素寒貧の真善美

人の嫉妬などを扱ったような低レベルな作品の中では、その低レベル差に合わせたような世界を解釈する視点が設定されています。

そしてそうした妬みなどを復讐という形でやり過ごすか、もしくは解釈の変更という形でやり過ごすかというのがせいぜいです。

色々な点で視野の狭さを感じますが、日常でそんなことを感じている人が多いからこそそうしたものを扱ったような漫画などがコンビニの棚に並ぶのでしょう。

しかしそうしたものは人を幸せにするものではありません。嫉妬は復讐によって解消されると考えることはその人を幸せにはしてくれないというのが本当のところです。

生まれや育ちといった自分を取り巻く環境は千差万別であり、そこに確実な平等というものはありません。特に資本主義という仕組みの中では、資本を持っている人が資産形成の上では生まれた瞬間からアドバンテージを持つことになります。

土地を持っている人は、その土地がお金を生み出してくれたりしますし、株式を所有しているのなら配当金などが不労所得としてやってきます。多少は相続に関する課税で持っていかれたりしますが、そうした構造を是正するほどではありません。

そして、そうした「お金がお金を生む」という構造が相続されていくことによって資本を持っている人とそうでない人の格差は、全体を通してみれば一向に縮まることがないという当然のことを、最近すごい量のデータの分析から証明してくれた人がいます。

そのような感じで、いわば家が金持ちか貧乏かというところで、お金の面では確実な格差があります。

しかしながら個人レベルで見ると、そのようなマクロ的な問題は特に影響を与えません。特に「自分の幸せ」くらいであればなおさらです。

さらに言うと、本質的には金銭と幸せは相互に影響与える部分もありつつ別物なので、自分が生まれた「環境」がそのまま原因となって「不幸を感じ続けてしまう」ということにはつながりがありません。

といっても、若い時の環境は自分の責任ではありません。自分でどうすることもできないくらいの状態ですから当然です。

そんなこんなで、20歳の成人式の頃に純粋に思ったことがあります。

生まれてから20年経って、ある日を境にいきなり「成人」となって、「ここから先は自分の責任だなどと言われても困る」ということです。

「では、ここまでの不平等は何だったのか?」

ということです。

それまでは不平等の環境を与えながら、それ以降は本人のみに責任を負わせるというのはどういう理屈なのか、という感じです。

いわば「やり逃げ」のように感じてしまったという感じです。

当時病中だったため、特にそんなことを思ったわけです。

ところが僕の場合は、「全体」を考えるということをひとまずやめることにしました。いわば義務教育的な感じで「人生のルート」が一本なら問題があるのもの、どうもそうでもないような気がしたからです。それはやはり土壌的に自営業者や零細企業が多いということに起因していたのでしょう。

そして同級生の中には親の事業を継ぐべく同族企業で働く人なども出てきました。

人によっては「そうした環境があっていいなぁ」と思う人もいるかも知れませんが、僕はそうは思いませんでした。

なぜなら自分の実力が社会で認められ、その対価としての地位や報酬を得ているというわけではないとしか思えなかったからです。

これは僻み妬みでも何でもありません。

その感覚は地主のような人たちにも向けられ、同じようなことを思いました。

それは客観的な金銭としての資本や収益という面ではなく、個人のアイデンティティの問題としてです。

自力で稼いで不動産運用をしているのならば良いのですが、「先祖が土地を持っていただけ」で、遊んでいるのならば、その人達は社会から一切の承認を得ないような、いわば「人としては存在価値のない人、誰からも必要とされない人」になってしまうという感じがしたからです。

ただ、そういった人たちも、そのような環境の中で「どうあるべきか?」というところを模索し、もがき苦しんでいるのではないか、ということを思ったりもします。

そして、そうした家業を継ぐ人や地主的な人たちにあっては、そうした一種の資本的なメリットはあっても、そのメリットの分だけ本人を縛る柵となりうるという側面も持っています。

社会からの承認という形で得る尊厳は、自尊心を支えるものとなります。

本来それは虚像の世界ですが、それが虚像だと見切れないうちから「社会の承認すら得られない」となれば、精神がおかしくなってしまうのではないか、ということを思ってしまいます。

そうした意味で、「幸せ」に対する面では、環境の不平等というものはありながらも、結局どこかで辻褄を合わせるように平等にできているのではないか、ということを思いました。

ということで、そうした人はそうした人自身の問題としてその人が乗り越えていくようなことなので、僕は僕でどう乗り越えていくか、ということにだけ着目することにしました。

そんなことを考えていたのは20歳から23歳くらいの時ですが、その結果が今の僕ということになりましょう。


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