タグ別アーカイブ: 文化・芸術

文化・芸術・風習などについて

レコードを置き、針をのせた

僕が自発的にレコードを置き、針をのせたのは、高校生くらいの時だったでしょうか。 基本的にはCDで、微妙にカセットテープ世代でもあり、思春期にMD、デジタルオーディオプレーヤーといったものに変化していった世代ではありますが、「ベースをくれた英会話の先生のお兄さん」が使っていたパワーアンプを自宅に持って帰ってきた際、家にあったレコードプレーヤーと接続して父の持っていたレコードを再生したのが一番最初だったと思います。 洋楽のレコードがたくさんある中、何だかんだで一番最初に再生したのは確かチューリップの「心の旅」でした。

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こんなふうに淡々と、日常茶飯のように

ある人にとっては難しく、また難しいからこそワクワクするようなことであっても、またある人にとっては日常茶飯のように淡々とこなすことができるものであったりします。 そんな日常茶飯事レベルになった時、当然ながらその余裕さに比例して、それに「なりたい」という気持ちやワクワクは消えていきます。 それがなく渇望している人にとっては、嫉妬や羨望の対象となるものであっても、それを持つ人にとっては「普段、意識すらしない」ということもよくあります。 ただそうして日常茶飯のようなものになったとしても、それに一種の羨望を抱いていた頃から見

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それに、モデルと言っても

本人にとっては自己顕示欲を始めとする自尊心獲得ゲームとなり、他者にとっては欲を刺激するものとして捉えられがちなモデル等々の職業ですが、経済社会の中ではどうあがいてもそれに携わる人が繰り上がり式などで役割を担うことになります。 世間が求めていないものは需給が成り立たないということになるため、少なからず求めに応じて役割を担う人が必要になってきます。 モデルに限らずですが、そうした属性を持つものを構成する人たちの是非を問うよりも、その人達の心のあり方がどうあるかのほうが大切です。なので、モデルならモデルとして良き心の持ち

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燃やしてしまった写真

デジタルデータとして残すというのが基本となった現代では、写真を燃やすという行動が未だに個人レベルで起こっているのかはわかりませんが、昔はよく写真を燃やすという描写がよくありました。今それを垣間見れるのは、抗議行動かカラオケのイメージ映像くらいのような気もします(実際にあるのかは知りません)。 そういえば、中学校卒業の頃の話になりますが、「家にあるのは縁起が悪い」という理由などから、卒業アルバムの中の一部の同級生の写真を切り取って燃やすということが流行っていました。 当時、リング等々のホラー映画が流行っていたというこ

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追跡の恐怖

いつの時代も潔く去ることをしないストーカーのような存在はいて、それはきっと無くなることはありません。 そういう僕も何度かストーキングされたことがありますが、そうしたときには逆にストーカー相手に遊んでしまうことにしています。 まあ個人的にも付け回されたことがありますが、会社の方にも嫌がらせのつもりか何なのか非通知の無言電話がかかってきたりします。 一応そうした着信は拒否するように設定しているのですが、一度設定解除して再設定し忘れた時に深夜にかかってきたことがありました。その時の無言電話への対応は「何かが切れる瞬間」で

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空気を引き裂く弦の音

あまり街中に行かないので今ではどんな感じになっているのかはわかりませんが、音楽において、特にライブ会場においてある時から劇的に盛り上がることよりも「怪我人を出さないこと」の方が重視され、不完全燃焼感が増してきました。 個人的には、十代の時にダイブして肩から落ちて怪我をしたりもしましたが、自己責任なのでまあいいかぁという面もありつつ、その一瞬は他では代えられないというようなことを思っていたので、誰を責めるわけでもなくという感じでした。 以前はそうした共通認識のほうが大多数であり、それが叶っていたということになりますが

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高岡市 藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー

