恐怖が変われば、安全も変わる
幾度となくお伝えしてきた「白い靴下事件」の舞台、我が母校が今年に入ってからメディア取材を受け、僕の後輩に当たる中学生たちが写真に映っていました。 その時見たものは「蛍光オレンジの靴」です。 こうしたように常識など、どんどん変わっていくものです。 さて、「恐怖が変われば、安全も変わる」です。 状況が変われば恐怖や安全の定義も変わる 状況が変われば、恐怖や安全の定義ももちろん変わってきます。 昔どこかで書きましたが、起業した人とそうでない人

交渉の本質 アイツの判断による小手先のテクニックを追うな
なんだか久しぶりに会社経営と商いでも書いてみようかなぁ、ということで交渉の本質についてちょっとだけ触れてみましょう。 営業や交渉の現場において、例えばやり手の上司と同行するということがあると思いますが、そうした時に、アイツ目線でテクニックを盗もうとすると、小手先のテクニックばかりを習得し、結局すごい人材にはなれません。 実は社会のそうした現場でも、教える側としても「教えることと言えば…」ということになって、そうした小手先のテクニックを伝
犠牲の価値
国家と君主から個人を犠牲にする権利(司法や従軍などの場合のように)を剥奪すればするだけ、一層自己犠牲の価値が高まるだろう。 曙光 374 まあこれはパラドクスのようなもので、自由を欲しながら、自由にストレスを感じるということがよくあるという感じでしょう。 忙しいと休暇が欲しくなるというのが普通だと思いますが、お金が無限にあったとしても、永久に休暇ばかりだと気が狂れてしまうという感じに近いです。 自己犠牲の価値という表現は面白いですが、人
日々使い古される人々
この若者たちには、人格も、才能も、勤勉さも不足していない。しかし彼らには、自分自身に或る方針を与える時間が決して許されなかった。むしろ彼らは、幼児から或る方針を受け取るように習慣づけられた。彼らが「荒野に送られる」に足りるほど成熟したその頃、幾分違った扱いがなされた。― 彼らは利用された。彼らから自分自身が奪い取られた。彼らは日々使い古されるものへと教育された。それが彼らの倫理学となった。 曙光 178 前半 意識の中の材料がそれほど多
犯罪者の悲哀
犯罪者であることが発覚したとき、彼が苦しむのは犯罪ではなく恥辱であり、馬鹿げたことをしたことに対する嫌悪であり、通例の生活必需品に不自由することである。この点を区別するためには、めったにないような敏感さを必要とする。 曙光 366 前半 梅雨時くらいからでしょうか、宝ヶ池に行くと「ガチョウの雪雄がどこにいるか」を示したホワイトボードが設置されています。 さて、かつてある哲人は言いました。 「反省する動機がないことが一番の問題だ」 彼によ
虚栄心
虚栄心とは、独創的だと思われることに対する恐怖心である。それ故に誇りの欠如である。しかし必ずしも独創性の欠如というわけではない。 曙光 365 久しぶりの曙光です。 ニーチェによると虚栄心とは、独創的だと思われることに対する恐怖心=「誇りの欠如」ということになっているようです。 虚栄心(きょえいしん)は、いわゆる見栄をはり、自尊心を高めようということを意味します。ブランド品で着飾ったり、立派な肩書を得たいというものから、「有名人と知り合
無面接募集の生命保険契約を無効にする
ご無沙汰しております。bossuです。 考えてみれば、「お金に関すること」カテゴリーの投稿は人気(?)にもかかわらず、最終投稿は1年半以上前になります。 まあそれほどお金に関心がなくなってきているのでしょう。でも一応元プロなので、ちょうど今あったばかりのトラブル、「無面接募集の生命保険契約を無効にする」ということについて、覚書程度に書いていきましょう。誰かの役に立つかもしれませんので。 満期保険金を受け取るシーン、つまり、養老保険保険が
実際家たち
われわれ思索者たちは、あらゆる事物の美味をまず確認し、必要なときにはそれを決定しなければならない。実際家の人たちは、結局それをわれわれから受け取るのである。彼らのわれわれへの依存は信じられないほど大きい。 曙光 505 前半 「実際家」という言葉をはじめて使うことになりました。 意味がわかるようなわからないような言葉ですね。 さて、久しぶりに連投しています。 やはり下界に長らくいると感覚が鈍りますね。 決算だ何だで、少しフラフラになりま

