勢いだけでは乗り越えられない現実の壁

これは企業経営に限ったことではありませんが、「勢いだけでは乗り越えられない現実の壁」というものが世の中にはたくさんあります。

「気合いで乗り切るって言ってもなぁ。二、三日徹夜すればいいくらいに思ってない?」

というような感じです。

「頑張るぞ!」という気持ちはいいですが、世の中においては、力んだだけではなんともならないというシーンがたくさんあります。

それに気づいたのは20歳くらいのときです。

友人が奨学金と深夜バイトにより、自力で大学に通ったのはいいのですが、身を壊して破綻したというような思い出がきっかけです。

確かに短期的には勢いだけで乗り切れることもあると思いますし、ある局面さえ突破さえできればひとまずは大丈夫だというような場面もよくあります。

しかしながら中長期的な物事に関してはそうもいきません。

その場の感情としては「やってやるぞ!」と思っていても、自分の感情も含めてすべては変化していくのですから致し方ありません。

企業経営にまつわる様々な要素

経営に関して言えば、創業初期に当座の売上を確保するということも大切ですが、様々な売上の作り方はもちろん、様々な制度についても把握し、いわゆる攻めも守りも両方磨いていかねばなりません。

最初は「わからない」、「知らない」ということでも構いませんが、「それでも成り立っているんだからこれでいいんだ」と思っていると環境の変化によって成り立たなくなることも起こったりします。

社会保険や税制等々も含めて、企業経営にまつわる様々な要素を野放しにしていて、気づいたときには「遡って二年分支払え」となって破綻ということも起こりうるのですから、知りませんでは済みません。

「これでいいんだ」と思っていたものが「良くなかった」ということになります。

また、何かしらの思いを込めて事業をしたとしても、破綻すれば元も子もありませんし、それに関わった人などを守り切ることは出来ないという感じになってしまいます。

よくある事例としては、例えばある動物が好きで、その動物がいるようなカフェを展開するというようなものです。その他、何かしら保護されるべきであると思う対象についての福祉的要素のあるような事業も同じような感じです。

それ自体は別にいいのですが、動物なり何なりのことを本当に思うのであれば、様々な経営にまつわる要素を把握して、事業を安定させて多少の環境の変化くらいでは破綻しないようにしていく必要があります。

愛情や思いというと、その対象についての純粋な思いばかりが着目されますが、そんな思いだけでは「思いが破綻する」ということが起こり得るという感じです。

そんな時、経営にまつわる様々な事柄を調べたり勉強したり、企画実行したりすることは、間接的には愛情表現となるはずです。

ということで、得意ではないとか、未知のものだからということで無視することは、独りよがりの愛情となってしまいます。

「やばいぞ」となった時に、「友人数人に電話して今日の売上を確保する」くらいのことしか出来ないということでは困ったことになってしまいます。

それが何回通用するでしょうか、という感じです。

「金儲けのことを考えるような人間にはなりたくない」

と思うのはいいですが、守銭奴と健全な経営のための配備は別物です。

不得手なことも知り全体像が見えれば簡単なことも多い

また成功した一つの方法論に縛られるということもよくあります。しかしながら、不得手なことも知り、全体像が見えれば簡単なことも多く、様々なカードを持つことが出来るというのも事実です。

全く知らないことや苦手そうな分野については、それを避けてしまったりすることもありますが、あえて飛び込んでみると、避けていたことが嘘のように自信を持つことが出来たりもします。

しかしながら、勢いがある割には、そうしたものを避けてしまうという感じで鼻息だけが荒い人もたくさんいます。

「自分のできることであれば、力の限りやってみせる」

というのはいいですが、「自分のできること」という限定が勝手に入っていたりするわけです。

しかしながら、そうした気合いのようなものだけでは乗り越えられない現実の壁はたくさんあります。

体力の限り走ったところでどうにもならないことはたくさんあるわけです。

もちろんそうした勢いややる気自体はいいですが、「ならばある程度不得手なものに挑戦する分に回したらどうですか?」と思ってしまうことがよくあります。

20歳くらいの時、自力で学費と生活費を捻出しようと奮闘している友人を応援したいとは思いましたが、応援だけしていても、さほど実質的な応援にはなりませんでした。

努力と根性自体が発揮できない時

僕は僕で当時十二指腸潰瘍やパニック障害等々により体が弱っていたので、「努力と根性自体が発揮できない時もあるなぁ」ということを思っていました。

端的には、「気持ちとしては勢いで乗り切ろうにも、その勢いすら出ない」という時もあるだろうという感じです。

例えば、「自分が気合いを出して今から飛び込み営業でもしまくれば…」と思っていても、病気や怪我で体自体が動かないという場合もあるだろうという感じです。

なので、努力や根性といった「勢いで乗り切る」という方法論もひとつの方法論としていいですが、「それでは乗り切れない現実がやってくる可能性は常にあるなぁ」ということを思ったわけです。

努力や根性で様々なシーンと突破してきた人としては、そうした一つの方法論にとらわれやすいのかもしれません。

しかしながら、「いざという時、頑張ろうにも頑張れない」ということを少なからず経験したり、「頑張ってみたが破綻した」という友人の様を見たりしたので、「わからない、知らない、なんてなことを言っている場合じゃない」ということで、様々なカードを用意するために日々学習を続けていたというフシもあります。

まあ究極的には「家族を守るために自分は身を粉にしてでも頑張るぞ」といったところで、寝たきりになったり死んでしまったりすれば元も子もないという感じになります。

そういうわけなので、実質的に本気で何かを守ろうと思うならリスクヘッジを筆頭に「奮闘」以外の方法論も知っておくべきです。それは、直接相手には伝わらないかもしれませんが、実質的な愛情表現となります(若し諱むべからずのことあらば)。

というと、保険などの営業や社会保障制度の推進のようになってしまいますが、「勢いだけでは乗り越えられない現実の壁もたくさんある」という感じの事は常に頭の片隅に置いています。

たとえ努力と根性で乗り切ったとしても、体調を含めて阻害する要因がなかったとか、発揮できるための環境がある程度整っていたからだ、ということを思ったりします。

そういうわけなので現状にありがたみを感じるとともに、「いつもいつもそうとは限らないぞ」ということを思ったりもします。

何でもかんでも勢いで乗り切れると思うのは一つの慢心です。

ということすら、体を壊したりしたことから気づけたとするならば、それすらもひとつの良い思い出となります。

Category:company management & business 会社経営と商い

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