タグ別アーカイブ: 文化・芸術

文化・芸術・風習などについて

さよなら2020

2020年が終わります。何かとイレギュラーな感じになったこの年ですが、同時にいろいろなことが明るみに出るような感じだったような気もします。社会的な影響に関して、個人的には特に何の憂いもなく過ごすことができました。 12月生まれということで37歳になりました。 36歳というと30代半ばと言う感じがしますが、37歳というと40代が見えてくる感じがします。しかしながら35最理論に基づくように、年々精神年齢は逆行していっています。 日常のオバQ的要素 ~鼾王として ご飯を盛る量や犬への恐怖など、Q太郎との重複率はまあまあ高

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過去の最適化と固有名詞依存による風刺の抑制

文化的昇華のひとつとして風刺というものがあります。一度抽象化してまた具体的な何かに置き換えて行うそれは、「皮肉的な批判を文化的に行い、対象を笑い者にすらする」ということができる上に、直接の名指しとはならないため、誰かに対する批判であっても言い逃れすらできるという面白さを持っています。 かつてからそうしたものがよく用いられていた感じがしますが、近年ではそれがやや下火になっており面白みに欠けるという感じがしています。 以前にも少し触れていましたが、その背景にあるのは、「人の注目」において過去を前提とした最適化やそれに伴

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画一的なものに対する民俗学的脱出

中央集権的なものに対する「対抗ではない一種の脱出のあり方」として民俗学的な逃れ方のような方法があります。それは勃興時の民俗学が意図したところであり、「すべてが画一的になりつつある中、何が私達ならしめるのか?」というところのひとつの地域社会的な個性の保存といったようなものです。 それはひとつの全体的な侵略のようなものに対する個の空間的脱出のようなものであり、権力や合理性から画一的になりつつある社会において情報としての「地域社会的な個の保存」のようなものになります。 直接的な強制ではないが、物事のあり方、選択を制限する

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いつまでも子どもでいるために

いつまでも子どもでいるためになどと言うと、語弊を生みそうな感じがしてしまいますし、あくまで「いつまでも冒険野郎な37歳半くらいの人」が目指している「童心も忘れてないぜ系等々、そういう路線でモテよう」というものとは全く異なるため誤解は避けたいところです。 が、先日「劇画・オバQ」を再読したところ、思わず10回くらい読んでしまうことになったので「いつまでも子どもでいるために」という点について触れていきましょう。 「劇画・オバQ」の内容については特に触れませんが、ふと「そうか、僕は正ちゃんにならず、Q太郎でいるために大人

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声の奥にある意味

先日コンビニに行ったときのことです。 ラーメンコーナーなどをぐるぐるしつつ、焼きそばでも買おうかなぁと思っていたところ、店内のスピーカーからファルセット、つまり裏声を多用、というより乱用するような歌声が飛び込んできました。 その瞬間に、多少のムキムキ感がありつつ、脇毛とスネ毛を剃ってタンクトップにハーフパンツの同性愛者が、声を利用し、喉で自慰に耽っているような絵が出てきたので、何も買わずに帰ることにしました。 勝手な感想ですが、 「文化系に侵食してくんな。生活に侵食してくるな」 と思ってしまいました。 裏声を出すと

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音の形状と分子構造

音には形があり、形をしっかり捉えられると楽曲はキレイにまとまります。 また形状や構造を捉えると「どうもフィーリングが合わないな」という共同演奏者同士の息の面も整ってきます。 昔指揮を担当していた時に次のようなことがありました。 四分の三拍子となっている8小節がどうも合わないということなので、息を合わせるためにどのように説明すべきかということを考えました。 その箇所は、スコア上の表記は3/4ですが、音符的な並びは6/8であり、かつ、小節ごとに3/4と6/8が交互に入れ替わるような感じでした。 さらに6/8に関しては、

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菊花の約(ちぎり)

菊花の約

旧暦五月の雨月に開始した雨月物語の菊花の約(きっかのちぎり)は、予定通り旧暦の菊の節句である10月9日に完了しました。 「靑々たる春の柳、家園(みその)に種ることなかれ。交りは軽薄の人と結ぶなかれ」で始まり「咨軽薄の人と交りは結ぶべらかずとなん」で終わる菊花の約は、安永五年(1776年)に上田秋成氏によって刊行された作品です。ちなみに菊花の約は江戸時代のもののため、読みがなは本来「きくくわのちぎり」となっています。 菊花の約は、播磨国加古にお母さんと住む若い学者「丈部左門(はせべ さもん)」と出雲国富田の城主塩冶掃

