破天荒と半可通

斬新なアイデア、画期的なアイデアというものを生み出すにも、概ねその手前にたくさんの情報が必要になります。

考えが凝り固まった玄人が見落としているようなところを初心者が発見するといった感じで、稀にビギナーズラック的にアイデアが生まれることもありますが、ほとんどのケースでそのようなことは起こりません。

アイデアは、それを発想することより形にすることのほうが難しいという面を持ちつつ、世界を変えてしまうほどのよほど斬新なものでない限り、たいていのアイデアは他の人も思い浮かべているようなアイデアだったりします。

そういえば、「自分の好きなこと、自分が得意なことを仕事にしよう」という感じで、その分野で仕事を獲得しようとする時、既存のやり方以外の方法を模索している人をたまに見かけます。

まあ例えば「写真で食べていこう」とか「絵で食べていこう」いう感じです。そうなると、写真ならば基本的には商業写真というか、「商用利用されてなんぼ」の世界が基本となります。絵画なら、商用利用されるか、「一点物の絵画が高単価で売れてなんぼ」という感じになるでしょう。

で、実際どのような感じなのかはわかりませんが、ある程度そうした食い扶持には王道のようなものがあります。

詳しくはあまりよく知りませんが、例えば個人的に売れようと思えば何かの賞をとるとか、百貨店で扱ってもらうとかそうした感じのルートしか生活を成り立たせるレベルの所得を確保できないという感じの構造があるはずです。

そうした中、稀に独自のやり方で「個人的に食えるだけの所得」を確保しようしている人たちもいます。

しかし、概して成功している人を見たことがありません。

なぜなら、既存の王道ルート以外でそうした食い扶持を確保できるだけのルートを生み出せるのであれば、「世界を変えてしまうほどのビジネスモデル」並のプランニングとその実行をしたことになるからです。

何か別のやり方で、そこそこの所得を長期間獲得できるようになったとすれば、「普通の本屋さんからAmazonへ」くらいの革命だと思っておいたほうが無難です。

最低でも「東証マザーズに上場できるくらいのモデル」を作り上げたという感じくらいの偉業です。

というようなことを思っています。

自分のわがままだけで物事をやり進めるというのもいいですが、たまには人のわがままに付き合ってみるというのもなかなか良いのではないでしょうか。

「嫌々相手に合わせる」という感じで考えると苦痛ですが、「より深く人間観察をさせてもらおう」という半分興味本位くらいの感覚で考えておくと特に憂いもありません。

悪い言い方をすれば「素人や変人を観察して遊ぶ」ということですし、良い言い方をすれば「勉強させてもらう」ということです。よほど嫌でない限りそうした感じで人のわがままに付き合ってみるのも面白かったりします。

そんな感じで相手の趣味や感性、考え方などに付き合っていると今までの自分では見えなかった世界が広がっていきます。

「そんな発想があったのか」

とか

「そのようなアプローチも面白いなぁ」

というような事がどんどん起こってきます。

そうして様々なパターンのデータが蓄積されていくのです。

そしてそれが斬新なアイデアの材料になっていきます。

そんな感じで、歴代の有名な芸術家たちも貴族のわがままに付き合うことで、アイデアやインスピレーションのタネを蓄積していたのではないか、と思うこともあります。もちろん起業家たちも然りです。


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