走馬灯の如く思い返す太公望

「能ある鷹は爪を隠す」のおじさんは釣り好きであり、また勤め人時代には結構釣り好きの人がいました。すべての人ではないと思いますが、そうしたタイプの人から受ける印象はどうしても「趣味に生きている人」といったような感じがします。

生活を趣味に合わせて生きているという感じがして、有給などを念入りに消化していく感じの人が多いという印象です。

「能ある鷹は爪を隠す」のおじさんの車には「〇〇名人」というようなステッカーが貼ってあったりしました。それほど釣りが好きなのでしょう。その一方で仕事はいまいちという感じだったのであまり良い印象はありませんでした。

思い返すと琵琶湖などでは「外来魚ボックス」というものがあり、ブラックバスやブルーギルであればその中に入れてくださいと言った感じで、外来種の魚は生態系を乱すこと言うことで駆除対象になっています。

まあ確かにそうした外来魚は強いので、生態系に影響が出るということの問題は理解できますが、何となく「外来と言うだけでかわいそうだなぁ」ということを考えたりします。

ついでなので「能ある鷹は爪を隠す」のおじさんについてでも触れておきましょう。

大前提として能ある鷹は爪を隠すというのであれば、そんなセリフを口癖になどしていないはずです。ある種自分で宣言し公言しているのですから、「隠す」という部分に大きな矛盾が生じている感が否めません。

そして僕が「忌野清志郎」に寒気がする理由の一つは、職場の宴会のたびに能ある鷹は爪を隠すおじさんが、歌っていたからということがかなり大きな原因になっています。

彼のように趣味に生きながら会社の宴会で忌野清志郎を熱唱するような生き方は嫌だと心の底から思っていましたし、今でもそう思っています。

なぜなら仕事の能力はなく、出世した友人の厚意でちょっとだけ出世したような人だったからです。


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