水の王国 とやま 2019 藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー

氷見市の光禅寺と忍者ハットリくんロードを出て翌日向かったのが高岡市の藤子・F・不二雄ふるさとギャラリーです。 藤子不二雄A氏の次はもちろん藤子・F・不二雄氏。当然です。 ちなみに本日9月3日はドラえもんの誕生日。 藤子・F・不二雄ふるさとギャラリーは、高岡市美術館の2階にあります。 〒933-0056 富山県高岡市中川1丁目1-30 高岡市美術館 藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー内は撮影禁止ですが、入り口のどこでもドアやドラえもん像などは撮影しても大丈夫です。 藤子・F・不二雄氏と少年時代の僕 「僕のもとに帰って

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光禅寺&忍者ハットリくんロード

水の王国 とやま 2019 光禅寺&忍者ハットリくんロード

石川県羽咋市を出て向かった先は富山県氷見市です。 目的は氷見うどんと光禅寺。 まず向かった先は藤子不二雄A氏の生家光禅寺です。 さてどこに車を駐めようかと思っていたら、目の前が無料駐車場でした(土日のみ利用可のようです)。 光禅寺 藤子不二雄A氏の生家であり小学生の途中まで過ごした光禅寺。 見えた! 忍者ハットリくん、怪物くん、プロゴルファー猿、笑ゥせぇるすまんの中で一番観たものといえば… 多分怪物くんになるでしょう。 笑ゥせぇるすまん喪黒福造に寄ってみます。 拝観はできないようですが、庫裡の広間には喪黒福造の達磨

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兼六園

いしかわ百万石物語 2019 兼六園

昨年岡山に行った時に、三名園の一つである後楽園に行きましたが、今年は同じく日本三名園のひとつ兼六園です。 千原ジュニア氏の「14歳」に出てきたことから、以前から行ってみたいなぁと思っていた場所です。 言わずと知れた名園兼六園。約11.7haの日本庭園です。 感覚的なものですが、ところどころなんとなく京都御苑を歩いているような感じになりました。 でもやはり池泉回遊式庭園のため趣は異なります。 立派な木だなぁ。 向かう途中の渋滞で感じたカリカリが吹き飛ぶ庭園。 「唐崎松ということは、滋賀の湖西の唐崎か」ということがピン

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極めつけのまとまり

結構な頻度で旅のお供に持っていく曲「自由へ道連れ」ですが、改めて聴いてみると極めつけのまとまり感があり、奏者たちの技量がモノを言う感じがするなぁと思ったりします。 技量が追いついていない場合、安いグルーヴになるという意味で、コピーするのが難しい曲だと思います。 各パートをコピーすることはできても、バンド単位でまとまることは極めて技量がいるという感じです。 そういった極めつけのまとまり感を感じると、かつて観たシャガールの絵を思い出したりします。 ベージュの全体の中に三原色が置いてあって、普通ならそれらはっきりした色は

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Sleep

かなり個人的な感覚ですが、雨の日に山盛りの本を目の前に積んで読み耽るような日にぴったりな曲です。 20代の時、特にやることもなく、外も雨で一人時間を満喫したい時によく読書のお供にsurvival of fattestを聴いていました。 その中の5曲目がこちらLagwagonのSleep。 お供と言いながらも聴きながら読むことはなく、聴いて読んで寝てまた聴くという感じです。 なので雨の日にこの曲を聴くと当時の感覚が蘇り、ひとまず読書に耽ったりしてしまいます。 独りの贅沢 特に人と一緒にいたいともいたくないとも思いませ

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ご縁の国しまね 2019 足立美術館

ご縁の国しまね 2019 足立美術館

ご縁の国しまね 2019ということで、先日足立美術館に行ってきました。といっても今回は、島根県には足立美術館にちょっと寄ったという程度でした。 日本一の日本庭園という評価を受けているという感じでしたが、地元が京都という土地柄ということもあってか日本庭園には慣れている感があるのと、「評価+そこそこの料金」からハードルが上がっていたので、「まあこんなもんかなぁ」という感じでした。 駐車場と新館 最初隣の安来節演芸館の方の駐車場に迷い込んでしまいましたが、すぐに隣だと気づき駐車場につくなり現れたのが足立美術館の新館でした

