べつに禁止されていたわけではないが、めったに近付かなかった

「べつに禁止されていたわけではないが、めったに近付かなかった、という対象は意外にも多かった」というようなことを思うときがあります。

わかりやすいもので言えば、僕は歓楽街にも行きませんし、街で知らない異性に声をかけたこともありません。

その理由は、2つの方向から示すことができます。ひとつは、「行かなかったり、しなかったりしても別に困らない」というものであり、もうひとつは、そんな感じで「困ってもいないもの」に潜むわずかながらのリスクです。

いわば「ぼったくりバー」などが代表例ですが、それほど行きたいとも思わないところに行って、背後に「ややこしい人」がいた場合、自分でも何をしているかわからなくなるという状態になるのが嫌だという感じです。

それは街中での異性への声がけも同様であり、背後にややこしい人がいたりしたら面倒だというような点が最大の理由です。

そしてそうした抑制要因に対して、為したいという衝動の方はどうかというと、個人的な満足やそれらの効用の面で「得られる結果が大したことがない」ということになり、費用やリスクを負ってまですることではないというのが基準となったまま今までを過ごしています。

それで、恐怖心から全く手を付けていないのかということになりますが、海外で「意図的にぼったくりバーに行って代金を踏み倒す」ということもしているので、恐怖心からそれらを避けているというわけでもありません。

飛び込み訪問等々が得意なわけでもありませんが、一応できないというわけでもないという感じです。

明確な基準になったきっかけ

高校生くらいまでの間は、あえて避けるというよりも、特にお金もなく、かつ、交友関係も友人周りだけで完結するので「根本的に必要がない」という感じだったので、何も気にしていませんでしたが、「費用やリスクを負ってまですることではない」ということが明確な基準になった時期というものはあります。

病に伏す少し前くらいだったと思いますが、一時期「ぼったくりの店」とか美人局みたいなことがニュースで盛んに報道されている時期がありました。

服屋ですらぼったくりが起こっていたようで、当時いわゆる「コンピュータが好きなタイプの人」を脅すようにして、ペラペラのシャツやベルトなどを何万円分もカードで支払わせるような事件があったりしたようでした。

そんな感じだったので、飲食店等々においても「値段の書いていない店」には入らないようにしていました。

歓楽街の雑居ビルに入っているような店で、外面からは価格帯が見えないような店に「新規開拓しよう」などと安易に入って、何十万円も請求されたらどうしようというような感じです。

一応、商行為として取引をするということになるので、何十万円請求されようが、それで合意があったのなら、いかに高額であろうがまともな取引ということになってしまいます。

まあ少し深く考えると慣習とか錯誤等々で交渉したりもできると思いますが、それすらも面倒です。

例えば接待等々で、価格帯をあまりオープンにしないことがスマートだということを思う人もいると思いますが、疑心暗鬼真っ盛りの頃なので、そんな感じで「新しいお気に入りの店を見つけた」というようなプラス面と「背後にどんなややこしい人がいるかわからない得体の知れないものに飛び込む」というリスクを比較すると、「別に行かなくていい」という感じになりました。

そんな中、「お通しやサービス料、保証金といったよくわからない商慣習」で触れていましたが、まともに見えて、会計時にチャージとかサービス料という名目で提示されている金額よりも高い金額を請求されたことがありました。

これは、「恥をかきたくないという人間や気の弱い人間なら断れないだろう」ということであり、う○このでかい人間にしか出来ない不誠実さだと思っています。

なので、その一件があって以降は、さらに「不誠実な人間には世話にならないでおこう」という要素が加わったりもしました。

今ではそうした感じもかなりマシにはなってきていると思うので、それほど気にすることではないのかも知れませんが、いずれにしても今となっては、そうした場所や人に「自分を楽しませてもらいたい」という欲自体が消滅しているので、行くことや声をかけることはありません。

何かしら変な感じになったとしても、だいたいのことは対処できるので別に大丈夫だと思っていますが、根本から欲する気持ちがないので、「雑事少なく」という感じで過ごしています。

Category:笑う月

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