生理的に嫌だったせいだ

少なからず生理的に嫌なものはあると思いますが、ある程度の慣れによってそれら生理的に受け付けないようなものが多少平気になったりもします。

自身の慣れから慣れていない人が感じるであろう生理的な不快感というものを見落とすということもありますし、客商売において「自分は大丈夫だから」ということで放置していたり気付いていなかったりすると自分では理解し難いような形で客足が遠のいてしまうということが起こります。

ある時、店の中で有線か何かを流しているはずの音響機器に不具合があるのか店内がノイズ音で満たされているということがありました。

換気扇の音もそこそこだったので、店員さんはあまり気にしていないということなのかノイズが放置されている形になっていました。

しかしながら、近年では犯罪抑止のために脳波を低周波に向かわせるような音源が用いられているくらいです。そんな中、電源を切るだけで事足りるので、多少なりと不快感を得てしまうようなノイズは切るに越したことが無いと思いました。客商売ならばなおさらです。

そのような形で、慣れている人たちにとっては何とも無いようなことでありながら、慣れていない人にとっては強烈なものの一つが油煙です。

カウンター席の向こう側で発生している油煙が意外にも目に染みることがあります。僕の場合はドライアイ気味なので余計に染みます。

多少ならば何とも思いませんが、換気扇がつまり気味などで排煙がうまくいっていない場合は、料理どころではないというレベルで目が痛くなったりします。

なお、目の痛みに関して言えば、洋犬のニオイも染みます。洋犬で主に小型犬のみになりますが、そうした犬がいる家は目が痛くなってしまいます。

そうした生理反応は、個々人の状態に依存するので何とも言えないフシがありますが、配慮できる分はある程度工夫をしておいたほうが良いような気がします。

そのような形で、室温に関して店員さんは立ち仕事で暑くても、外から歩いてやってきた人にとっては寒いという場合もあります。

少しずつのギャップですが、褒め押すスタシスの観点から考えると、ある一定値を超えると、その空間から出たいという衝動が来ることになるということは避けられません。

パブリック空間においては、最大公約数的に考えるくらいしかありませんが、リピート率が低いという場合はそうしたところに着眼してみても良いかもしれないと思ったりします。

本当に稀ですが、「いい人なのに避けられている」という場合、脇の臭いが原因ということがたまにあります。ライブ会場で気さくに声をかけてきてくれる人が多いようなイメージがありますが、ご本人が理由に気づかないままに人が避けていくという現象が起こったりします。

元々そうした体質でなくとも、毎度の食事が完全洋食になると2週間以内に白人並みになりますので誰しもに危険が潜んでいると思います(われわれが極めて疎いギリシア的なもの)。

ただ、生理的に嫌だと言いつつも、過剰反応と言うか、情報的な取り扱いから推論したような無駄な嫌悪感というものもあります。

毎度のことながらモッガラーナ風になりますが、誰しもが「皮膚で繋ぎ合わせた糞袋」ということを忘れてはなりません。

Category:笑う月

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