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年少しといへども奇才あり

今年の夏に鳥取県に行ったときのことです。 大山、米子、境港のあたりから鳥取市方面に移動中、トイレがてら道の駅に寄りました。 男子トイレを出て通路に差し掛かった時、小学校低学年くらいの男子の後ろ姿が見えました。 後ろ姿ではありますが、誰に見せることなくと言った様子で「変なおじさん」が始まりました。 まだ家族の方々はトイレ内にいるようだったので、その後、館内待合室に一人です。 変なおじさんの研究 鏡ではありませんが、反射で自分の姿が見える場所まで移動し、真剣な面持ちで一人、変なおじさんを研究しています(どうやら動きのキ

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飢ゑて食を思はず、寒さに衣をわすれて

寝食を忘れるほどの集中力がある時はそれ以外のことに意識が向かない、つまり雑念が浮かばないので心地が良いものであったりします。 気力不足というものは実際に体に動かしたりして体力を消耗した時に起こるものではなく、どちらかというと意識的な情報が錯乱した時、意志決定やペース等々を振り回されたりした時、意識に上っているか無意識の底にあるかということに関わらず、ずっと気がかりなことがある時に起こったりします。 そうした状況にある時に「体力は消耗すれど精神はひとつのことに集中している」という感じになると、表面的な体力的消耗とは裏

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幼きより身を翰墨に托するといへども

詳しいことはわかりませんが、才能と呼ばれるものは基本的に「幼少期にどれだけ対象に夢中になったか」ということからしか生まれないものであると思っています。 それは文化系の領域だけなのかもしれませんが、そうした才能のようなものが語られる時、「生まれつき」と表現されたりするものの、本当は単に幼少期の体験から生まれるものばかりなのではないかと思ったりするわけです。 話し方のパターンなどは小学生くらいの時からほとんど変わっていませんし、何を面白いと思うかという点についても細かなジャンルやパターンは枝分かれしていそうなものの根本

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渇するものは夢に漿水を飲む

欲やその充足については、まさに喉の渇きと例えられるように充足してもマイナスからゼロになるだけであり、プラスに感じてしまうのはその差の大きさからの印象にしか過ぎないということになっています。ということで、基本的には苦の範疇です。 そんな中でも生きているからにはどうしようもないという生苦の範囲に入るものと、やはり厳密に考えれば自作自演の「苦」としか捉えることができない無駄な苦しみがあります。 水を求めるように求めよ それが意識的なものでそれほど厳密に決まっていないようなことであっても、自我は生理的な喉の乾きの不快パター

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下枝の茱萸色づき、垣根の野ら菊艶ひやかに

やはり茱萸(ぐみ)と菊は同じ季節の象徴として合わせて語られるのでしょう。ということも雨月物語に触れるまでは知りませんでしたし、日常でそのように感じるということもありませんでした。 現代においては、物心ついてからの成長の過程において画面から情報を得たりすることが多く、その刺激の強さに慣れ、その構造に慣れているせいか、目の前の現実にはそれほど向き合いません。 テレビ、インターネットといったものだけではなく、本やマンガや映画やアニメといったものからの情報を頼りにすることが多い傾向にあります。そして江戸時代に比べれば当然に

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重陽の佳節

9月9日が菊の節句であることは知っていましたが、同時に茱萸(ぐみ)の節句であることをこの雨月物語の注釈で知りました。 本来旧暦なので1月ズレますが、現行の9月9日というと、ちょうど毎年のことながら腹の具合が下降気味になり始める時期です。ということは、強烈な暑さが若干弱り始め、夜は過ごしやすくなるということになります。 ということで、そんな体感を感じる少年時代についてでも触れていきましょう。 マンガ「少年時代」 比較的最近になりますが、藤子不二雄A氏の少年時代(マンガ)を読んでみました。それを原作とする映画「少年時代

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美しくたくましく福井県 2020 若狭町 小浜市

美しくたくましく福井県 2020 若狭町&小浜市

先日、鳥取県や島根県に行ったばっかり、また最近福井県の若狭町や小浜市などに行きました。若狭町については今年の1月にも行きました(美しくたくましく福井県 2020 若狭町)。 海開きはしておらずという感じでしたが浜辺の方に行ってみました。 若狭町の浜辺で出会ったやどかりや牧場で出会った山羊、小浜市で見つけた民話集についてご紹介します。 若狭町の浜辺にて出会ったやどかり 若狭町の浜辺にて出会ったやどかり。岩場にたくさんいました。 細めの貝殻の中にひそむやどかり。 牧場で出会った山羊 若狭町の牧場で出会った山羊。 どこに