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みどりのマキバオー

突然現れたマキバオー

ゴールデンウィークのある日、起きた途端に頭の中で「走れマキバオー」が流れ始めました。 するとその日は一日「んあ?」という感じになります。 走れマキバオーを観ているだけで、マキバオーやカスケードはもちろん、「あ、モーリアロー」とか「サトミアマゾン!」「アマゴワクチン!」「んー・・・ニトロニクス!」「ベアナックルやん」という感じになり、やはり登場馬の名前を忘れていない自分がいました。 なんだかんだで僕たちが小学生の頃はダビスタとみどりのマキバオーの影響によって、小学生ですら競走馬の血統を語れるくらいの時代でありました。

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骨格と装飾と問題

文章と音楽は全く別物かのように見えたりもしますが、知っている人は知っているように、骨格と装飾といった感じで、中心となる部分とオマケの部分があります。 また、そこにある美しさは、フィボナッチ数列から導かれる黄金比のような法則性もあります。そういうわけで、本来文理芸は切り離されているものではありません。 言語なら言語的意識、音なら聴覚といったように、美術なら視覚といったように、どの次元で表すかとかどの次元で捉えるかというだけの違いで本質的にはそれほど違いはありません。 骨格となるものと装飾的な部分についての差は、文章で

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ある人にとっての「面白い」が、ある人にとっては「面白くない」のは、なぜなのか

ある人にとっての「面白い」が、ある人にとっては「面白くない」のは、なぜなのかという点についてフロイト的にでも触れていきましょう。 世間では、あることを面白いと思う人がいる一方、そのことを面白くないと判断する人たちもいて、両者の中で軋轢が生まれたりもします。その様子自体が若干面白いのですが、無駄な争いですし、「この心」として怨憎会苦を得ないためにも、その構造を理解しておいたほうが良いのではないかということを思いました。 笑いの要素は、緊張の緩和や間や特異性など多岐にわたりますが、重要な要素として「抑圧の解放」という要

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祝五周年

本ブログも五周年を迎えることになりました。ちなみにこれで1480記事目になります。今回も祝四周年の時と同様に、単純に祝五周年というタイトルです。 「五年経つとこんな感じになっているのか」という感じです。 祝四周年の時点で、1140記事だったのでこの一年で340記事を書いたことになります。書庫の増設等もありましたが、この一年もまあまあ書いた方になるのでしょう。 さて、常連さんいつもご高覧ありがとうございます。コメントを寄せていただいた方やcontactからご連絡を頂いた方、また、ひっそりと読んでいただいている方々、あ

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fender usa precision bass 1998

相棒プレシジョンベースとの20年

今年で我が相棒フェンダープレシジョンベースを手にとって20年になります。二代目なので、その前からベースを弾いていましたが、初代はお下がりの貰い物だったので、100%のマイベースではありませんでした。 新品のまま我が家に来たベースはこのプレベのみ。ということで100%僕専用であり、相棒としてこの20年間を共に過ごしてきたことになります。 中学校卒業祝いにと買ってもらったものなので、手に取ったのはまさに今頃です。 ― 昔から物を買い換えるのは嫌いで、一つのものをずっと使うという方が性に合っています。 たくさんのものを経

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日々を彩るアウラと駄アウラ

なんだかんだで年数回旅立ったりしていますが、日常これといって刺激を「求める」ということはありません。元々怒りが強く排除の方に気が向くくらいであり、かつ、放っておいても刺激はやってくるので「不足している感じがない」という感じです。 で、勝手に刺激は展開されていってしまうので「日々を彩るアウラと駄アウラ」といった感じでそんな日々の様子について触れてみます。 「駄アウラ」とは僕が勝手に呼んでいるものですが、元はアウラから来ています。駄菓子から得ることが多いので駄アウラと呼んでいます。 アウラの喪失 「アウラ」は、ヴァルタ

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ピアノの先生と幼き日の弱さ

なんだかんだで小学一年生から六年生までピアノを習っていました。 きっかけは何だったかはっきり覚えていませんが、「ピアノを弾きたい」と父に言うと、数日後家にピアノが届き、さっそく近くのピアノ教室に通うことになりました。 最初の1年くらいは多分楽しかったと思いますが、その後すぐに辞めたくなりました。 なぜならピアノ教室の先生と合わなかったからです。 あと幼い頃にはありがちですが、小指等々の指の痛みが辛いという部分もありました。 しかし嫌々ながらも六年生まで通うことになります。 その理由は幼き日の僕の弱さにありました。

