裸一貫の白日夢

万が一、自分が身一つで「すっからかん」になったとしても、特に憂いはないだろうなぁということを思う時があります。もし、一切の資産がなくなったとしても、何とかやり直せる自信のようなものがあるからという感じになりましょう。

この自信のような、余裕のようなものは、ある種結果的であって、その手前に「絵」があるからそう思うという感じになります。

スキルや知識、そして今までの経験などから、ゼロスタートでものし上がるための絵を描く事ができるという感じなのかもしれません。

もし、何もかも無くなってしまったときでも、最初の数ヶ月は多少の苦しさがあるかもしれませんが、その後はすぐに今くらいまでに戻れるような気がしています。もしいざそうなっても、そんなことを思うのだろうと思っています。

「犯罪以外は何でもやります。何でもいいので仕事をください」という感じで、当座の資金は何とか作るでしょうし、通常の求人が叶わないのなら、企業に飛び込み訪問したりすると思います(と言ってもあまりに危険な仕事は避けてしまうかもしれません)。

そして当座の資金を確保しながら、新しいビジネスモデルでも考えていると思います。

まあすっからかんになったということで、金銭的な信用がないとしても、スモールスタートができるような何かに手を付けているでしょう。

そういう感じなので、普段も特に憂いがありません。どう転んでも何とかなるからです。

というようなことを考えていると、もしスキルも知識も経験も無かったら憂いがあるのかもしれないというようなことも考えてしまいます。

特殊な仕事ではない一般的な仕事のスキルだけでは、恐怖心が残ってしまうのではないか、という感じです。

所詮と言ってはなんですが、「人に仕事を与えてもらっている程度」だと、そうした憂いが残ってしまうのではないか、という感じです。

仕事をしているのだから給料がもらえる、というのは当然といえば当然ですが、そうした仕事自体、つまり稼ぐ手立てを生み出す方が単に与えられた仕事をこなすよりも強烈に難しいはずです。

で、難しいことは難しいのですが、時代の変化に伴い多少方法論に変化があったとしても、なんだかんだで「稼ぐ手立て」など、昔からそれほど変わっていないはずです。

そんなことを思い浮かべる時、僕はいつもなぜか戦後の闇市などを想起してしまいます。

今の「就職が当たり前」かつ「ネットでエントリー」的なものから考えをスタートさせるのではなくて、あくまで社会は「闇市くらいの状態」が基準なのだということを思い浮かべるということです。

あくまでその延長で、合理化のために労働条件の法整備とか「ネットでエントリー」みたいな仕組みができあがっているだけだと思っています。

本来人間も動物ですし、生きるための食料獲得などもっと原始的な感じから考えたほうが頭が柔軟に働くと思っています。

しかしながら当然に、環境への適応という意味で社会の仕組みを理解しておくに越したことはありません。時代に応じた変化があるのならば、それも知っておくほうが適応という意味ではプラスにはなります。

そんな感じで原則「闇市」で、その上に時代の流れがあるのだという形で頭を巡らせると、すぐに稼いでいくことができると思っています。

いくら体一つになったとしても、この社会に適応するための基本的な知識などは既に持っているのですから、すぐに何とでもなるだろうと思っているという感じです。

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