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Photo Gallery 「妖怪」

Photo Gallery “妖怪”

妖怪の写真集(主に水木しげるロードの妖怪ブロンズ像) Photo Gallery “鳥取” 「ゲゲゲの鬼太郎(墓場の鬼太郎)」の鬼太郎、目玉おやじ、ねずみ男、ねこ娘、ぬりかべ、一反木綿、こなき爺、砂かけ婆、吸血鬼エリート、バックベアード、アササボンサン、大海獣(だいかいじゅう)、丸毛、だるま。 「河童の三平」の河原三平、かん平、タヌキ、死神、魔女の花子。 「悪魔くん」の松下一郎、山田真吾、埋れ木真吾、メフィスト、メフィスト二世、家獣。 サラリーマン山田、ムーラちゃん、テレビくん、コケカキイキイ、フーシギくん。 女夜

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ご縁の国しまね なごみの国鳥取 2020 夏 番外編

ご縁の国しまね&なごみの国鳥取 2020 夏 番外編

「ご縁の国しまね&なごみの国鳥取 2020 夏 番外編」として合間合間にあった思い出について書いていこうと思います。 毎度のごとく爆睡ツアーの前後もしくは最中に豪雨が押し寄せるという感じになっていますが、すべての日程を通して、昼間は曇りか晴れという感じで屋外も十分に楽しめました。 旅の途中に知りましたが、一時期島根県と鳥取県は合併し、島根県として一つの括りだった時期があるようですが、その後すぐに分割されたという歴史があるようです。 さて、番外編として実際にはあまり特記することもないような気がしますが、主に次

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水木しげるロードの妖怪 家に棲む妖怪たち

水木しげるロードの妖怪 家に棲む妖怪たち

水木しげるロード第九弾は、「家に棲む妖怪たち」です。 ばけぞうり、二口女(ふたくちおんな)、傘化け(かさばけ)、あかなめ、瀬戸大将(せとたいしょう)、枕返し(まくらがえし)、三味長老(しゃみちょうろう)、ろくろくび、毛羽毛現(けうけげん)、白うねり(しろうねり)、網切り(あみきり)、獏(ばく)、百目(ひゃくめ)、小豆はかり(あずきはかり)、猫又(ねこまた)、倉ぼっこ(くらぼっこ)、家鳴り(やなり)、ひょうとく、天井なめ(てんじょうなめ)、いそがし、といった妖怪がいます。 付喪神(つくもがみ) 「家に棲む妖怪たち」は

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水木しげるロードの妖怪 身近なところにひそむ妖怪たち

水木しげるロードの妖怪 身近なところにひそむ妖怪たち

水木しげるロード第八弾は、「身近なところにひそむ妖怪たち」です。数が膨大なので一部の妖怪たちについては既に分類して投稿しましたが、それ以外の妖怪について掲載していきます。 そんなわけで「身近なところにひそむ妖怪たち」です。 川赤子(かわあかご)、蟹坊主(かにぼうず)、かみきり、すねこすり、べとべとさん、がしゃどくろ、朱の盆(しゅのぼん)、雷獣(らいじゅう)、やまびこ、山爺(やまじじい)、土ころび(つちころび)、海坊主(うみぼうず)、石見の牛鬼(いわみのうしおに)、足長手長(あしながてなが)、川うその化け物、ぬらりひ

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水木しげるロードの妖怪「河童」身近なところにひそむ妖怪たち

水木しげるロードの妖怪「河童」身近なところにひそむ妖怪たち

水木しげるロード第六弾は、「身近なところにひそむ妖怪たち」のうち「河童(かっぱ)」に絞り込んで掲載していきます。 そんなわけで河童の三平のかん平等は除外して「身近なところにひそむ妖怪たち」のエリアにいる「河童」です。 「河童(かっぱ)」を筆頭に、ガラッパ、カシャボ、山童(やまわろ)、ケンモン、水虎(すいこ)、エンコウ、カワエロ、川猿(かわざる)といった妖怪がいます。 (エリアとしては「身近なところにひそむ妖怪たち」ですが、数が膨大になるため分類しています) 水木しげるロードの妖怪 身近なところにひそむ妖怪たち 水木

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水木しげるロードの妖怪「小僧」身近なところにひそむ妖怪たち