胡散臭いコンサルの次はポンコツなコンサル
考えてみれば6月に入ってまだ一度も書いていませんでした。 いろいろな人と会う機会が多かったので、外出が多く、なかなか更新できませんでした。 さて、久しぶりに胡散臭いコンサルについて、そしてその次に現れたポンコツなコンサルについて触れていきましょう。 経営コンサルタントを代表としてコンサルタントという職業は胡散臭いという印象があります。しかし、しっかりしたコンサルタントの方がいることも確かです。 ただやはりコンサルタントと言えるのかすら怪
商人文化の根本思想
個人的な競争が古代ギリシア人にとって精髄であり、戦争や、勝利や法がローマ人にとって精髄であったのと同じように、商業が精髄である社会の文化が成立しつつあるのを、われわれは今日幾重にも見る。商人は一切ものを作ることなしに評価し、しかも彼自身の個人的な需要に応じてではなく、消費者の需要に応じて評価することを心得ている。「誰がどれだけこれを消費するのか?」が、彼の問題中の問題である。 曙光 175 前半 商人文化の根本思想ということで、商人とそ
和解させる
一体哲学の課題は、子供が学んだものと大人が認識したものとを和解させることであるだろうか?青年たちは子供と大人との中間にあり、中間の欲望をもっているから、哲学はまさしく青年たちの課題であるだろうか?哲学者たちが現在どんな年齢で哲学の構想を抱く習慣であるかを考えると、― それは、信仰には遅すぎ、知識にはまだ早すぎる年齢年齢なのであるが― ほとんどはそのように思われてならない。 曙光 504 一ヶ月以上ぶりの曙光です。 今回は「和解させる」と

確定申告会場で思ったこと
もう3月も中旬になりました。 3月はまだ2件しか投稿していないことに先ほど気づきました。 このシーズンは確定申告のシーズンです。といっても先日終わりましたね。 20歳で株を触りだしてから、損益通算のために確定申告をしています。が、一時期個人的な株取引ができなかったため、しばらく行っていなかったのですが、やはり起業してからはなんだかんだで毎年行っています。 起業して確定申告、といっても、個人事業主ではありません。法人を経営しています。つい

コミュニティで何とかなると思っている人たち
「コミュニティで何とかなると思っている人たち」ということで、世の中には群れていれば何とかなると思っている人たちがいます。群れて人がたくさんいればどうにかなると思っていて、自分の頭で考えることもなく人に反応しているだけで、結局相互依存状態になって破綻するということが見えないという感じになっています。 コミュニティの中にいることに安心し、和を乱さず「はい!」と元気よく返事をしていれば、それで後は誰かがなんとかしてくれるというような脳筋体育会

