ここ数年「あてにならない専門家たち」に出くわす機会が増えました。直接話をしたときにも「頼りないなぁ」と思うことが多く、また多少専門的な本を読んでも「答えになってないじゃないか」というようなものが多く、結局何の頼りにもならないということをよく経験しました。
考えてみるとそうしたことが起こるのは育児や医療、介護の分野でそれまで慣れ親しんできた領域とは畑違いのところばかりです。
これは領域が違うからということではなく、その業界にいる人達の視野の狭さなのではないかということを思ったりします。
「直接的で具体的なところしか見ない」
という点です。
例えば
「既に発現している症状を薬理療法で対処する」
ということしか見えないといった感じです。
また、余談かつ個人的な印象となりますが、一昔前ならわからないなりにも「調べてきます」といって、翌日に回答をくれる人も多かったような気がしますが、わからない場合は「わからない」と言ってその場をしのげばそれで良いというような無責任な専門家が増えたような気がします。
あてにならない育児の情報
最近の数年で一番「あてにならない」と感じたのが育児に関する情報です。あてになるものもありますが、いちばん重要な点について「仕方がない」という回答が多かったり、「あてにならない回答」ばかりだったりという感じでした。
例えば、乳幼児の夜泣き、夜驚症に関してです。
乳幼児と関わるような様々な専門家に聞いてみましたが、「仕方がない」「わからない」という回答ばかりでした。
「専門家の称号を外せ」
と思っていましたし今でもそう思っています。
短期的な対処と中長期的な改善について、直接有効であるかどうかはわからないものの、当たってみる価値はあるような方法をひとまず列挙することはできないものなのかということを思ったりします。
では、書籍関連はどうかと言うと多少なりと回答があったりもします。インターネット情報についても同様です。
しかしながら、その夜泣きや夜驚症という現象に対しては様々な背景があります。起床や就寝の時間から、家族構成や家の環境、温度や湿度、入浴時間や食事内容等々、構成要素がたくさんあるわけです。
それを「個人差」等の一言で、とにかく「自分の仕事は終わり」というようなことしか考えられないのは、一言で言えば「バカ」です。
結局、「短期的対処としては、おんぶ散歩が有効」ということを発見したのは、どこかのお母さんのブログでした(もし今でもそのページを把握していればリンクを張るところですが、URLがわかりません。すいません)。
その方も、「アメリカでは夜間におんぶ散歩をして寝かしつけることがある」という情報をどこかで得て、試したら有効だったというようなことを書かれていました。
素人が砂金を探すように情報を集めて試していかなければならないというのはいかがなものでしょうか?
(そういうことを大学で研究すればどうでしょうか?)
相関から乳幼児の発狂と湿度の関係を推測
ちなみに、乳幼児は眠気等から「発狂」することがよくありますが、「湿度が高いと頭からの放熱がしにくくなり発狂しやすくなる」ということを相関から発見しました。
「乳幼児の癇癪」が近い情報になるとは思いますが、この乳幼児の発狂現象に対して、「湿度」が関係するということについて、どこにもそんな情報はありませんでした。
一般的に快適とされる50~60%であれば、湿度の点は問題がありません。
しかし、主にエアコンを使わない季節等々の雨の日など、ふいに湿度が高まっていることがあります。
こうした時に、湿度が70%を超えると発狂しやすくなります。
また、水分不足も発狂を誘発します。
ポイントは頭部の熱のこもりなのではないかと思います。
その他、換気不足による二酸化炭素濃度の高まりなども影響を与えると思います。
(「エビデンスは?」というような人もいるかもしれませんが、そうした人たちが専門家にも関わらず、研究しないのでデータはありません。だから「専門家の称号を外してもらおう」と思ってしまうわけです)
こうした、夜泣きや発狂に対して「直接的で具体的なところ」しか見ずに、「既に出ている症状を薬理療法で対処する」ということをした場合どうなるでしょうか?
睡眠薬や精神安定剤の投与という発想になります。
それでいいの?
おんぶで歩けば眠る、湿度を下げれば気は落ち着くという可能性がある中、「薬を使う」ということしか考えられないというのはいかがなものでしょうか?
で、結局乳幼児には使えないので、「仕方がない」という結論になります。
ということで、専門家ゆえに自分の得意な領域でしか解決策を考えられず、結局何の役にも立たないということが起こるわけです。
自分では他の解決策がわからないのなら、わかるかもしれない人を紹介するなり何なりの方法があるはずです。
でもそれはしない、と。
ということで「あてにならない」ということになります。
わからないにしても何かしらの提案なり、調べて後日伝えるなりといったことはできるはずです。それもできないような、「仕方ないです」しか言えないような、無責任な「あてにならない人」が専門家として仕事をすると、相談した側は絶望してしまいます。ならば専門家を辞めてくれていた方が世の中のためになります。
昔から「仕方ない」という言葉を安易に使う人が嫌いです。
なぜなら、「本当に何の仕方もないのか?」ということを思うからです。
「もし何かしらの仕方があった場合、あなたはその職業的資格を返上しますか?」
ということをいつも思っています。