水木しげるロードの妖怪「小僧」身近なところにひそむ妖怪たち

水木しげるロード第五弾は、「身近なところにひそむ妖怪たち」のうち「小僧」に絞り込んで掲載していきます。 袖引小僧(そでひきこぞう)、豆腐小僧(とうふこぞう)、浪小僧(なみこぞう)、一つ目小僧(ひとつめこぞう)、提灯小僧(ちょうちんこぞう)、雨ふり小僧(あめふりこぞう)、算盤小僧(そろばんこぞう)といった妖怪がいます。 (エリアとしては「身近なところにひそむ妖怪たち」ですが、数が膨大になるため分類しています) 水木しげるロードの妖怪 身近なところにひそむ妖怪たち 水木しげるロードの妖怪「女妖怪」身近なところにひそむ妖

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水木しげるロードの妖怪「女妖怪」身近なところにひそむ妖怪たち

水木しげるロードの妖怪「女妖怪」身近なところにひそむ妖怪たち

水木しげるロード第四弾は、「身近なところにひそむ妖怪たち」の妖怪の中で「女妖怪」に絞り込んで掲載していきます。エリアとしては「身近なところにひそむ妖怪たち」ですが、数が膨大になるため、いくつかの分類をした上で投稿しようと思います。 そんなわけでまずは「女妖怪」です。濡れ女(ぬれおんな)、口裂け女(くちさけおんな)、お歯黒(おはぐろ)べったり、高女(たかおんな)、鍛冶媼(かじばばあ)、青女房(あおにょうぼう)、針女(はりおなご、はりおんな)、海女房(うみにょうぼう)、雪女(ゆきおんな)、寒戸の婆(さむとのばんば)とい

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水木しげるロードの妖怪 神仏・吉凶を司る妖怪たち

水木しげるロードの妖怪 神仏・吉凶を司る妖怪たち

水木しげるロード第三弾は、「神仏・吉凶を司る妖怪たち」です。 貧乏神(びんぼうがみ)、たにぐく、八岐大蛇(やまたのおろち)、大元神(おおもとがみ)、アマメハギ、隠神刑部狸(いぬがみぎょうぶだぬき)、田の神(たのかみ)、件(くだん)、クサビラ神、龍(りゅう)、土用坊主(どようぼうず)、金霊(かなだま)、夜行(やぎょう)さん、座敷童子(ざしきわらし)、閻魔大王(えんまだいおう)、井戸の神(いどのかみ)、シーサー、麒麟獅子(きりんじし)と猩猩(しょうじょう)、方相氏(ほうそうし)といった妖怪がいます。 貧乏神(びんぼうが

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水木しげるロードの妖怪 森にすむ妖怪たち

水木しげるロードの妖怪 森にすむ妖怪たち

水木しげるロード第二弾は「森にすむ妖怪たち」です。 他エリアに比べて数は少ないですが、つるべおとし、竹切狸(たけきりだぬき)、砂かけ婆、コロポックル、手の目(てのめ)、さがり、キジムナーといった妖怪がいます。 (砂かけ婆については「水木しげるロードの妖怪 水木マンガの世界」に掲載しています) つるべおとし 昔の夜は暗く、提灯の弱々しい灯りでびくびくしながら歩いた。そんなときに大木の梢などから、だしぬけに下がってくる形で現れるのが「釣瓶(つるべ)落とし」である。出現地は、京都市の隣、京都府亀岡市の曽我部町法貴。伝承と

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水木しげるロードの妖怪たち 水木マンガの世界

水木しげるロードの妖怪 水木マンガの世界

今年2月に訪れた水木しげるロードに再訪問しました。その時はスタンプラリーに必死でしたが、今回は妖怪の写真を収集すべく走り回りました(なお、スタンプラリーは現在休止中のようです)。 そういうわけなので、膨大な数になってしまうため、エリアごとに写真を分類しようと思います。前回の投稿中の画像は一部を除き、原則除外しておきます。 第一弾は、境港駅前から始まる「水木マンガの世界」です。 他のエリアにある妖怪ブロンズ像も、主要キャラに至っては掲載漫画の括りで一部こちらに掲載しています(他エリアのものはエリア名を掲載しておきます

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正福寺 地獄極楽絵図(六道絵)

のんのんばあとオレ 正福寺の地獄極楽絵図(六道絵)

水木しげる氏の妖怪画の原点である正福寺の地獄極楽絵(六道絵)についてご紹介します。この正福寺は幼き日の水木しげる氏がのんのんばあに連れられてよくやってきた寺院で、「のんのんばあとオレ」にも登場します。 ということで、境港市まで移動し、水木しげる氏の原点である地獄極楽絵図を観に正福寺に行ってみました。 入ると早速水木しげる像がありました。 本堂内に妖怪画の原点である地獄極楽絵図(六道絵)があります。 入ると早速水木しげる氏の色紙や戦記漫画などが置いてありました。 さて、地獄極楽絵図(六道絵)のある本堂奥に進みましょう

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