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谷野杢蔵(歌の勝ち負け)

ついでなので、いかにも昔話的で、できれば日本昔ばなしでやって欲しい感じのお話もありましたのでご紹介しておきます。 現在ところ検索しても一切出てこない感じなので、おそらく「まんが日本昔ばなし」にはない作品だと思います。もしタイトル違いなどで類似作品があったら誰かに教えていただきたいくらいです。 三人馬鹿に引き続き、もちろん今回のお話も、以前にご紹介した「ふるさと和気 民話編」の中のお話であり、投稿の中でもタイトルだけご紹介していた谷野杢蔵(歌の勝ち負け)です。 爆笑する系ではありませんが、いかにも昔話の雰囲気があり、

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三人馬鹿

古い土着の昔話の中には、非常に良い示唆に富みつつ、非常に洗練されているものが見つかることがあります。 それもまた「名もなき方が作り出した」というところに魅力があります。 そのような感じで、以前にご紹介した「ふるさと和気 民話編」の中から僕が爆笑した僕好みの昔話をご紹介します。 民話・昔話の類型としては、笑い話となっていますが、笑い話を構築するにはロジックの揺れを押さえる必要があります。 子供相手にはちょうどいい論理展開ですし、それに加えて認知バイアスの問題も含まれているということで、分解すると奥深い感じになっていま

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園長先生のクレヨン

つい先日のことですが、カール・ラガーフェルド氏が亡くなられたそうです。 かなり前からカール・ラガーフェルド氏を知っているような口ぶりですが、その存在と名前が一致したのは去年の夏頃でした。 真鍋島で船の運行がイレギュラーになり、出戻り後に次の便を待っている間、テレビ画面にコシノジュンコ氏が登場していたのでそれを見ていました。 その話を父にすると、カール・ラガーフェルド氏の名前が出てきたという感じです(既に廃業し引退していますが、父はそうした業界にいました)。 ということで昨年知ったのですが、父は以前カール・ラガーフェ

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Eric.Wで蘇る思い出

10代の時にバンドメンバーと耳コピした「Eric.W」が凄まじく公開されていて当時の思い出が蘇ってきました。 イコライザーを調整したり、ヘッドフォンを持ってきたりいろいろとしながら、ギタリストとああでもないこうでもないとつぶやきながら何時間も耳コピした良き思い出です。 各パートごとにそれぞれ耳コピした後、違うパートのみんなが不完全部分をツッコむという感じでした。 ある程度耳コピが完了した後にみんなでスタジオで演奏してみた時の感動が蘇ってきます。コピーにもかかわらず、メンバー以外の誰もがそこには入り込めないような深い

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八割方はすぐに叶う時代の一眼レフカメラ

技術が進むにつれて、ある程度の地点までは誰でも簡単にたどりつけるようになっていきます。その裏では素人目には理解不能なレベルでのすさまじい高度な技術が組み込まれていたりします。 素人が簡単に操作できるとすれば、その簡単さに応じてその裏にある技術のレベルは高いものになっています。 そのような感じで、以前まではプロの領域だったものであっても八割方はすぐに叶う時代になってきたりしました。 それはプロの価値が下がるということではなく、ラスト二割の価値がより高まったということでもあります。 八割方までは、技術がサポートしてくれ

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夢現にやってきたカラヤン

年末ということでもうすぐ第九が流れたりする時期になりました。 年末の大詰めのこの時期ですが、昨日変な時間に目が覚めて、ウトウトしていました。最近はそんな時にはたいていベートーヴェンを聴くことにしています。 早朝に聴くと吐き気がするか、至高の時間になるかという感じで程よく異次元感を味わえるという感じです。こうした払暁のベートーヴェンはカラヤンと決めています。 「Ludwig van Beethovenがくれる勇気」で埋め込んでいたベートーヴェンは、ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan)

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