二つの異なった状態のために一言
本書「曙光」では情熱に駆られた状態のときについて述べていますが、ここでひとつ、意志決定について少しだけ触れようと思います。 胡散臭いコンサルをはじめ、胡散臭くない人であってもよく言うのが、「経営者に必要な能力は決断力だ」ということです。 まあ間違いではないでしょう。 何かを決めるときは、目の前の選択肢の中から選ぶわけですが、選んだ瞬間、他の選択肢を捨てることになります。時にイイトコどりということもできますが、概ねそんな感じでしょう。 選
商業社会の道徳的流行
現在の道徳的流行の原則― 「道徳的な行為とは、他人に対する同情心の行為である」― の背後に、恐怖心という社会的な衝動が支配するのを、私は見てとる。 曙光 174 序 某産業団体の「裏役員(決して怪しい存在ではありません)」をしているため、先日、自己啓発に洗脳された人から、当該師匠をセミナー講師として、起用して欲しいという説得をされました。 僕が直接されたわけではないのですが、団体構成員を経由して、団体の方に依頼が来ました。 洗脳系の自己
勇ましい人の最後の論拠
そろそろ一回胡散臭い「自称コンサルタント」について書こうと思いましたので、そろそろそんな人たちのことについて書いていきましょう。 最近は出張が多く、様々な企業とやり取りするようなことが多くなり、特にほとんど「コンサルタント」に近いような仕事の形態の比率も上がってきました。 しかしながら世の中には自己啓発に感化されただけの「自称コンサルタント」や「自称コーチ」という胡散臭い人達がいます。 そうした人たちは自称の肩書上はコンサルタントやコー
労働の讃美者
「労働」が称賛され「労働の祝福」について倦まず語られる場合、私は公益的であって個人的でない行為が賞讃される時と同じ底意を見てとる。あらゆる個人的なものに対する恐怖という底意を。 曙光 173 前半 労働自体がよく賞賛されることがありますが、そうした労働を含め、社会的な物事においては、個人的な利益よりも公益のほうが賞賛される傾向にあります。 なぜ個人的な利益よりも公益的なモノのほうが評価されるのか? それはそれを判断している人としては、相
人はどこにその家を建てるべきか
現在、賃貸物件を探しながらもなかなか決まらず不動産屋さん泣かせの日々を送っています。家を買ってもいいのですが、別に買う気も特にありません。 お金をすぐに借りてしまう人の習性として、ある程度の所得があると見込んだ場合すぐに不動産を購入しようとしますが、買った瞬間に買った価格では到底売れないようなものです。 すぐに賃貸の家賃と比較して、家賃を払うくらいならローンを払うという考えに飛びつきますが、不動産の購入はハイリスクとまではいかなくてもそ
贈る者の恥ずかしさ
「贈り物」というものは、本来贈る人の善意のような気持ちが形になるようなものです。 気持ちを形にして示してみる、というのが贈り物であり、その手前には、相手に対する気持ちというものが必要なはずです。 その思いが形になり、物を媒介して思いが伝わる、それが贈り物のもつ本質的な意味であると言えるでしょう。 「贈る者の恥ずかしさ」ということで恥ずかしくなってしまう贈り物の代表例である「贈り物という名の自爆営業」についてでも触れていきましょう。 贈り
取り違えてはならぬ!
そうだ!彼はその品物を四方八方から観察する。そこで諸君はこれこそ認識にうってつけの人だと思う。しかし彼は値切ろうとするにすぎない。― 彼はそれが買いたいのである。 曙光 341 品物を具に見るときは、自分もそのようなものを作ったり売ったりしている業界にいるか、もしくは買う前の精度のチェックと、難癖つけての値切りのため、というような動機がほとんどです。 最近では「値切りといえば」の家電屋もポイント還元という逃げを使うようになってきました。

一番籤(くじ)
これは非常に珍しいことであり、しかも人を有頂天にするものである。つまり立派に形成された知性を備え、そのような知性に属する正確も、好みも、体験でさえも持っている人間のことである。 曙光 458 最近やたらにコンビニで「700円買ってくじにチャレンジ」が多いですね。一番籤(くじ)ということでクジ引きについてです。 コンビニのクジ引きにおいては、繁忙時間の混雑を避けるために、当たりばっかり入っているくじボックスを用意して、早急に当たりくじを消
多分医者なしで生きる
病人は、医者にかかっているときには、自分で自分の健康に気をつけているときよりも軽率であるように私には思われる。前者の場合、一切の指令されたことに厳密に関係していれば十分である。後者の場合われわれは、あの指令が目指すものすなわちわれわれの健康を、医者から勧められてするよりも一層良心的に注目し、はるかに多くのものを注意し、はるかに多くのものを自分に命令し、禁止する。あらゆる規則は次のような効果を持つ。すなわち規則の背後の目的から注意を逸らさ
善良な人々
人付き合いはしてもいいですが、せめて善良な人とだけ付き合ったほうがいいでしょう。 世の中には、悪人だけでなく、首を傾げたくなるような「勘違い野郎」がたくさんいますから、人と付き合うとしてもそのような人と絡んではいけません。絡むとしてもその人で遊ぶ程度で十分です。 胡散臭いコンサルが偉いに人になりたくて、やたらとうんちくをたれてきても、その人で遊ぶくらいの感じにならなくてはなりません。 胡散臭いコンサルによるウンチク →「はい、コンサル料
商売に精通していないのが高貴である
教師として、公務員として、芸術家として、その美点を最高の価格でだけ売りつけたり、その上にそれで高利貸しをしたりすることは、― 天賦の才や素質を小売商人の仕事にすることである。人はその知恵を何といっても小利巧に利用しようとしてはならない! 曙光 308 最近福祉関係の仕事をされている方とお話する機会がありました。福祉関係と言っても、運営は株式会社であり、どちらかというと福祉っぽくない方でした。 どういうことかというと、その方のお客さんは福

