起こった出来事に対する処理と今後の予防

社会における物事の善悪や正義的な判断には、処理と予防という視点が必要になります。いわば非難する側される側といった人達の間にある紛争においても「起こった出来事に対する処理」の意味合いと「今後の予防」としての観点を検討するのが一番です。

そしてその対象範囲を個人間という範囲、そして社会全体という範囲、それぞれで俯瞰しておくとすぐに解決するはずです。そうしたメリットを知ってか知らずか、こうした点はかつて暗黙の了解的であった印象があるのですが、あまりにも自己という視点のみしか見えていないような印象を受けました。

単純には言わなくてもわかるようなことが、言わなければわからないという感じになってきたということです。

その背景には、クレームに対してその場の処理で終わらせていたりだとか、自尊心の補償の意味合いが強いクレームが多発して、「クレーム=ただの文句」というふうな扱いになり、「怒るほうが大人げない」という感じの扱いになってきたことが挙げられるような気がします。

経営系の書籍などでは、さんざん「クレームは宝である」ということが語られていましたが、近年は感情的で起こった出来事に対する処理や今後の予防という目的は宙に浮き、議論を高めたいという意図もなく、ただの八つ当たり的になっているケースも多いので諦めの境地になってきたのでしょう。

病院での待ち時間のあり方

そういえば先月体調を壊し、結局精密検査を受けたりすることになりました。

普段はそんなに病院に行く機会はなく、行くとしても原則「幼稚園児の時からお世話になっている開業医」のところにしか行きません。

で、今回は、検査機器の関係でその医師に紹介状を書いてもらい別の病院に行くことになりました。

予約時間に病院に向かったのですが、1度目は20分待ち、2度目は1時間以上待つことになったので、2度目の時に病院内でキレることになりました。

急に飛び込みで訪れたというのならわかりますが、「何のための予約時間なのか」ということです。

まあ病院なので急患が入るケースも想定できますが、それでも事情は説明するべきだと思います。

「医師の時間は大切だが、患者ごときいくらでも待たせておけば良い」

という発想が垣間見れたので、医師、事務局長などに15分以上説教することになりました。

その理由は、自分が待たされていたことも含まれていますが、その背景にある「医師の時間は大切だが、患者ごときいくらでも待たせておけば良い」という発想への怒りです。

特に病院の場合は、待ち時間の間、自由を拘束されます。

いつ呼ばれるかわからないということは、その間自由は拘束されるという感じです。

実際に仕事のスケジュールがパンパンで、僕が戻らないと業務が進まないという感じの時期でした。お客にも待ってもらっている状態だったので怒りのボルテージが高まってしまいました。

人を待たせるということは、相手の時間を奪うことになります。そういうわけなので、極端に言えば、人を待たせておいて平気であるということは、相手の尊厳、相手の時間を踏みにじることになります。

そして問題は約束の時間ぴったりに診察が始まらないということよりも、予約時間を経過しても何の説明もない点です。あとどれくらい待つことになるのかが分かれば、外出して何かをすることができたりもします。一応病院内なので配慮して控えていた業務の電話なども行うことができます。

そして、可能な限りそうした拘束時間を少なくすることを目指すべきです。

医師のスケジュールをパンパンにするから、時間が押して行くという感じになっているはずです。それならばもう少し余白を設ければ時間のズレは軽減されるはずです。

しかしそれをせずに1時間以上の待ちを「仕方のないこと」として扱うのは配慮に欠けています。

受付に行って「もう既に30分以上経過していますが、あとどれくらいですか?」と聞いても、返答は「お待ち下さい」のみであり、火に油を注ぐように「急患が入ることもありますので」という謎の弁明を受けたので、

「じゃあ急患が来たという証拠を出しなさい。

『急患が来たので何分遅れる』という説明はしたかな?

既に予約時間から30分以上待っている事実は変わらんで。

なんで無視なんかな?

仕方がないという言葉は本当に『仕方』が無い時に使う言葉やで。

伝家の宝刀のように振りかざして、その言葉だけで万人が納得すると思うなよ」

まあ今回の件は、あまり医師に責任はないでしょう。進言しなかった、今まで進言してこなかったという点は責任が残りますが、手を抜いたりしているわけではなく本人もカツカツだと思うので、まあ仕方のない範囲かもしれません。

しかし、診療予約という仕組みのあり方、そして遅れが生じた時の対応は、幾多の改善点があるはずです。

しかしそれを一切改善してこなかった結果が、今回の待ち時間に反映されています。

その裏には、「お世話になるのに文句をいうのは…」ということで、自分が大人げないと非難されることを恐れて、本来の意味である「クレーム=意見」を伝えてこなかった歴代の患者たちにもあります。

一般企業なら1時間ズレれば取引がご破綻になることもよくあります。理由は、相手の尊厳のことを考えず、責任を感じないという心持ちが「信用」に影響を与えるからです。業務に支障が出れば、その支障は、その他の取引先などに影響を与えることもあります。だから信用できない人は切られていくという感じになっています。

そういうわけなので、この時の怒りは、今回待たされたことに対する感情の昇華が目的ではありません。

起こった出来事に対する処理と今後の予防という観点で見れば、既に時間は経過しているので謝られてもどうしようもありません。医療費を負けてくれるわけでもなし、僕としてはどうでもいいことです。しかし、もし再診することがあった場合に、同様に待たされることは無いようにしてもらいたい、待たされるとしてもその待ち時間を提示してもらい「診察待ちによる自由の拘束」を軽減してもらいたいという意図がありました。つまり今後の予防側です。

事務局長もそのことを理解してくれたようなので、まあいいかぁという感じで帰りました。

Category:miscellaneous notes 雑記

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語のみ