絵空事で有頂天

すごく良い思い出でも最後の最後の状態がどうあるかによって、その思い出の解釈が変わってきたりします。また最後の状態はそれほど問題ではなくとも、時を経て異なる視点ができた時、寒気がしたりすることもあります。

マルチネットワークはまさに絵に描いた餅で人をぬか喜びさせる天才と言えるでしょう。そして現実が進むに連れて、夢を見せられていただけだと気付くのです。その時、かつて一時的にでも感じた高揚感や充実感がすべて嫌な思い出になるはずです。

基本的に喜びは感情であり、確かに純粋な感情であり、その場の感情は本物と言えば本物です。

しかしその感情はその場では真実ですが、時にその喜んだ時の思い出、記憶が後で傷となる場合があります。

人を大きく振り回してしまうもの、人を誘惑し煽動してしまうものはたくさんありますが、その中の最たるものは恐怖と喜びです。そして、意識の理屈上、それらはその場のありのまま現実としてのものではなく、未来への想像という形で人を惑わせていきます。

もちろん恐怖には、身体的な恐怖もありますが、「恥」や「疎外感」といったタイプのものなどたくさんの種類があります。そして同じように喜びにもたくさんの種類があり、世の中で喜びとされているようなものは、ほとんどが危険の種を潜ませています。その最たるものが「夢」というものです。

「好きでいられる才能」などというコピーで高校生などを囲い込む専門学校などもそうですし(結構潰れたりしているようですが)、「経済的成功」などというフレーズで誘い込むマルチネットワークもそれに属します。

過去記事でも何度か触れていますが、「他人に設定される夢」、すなわち、他人によって見せられる「未来の喜び」などはロクな結果をもたらしません。

すべてに疑心暗鬼になる必要はありませんが、そうしたものに迷いそうになった時、ひとまず一度だけでいいので立ち止まって、徹底的に情報の収集と検討をすることでリスクが格段に減ります。

何か特定の職業に就こうとか、スターになろうとか、経済的成功を勝ち取ろうなどというようなこと自体は、そのまま置いておいて良いので、今目の前に提示されている方法論をひとまず脇に置いて、もう一段階高いところから俯瞰する形で様々な方法論、選択肢をたくさん仕入れてみることです。

目の前の方法論には盲目的になりつつ、未来の喜びに興奮を覚え、猛烈なやる気が出ているのであれば、そのやる気を目の前の選択肢にだけ注力するのではなく徹底的に情報の収集を行いつつ、思考をフル回転させることです。

でも、実際にそんなことをする人はほとんどいません。なぜなら、そうしたことに反応するような人は「怠け者」だからです。

「ただ、走ればいいんだ」と勝手に思い込むことで、考えることを拒否しているという意味で怠け者です。

頭をつかうことを放棄し、考えることを放棄し、ただ目の前に反応していて「これだけを頑張ればいいんだ」などと勝手に決めつけているからです。

喜びの感情自体はかまいません。しかし他人に見せられた夢に反応し、「消費者」のままでいるのであれば、ほとんど確実に痛い目にあります。

頑張ったところで何の実りもない現実を見ることになり、そこで「かつての喜び」が嫌な思い出になるのです。

結果がどうあれ嫌な思い出にならないような、そんな「未来の喜び」を自力で見つけてください。

どうせ持つなら、今も未来も共に喜びであるような、そんな夢を持ちましょう。

そうすることに越したことはありません。

そしてその極めつけを考えれば、それは自ずと他人を条件としないような事柄になるはずです。仮に対象に他人が含まれていたとしても、他人の状態そのものではなく、他人と対峙する上での己の心が軸となるはずです。

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