本田宗一郎と井深大展
本田宗一郎氏と井深大氏、それぞれホンダ、ソニーの創立者であるこの両名は「尊敬する人」として、よく挙げられるお二方です。 「僕も尊敬しています」 ということが書きたくて、というわけではありませんが、僕が躍進するきっかけになったお二方です。 「なんだか楽しそう」 仕事に対する見方がほとんど180度変わってしまったきっかけであり、それは2004年の11月、いまから10年半くらい前の話です。 本田宗一郎と井深大展 夢と創造 「もの」づくり・町工
浪費
興奮しやすく突飛な性格の人々にあっては、最初の言葉や行為はほとんどいつも彼ら本来の性格を特徴つけるものではない(それらは環境によって示唆されたのであり、いわば環境の精神の模倣である)。しかしそれらはたしかに語られ、なされたのであるから、その後に続く性格に基づいた本来の言葉や行為は、しばしば調停や、回復や、再忘却などに費やされざるを得ないのである。 曙光 290 浪費と消費、似て非なるこの言葉たちは、無駄遣いと生き金、というわかりやすい尺

お客さんのお客さん
昔、頭文字Dを観ている時に、ふと思ったことがあります。 乾信司との最終戦でも出てきたブラインドアタックですが、かつてのバトルでは、相手の車体を見るのではなく、相手のヘッドライトの照らしている先を見る、という旨のことを言っていました。 同じようなことを、似非コンサルタント達に言いたい、いや、言いたいと思った瞬間に本人や、そんなコンサルにお世話になっている、もしくはその予備軍には言いますから、既に言って回っています。 いつでも「客単価をあげ
家庭の平和と魂の平和
われわれの普通の気分は、われわれが自分の環境を維持することのできる気分に依存している。 曙光 283 自分の環境を変化させる事こそ、「ひとまず今のままでも大丈夫なのに新しく危険なことをする必要はない」という抵抗感を一番感じる時です。家庭の平和と魂の平和という言葉のごとく、気分としての平和な状態を強く望んでいます。 確かに新しく危険なことをわざわざする必要はどこにもありません。 したいとも思わず、というのならばいいですが、心の何処かでは、
美しさのもつ危険
この女性は美しくて賢明である。ああ、彼女が美しくなかったら、どんなにはるかに賢明になったことだろう。 曙光 282 本であっても人の話であっても、その情報がどんな情報であれ、情報というものならば、内容とそれ以外の属性は切り離さなければなりません。 その人の経歴や肩書などの属性は、その情報を解釈するにあたっての単語のもつ意味、つまり定義付けの「ぶれ」をなるべくなくすために、参考程度には使えますが、それ以上の意味を持たせてはいけません。 た
ひとつの模範
私はトゥキュディデスのどこを愛するのか?私が彼をプラトンよりも深く尊敬する原因は何か?― 彼は人間と出来事のあらゆる典型的なものに、最も広範囲で最も偏見のない喜びを感じ、そしてどの典型にも、ある量のよい理性が属していることを見出す。これを、彼は発見しようと努める。彼はプラトンよりも大きな実際的な公正さを持っている。 曙光 168 前半 トゥキュディデスは「戦史(ペロポネソス戦争史)」の人ですね。「アテナイ」オタク以外は知らなくてもいい人