」と思いながらも既に夜だったため、動物病院も開いておらず、てんやわんやになりました。 ひとまず動物病院の診察券を見ると、土曜日も午前中だけは開

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家庭の平和と魂の平和

われわれの普通の気分は、われわれが自分の環境を維持することのできる気分に依存している。 曙光 283 自分の環境を変化させる事こそ、「ひとまず今のままでも大丈夫なのに新しく危険なことをする必要はない」という抵抗感を一番感じる時です。家庭の平和と魂の平和という言葉のごとく、気分としての平和な状態を強く望んでいます。 確かに新しく危険なこ

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ひとつの模範

私はトゥキュディデスのどこを愛するのか?私が彼をプラトンよりも深く尊敬する原因は何か?― 彼は人間と出来事のあらゆる典型的なものに、最も広範囲で最も偏見のない喜びを感じ、そしてどの典型にも、ある量のよい理性が属していることを見出す。これを、彼は発見しようと努める。彼はプラトンよりも大きな実際的な公正さを持っている。 曙光 168 前半

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思い違いをしたがる

自称アーティストの方々は、よく思い違いをしたがります。アーティストの特性を分析し、その分析結果を元に自分を当てはめようとし、他人からはそう勘違いされるように仕向けていきます。 「何かつかみ所のない不思議な存在」 自称アーティスト、自称芸術家の方々は、特にこのような属性を自分に帯びさせようと努力します。 努力している時点ですでに違うので

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犬にお世辞

犬は特に好きでも嫌いでもないのですが、犬を飼う人は、犬に対しての態度よって嫌いです。どういう点が嫌かというと、人間側の都合なのに犬側の都合かのようにすり替えて正当化して居直る点です。 本当に犬のことを考えているのか疑問です。人間の思考の産物である主義やマナーなどで勝手に去勢したり、「もっとかわいく」と人間の感情のために、毛にハート型の

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身近なものがますます遠くなるわけ

家族がいる人には、「家族」というものは嫌でも身近にいてしまいます。離れて欲しくても近くに寄ってきます。 「家族には寄りつかれる」という属性を持っていますが、家族だからといって気が合うかどうかは別問題です。ほとんどの場合は気が合わないでしょう。気が合いすぎるというのも、自分よりも子どもや両親などを優先してしまう要因になるので、適度な距離

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ワンテーマ 養子のうさぎとインコたちとゆかいな動物たち

我が養子のうさぎと、インコたち、そしてゆかいな動物たちの記事です。人から教わったこともたくさんありますが、言語を介さずして彼らに教わったことも計り知れません。 動物はエライという境地 改 うちには現在、養子のうさぎがいます。 そして昔、うちにはインコがいました。セキセイインコを漢字で書けるほど(脊黄青鸚哥)、無類のインコ好きなのですが

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やはり英雄的

われわれがほとんどあえて口にしないほどいたって評判が悪いけれども、有益であって必要であることは行うこと。―これもやはり英雄的である。ギリシア人は、ヘラクレスの大きな仕事の中に厠の掃除を入れることを恥としなかった。 曙光 430 「やはり英雄的」ということですが、なぜか二十歳くらいから、英雄ならば「ひでお」、正義なら「まさよし」、勝利な

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秋の七草

紅葉があまりに鮮やかなので、観光シーズンになるとそちらに気を取られがちですが、春に負けず秋にもたくさんの花が咲きます。特に七草粥として食べるということではないようです。秋の七草は万葉集巻八の秋雑歌(あきのぞうか)にある、以下の山上憶良氏の歌二首から。 「秋の野に咲きたる花を指折りてかき数ふれば七種の花」 「萩の花 尾花 葛花 なでしこ

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バジル二世

バジル

我が家の住民、バジル君たちです。 バジル(Basil)はシソ科メボウキ属の多年草です。和名はメボウキと言うそうです。バジリコはイタリア語のようです。成長初期段階では草のような茎ですが、成長すると木になっていきます。シソ科なので大葉くんと同じような実のつき方をします。 イタリア料理によく使われるハーブとして有名なバジルですが、健胃、食欲

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動物と道徳

拝金主義というのはどこまでも拝金主義に徹していきます。だからこそ一部の動物を「経済動物」という呼び方をしたりします。 経済動物という表現は、つまり「儲かればいい」であり、「儲けもできない上に、金がかかるなら殺す」です。 疚しさに対しての自己説得でしかなく、動物に対して経済動物や産業動物という呼称を用いる人間にロクな人間はいません。 経

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宝ヶ池

宝ヶ池(宝ヶ池公園)

宝ヶ池(宝ヶ池公園)について。京都市左京区にある宝ヶ池公園に関する情報及び宝ヶ池に訪れる方々へのお願いです。 宝ヶ池(宝ヶ池公園)はその周りが遊歩道になっています。老若男女が訪れる自然あふれる公園です。メインとなる宝ヶ池周りの遊歩道の他、子どもの楽園、菖蒲園(しょうぶ園)、いこいの森、桜の森、北園、野鳥の森、梅林園などがあります。緑あ

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カタツムリ

ONE LIFE

ONE LIFE/the pillows 昔は家の前にも蛙や蝸牛がいました。もう20年くらいは見ていないような気がします。母校も昔は校舎裏が森のようになっていました。今ではその面影もありません。 母校もそうですが、観光客への見栄か、地元の「無菌状態」を好む人のヒステリーかわかりませんが、京都中が整備されすぎて、どんどんその土地らしさが

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花との思い出

花との思い出

花束のある生活がいい。 行きつけの花屋さんは素敵。 真剣な眼差しの奥に、試行錯誤を感じる。 微かに浮かべる微笑に感情を感じる。 その指先は直感に任せる様に作品を創りあげていく。 ふと「これなんですか?」と尋ねた花に見えぬ花。 「ここに置いてある中で一番好きな花なんですよ。」 と笑顔な彼女。 こういう生活はどんな毎日なんだろう? 昼間か

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動物たちとのあれこれ

ボーダーコリー ボーダーコリーと言ふのか、犬がゐる。 どうやら通りすがる度に相手をせぬと、ワンワン吠えるので、相手をしてみると、去り際には三倍キャンキャン鳴く。 「これは愉快だ」と態と相手をせずに去るのを日課にしてゐたのだが、氣まぐれに偶には相手をしてやらうと、近寄つてみると、汚物を口に咥えてゐる。「おひおひ、假にも君は女子ではないか

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蓮の花 烏丸半島蓮の群生地

蓮の群生

先日、滋賀県草津市にある、からすま半島の蓮の群生を見に行きました。からすま、と聞いてイラッとするのはおそらく京都人だからですね。 滋賀県には新宿橋や天満橋があり、この日もまた「烏丸」といいとこ取り感が否めません。 烏丸半島蓮の群生地 さて、蓮の群生地ですが、観光バスできたのでしょうか、老後の余生を送る獣の群れをたくさん見かけました。

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減量と省エネルギー

20代前半の時、職場の近くにある弁当屋に「唐揚げジャンボ」たるものがありました。ノーマルサイズのからあげが13個入っています。僕はほぼ毎日食べていました。そして、それでは足りなくなり、お昼には唐揚げジャンボとカップヌードルを食べるほどになりました。 そんなこんなで13キロほど増えました。みるみる太っていったわけですが、またすぐに戻りま

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思い立つどうぶつ

思い立ったら即行動、というのが常ですが、昔は良く思い立って、学校が終わってからいきなり敦賀あたりまでバイクで行ったりしていました。バイクといっても50ccです。 確かあれは7月でした。海辺に着くとちょうど夕暮れどきで、しばし夕日を眺めたあと、すぐさま凍えながら山道を帰るという具合でした。 ふと思い立って、「とりあえず」となったことは、

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動物はエライという境地 改

うちには現在、養子のうさぎがいます。 そして昔、うちにはインコがいました。セキセイインコを漢字で書けるほど(脊黄青鸚哥)、無類のインコ好きなのですが、最初に共同生活を始めたのは小学校2年生の時でした。 一番長生きした「ピーコさん」は、14歳まで生きました。 よく動物の本などではインコの寿命は7歳から10歳と書かれていますが、僕は嘘だと

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Kさんちのうさちゃんと我が養子

角家の兎 2007年01月31日03:31 よく通る道端の民家で見かけた。 初見で何が転がって居るのかと思い、近寄ってみる。 「なんだ、縫い包みか」 と、その場は去ったのだが、翌日隅っこへ移動している。 「子供がなにやら玄関で遊んでいるのだろう」 と、その場を去る。 翌日、凝視してみる。 耳が動いた。 しかし、頑なに前を見つめている。

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Funny Bunny

うさぎは軽薄だという意見をたまに聞きます。 そんなことはありません。 非常にわかりにくいだけで、かなり感情豊かなことは確かです。 吠えたりはしないのでわかりにくいですが、喜怒哀楽はすぐにわかります。 うさぎも鳴きます。 ぷぅぷぅぶぅぶぅ鳴きます。 媚を売るようなことはしませんが、鳴いて僕を呼びます。 そんなうさぎの姿はなかなか見れない

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純粋な知性

本能的なものというのは無駄がなく知性的です。 ニーチェがそんなことを言っていました。 純粋に本能的なものほど、知性を感じたりします。 植物たちの無駄のない生き方、感情によって他の生き物を無駄に殺生したり傷つけたりしない動物や虫たち、そうした自然界の生き物たちの本能的な知性は非常に知性的です。 本能レベルを超えた無駄な思考 一方、人間に

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